ハッセン飯店の人肉饅頭 ①

 花街の改善を試みるミリアムはテーネを連れ、街にある店を見回っていた。この街には酒屋や劇場、売春宿だけではなく軽食を売りにする飲食店もいくつか存在する。

「あの悪徳支配人が消えたし、街の健全化を図らないとね」

 しかしその中には、席料など理由を付けて法外な値段を取ろうとする店もある。この街は聖娼の加護を受けていない女性を働かせるなど違法な行為が横行し、結果として普通の街に出入り出来ない犯罪者の受け皿となって治安が悪化していた。それらを追い出すには、少しずつ法令を遵守させて居づらい環境を作るしかない。

「ここが今日見る店の最後ね」

「饅頭屋さん?」

 店の抜き打ち監査も終盤に差し掛かり、ある飲食店に二人は訪れた。小麦粉を練って作った生地に肉の餡を詰めたものを、せいろで蒸して作る饅頭のお店だ。

「珍しい料理だからそれなりに客入りのあるハッセン飯店だね」

「そういえばあまり見ませんね、肉を具にする蒸しパン。なんでも大陸東部の発祥なんだとか」

 旅から旅へ長らく生きるテーネは初めて見るわけでは無かった。特に、このタイプの饅頭には思い出がある。

「へぇ、さすがに詳しいんだね」

「見世物小屋で働いていた時は、みんな大好きでよく買ってましたから」

 肌身離さず身に着けているチョーカーをくれた人達、見世物小屋にいた頃の話である。彼はしばらく考え、ミリアムに尋ねた。

「そういえば毎回、怪しげな場所は奇襲を仕掛ける為に最初、もしくは時間を取る為に最後にしていますけど、ここは何か……?」

 それは監査の順番。この流れになったということは、ハッセン飯店に何か疑惑が掛かっているということだ。

「まぁ、ね。そうだ、テーネはここ来たことあるかい?」

 ミリアムは話を逸らす様に、彼へ質問する。

「いえ。他の場所で肉饅頭を食べても、やっぱり親しい人がいない虚しさが勝ってしまって……」

「よし、終わったらみんなで食べようか」

 テーネは肉饅頭が好き、というより気心知れた仲間と食べる時間が大事だった。孤独で明日を知れぬ身ではどんな高級料理でも味などしない。

「はい。ところでここは……」

「ああ、働いていた女の子の行方が分からないんだ」

 ミリアムはハッセン飯店に掛かった疑惑を説明する。こんな治安の悪い街だ、一人や二人ならまだこの店ではなく街自体の問題だと思えた。

「従業員の!?」

 珍しく、人の生き死にには多く関わって来たであろうテーネが狼狽する。

「……どうした?」

「いえ、なんでも」

 すぐに取り繕ったが、彼が何かを感じているのは明らかだ。

「それも結構な頻度でな。この街にしては珍しく、性接待をしなくてもいい場所だからいなくなってもすぐ人が入る。自分とこの働き手を減らされると思った支配人がなんかやってんのかと思ったが、あいつが死んでからもこの異変は起き続けている」

 支配人による人員流出防止の工作だと思われたが、テーネに支配人が殺されてからも失踪は続いた。それはつまり、この店自体の問題であることの証左だ。店主が女性ということもあり安心して女の子が働きにきて、欠員が出てもすぐに従業員が補充できる程度には人気だった。だが、人気なのに離職による欠員が出ること自体今思えば不自然なのだ。

「……ミリアムさん、ここの肉饅頭を食べたことは?」

「ん? そうだな、ないことはないくらいか」

「……っ!」

 テーネは普段の彼からは想像もつかないほど静かにうろたえていた。露骨に苦手な高いところや虫を前にした場合や大怪我した時なんかはそれはもう見た目年齢相応に大騒ぎするのだが、彼は臨戦態勢に入ると銃弾を何発受けても冷静に戦って見せる。もちろん終われば悶絶するが。

 今のテーネはその中間にいる様な状態だ。

「どうした?」

「ここはボクが一人で抑えます」

「……そうか」

 ミリアムはしばらく考えて、彼に任せることにした。テーネが何を想定して何を思ったのかは分からないし彼も語らないが、そこにはそれなりの理由があると踏んでのことだ。

「では、また劇場で」

「気を付けるんだぞ」

 テーネは一人で閉店の準備をするハッセン飯店に向かい、ミリアムと別れる。彼の脳裏には、過去のある出来事が去来していた。


   @


 テーネは昔、見世物小屋のスタッフとして平穏に暮らしていた。この小屋では小人症と呼ばれる背丈が伸びない病気や、生まれつき四肢に欠損があったり盲目であったりと普通の仕事に就けない人達が収入を得るために芸を披露していた。

