日時計の国? ⑤

「発射!」

 その日、再びヒューゲストキャノンが火を噴いた。標的は新たにアメディスの包囲に加わった国の中で、最も遠くに位置するもの。例の座標へ攻撃を仕掛ける前に、まずはしっかり牽制をしておきたい。

「今までこのヒューゲストキャノンで撃破した国は、人口約一万人のハレダス帝国、八千人のクモリィ王国、そして今回はかなりの大国、レイダナ共和国、人口約一万五千人。前二回はいずれも生存者の確認が出来なかったので、今回も生き残りはいないでしょう」

「うん、それは感じる」

 テーネは人斬りの加護、正確には人を殺す為に与えられた魔の加護を持つ。バスターの様に鍛えられていない人間を殺しても、既に高いレベルを持つ彼にはあまり恩恵がないのだが、大量に殺したことにより力が増す感覚は確かにあった。

(ていうかこんな大雑把な兵器でもカウントされるんだ……)

 むしろ、殆ど他人がおぜん立てした様な内容でも加護を増すことが出来るということに驚きがあった。前例がないわけではないが、直に手を汚していないのに、という引っ掛かりはどうも抜けない。


「またキャノン撃ったね」

「やっぱりすごいなぁ」

 青空教室へテーネが行くと、子供達の話題はキャノンで持ち切りだった。やはり、子供というものは無邪気にああいう強そうなのに憧れるのだ。

「アレがあったらうちの国無敵だよね先生?」

「うん、でもね、先生はあれが無くてもいい様になってほしいなって思うんだ」

 確かにヒューゲストキャノンは無敵に等しいが、テーネとしてはあれに頼った国政もいつか限界が来るのではないかと思っていた。だからこそ、こうして学校で子供達に勉強を教える。

「なんで?」

「あれ作るってる時、みんなお腹空いて大変だったでしょ? 一回撃つ度に直したり弾作ったりでまた沢山お金が掛かるからさ、みんなはもちろん、みんなの弟や妹がまたお腹空いたりしない様にあれを撃つためにお金使わなくていい日が来るといいよね」

「そうかなぁ?」

 まだ子供には分からない世界の話。それでいいのかもしれない。キャノンはこの子達が大きくなる頃には使わなくなる、それが理想だ。

「そうだ、他の先生から聞いてると思うけど、今度国の外からキャノンの発射を見ようって思ってさ。みんな来てくれるかな? 次の発射は世界の端まで届くくらいだから、ぜひ見て欲しくって」

「わーい、ピクニックだー!」

 外で食事を楽しむという余裕すらなかったアメディス。子供達は唐突であるがピクニックの提案に大喜びだった。そう、何事もなければただのピクニック。テーネは自分にそう言い聞かせた。

(何人連れていけるかな……)

 青空教室の教員総動員でも連れていける子供の数は限られている。ここで勉強しているのは、幼過ぎずかといって一般的な成人年齢である14未満の半端な歳の子供達。

 貧しいこの国では子供だけで見ると乳児が一番多く、学校に来る年代が一番少ない。それより年上の大人たちはヒューゲストキャノンの建造で貧しくなる前に生まれている。

(多分、勉強しに来ている子は全員連れ出せるけど……)

「テーネ先生? どこか悪いの?」

 その親兄弟は、と考えるうちに表情が曇っていたのか、子供が心配そうにのぞき込む。彼は咄嗟に取り繕う。

「あ、ううん。先生が発射するからさ……みんなに見られるとちょっと緊張しちゃうなー、はは……」

 国の一大イベントにすれば、もっと多くの人を救えるかもしれない。だがそれはこの様な小さい疑心を積み重ねることとなり、国そのものに混乱を招く。子供達をピクニックだと言って連れ出すのが、出来うる最低限の備えだ。

「みんなってさ、将来何になりたいとかあるかな?」

 少し、気を紛らわせる為に話を変えた。もし最悪の予想が当たれば、子供達は助けられるが国も家族も無くなる。そうなった時の為の話でもある。

「立派な兵士!」

「偉い学者さん!」

「テーネ先生みたいな優しい先生」

 子供達は口々に夢を語る。その中に自分を目標にする子もおり、テーネは少し照れ臭かった。だが、彼らと同じ歳の頃、テーネに夢はなかった。蔵の本で学んだ数学に興じ、いつもと同じ一日が大人になっても続くものだと思っていた。それでよかった。

