日時計の国? ③

 テーネは時折、訓練所で自身の出来ることを探りながら訓練を行った。自分でも把握していない能力や魔法が多く、非常に今後の為となった。

「ふむふむ……一応メインは人斬りだけど魔法も使えるんだね」

 特に王室が丹精を込めて作らせた義手の全性能は未だにテーネ自身も見ることが出来ていない。元々は凄く硬くて丈夫でメンテナンスフリーの義手、という話だったが万が一の時に身を守れる様にと魔力制御機構が組み込まれている。こいつがかなりの曲者で、光の剣を出すだけの機能から派生して色んなことが出来過ぎる。

「指から出して本数を……って制御難しいな」

 指から分けて出すのは奇襲に使えそうだが、一本が細くなって威力が落ちる上にコントロールも困難になる。もっと威力の高い飛び道具、それこそファントムブレードみたいに補充しなくてもよいものが欲しいところだ。

「うーん……」

 とにかく判明した分だけでも使える様に練習あるのみだ。

「ちょうどいいとこにいたな、テーネ。少しいいか?」

「はい?」

 訓練をしているところに門番長がやってきた。貴重な研究員なので前線に出すなと王命が出ていたはずなので、危ない任務はないはず。

「使われていない脱出口のチェックを命じられてな……でも暗くって参ってたんだ。頼めるか?」

「はい、お任せを」

 テーネはある事情から、暗闇でもものを見ることが出来る。夜目が利く、という様に僅かな光でも見えるというレベルではない。灯りの無い地下の様に一筋の光さえ差さなくとも問題なく歩くことが出来る。

 やってきたのは王城。こういう国はトップが独裁で贅沢な暮らしをしているものだが、国王もかなり切り詰めていて調度品の類が城から殆どなくなっている。資金にするために売り払ったのだろうか。

「元々、この城にはいくつか脱出口がある。その中でも壁の外に繋がるこいつの手入れが出来て無くてな」

 扉は硬く閉ざされており、中を開けると灯りを灯すものが一切なく真っ暗。一応、魔力を流すと点灯する魔法石照明の基礎があったが、試してみても作動しない。根本が故障している様だ。

「出口も封鎖してあったが、魔物が住み着いているかもしれない。先導を頼む」

「分かりました」

 物理的な封鎖が行われていても、暗闇には悪霊系の魔物が住み着く。魔の加護は魔物に対して有効打を出せないが、この義手は別。これのおかげで魔物と人間、双方と敵対することになっても生き抜くことが出来た。

「よーし……」

 右腕に意識を持っていき、テーネは先頭に立って脱出口を進む。後ろの兵士たちが短い蝋燭をカンテラに灯して付いてくるが、正直この灯りも暗闇に吸い込まれてしまい頼りない。

「何も出るなよ……出るなよ……」

 テーネは緊張しながら先へ進む。何もないに越したことはない。だが、これだけ暗く放置された場所に何もいないわけがない。彼はあるものを見つけ悲鳴を上げた。

「わぁあああ!」

「敵か?」

 後ろの兵士が身構える。しかし見つけたのはムカデであった。そこそこ大きいが、魔物ほどの脅威はない。

「む、ムカデだぁあ!」

「なんだムカデか、びっくりした」

 こう見てもテーネは、ムカデや蜘蛛の様な気持ち悪い系の虫、蛇など一般的に恐れられる存在が苦手だ。それ以上に怖い目にだって遭っているが、怖いものは怖い。生理的に受け付けないという奴だ。

「蜘蛛だーっ!」

「もう虫はいいよ」

 虫を見つけてからというものの、テーネの足取りは遅くなる。天敵のいない閉ざされた空間では虫がよく育つ。ようやく出口へ辿り着いた頃には、日も暮れかかっていた。

「よし、とりあえず害虫の駆除と灯りの修理でいいな」

 チェックが終わったので、脱出口を兵士たちは引き返そうとする。

「え? この道戻るんです?」

 虫に出くわさない様に外から帰ろうとしていたテーネは意外そうな顔をする。

「当たり前だろ。誰かに見られてたらどうするんだ」

「うぅ……」

 虫のことを考えて心底嫌な顔をするが納得はしているので大人しく従う。すっかり縮こまってびくびくしながら歩く羽目となったが、先頭ではなく殿なので移動は遅くならない。むしろおいてかれない様に必死だ。


   @


「よし、そろそろだね」

 ヒューゲストキャノンの調整も終わり、試射の時が来た。苦労して作り上げた最終兵器が完成し、国民もお祝いムードだ。研究所には国王もやってきて、試射を見守る。国王はさぞ立派な服を着ているのだろうと思われるが、国民と大して変わらない作業着姿だ。

「これ、なんです?」

「ああ。設計図と一緒に出土したらしいよ」

 最終チェックを学者の男としていたテーネは、資料に紛れていた芋の様な置物を見つけた。そこに付けられた模様はどこかで見た様な形をしている。あまり参考にならないのか乱雑に放置されていた。それと地図を交互に見て、彼はふとあることに気づいた。

「……世界球体説?」

「え? それって世界が丸いっていうオカルトの?」

 世界球体説とは、この世界が平面ではなく丸いのではないかという説だ。その根拠として、水平線に消える船が下から見えなくなる、というものがある。ただし世界が丸かったらどうやって我々は大地に立っているんだという疑問が出てきて、信じている者は殆どいない。

