世界球体説 前編

 この世界は見ての通り平面である。それが一般的な見解であった。しかしいつからだろうか、世界は球体であるとする説が唱えられた。

「ありえない、そんなことはありえない……」

 もし芋の様に球体なら誰もが地面に立っていられないだろう。上にいる者以外は落っこちてしまう。しかし世界の端はどうなっているのか誰も確かめたことはない。テーネはクラリアと出会った後になっても、この世界球体説を否定しようとしていた。

 世界が球体ならば、アメディスに作られたヒューゲストキャノンはまんまと設計した古代人の罠に嵌められたことになる。そしてそれに気づいたにも関わらず、止めることが出来なかったということにもなってしまう。自分のせいで、大切な教え子の家族を死なせてしまった。

 自分を殺そうとして、それから逃れる為に殺し返したならまだいい。だが、守りたくて、いい暮らしをさせたかった人々を死なせてしまったことは永遠に抜けない棘となっている。

「ありえない……絶対にそんなはずは……」

 ベッドで毛布にくるまって現実から目を背ける様に呟く様は、クラリアからすれば心配でしかない。時折発作的に何かを調べたかと思えば、打ちのめされたかの様に伏して動かなくなる。

(どうしたんだろう。凄い悩んでるみたい)

 クラリアは何も聞かされていないが、それ故に放っておくことも出来ない。彼女はテーネがアメディスで何を経験したのか、そもそもこうなってる背景は何なのかさえ聞いていない。無理に聞き出そうともしない。

(海なら波による浮き沈みだって思えた、地平線でああなったら逃げられない!)

 テーネは水平線に消えていく船が沈んでいく様に見えるところを見た。それはまさに、世界球体説の根拠とされる自称だ。世界が球体だから、遠くに離れると下り坂を降りる様に視界から消えていく。

 水平線、海ならば波による揺れや浮き沈みのせいだと言える。だが地平線で同じことが起きたらどうだ。地面は硬いので絶対そんなことは起きない。あっても水と違って見え方が変わるほど沈むはずがない。

(もう、逃げられないのかな……)

 テーネは自分の犯した過ちに耐えきれず、すすり泣く。何が何だか分からないので、クラリアはどこか痛むのではないかと思って意を決し、声をかける。

「テーネ、どこか痛むの?」

 テーネは黙って首を振る。この花街の近く、エンタールの街付近で起きた騒動に関わって負傷して今も残っているが、それではないということは結構深刻だ。

 彼は根っこが弱虫な少年なので、戦闘中は我慢するが終わると怪我の痛みで卒倒する。それがダメージよりも追い詰められるものがあるというのは不安が残る。

「ねぇ、テーネ。あなたのおかげで私、今凄く幸せよ」

 クラリアは正直に自分の想いを告げる。

「だから、今度はあなたの幸せの力にならせてよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る