「先生はなかったなぁ。住んでたのが凄く田舎でさ、薪を運んだり水を汲んだりして、どこの村とも争わずに平和だったよ」

 田舎であるが故に、村同士の争いもなく弱い魔物にびくびくする程度の安穏とした環境だった。周りの大人と同じで、大きくなったら自分達で食べていくための畑仕事や酪農、薪割りをして暮らす様になる。適当な村の女性と結婚し、子供を作ってそのまま毎日が過ぎていく。そんな風にテーネは思っていた。

「でもね、色々あってさ。魔の加護を受けているんだけど、別に人をたくさん殺してやりたいとか悪いことして儲けようとかは考えたことないんだ。死にたくないって思ったらいつの間にか加護を貰ってて」

 だが、魔の加護を受けてから。否、その前に起きた事件から彼の運命は狂った。

「魔の加護ってね、魔物と同じ扱いになるんだ。だから町には入れないし、道を歩いていたらバスターに命を狙われる。こんなんなら死んだ方が楽なんだけどね、死ぬのが怖くて今まで何とか生きてきたんだ」

 優しいテーネ先生に隠された壮絶な過去を聞き、子供達もいつになく真剣な表情だ。

「でもそうしたらここに着いた。外の国からしたら貧しいし大変だろうけど、命を狙われないだけで凄く安心できる場所だよ、ここは。だからみんなも、生きてさえいれば何かいいことがあるかもしれない。死んだら終わりだからね」

 もしかすると、この言葉は呪いになるかもしれない。死んだ方がマシな状況というのは、いくらでもある。それはテーネ自身も経験してきたことだ。生きていればいいことがあるなんていうのは幻想で、ここに来るまでに辛いことの方が多かった。そしてアメディスにも危機が迫っている。

 でも、これは伝えなければならないと思った。例え欺瞞であっても、自己満足であっても。


 そうしてついに、設計図に記された式での砲撃が行われる日となった。テーネはいつもの様に砲撃の指揮に就く。

(そろそろみんな出発したかな?)

 砲撃を見るという趣旨から、もうとっくに子供達は遠くからヒューゲストキャノンが見える位置にいるだろう。

「では、発射します!」

 どうか予想が外れます様に、万が一当たっても計算をミスしてアメディスを反れます様に。そんな願いと共に砲身へ魔力を込め、点火する。相変わらず、砲口の輝きに遅れて身体を揺らす轟音が響く。

「どうなった?」

「まだ分かりません。では、ボクは子供達との約束があるので」

 テーネは国王の質問もそこそこに、そそくさと去っていく。傍目から見ると子供想いの教師だが、実際には泥船から逃げ出しているだけだ。

 国の中を駆け抜け、門を抜けて子供達の待つ場所を目指す。アメディスの近くにある小高い丘が、一番ヒューゲストキャノンを見ることが出来る。人斬りの加護のおかげで、普通は門から数十分かけて歩く距離をあっと言う間に辿り着く。国の中心からここまで全速力であったが、全く息は切れない。

「あ、先生だー!」

「すごーい! 足速ーい!」

 スッと合流した彼を見て、子供達は憧憬の目で見る。老人と門番長が状況を伝えてくれる。

「外から見るヒューゲストキャノン、あれは他の国が脅威に感じるのも納得だ」

「そんなことより、とりあえず勉強しに来てた子らは全員来てるぞ」

 課題の管理用に青空教室の子供達は名簿を作っていた。それで全員がいることを把握出来た。まさかこんな形で使うことになるとはだれも思っていなかっただろう。

「先生が撃ったのあれ?」

「うん、そうだよ」

 嘘を言っても仕方ないので、正直に答える。もしこれで予想した通りにアメディスが滅べば、きっと恨まれる。それでいい。復讐でも生きる意味になれば。

「先生、熱いうちに食べて欲しかったんだけど……」

 一人の女の子が家で作ってきたと思われる料理を差し出す。パンを炙ってピクルスを挟んだだけのものだが、そのひと手間がとても嬉しい。自分の為に、ということが何よりだ。

「ありがとう。先生猫舌だから、このくらいがちょうどいいよ」

 猫舌というのは本当だ。村で暮らしていた頃はそんなこともなかったが、温かいものを食べなくなっていくうちに舌の使い方が下手になったらしい。

 それからテーネは子供達に色々な話をした。これまで自分が旅をしてきた中で見たもののことを。

 お姫様のいる城で暮らして、そこで義手を作ってもらって数学を学んだこと。人間動物園で展示されていた時の話。見世物小屋で働いた時、猛獣用の首輪を模したチョーカーを貰いそれを今も大事に身に着けていること。人間の身体が要塞になっている国なんかもあった。

