日時計の国? ②

 アメディス国民となったテーネは、募集に応じためぼしい戦力であることから上位の扱いを受けるとのこと。案内されたのは国の指定する重要な人材が暮らす、良質な建築物。

(もしかしてここ高い?)

 硬い階段を踏みしめながらテーネは心配する。家賃のことではなく、この階段の上がり具合を見るに、上階が住居になるだろう。彼は高いところが苦手だ。もし窓から外の景色など見えた日には一日中カーテンを閉める羽目となる。

(これ、珍しい建材だね)

 石の様だが削った痕跡のないこの建材は、泥と石灰を組み合わせたコンクリートというものらしい。とても硬い上に、自由な形に固められて便利なんだとか。

「ここがお前の部屋だ」

 部屋に通される。そこは一人用のベッドだけで埋まってしまう様な狭い部屋だ。窓はなく、上に換気用の穴が開いているだけ。とりあえず高所の心配はしなくてほっとする。

「割と不評なのだが、どうかね?」

 先ほどから案内をしてくれてる老人は、外国の人間にこの待遇があまりウケないことを気にしていた。とはいえ彼からすれば安全が確保されているだけで十分だ。

「いえ、殺される危険がないだけで十分安心です」

「そうか。今日は丁度配給の日だ。日割りしなくて済む。週一だぞ」

 食料は配給性。堅そうなパン三つと小さな容器に入ったザワークラウト。キャベツの漬物は壊血病を防ぐのに役立つ。食事面も概ね心配なさそうだ。

(上流でこれなのね)

 他の人はもっと厳しい環境なのかなとは思ったが、そんな心配をする余裕はない。それが気になるのなら、自分が頑張ってこの国を盛り立てればいいのだ。

「シャワールームはあっち、時間無制限だ。石鹸は月一で配る」

 前提として時間の話をしたので、制限がある場合もあるようだ。テーネの小さな掌にも収まるサイズのものを、更に半分に切った石鹸が渡される。

「タオルはこれ、部屋番が書いてある。歯ブラシも月一だ」

 ごわごわの布切れが洗面用具と太い枝をほぐしたものが洗面用具。彼も日用品が手に入らない中で歯磨きの重要性は分かっているので、この枝をほぐして繊維を毛羽立てた歯ブラシはよく自作している。

「洗濯物はシャワールーム前の籠に部屋番が書いてあるからそこに入れておけ。高価な装飾は外した方がいい」

「はい」

 衣服は戦闘で破れたり血まみれになったりするのでそんな高価なものはない。心底大事にしているチョーカーだけ管理を徹底しておけば良さそうだ。

「一応、全員に渡しているからこれもやるぞ。作業着と替えの下着だが……お前さんは服装自由だから着る必要はない」

「いえ、助かります」

 ほぼ手ぶらで旅をしているテーネにとってはこんなものでもありがたい。誰かのお下がりなのか袖や裾が擦り切れているが、あること自体が大助かり。


 一通りの説明を受け、テーネは部屋で休んだあとシャワールームに向かう。指示通り服は籠へ突っ込み、古びたタイルを裸足で踏みしめる。長いこと戦いで多くの傷を受けた身体は、それが想像できないほど白く美しい肌をしている。怪我もすれば痛いのだが、治癒能力が高いのか切断された腕以外は跡形もなく治ってしまう。

 シャワールームは共用で、狭い空間にシャワーが並んでおり仕切りの類は一切ない。男女は別れているのかという疑問が湧くのだが、遠い東の国では混浴が当然という話も聞いたことがある。

「わっ、冷たい」

 蛇口を捻ると、壁に固定されたシャワーヘッドから水が出る。疲労に火照った身体にはこれが心地よい。この世には湯が出るシャワーや、お湯を張って浸かる習慣もありそれも経験済みだが、なにより敵の心配をしなくていいのがテーネにとって最大の幸福であった。部屋も簡素であるが鍵が掛かり、その鍵を首に掛けられる様に紐が付いている。少ない資材で快適さを追求しようという思想が垣間見えた。

「ふぅ……」

 時間無制限ということもあり、ゆったり水を浴びて緊張をほぐす。髪もすっかり伸びてしまったが、切る機会を見失っている。ここに床屋はあるのかどうか。これから暮らすのでゆっくり考えればいいことだが。

(お仕事、どこに配属されるかな……)

 可能ならば前線に行かなくても済むといいな、と彼は考えた。選別の様子を見るに、学がある者は珍しいようだがついうっかり自身の力をひけらかしてしまった。どっちになるかは五分五分だろうか。

(あー、でもボク数学は趣味の範囲だしなぁ)

 だがテーネの数学は建築など実用の方向ではなく、学術的な部署に配属される可能性は低いと見ていた。色々考えているとすっかり周囲のことが頭から抜けてしまったのか、男の驚く声で意識が引き戻された。