「これが世界の模型なのだとしたら……」

「おいおい、我々より進んでいる文明を持っているって話だろうこのキャノンを作ったのは。だったらこんなオカルトは信じていないだろう」

「ですよね」

 流石にそれはあるまい、とこれ以上の追求はやめた。そして、いよいよ発射の時だ。

「諸君! これまで我慢を強いて申し訳ない。だが、このヒューゲストキャノンの恐ろしさを世に知らしめれば、我が国は覇権を得る!」

 既に軌道計算は済んでいる。現在、アメディスの物資を封鎖している連合の中でも最大の国家に狙いを定めている。向こうはあれが自壊することなく安全に撃てる、ないしましてや当てることが出来るとは思っていない様でアクションを起こしてこない。

「では、火を入れい!」

「はっ!」

 射撃の担当はテーネとなった。名誉なことだが、いざ撃つとなると大きな責任がのしかかる。その上、成功したとしても大量殺人の十字架を背負うことになる。なのであまり誰も乗り気でなかったので彼が名乗り出たのだ。

「魔力、充填……点火!」

 加えて魔法を扱えるので、点火要因にピッタリだった。軌道計算もメインでテーネが行い、建造以外は彼が担ったとも言える。念のため砲身の真下から国民を避難させる様に進言し、安全確保も十分。

「いっけーっ!」

 テーネの脳裏に、物々交換で出会った貧しい人々の姿が浮かぶ。この一射が、彼らの生活を良くすることを願って発射した。このサイズにしては不思議と、衝撃は少なかった。先端が眩く光ると、遅れて耳をつんざく様な轟音が響く。

「どうなった……?」

「まだ、わかりません……」

 あまりにも規模が大きく、着弾の様子は分からない。一応、標的の国が見える場所に監視の兵を派遣しているがリアルタイムで連絡を取ることは出来ない。

「と、とにかく発射自体には成功した! 諸君、ご苦労である!」

 何はともあれ、国王の言う通りヒューゲストキャノンが破損せずに発射出来たというのは事実。果報は寝て待て、今はお祝いの時だ。


「うーん……違う」

 テーネは気になっていた、最初に撃つべきポイントの計算をしていた。だが、何度やっても地図の端からはみ出してしまう。例えアメディスが世界の端にあったとしても、射線を対角線に取っても大きく逸脱している。

「そんなまさか……ね」

 ただしある説を当てはめると、答えが出る。だがそれは考えない方がいいと彼は計算を辞めた。

「ところで、まだ避難は早計ではないか?」

 国王はテーネの指示に疑問を抱いていた。砲塔を旋回させ、その下から国民を避難させる。その命令をお願いしていたのだ。

「いえ、結果がどうあれ……次に打つ手は決まっています」

 しかし彼は確固たる意志の元、行動していた。現場に任せ、余計な口を出さないのは実に理想的な上司であった。

「ふむ、確かにその方が良さそうだ」

 テーネも行動指針は国王にだけ伝えてあった。軍事行動は大規模になるほど関わる人数が増え、情報が漏れる危険を増す。予想される結果や目的は発案者と責任者が知っていればいい。末端は思考を放棄し、自身の役割に徹すればいい。

「報告します!」

 しばらくして監視の兵士が、国王も待機している研究所にやってきた。砂まみれ煤まみれで、ただ事ではなさそうだ。

「どうした?」

「ヒューゲストキャノンの砲弾を思われるものが敵国に着弾したあと……爆発し国土を焼き尽くしました……」

 ちゃんと映ったものを記録する追憶の鏡程度は持たせてもらっており、そこに記録された惨劇を見て、テーネ以外の全員が口を閉ざす。

「生存者は? 反撃の余力はあると思いますか?」

 彼としてはそこが心配になった。このヒューゲストキャノンはバカスカと連発出来ない。そして防衛には使えない。もし敵に反撃の力が残っていては、危険が伴う。

「いえ、とても……国が火に包まれています」

「そう……」

 テーネは次の手を考えた。敵は一国ではない。次の砲撃が来る前に仕留めようと仕掛けてくる可能性はあった。だから、敵国全てに着弾させられる様に軌道計算は全て済ませてある。

「テーネ……その、なんだ。戦争ってのは一人の罪じゃ……」

「いえ、ボクが心配しているのは……。メンテナンス! 進捗どうですか?」

 彼が罪の重さにふさぎ込んでいると思ったのか、科学者の男は元気づけようとする。だが、彼は次の行動を起こした。

「大丈夫です! 撃てます! ……けどまさか」

「はい! 第二射いきます!」

 そう、なるべく間を開けずに二発目を撃つ。一発目が外れたとしても、二番目に大きい敵国へ向けて。そうすれば誰しも他人事とは思えず、あまりの速さに電撃侵攻での攻略ではなく交渉で撃たせない様にするはず。

 王室上層部とテーネの間で決まった作戦がこれだ。この一日で国を取り巻く環境を好転させる。ここに全てを賭けるのだ。

「総員、退避完了しました! 第二射、行けます!」

「撃ちます!」

 テーネは連絡を待つ間、既に砲身や魔力を計算通りに調整しており整備士の退避が終わると同時に二射目を放つ。二度目とはいえ、この衝撃には誰もがまだ慣れない。

「ボクは今まで、自分が死なないためだけに誰かの命を奪ってきました。ですが」

 彼は学者の男に語りかける。この大量殺戮の引き金を引いたことに、後悔はない。

「これでみんなが少しでも幸せになってくれれば、いいなって」

 その日からアメディスは、周囲にただ警戒されるだけの国ではなくなった。逆らえば国を穿たれる、その力を持ち畏怖を持って警戒される正真正銘の軍事国家となったのだ。

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