「凄いね、世界中旅したんだ」

「うん、でもなかなか安心して暮らせる場所はなくてさ」

 全く平穏な時が無かったわけではない。だが、どういう運命のいたずらか破滅が待ち受けている。アメディスもこうなってしまうのか、という不安がずっと胸の奥にあった。

「アメディスがあるじゃない! だって先生、あのキャノン作ったんだし英雄だよ!」

「ボクは撃てる様にしただけだよ。作ってくれたのは、みんなのお父さんやお母さん」

 その苦悩を知ってか知らずか、子供達は無邪気に語る。テーネは努めて明るく振舞った。見た目以上に歳を取り、変な部分だけ大人になっていく。本質は不条理に日常を奪われた13の頃から対して変わっていないのだが。

「でも英雄かー、なんだから照れるなー……」

「頭も良くて強いんだから英雄だよ!」

 本職は研究者で通っているが、国の広報では強さの方にも触れられている。国威発揚には文武両道でありながら謙虚な性格で愛らしい性格のテーネはちょうどいいヒーローだ。

「不意打ちばっかだからあんま強くないかも……。それにボクって数学以外はからっきしだし」

 プロパガンダも嘘は言っていないが、弱みも言っていない。

「昔高い崖から落とされて高いとこダメになったし、ムカデとか苦手だし……」

 しかしそんな弱点も裏を返せば身近さになってしまう。

「めっちゃ注射怖がってたね。先生が凄い顔するから怖かったけど、思ったより痛くなかったよ」

「いやー、腕取れたことあったら誤差だと思ったんだけどね」

 授業は短い時間で必要なことを教えるから、こうした雑談はあまりしたことがなかった。子供達と話したり、お昼寝をしてゆっくりと過ごす。休日も一人で次の課題を作ったりしているので、なかなかこういう機会はなかった。

(どうか、何事もありませんように)

 このピクニックが楽しい思い出で終わることをテーネは願い続けた。そして日が暮れ、そろそろ帰る時間となった。一応、計算では日没の頃に世界を一周して着弾の予定だった。

「これはもしかしてもしかするかもな」

「だといいけど……」

 学者の男はテーネの予想が外れたと踏んだが、まだ油断は出来ない。何せ、前人未踏の距離なのだ。計算が少しでも狂えば、何時間も予想はズレる。

「あ、ほら固まって動くんだぞ」

 子供達が数人、先走って集団を離れる。やはり子供というのは元気が一番だ。アメディスは鉄壁に守られているが、きっと窮屈なのだろう。テーネはにこやかにその様子を見ていたが、ふと耳に何か死の音が届いた。

「これは……」

 音のする方を見ると、なんとヒューゲストキャノンの砲身が向くのとは反対から一筋の光がアメディスに迫っていたではないか。

「あ……危ない! 伏せて!」

 何が起ころうとしているのか、大人たちは即座に察する。集団で固まっている子供達を伏せさせるが、離れている子供達には誰も手が届かない。

「っ……!」

 そこは当然、テーネが向かう。殆ど飛翔するも同然に一歩で子供達の下へ行くが、それと同時に破滅の光がアメディスに降り注いだ。発射の時とは比べ物にならない閃光、熱、そして空気を揺るがす音。テーネは子供達に覆いかぶさる形となり、飛んで来る瓦礫から身を挺して彼らを守る。

「っ、がっ……!」

 人命を奪うには一つで十分なサイズの、硬く尖った破片がいくつも彼にぶつかる。勢いのまま吹き飛ばされそうになるが、痛みに声を出すことさえ我慢して踏みとどまった。

 永遠にも思える時間が過ぎた。

「はっ……はぁっ……う、ぐぅうぅぅぅ……」

 安全が確認できるまで、彼は子供達を守った。頭からは血が流れ、背中に大きく鋭い破片がいくつも突き刺さっている。意識が遠のきそうになったが、それは現実から目を背ける様な気がして出来なかった。