 故郷の村ではそうした人が生まれた瞬間から産婆に絞められたり、口減らしでこっそり始末されていたりしたのか。見ることはなかった。最初は、自分でも烙印持ちの分際でと思ったが、その容姿に面喰らったがそんなものは些事になっていた。彼らに受け入れられ、共に暮らすうちにかけがえのない仲間となっていった。

 彼らは肉体の不足を補うかの様に、優れた聴覚で音楽を習得したり、脚を手の様に扱ったりと芸に通ずる能力を持っていた。

「いやー、今日も好評だったよテーネちゃん!」

「いえ、皆さんに比べたらボクなんて……」

 最初は介助や雑務を行っていたテーネだが、その見目麗しさから話題になり、それを聞きつけた座長が舞台に上げた。彼は小人症を患っているが、ダンス一筋でで一座を盛り立てた功労者だ。小奇麗な少年が踊れば盛り上がるだろうと思ったのだろうが、予想外のことで反響を呼んでいた。

「いやいやいや、謙遜しなくていいよ! あんな芸当は世界広しといえテーネちゃんくらいだろうね!」

 しかし生来のあがり症で音感やリズム感も優れている方でない彼は、得意の数学を利用することにした。観覧席でお客さんに立ってもらい、舞台から測量して背丈を言い当てるという芸を行ったところ、これが評判となった。

「もっと華やかなこと出来ればいいんですけど」

「方向性が被るとお客さんに飽きられちゃうからね。君はそれでいいんだ」

 座長も出演を無理強いはしないだろうが、それでもテーネが特技を搾り出したのはみんなに恩を返したいからであった。猛獣用の魔力枷を模したチョーカーで躾けている体裁を取りつつ、人殺しに特化した魔の加護持ちである自分を匿ってくれている。こんな曲芸じみた方法で周囲を納得させてくれたことには感謝しかない。

 装着した獣が暴れた際、即座に魔力の衝撃で昏倒させられる枷。それを身に着けることで人々も安心し、テーネが受け入れられる最初の障壁をクリア出来た。魔の加護という目に見える脅威が抑制されれば、彼自身の努力で周囲に馴染むことが出来る。

「では、お買い物行ってきますね」

「頼んだよ」

 そんなことしなくても一座はテーネのことを認めてくれるが、やはり街の人や不特定多数の観客にはそうもいかない。街を動かずに興行をする一座であったが、観客には遠方から来る者も多い。何より、一人でお使いなどが出来れば女将さんなどの負担が減る。

 一座の面々も障害があるから買い物などが出来ないわけでもなく、座長の妻である女将さんなど健常者のスタッフもゼロではないが、当然マンパワーは多いに越したことはない。

「さてと、今日の買い物は……」

 特に買い出しなどの力仕事は加護の恩恵が発揮される。一座の食卓を賄う大量の食材を抱え、一切ふらつくことなく軽い足取りで歩けるのも人斬りの加護がもたらす運動能力の向上効果に秘訣がある。

「あらテーネちゃん。お買い物?」

「あ、はい」

 近くの軽食屋を通りかかると、そこの店主一家が声をかけてくる。彼らの顔は鮮明に思い出せるのだが、店の名前は忘れてしまった。看板を今思い出そうとしても、何飯店だったか、そもそも飯店だったのかさえ曖昧だ。

「肉饅頭、持ってってあげて」

 この一家は夫婦と子供数人で店を切り盛りしている。飲食店ということもあり、奥さんも着飾ってはいないが昔旦那さんから貰ったピアスを大事にしているそうだ。これなら簡単に取れて食材に混入することもないので、理に叶ってはいる。

「えっと……その数ならお支払いは……」

 肉饅頭の入った袋を差し出され、テーネは財布を取り出す。

「いいのよ。あなた達のおかげで観光客増えてうちも儲かってるから」

 言葉通り、観光客の増加に対応する為に人を一人雇える余裕は出て来た。赤の他人である下働きの子も、家族の様に可愛がっていた。

「で、ではお言葉に甘えて」

 元々コミュニケーションが得意ではないテーネだったが、こうした経験を経てアメディスで教師をするほどに他人との会話に慣れていった。素直で愚直だが、遠慮がちで引っ込み思案な彼は割と周囲に可愛がられた。他人と衝突する性格でなかったのは数少ない幸運だ。救いの手を差し伸べてもらいやすいのだから。

「そうそう、空き巣には注意してね」

「空き巣ですか?」

 店主はテーネにある注意を促した。空き巣、文字通り留守の家から金品を盗む泥棒だ。加護におけるシーフとはわけが違う。

「うちも売り上げ取られちゃって。ま、一番大事なものは常に身に着けてるからいいけど」

 奥さんはそう言ってピアスを自慢げに見せる。決して高価なものではないが、街の装備屋でしつらえて貰った魔除けのピアスだとか。世界に一つしかなく、テーネは見たことないが裏に夫婦の名前がそれぞれ刻まれているらしい。

