冗談でも言っていいことと悪いことがある

「テーネってそういえば結構長く生きてるのよね。忘れがちだけど」

 花街でクラリアと会話している時に、テーネの年齢に関する話が出てきた。見た目は13歳の時から変わっていないが、実年齢はそれを大きく上回る。祖父母世代に起きた『アメディスの惨劇』の当事者、とっくの昔に倫理に反すると消滅した見世物小屋や人間動物園にいたこと考えれば当然だが。

「これでも少しは大人になった方だよ、中身」

「そうなんだ、見た目相応の若い子って感じするけど」

 苦労してきた割にまだ子供っぽさが残るテーネ。子供をやりきれなかった、というのも原因だろうが、社会性はちゃんとある。ただ男女の関係などまだ年相応の感覚を残している部分も否定できない。

「冗談を真に受けたりしなくなったからね」

「それは……大人なのかな?」

 冗談を冗談と聞き流すのが大人なのかという疑問がクラリアにはあった。冗談でも言っていいことと悪いことがあるのは世間の常識。聞き流すだけが大人ではない。

「前に常識を真に受けて酷い目に遭ったからね……」

彼は少し昔話をする。それはまだ、奴隷が一部で輸出品として扱われていた時代のことだ。


   @


 ある港町にテーネは訪れた。見世物小屋の同僚に教えられ、顔の烙印の上にメイクを施すことで「そういう模様」にする作戦をして町に入る。

 当然看破スキルなどは誤魔化せないし、淵が赤く光るのも止められない。だが一般人を欺くには十分だ。

「これが港……」

 石などで海面の一部を埋め立てた港は大きな船の停泊が可能だ。砂浜などでは、陸地に近づくと浅瀬に船が乗り上げてしまうため小さなボートを別個で出す必要がある。そうすると大荷物の運送は効率が落ちるため、直に陸地へ下ろせるこの手の港は画期的と言えた。

 場所が場所なので、海賊や海の魔物対策に大砲が置かれている。こちらも最新式で砲身の角度を動かして砲弾の描く放物線を調整、計算次第では確実に直撃を見込める。

「これが船……大きいなぁ」

 テーネは港に止まる船を見た。甲板までの高さは彼の背丈を優に3倍以上越える。

大きさを客観的に調べるため、その横を歩いて歩数を確認したり、遠くから指を翳したりしてみる。自身の身体と数値を事前に擦り合わせておくことで、機材がなくとも距離や高さを測量することが出来る。

「重い荷物を載せると船も沈み込むんだね」

 船底には長らく海水に浸かってから浮上したのか、線が付いている場所もある。この大きな船を上から押さえつけるほど重い荷物があるという事実にテーネは驚いた。

「なんだね、奴隷船かね?」

「ちゃんと掃除してあるし、あれほどすし詰めではないから安心しろ」

 その船に乗り込む人たちがいた。豪華な衣装を纏い、金銀宝石を身につけたいかにもな金持ちだ。しかしかつて共に暮らした王族ほどの品は無く、急に財を成した所謂成金というものと思われた。

 すし詰めではない、というが結構な大人数が船に乗る。大きな船の船尾にあるタラップに、三列で並んで船首までいるほど。引き返して町に戻るテーネだが、数十秒はこの光景を見ることになった。

「奴隷貿易はんたーい!」

「奴隷で金儲けするなー!」

 町に戻ると、人々が横断幕を掲げて何かを訴えていた。彼らはテーネを見るなり詰めよった。烙印がバレたかと身構えるテーネだが、彼らの目的は別だ。

「お前、奴隷商人の仲間か?」

「い、いえ、通りすがりです」

 どうやらあの成金集団の仲間だと思われたらしい。烙印ではなく一安心だが、ここは落ち着ける場所ではなさそうだ。

「ふん、そうか。だが、奴隷として売られない様にさっさと帰るんだな。今やここは、奴隷商人共専用の港になっちまった」

「奴隷?」

 当時のテーネは奴隷という概念に馴染みがなかった。田舎の子供なんてのは労働力目当てに産んでおりいわば奴隷みたいなものだが、それが当たり前だと気付かないこともある。あの村で一人っ子なのもテーネくらいなものだ。