「みんな、無事か?」

 幸い、怪我人はテーネ以外いなかった。だが、全員が目前の光景に閉口する。アメディスの国は、その象徴たるヒューゲストキャノンさえ残さずに吹き飛んでいた。文字通り、跡形もなく。残っているのは大地を穿った穴だけだ。

「これは……」

「あ……ぁぁ……」

 その光景を見たテーネはその場に崩れる。そして、咆哮とも悲鳴とも取れる叫びをあげた。彼の胸には、もっと強く反対していれば、キャノンの運用に手を貸さなければ、いくつもの後悔が深く突き刺さる。傷の痛みよりも、子供達の親を死なせてしまったこと、あの国ですれ違ったり物々交換をした人々を殺してしまったことが全身を引き裂いていた。


「これからどうする?」

「どの国にも降伏は出来んじゃろ。わしらの命と引き換えにしても、その後の保証が出来ん」

 すっかり夜も更け、門番長と老人は今後のことを話し合っていた。アメディスはキャノンを作っている段階で周辺国と友好関係などなく、頼れる場所がない。あてもなく彷徨い歩くのも、子供達の体力から難しいだろう。

「……」

 テーネは放心したまま消えた国を見ていた。そんな彼を子供達は心配そうに見つめる。キャノンを撃ったのは彼、つまり自分達の家族を殺したのもテーネだ。だが、彼の姿を見ればそれが本懐でないことくらい子供でも理解出来た。

「テーネ先生、痛くない?」

「先生は悪くないよ」

 少ない語彙でどうにか、心を伝えて元気付けようとする。しかしその悉くが届かない。

「おい、あれ」

「なんと……」

 その時、集団の足音が聞こえて門番長と老人は身構える。その音は鉄が鳴る様なものも含んでおり、ただの旅団が通りすがったとは思えない物々しさだった。やはりというべきか、複数の国の兵士が集まった連合軍が彼らの近くまでやってきていた。

「チッ、国が滅んだ頃合いに子供達を狙ってきたか」

 門番長が前に出て応戦しようとする。だが先にテーネが彼らに近寄り、武器を捨てて宣言する。

「……あのヒューゲストキャノンを設計し、発射したのはボクだ。だから子供達だけは……」

 あれほど死を恐れたテーネであったが、強いショックを受けたのか半ば自暴自棄になって身代わりになろうとしていた。兵士の一人が剣を手に、彼へ迫った。首を取り、戦果にするつもりだ。だが、それを盾で門番長が突き飛ばす。

「テーネ!」

 兵士たちが剣を抜き、構える。状況は一触即発だ。門番長は叫び、彼を鼓舞する。

「お前が命を差し出してもこいつらは子供達を見逃すものか! 戦え!」

 その言葉を受け、少しテーネは動く。確かに、自分が全ての罪を背負って殺されてもその後、子供達が安全に避難できる保証も生活を送れる根拠もない。だが、罪はどこかで償わなければならない。今戦えるのは門番長と負傷した自分だけ。二人して戦っても、勝ち目はない。

「でも……ボクにはそんな資格が……せめてボクの命で、少しでも……」

 それに、子供達に恩を着せるなんてことは出来ない。このまま出来る限りなにもせずに死ぬ、そうして兵士たちの留飲を下げ、子供達が生き残る確率を上げる。それが一番の償いだ。そう信じていた。

「お前は死ぬのが怖くて他人を殺してでも生き残ってきたんだろう!? 死ぬのが怖いのはこいつらもだ! だがこいつらはお前と違って戦う力がない! お前が戦え!」

 死の恐怖、それまでテーネを突き動かしてきたものが、子供達にも迫っている。そして、それを祓えるのは今、自分だけなのだ。その事実が、テーネを再び立ち上がらせた。腰に帯びていた剣を抜き、その刃を輝かせる。