 この時の彼は、今着けているチョーカーがこのピアスと同じ様な、一生大事にするものになるとは思ってもみなかった。

「そうですか……うちも気を付けないと」

 テーネは一座で戦えるのが自分だけというのもあり、犯罪の情報はこと細かにチェックしていた。だが、空き巣のことは聞いていない。仕事柄お金があるので、空き巣と出くわして一座の誰かが殺されでもしたら大変だと彼は肝に銘じた。


 そんなある日のことであった。オフの日に街を歩いていると、軽食屋の前を通りかかった。

「あれ?」

 店主の一家がおらず、下働きの少女が一人で店番をしていた。これはあまり見ない光景だ。一人二人買い出しでいないことはあるが、子供達も含め誰もいないのは奇妙だ。

「皆さんは?」

「ちょっと今日は用事で」

 少女は店主らの行き先を伝える。テーネは珍しいと思いつつ、それ以上は追及しなかった。

「ところでテーネくん、今度の休みにカジノ行かない?」

「カジノかー……」

 少女とテーネはそれなりに付き合いがあり、休みの日に遊びに誘われたりしていた。ただ、その行き先がカジノというギャンブルをする場所なのでどうも乗り気になれなかった。

「ギャンブルは向かなくてね」

 彼は長い旅でカジノというものを見てきてはいた。そして、その仕組みが胴元に金を集めるものであることも知っている。というより、確率を計算すればそうなっていることを察せられた。

「えー? 一度やればハマるよ?」

「うーん、ボクってこう、運がないから。また別のところで、ね」

 下働きの少女は断られてもカジノへ誘う。テーネもここなら、という提案が出来ないので話はよくここで途切れる。彼は夜空の星を線でつなぎ、出来た模様を三色で同じ色が隣合わない様に分ける『三色問題』で一日潰せるタイプの人間だ。繋ぐのは星でなくともよい。

 そんな感じで適当にあしらって別れることが多い。


 またある日、買い出しの途中で店の前と通り掛かる。すると、何故かまた下働きの少女が店を切り盛りしていた。家族の姿はない。

「あれ? ご主人は?」

「え、ええ。用事で」

 あのオフから数日空いたので、また用事でも不思議ではない。普通なら。だが、こうして店を構えている以上頻繁に家族全員で開けるなどあるだろうか。順番に、だれか一人でも残さないのだろうか。

「あ、肉饅頭いかが?」

「いえ、店番大変でしょうし」

 いつもの様に肉饅頭を持っていく様に少女は言うが、テーネは負担が掛かるだろうと断った。


「ご来場ありがとうございます」

 その翌日、劇場に入る客を迎え入れている時のことであった。客の手にはこの街で人気の肉饅頭が握られていた。待ちきれないのか、既に食べている人もいる。

(ん?)

 ふと、その鼻孔をくすぐる肉饅頭の香りにテーネは違和感を覚えた。いつもより香料の匂いが強い様に感じたのだ。

(そういえばしばらく食べてなかったなぁ)

 ほぼ毎日食べていたものを数日空けているせいか、感じ方が違うんだとテーネは肉饅頭が恋しくなった。公演が終わると、みんなの分もと店まで買いにいくことにした。一座のみんなもしばらく食べていなかった。

「あれ?」

 だが、店では相変わらず下働きの少女が店番をしている。二日連続、あの家族がいないのは異様だ。

「みなさんは……まだ御用時?」

「あ、えっと……」

 少女に家族の行き先を尋ねると、彼女は少し言葉を濁す。

「実は病気で……」

「え? それは大変! 移るものじゃないっぽいから、お見舞いさせてくれないかな?」

 店が開けられているということは、感染症ではなさそうだ。店を切り盛りしながら看病も大変だろうと、彼はお見舞いを申し出る。

「そ、それが結構な大病で遠くの街の病院へ……」

「それは余計に大変! どの病院?」

 大病と聞き、テーネは冷静でいられなかった。少女はしばらく考えて街と病院の名前を伝えるが、そこは門の警備が厳しく烙印のあるテーネでは街に入ることすら出来なさそうであった。

「気持ちだけもらっていくから、ね?」

「うん……」

 彼はがっくり肩を落とした。一座のメンバーになって人間扱いされた気にはなっていたが、まだまだ外では魔物と大差ない存在だ。

「そうだ、今度の休み、カジノ行かない?」

「え?」

 急に少女からカジノへ誘われ、テーネは困惑する。一人で店番をするのは大変で、遊ばないともたないだろうが彼自身がそれどころではない。

「こ、今度の休みは寺院のお参りでも行ってくるよ。お手紙も書いておくね」

 この街を出れば魔物なテーネには、街にある寺院で回復を祈ることしか出来ない。いつも断るが、今は余計に断る理由があった。

「……そう」

「じゃ、また」

 テーネは急いで劇場へ戻る。心配が募るのだが、今回はきっと何もない。ここは平和な街だし、外の魔物だって強くはない。そう彼は自分に言い聞かせていた。

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