世界球体説 後編

 テーネは絶望を後悔を振り払う様に、クラリアは彼を包み込み傷を癒す様に肌を重ねた。薬の口移しだけで動揺するテーネだったが、長く生きているだけあって初心な少年の精神と爛れた人生を送って来た大人の精神が同居している側面がある。人間ならば多々あるであろう異なる側面がこうハッキリと別人格の様になっているのは、過酷な状況から心を守る為だ。

 キャラを作っているわけではなく、どの側面もテーネ自身。強いていえば怖がりで痛がりで心優しい面が素に近い、そうクラリアは感じていた。

「……ぁ、ご、ごめん……」

 果てた後、しばらく横で寝転んで呆けていたテーネは何かに気づいて謝罪する。不安をかき消す様にした、衝動の赴くままの行為に罪悪感を覚えた様だ。それに加え、魔の加護を持つ者が子供を作るとその子供にも加護が伝染する。諸々の懸念も彼にはあった。

「はぁ、はぁ……テーネ?」

 しかしクラリアはなんとも思っていないどころか、むしろ嬉しいくらいだった。

「いいのよ。私も嫌な記憶消すのに利用しちゃってごめんね」

 花街で辱めを受けていた彼女がテーネに身体を赦すのは、屈辱にまみれた思い出を塗りつぶしてもらうためであった。だが、もちろん打算的な目的だけではなかった。

「それにね」

 クラリアはテーネの頬に手を伸ばす。ただ目的の為に抱かれているのではない。こうして求められ、重なり合う時間が幸せなのだ。

「好きな人なら激しくされるの、気持ちいいのよ?」

 真正面から好意を伝えられ、テーネは耳まで真っ赤になって枕に顔をうずめる。

「ほら、次は私の番」

 その姿が愛おしくて、クラリアも彼をつい求めてしまうのだ。


「バスターとしての報酬は出ませんが、街を守るため尽力してくださったのは事実。街の役人も謝礼をお渡しするべきだと言っておりました」

「ど、どうも丁寧に……」

 翌日、エンタールから門番をしているリバストがやってきた。流れで街を守ることとなったが、まさか報酬まで貰えるとはテーネも思っていなかった。

「そういえばつかぬ事をお聞きしますが、エンタールのギルド……ネメアクラウンネオのギルドマスター、ネアさんと知り合いだったのですね」

「え、ええ……昔いろいろ」

 少し濁すが、もう顔とその烙印を見られているので無駄だろうとテーネは諦める。魔の加護を持つと老化も普通の人間と違うのだ。

「それと、アメディスという国をご存知でしょうか?」

「っ……!」

 アメディスという国の話を振られると、テーネは明らかに動揺を見せる。リバストも何かを確信し、事情を話す。

「私は孤児院で育ちましてね、そこの園長先生がアメディスの出身なんですよ。それで、かつての恩師をずっと探してたんです。巣立つ子供達にその人への手紙を預けて」

「え?」

 リバストはテーネに蝋の印で封じた手紙を渡す。封筒の端には0から9の数字も書かれている。

「これ……、ダイナスくんの……?」

「やはりご本人でしたか。優しく算数を教えてくれた先生だから、数字を書いておけば気づくと考えたんですよ、園長先生」

 リバストが話していないのに園長の名前が出てくる。それを聞き、彼はテーネが探した人だと再び確かめる。

「ぜひ、読んでください。それがダイナス園長の望みです」

「……」

 テーネは封を解き、中を読む。そこにはダイナスが綴った彼への感謝、行方を案じる想いが記されていた。

「ぅ、ぅう……」

 ダイナス一人のものだけではなく、あの時アメディスから助け出された子供達の声も一緒に刻まれていた。そんな資格はないのに、子供達が感謝し、想ってくれていたことに救われた気持ちになる。

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