「うわ! お、女?」

「あ、男! 男!」

 よく間違えられるが、そんなに女っぽいだろうかとテーネは考える。確かに大人になりきる前に魔の加護を受けた影響はあるが、彼に自覚はあまりない。実際は言われなければ少女だと思ってしまうほどだ。

「あ、ああ……、まぁここ共用だからあれだけど、新顔?」

「はい、今日から」

 男は以前からここに住んでいる様だ。彼はテーネの顔を見て事情を察する。

「魔の加護かぁ、ならここに来るのが一番だろうなぁ。俺なんか国で禁じられてた研究したいからこっち来たが、設備も暮らしも大変でな。冷たっ!」

 やはり他の国と比べて生活水準は良くないとのこと。上流と思われるこのエリアでそんな感想なのだ。一般市民については言わずもがな。男はシャワーの冷たさに悶絶しながらそそくさと身体を洗って撤退する。

「ま、俺の研究が実ったらお前にもいい暮らしが出来るさ。お互い頑張ろうぜ」

「はい!」

 久しぶりに仲間を得て、少しテーネは不安が和らいだ。


   @


 翌日、テーネが呼び出されたのは会議室。実は配属を決める議論が平行線を辿っており、本人の意見を募る他ないほど煮詰まっていた。

「じゃから! 学のあるもんは少ない言うとるじゃろがい!」

「あの実力を前線に置けば、兵も安心し士気が上がる!」

 昨日の老人と門番長がまだ言い合っていた。どうも夜通しこの議論は続いたらしい。テーネも自分の意見が出せるのは嬉しいが、少し呆れていた。

「お前さんもそう思うじゃろ?」

「お前も前線で暴れたいだろう?」

 二人に言い寄られ、少し考える。個人としては前線に行きたくないので、なんとか門番長の機嫌を損ねない様に言葉を選んだ。

「あの、門番長さん……実力を高く買っていただけるのは大変うれしいんですが……ボクってその、戦い方の都合不意打ちが多くて合戦みたいに集団で真正面から戦うとなると足並みを乱してしまうというか」

「確かにそうだが……せっかくの力だ。なんとか……」

 納得はしてもらえたが、それでももったいないと思われている。すると、昨日遭遇した学者の男が折衷案を出してくれた。

「では、午後に要人警護の為の訓練を行いましょう。午前は研究所で。これでいかがですか?」

「うむ……出来れば一日研究所にいてほしいが……」

 老人は研究を優先させたがっていた。このままでは埒が明かないので、ここはテーネがスパッと決めることにした。

「ボクは研究に回ります。しかし万が一この国が襲われた時は戦わねばなりません。なので、訓練も定期的にします」

 訓練をしたかったのは、テーネ自身でも自分の技がどこまで出来てどこまで通じるのか知りたかったから。新技も開発できれば、今後の為になる。普段は即座に相手を仕留めなければならないため、思いつきを試す余裕はなかった。それが出来るのはありがたい限り。

 というわけで本人の意志がハッキリと明示されたことで配属が決定した。軍事研究所。アメディアの根幹たる軍事の発展を支える部署だ。老人に連れられてやってきたのは、日時計の針の真下。

「我々は今、ヒューゲストキャノンの調整を行っている。外から見えたあれだ」

 あの日時計は兵器だったらしい。鉄の筒から弾丸を火薬や魔力で発射する大砲のとても大きなもの、ということだ。

「我々はあれの設計図を発掘し、あらゆるものを犠牲にして完成させた。作りさえすれば、世界を手中に収めることも可能だと信じてな。だが、現実は違った」

 そう、このヒューゲストキャノンはあまりに大き過ぎた。試射しようものなら、周囲の国に警戒体制を取られてしまう。作っている時点でも外交封鎖を受ける代物なのだ。

「つまり、試射の一発で周辺国のうち最も強力な一国を確実に落とさなければ周囲の反撃に遭い、この国は陥落……」

 政治に疎いテーネにもその結末は見えていた。確かに強大な兵器に見えるが、その大きさは取り回しを悪くし、逆に進軍すれば安全、国民を避難させてしまえば撃たれても被害が最小限に抑えられる、という欠点を抱えていた。奇襲性の無さ、防衛に転用できない融通の利かなさがアメディスを追い詰めた。

「こうなったら防衛装備が欲しいけど……」

 最強の矛を得たのなら、同時に盾も持つべき。だがこの国は上流にさえ硬いパンを配給するほど物資が乏しい。もう追加で何か作る余力はないだろう。

「オマケに文官は忙しくて人手不足だ。調整も遅々として進まん」

 軍事国家ということもあり兵士の充実を優先した結果、高度な計算を要する兵器の運用が可能な人材の育成が進んでいなかった。ヒューゲストキャノン建造と同時に育成もすればよかったのだろうが、元々進んでいない人材育成、そもそも教えられる人間がいない。キャノン完成でさえ奇跡に近い。

