ハッセン飯店の人肉饅頭 ②

「ということがあって」

 テーネは帰宅後、軽食屋の家族が入院していると思わしき病院へ向けた手紙を書いて封筒に蝋で封をした。付き合いの長い家族の大病に座長も心配そうだ。

「そうかー、大きな病院に家族揃って入院は大変なことだ……。私が今度お見舞いに行こう、お手紙を預かるよ」

「ありがとうございます」

 郵便に出そうとしていたが、座長が持って行ってくれるとのことでお言葉に甘えて渡す。他の団員もやはりあの家族の世話になっており、病気を気にかけていた。

「病院代もバカにならないでしょ? あそこの饅頭買って応援しよっと……あ」

 団員の女性が饅頭を買いに行こうとしたが、そこであることを思い出す。

「入院ってことは饅頭作れない……」

「あ、肉ダネはしばらく分あるそうですよ」

「いいことを聞いた」

 テーネは店番の少女から聞いたことを伝える。

(あれ? でも病気って急になるものだと思うけど……)

 しかしテーネはふと、気がかりなことを考える。入院する様な病気を一家揃ってしてしまい、入院に備えて店の在庫を仕込めるのだろうか。病気の状況次第と言われればそれまでだが、気になると言えば気になる。しかし、彼も料理で生計を立てているわけではないので自分の知らない技術があるのだろうと思うことにした。


 ある日の陽歌は競鳥の会場にいた。走りを得意とする鳥で競争し、その順位で賭けをするのだ。彼は別に賭け事をする為に来ているわけではない。一座の仕事で余興をするだけだ。

「ふぅ」

 まさか自分が前座とはいえメインを張ることになるとは思っていなかった。人前に立つ時はお客さんを芋だと思ってやっているので、ステージから降りてようやくお客さんの顔が判別できる。

(まぁステージではないんだけどね)

 場所は大きな原っぱなのでいつもの身長当ても舞台の高さなどの考慮点を変更する必要があった。それでも概ね情報があれば当てることは出来た。ステージや段になっている席の時に入れてた情報を取っ払うだけだ。

 レースを見るにはかけ金のベットを行わなければならないが、テーネはそれをせずに見ることが出来た。珍しいものなので、とりあえずレースを見届けてから帰ることにした。やはり物珍しいのか、賭け事が苦手だという知り合いも見に来ていた。当てる気が無ければ最低限のベットを入場料代わりに出来る。

(大丈夫かな……)

 今日は座長が大きな街の病院にお見舞いへ行っている。病状が心配でレース見物に身が入らない。

「ん?」

 お客さんの顔を見ていると、見知った人がちらほらいた。その中でも、軽食屋の少女がいることに目が行った。

「あれは……」

 カジノが好きだしこういうのも来るか、と思いそそくさとテーネは帰ろうとした。その時、向こうもレースが終わるなりテーネを見つけて駆け寄ってくる。

「あ、テーネ!」

「どうも……、ご主人と奥さんの容態は大丈夫?」

「大丈夫よ、ちょっと病気が大きくなる前に手術するだけだから。それより、これからカジノ行かない?」

 さっき賭け事をしたばかりだろうに、テーネをカジノに誘う。

「え? あ、いや……ボクは次の仕事あるから……」

 彼は嘘をついてやり過ごす。手術と言うと大事なのだが、大したことない様に彼女は言う。

(どういうこと? 病気が大きくなる前?)

 多くの手術が、症状の悪化でのっぴきならぬ状況になった際行われるものだ。医学的にはそうなる前にも病気は進行していて、病巣も存在している。だが、それを知るすべが限りなく少ないのだ。治癒魔法も万能ではなく、人体を切って病巣を排除する医者は必要不可欠。しかし治癒魔法で概ねの病気やケガは何とかなるのでその医者が増えないという状態。

 一体どの様な方法で夫婦は悪化する前の病気を見つけ、執刀を委ねるに至ったのか。それがテーネには想像できない。裕福な家庭にいたこともあったので庶民には届かないものも知ってはいるが、その手段ならなぜ夫婦は使えるのか。

「そういえばタネはまだあります? みんな、あの饅頭好きなんですよ」

「……うん、まだあるよ」

 少女は妙な間を開けて答える。

(まだ? 肉って悪くなりやすいから、こんなに保存出来ないと思うけど……)

 肉は痛みやすく、保存する術も少ない。入院から数日、この日にちまで持つのは精々干し肉くらいだ。

(いや、ボクが無駄に疑り深いんだろう。嫌になるね……貧すれば鈍するとはいうけど、鈍したら鈍したままだ)

 テーネはひとまず自分の疑り深さに責任を擦り付けることにした。


 疑問が尽きない中、遂に座長が帰って来る。

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