美食家なんてクソくらえ ①

 これはテーネが別のところを旅していた頃の話である。旅の楽しみの一つといえば、その土地の料理。名物に当たりなしと言って、名物とされるものはそこに住む人の味覚に合わせてあるので口に合わないとされている。しかしそうやって外れを引くのもまた旅である。

(今のところ引いたことないね、外れ)

 過酷な旅をしているテーネにとっては暖かいご飯ならなんでも美味しいのでそんなこと実感する機会はないのだが。このカメリカ区域では塩気のある空気に触れると固形化する樹液を出すソルトウッドが自生しており、その都合土壌も農作に向かないが救荒植物として名を馳せる芋類の一種と相性がよくよく育つ。

 塩分の多い土では栄養を奪い合う雑草がいないからだろう。そんなカメリカの郷土料理はフライドポテト。手間の掛かる塩の入手が容易なだけに塩気の効いた、ポテト丸ごとを細切りにして揚げた料理だ。畜産で得た牛脂を使うことでシンプルながらコクのある味わい。肉を塩漬けにして保管しやすいこともあって、ここは食肉の生産も活発だ。

(うまい)

 カラトリーを用いず手で食べる為、そこにぎょっとする者も多いがテーネにとってはもはや誤差。雷や豪雨に脅えるほど彼は繊細だが、慣れてしまえばどうということはない。こうして仕事の合間に外で食べるので、洗い物が増えないのは好ましい。

「さて、午後も頑張るか」

 カメリカでは肉体労働が多く、後ろ暗い経歴のあるテーネも頭数こそ正義なここでは重宝された。こういう土地に住んだり離れたりして暮らしてきたのだ。

「ん?」

 その時、この辺りでみない格好をした人物たちがやってきた。その筆頭は初老の男性で、ガウンっぽい何かを着ている。

(あれって外で着るものじゃないよね?)

 基本人に追われているテーネは警戒する。どこの誰が自分達烙印持ちを追っているか分からないのだから。

(マスターさん?)

 いつもお世話になっているダイナ―のマスターがその男性に平服しながら料理を持って来た。横暴という人ではないのだが、かといって知らない人間にヘコヘコする人でもないのでテーネは疑問に思った。

「なんてこった、美食同盟がこんなとこにも」

「美食同盟、ですか?」

 住民の一人が何かを知っている様子だった。何か物々しいが、美食を関している組織だ。

「ああ、なんでも奴らに酷評された料理店はやっていけないとか」

「え? でもあのお店美味しいですし大丈夫ですよきっと」

 テーネは己の舌に自信があるわけではないが、この街に住む多くの人が支持する店なので美味しいのだろうと客観的にとらえていた。もちろん主観的にもとても美味しいと思っている。

「あ!」

 美食同盟に差し出されたのはフライドポテト。しかし彼らは見るやいなやその皿を弾いて地面に落とす。

「手で食べるものなど! あさましいカメリカ人好みの食べ物だ!」

 それどころか地域住民全員を纏めて侮辱するありさま。

「野郎食い物を粗末に……」

「……」

 当然テーネも住民同様怒りを覚えたが、あくまで静かなものだった。

「スミスさん、あんな陰湿な人ですよ。ここでトラブルを起こせばどうなるか……」

「しかし俺達の胃袋を支えてくれた店に無礼を……」

「ここは僕に任せて」

 普段は虫一匹にも狼狽するテーネが冷静に対処しようとしているのを見て、スミスは任せることにした。テーネはマスターの下へ駆け寄って片付けを手伝う。

「手伝います」

「すまねぇ……」

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