「というわけで、このキャノンの調整が我が国の命運を分ける。共に頑張ろう」

「はい」

 テーネの仕事は、このキャノンを撃てる状態にすることとなった。


 その後、彼は熱心に仕事へ取り組んだ。やはり問題は人手不足の部分が多く、キャノンの運用に必要な演算を行える人材が一人増えただけでも進捗は劇的に変化した。数学が出来る、という条件はともかく計算式が建築とは全く異なるのだ。

 ヒューゲストキャノンはその砲塔を360度旋回することが可能で、その為に干渉する建造物は事前に撤去されていた。長さはもちろんのこと、発射される砲弾のサイズも巨大で着地点は甚大な被害を受けるだろう。

「これは?」

 テーネは計算中、設計図に記されたある式に目をやる。設計図は朽ちない様に石板に彫られていた。

「ああ、なんでも最初に撃つべきポイントの式らしい」

「最初に? 数値が固定みたいだけど……」

 学者の男はその内容を知っていた。どこで撃つのかもわからないのに最初から数値が入っているというのも奇妙な話だ。回る様に作られた砲身の向きに指定がないのも引っ掛かる。

「……発掘地域はここ。アメディスはここ」

 計算用に用意された周辺の地図を見ても、発掘した場所とアメディスは離れている。この兵器をどこで作り、どこに向けるかもわからないのに発射の威力や角度が指定されている。これではこの式を書いた人もどこへ着弾するか分からないだろう。

「うーん、まぁいいか」

 どう考えても意味不明なので、みんな無視していたのだ。重要なのは狙った場所に着弾させる技術。

「それより明日は休みだな。今夜は娼館にでも行こうや」

「あ、いえ……そういうのは苦手で……」

 学者の男に遊びに誘われるが、断る。この国の娯楽はこのくらいしかなく、働いている女達も聖娼の加護を受けていない。この国がバスターの軍事利用をしないのは、バスターが人を殺せば烙印持ちになってバスターが殺せる様になり、泥沼にもつれ込むのを事前に予想しているから。ただの人間の兵士なら、バスターも攻撃は出来ない。

 その前にただの人間とある程度レベルの上がったバスターでは勝負にならず、殺すことさえなく制圧されるのだが。

「はは、そう照れるな。子供が魔の加護を持ってくるのを気にしてるのか? むしろこの国じゃ沢山欲しいだろうけどな」

 聖娼の加護がないということは、女達も仕事で妊娠する可能性がある。そうなると、魔の加護の効果でその子供にテーネの加護が遺伝する。このことや発情期のことを伝えれば種馬扱いで暮らすことも可能だっただろうが、彼はそれをしなかった。

 魔の加護を持つということは周囲全てが敵になる苦しみを背負うことであり、アメディスが上手く時代の流れに乗って大国となってもその栄華がどれほど続くかは分からない。テーネも長いこと生きており、栄えた国が衰退する話も聞いている。だからこそ、アメディスが衰退した時のことを考えると自分一代で終わらせるのが一番穏便だ。

「そ、それにボクにとって一番楽しいのは安心してぐっすり寝ることだから……」

「そうか、なら無理強いはしないけど、オススメ聞きたいならいつでも待ってるぞ」

 娯楽がないとはいえ、テーネとしては命の心配をせずに枕を高くして眠れることは最大の娯楽であった。


 仕事をすれば報酬もある。だが、アメディスでは物資不足が慢性化しており貨幣経済は機能していない。配給でしか物資を得られないが、テーネの様な重要人材はより多くの配給が受けられる。

「これなら、これとかな……」

 そのため国民の間では階級を跨いで物々交換が行われている。テーネもそこに参加し、不足している衣服などを調達した。物資不足はヒューゲストキャノンの建造が原因ということもあり、その前にあったものや廃材などから製造したものが交換に出る。

(痩せてるし顔色も良くない……)

 殆どの国民が飢えており、やせ細っている。パンを持っていくと奪い合いになってしまうため持ち出せずにいた。いくら空腹慣れしているとはいえ、テーネもギリギリの量しかもらっていないので流す余裕はない。国土の割に人が多いようにも感じられた。

 これではいくら農業をしても国民を養えないだろう。そうなると輸出入が大事になるが、あのヒューゲストキャノンを脅威に感じる国々によって封鎖を受け、難しい状態だ。

「そのチョーカー、結構な物資と交換できるんじゃないか?」

 装飾品は役に立たない、と思われたが上流との交換材料になるらしく、チョーカーとの交換は度々持ち掛けられた。だが彼にはいくら積まれても売れないものであった。

「これは大事なものなの」

「そうか……」

 家族の形見でも生活必需品の為に売り払うのが常態化しているらしく、意外そうな顔をされる。このチョーカーは、ある人達との思い出が詰まったかけがえのない品だ。義手は外せない為あまり言及しないが、それもまた同じく大事なもの。

(ボクが頑張ってキャノンを完成させれば、大事なものを売らなくていいようになるかな……)

 切羽詰まった国民の姿を見て、テーネはもう少し頑張ろうと思ったのだった。

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