「エスパド・ブラシュ」

 その輝きは今までにないほどで、天にまで虹色の光が届く。あまりの眩さに敵兵は後退するが、あまり長くは続かなかった。

「が、は……」

 思ったよりダメージが重く、既に限界を迎えていた。テーネは剣を落として倒れてしまった。気を失わない様にするのでもはや精一杯。指一本動かすことが出来ない。

「クソッ! やる気になったがとっくに戦闘不能かよ!」

 この不利な状況でも、門番長は諦めなかった。周囲の兵士が一斉に襲い掛かる。ここまでかと思われたその時、上から何者かが手斧を振り下ろして地面を砕く。

「おわっ!」

 その人物は着地と共にターンし、土煙を掃う。雄々しい金髪の少女、テーネは彼女に見覚えがあった。珍しく、自分の命を狙わず停戦を試みた人物なので記憶に残っていたのだ。

「ネメアクラウン、ギルドマスター、ネアだ。この戦い、待ってもらうよ」

「バスター? なんでバスターが人間の戦争に?」

 門番長はバスターの介入に驚いた。バスターとは魔物を討つ存在。人間をその力で傷つければ罪人の烙印を受ける。

「アメディスが魔の加護持ちも募集してたから、念の為バスターに依頼してた国があってね。それで光を見たから駆け付けたってわけ」

 魔の加護の募集があったからテーネもアメディスに来た。敵国も同じく、その対策は考えていたのだ。

「貴様……依頼した我が国を裏切るのか?」

 兵士の一人が抗議するも、逆にネアは頬を膨らませて怒りを露わにする。

「私の仕事は魔の加護を持つ者を倒すこと。でもさすがに敵国民といえど子供を殺すのは見過ごせないよ!」

「あんた……俺達の味方なのか?」

 明確に意思を表すネア。門番長は一応、確認を取る。

「子供達を守るって意味では。バスターは倒す者ではなく、護る者だからね!」

 方針の違いから、依頼主へ反発したということだ。だが、バスターは呪いに近いレベルで魔物以外への攻撃が禁止されている。当然それは兵士たちも知るところで、ネアの反抗はまるで意に介すつもりがない。

「バスターなど我々に攻撃出来ない! 犯罪者になるつもりなら別だが、そうなれば堂々と討伐できよう!」

「さすがになすすべ無しじゃ、バスターが人間の犯罪者から自分や他人を守れないでしょ。あるんだよ、例外が」

 ネアも無策ではなかった。多くのバスターが加護を示す様に、腕を掲げて加護の紋章を空中に浮かべる。

「我にバーバリアンの加護を与えし神よ、罪なき子らを守る為に人へ刃を振るうことを許したまえ!」

 その言葉と共に、ネアは赤い光に包まれる。そして、おもむろに近くの兵士を蹴り飛ばす。

「ぐはっ!」

「何? そんなことをすれば烙印が……」

 通常、この程度の負傷をさせるだけでも烙印を受ける。だが今のネアには何も起こらない。

「なんだそれは……」

「何って、神に許しを貰ったんだよ。君達をボコボコにしていいってね」

 バスターが人間に抵抗する手段は存在する。それが、この加護を与える神への申請だ。そうでなければ烙印を逆手にバスターに対して人間がやりたい放題。見かけた狼藉者から他人を守ることも出来ない。

「く、くそ……退け! 退けぇ!」

 バスターが敵に回り、兵士たちは慌てて逃げ出した。一応の危機はどうにか去ったというわけだ。


 その後、子供達はネアの提案で遠くの国へ避難することになった。彼女の仲間達が駆けつけ、馬車などで安全に連れて行ってくれるそうだ。門番長達も付いていくので、テーネは後のことを任せて傷も癒えないうちにネメアクラウンのキャラバンを抜けた。

「行っちゃうんだ」

 それを待ち構えていたかの様に、後ろからネアが声をかける。彼女に戦う意思はない。仲間の仇であるはずだが、時間が空いてそんなことを忘れてしまったのか。

「仲間の敵討ちでもしたいの?」

「まさか。殺していれば殺される、戦場の常よ。悲しいとは思うけど、あなたを恨むのは筋違いね」

 そんなことより、とネアは話を進める。

「子供達、とても心配してたよ? 何も言わずに行っちゃっていいの?」

「ボクは魔の加護を持っている。これから行く国について行ったら、話がややこしくなる」

 本当は最後まで見届けるのが責任なのだろうが、残念ながらそれは出来ない。魔の加護が状況を混乱させるだけだ。

「そう。今度会う時は敵同士かもしれないから、その時は恨みっこなしでね。貸しもしたつもりないから、本気で殺しに来ていいよ」

「うん、じゃ、子供達のことだけ、よろしく」

 テーネは子供達を任せ、夜の闇へ消えていく。望むか望まざるか、その意志に関わりなく魔の契約をした者としての咎を背負い続ける者。その旅路はこれからも果てしなく長いだろう。

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