「タダ働きさせるための人間だ。それをこの港で取引してる。くそったれ!そんな為に先祖が港を作ったわけじゃねぇってのに!」

 もし食い扶持も気にせず働かせられる人間がいれば、喜んで買う人がいるだろう。テーネもそれは理解した。定期的に報酬を渡さなければならない人と一回買い切りの奴隷、どっちがお得かは一目瞭然。

 しかし先祖の誇りをそんなことに使われるのはさぞ心苦しいだろう。この頃のテーネはまだどこかで「いいことをすれば魔の加護持ちでも認められる」と信じており、どうにか出来ないか少し考えた。

「大変だ!また奴隷船がきた!」

 町の人が船の到着を報せにきた。遠くには船が見え、港に止まっていた船も出航していった。加護の無い人間が肉眼で見える距離なので、テーネにはかなり近くまで来ている様に見えた。

「クソ! 役人は袖の下貰ってて役に立たねぇ! 大砲でぶち抜いてやりたいよ」

 港に置かれた砲台は最新式で、グリップを握ると魔力を流して点火できる方式だ。これなら火薬式の様に湿気って使えないということもない。

「うーん……」

「おいあんた?」

 テーネは大砲に近づき、指を立てて船の姿に宛がう。所謂、身体を用いた測量なのだが、街の人には何をやっているのか分からなかった。

「よし、大砲でぶち抜けばいいんですね?」

 彼は計算を終え、大砲を操作する。街の人はこんな子供に大砲を当てることなんてできないと思い、冗談で言い放つ。

「はは、出来たら褒美でもくれてやる!」

「よーし……」

 褒美も出るとあっては俄然やる気が出る。テーネは砲台に魔力を込め、点火する。大砲は音と共に砲弾を吐き出し、放物線を描いたそれは向かってくる船に直撃する。砲弾は魔力を帯びると爆発する性質があり、大爆発を起こして船は炎上。忽ち沈んでいく。

「え?」

 街の人は言葉を失う。当てたことよりも、冗談で言ったのに本当にぶち抜いてしまったことに驚愕していた。

「もういっちょ」

 出航した船にも大砲を当て、見事に沈める。テーネは一息つくと、にこやかに言って見せる。

「ぶち抜きました」

 しばらくの沈黙の後、街の人はざわめき徐々に敵意を露わにしていった。

「な、なんてことを……」

「冗談のつもりだったのに……」

「奴隷だって被害者なんだぞ!」

 冗談とは思ってもいなかったテーネは困惑する。彼から見れば成功した途端に態度が急変した様にしか見えない。

「え、え?」

「ひっ捕らえろ!」

「こんなことしたら港の評判が悪くなる!」

 街の人が捕まえようと襲い掛かってきた。さすがに混乱したまま戦うわけにはいかなかったので、テーネは脱兎のごとく逃げだした。

「な、なんで? ちゃんと沈めたのに何で?」

 ちゃんと沈めたからである。冗談を真に受けて実行するとろくなことがないと、この時彼は学んだのであった。


   @


「それはテーネが悪いよ」

「ええ?」

 話を聞き、クラリアは彼を擁護出来なかった。冗談でも言うべきではないこともあるが、それを実行していいかは当人に委ねられる。

「あー、でもやっぱり殺しはダメだよね……。自分では出来ないからやってほしいものだとばかり」

「口にすることと実行することの間に大きな隔たりがあるからね、殺人って」

 身を守る為とはいえ人殺しを繰り返してきたテーネはもうとっくに感覚が麻痺していた。

「まぁ、でも冗談でも言っちゃいけないことってあるよね」

 一方でそんなことを言ってしまった街の人にも非があるとクラリアは考えていた。魔法の理論でも見られる様に、言葉は力を持つ。呪文が魔法現象を引き起こす。言葉にすれば、それは実行性を伴って現れるものなのだ。冗談でも言わなければ、テーネがやってきても実際に大砲で撃ったりしなかったわけで。

 言葉とは大事にしなければならないと二人は改めて思ったのであった。

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