日時計の国? ①

 テーネは高いところが苦手だ。魔の加護を持つ者は宿を取るのも難しく、安全に眠る場所を確保するのに苦労する。木に登って眠れば安全だろうが、それが出来ない。

「ふぁ……」

 なので魔物の群れに紛れて眠る。魔物は魔の加護を持つものを敵として認識しないのでこういう荒業も可能だ。目を覚まし、近くの川で顔を洗って先を急ぐ。モフモフの魔獣に囲まれていれば他者の目も誤魔化せ、風避けにもなる。巣穴にお邪魔することもあるが、今日は単に群れに囲まれただけである。気候も穏やかで天気も悪くないため、これで十分だ。

「さて、そろそろ近いかな?」

 テーネは懐から羊皮紙に印字された案内を取り出す。それはとある軍事国家が人員を募集しているというものだった。遠くの街に張り出されていたので、来るまでに時間が掛かってしまった。周囲にも街はあったが立ち寄っていないので、あまり情報はない。

「罠じゃないといいけど」

 バスターの加護は対人、則ち軍事に使えない。この案内には魔の加護大歓迎と書いてあるが、その理由はテーネ自身もよく分かっている。高性能な人殺しが欲しいのだろう。バスターの加護を受けた状態で人を殺めれば烙印が刻まれ、罪人として追われる身になる。魔の加護持ちは元々人殺しの為に魔王が加護を与えたので問題はない。

 軍事国家が魔の加護を持つ者を欲するのは当然と言える。

「文官がいいな……」

 安住の地を求める以上、死の危険がある前線には行きたくないところ。幸いにして彼には魔の加護以外にアピールできるポイントがある為、ワンチャンあるかもと思ってやってきた。ダメなら帰るだけだ。

「そろそろいいかな、大通り」

 早く着きたいという気持ちが先行し、大通りを通ることにしたテーネ。もしかしたら、同じ考えの者に会えるかもしれない。とはいえ、完全に気を抜いたりはしない。マントで顔を隠し、烙印が見えない様にはしている。

 いそいそと道を歩いていると、何者かが立ちふさがっていた。鎧を着こんでいる癖にミニスカートというちぐはぐな格好の少女だ。

「ん?」

「この先は軍事国家アメディス! あなたはあの募集を見て来たの?」

 聞かれたのでテーネは正直に答えようとするが、念の為に確認は取る。まだ目指している軍事国家アメディスまでは距離がある。名物と言われている日時計も見えていない。

「アメディスの関係者?」

「逆よ、あんな悪の枢軸に加担しようとしている奴を止める為に見張ってるの」

 余計なお世話だなぁと思いつつ、素通りしようとしたが通せんぼをされてしまう。この程度で剣を抜いて殺したりはしないが、少しスルーする手段を考える。念の為、魔力を両腕に溜めてすぐに動ける様にする。

「アメディスに参加するの?」

「えと……そうじゃなくてこっちに用事が……」

 ハッキリ言わないが、嘘も吐かない。嘘が苦手なことはテーネ本人も自覚がある為だ。

「そっちはアメディスしかないけど?」

「え? 他に街があるんじゃ……」

「あるけどこっちの街道はアメディスにしか繋がってない」

 だが向こうも頑固で道を譲ってくれない。どうも軍事で他の国を侵攻しようとしているアメディスを妨害するのが正義だと思っているらしい、正義を振りかざす人間が一番面倒なのだ。

「あの、これから帰る途中なんですよアメディスに……」

 とりあえず国民のフリをしてやり過ごそうと考える。だが、それで許してくれるほど正義マンは甘くない。剣を抜き、少女は戦いの準備を始めた。

「じゃあ、交渉の材料になってもらうわ」

「バスターが民間人を傷つけるの?」

「民を守るのがバスターの仕事、黄色烙印くらいならおつりが来るわ」

 その民にアメディス国民は入っていないのかとテーネは嫌気がしたのだが、こうなっては仕方ない。躊躇わず、防具に覆われていない脚部へ向けて魔力を込めたファントムブレードを放つ。

「がっ!?」

 いくら重要な臓器がないとはいえ、脚は文字通りの生命線。特に重装備を支えるのであれば尚更。太ももを貫通したブレードにより血を流し、少女は膝を付く。

「あんた……何を……」

 確実なトドメを刺すべく、テーネは剣を抜いて彼女に迫る。それを見て少女は急に懇願を始めた。

「やめて……、たすけ」

 しかしそれを聞かず、彼は首を切断して息の根を止めた。長い髪は丁度ひっかけて持っていくのに都合がいい。

「手土産、出来たかな……」

 あんまり弱いと意味ないかな、と思いつつアピールの材料に持っていくことにした。血は胴体の側から流れるので、あまり汚れることは気にしなくていい。


 そうして大通りを歩いていると、いよいよ軍事国家アメディスの象徴とされる日時計が見えてきた。大きな壁越しにも見えるほど大きな針で、それっぽいから日時計と呼ばれているだけでその正体は不明。軍事を軸にする国だけにその内情を余り明かしていない。

「さて……」

 ぱっと見で募集に応じたことが分かる様に、案内を手にマントを頭から脱いで魔の加護の烙印が見える様にする。いきなり持っていては面喰らうだろうと、少女の首は髪を使って肩にかけ、ぱっと見で分からない様にした。

「いよいよだね」

 上手くいけば、これまでの様に毎日脅えて過ごす必要が無くなるかもしれない。期待と不安に胸を躍らせながら、アメディスの門へ足を向ける。そこでは見張りの兵士が槍を手に辺りを警戒していた。彼らはテーネを見るなり近寄ってきて、何者かを尋ねてきた。

「何用か?」

「これを……」

 彼は案内を見せ、烙印を示した。兵士は話が分かったらしく、すぐに通してくれた。

「これはわざわざどうも。では志願者の選定を行いますのでお待ちください」

「ところでこれは?」

 兵士の一人が彼の持つ妙な物を気にかけ、それについて聞いた。

「あ、はい。さっき大通りでアメディスへ行く人を妨害していたバスターの首です」

 正直に答えて首を見せると、大の大人が悲鳴を上げて逃げ惑った。さすがに恐怖に歪んだ表情のままではダメだったか、と半ば見当違いのことを考えて、テーネはそっと少女の瞼を閉じてやる。

「と、とにかくこちらへ」

 首は持ち込めないとのことで、その辺に置いておくしかなかった。通されたのは門番の詰め所らしきところで、男達が常にいる影響か妙に汗臭い。そしてどこかみすぼらしい。

「おやおやこれはまた若い人が……では選定を行う」

 そこで待っていると、担当と思われる老人が姿を見せる。若い、といってもテーネは成長どころか老化もしないらしく、自分の年齢などもう忘れてしまった。

「先ほどの首、拝見しました。パラディンレベル23……上位職を無傷で仕留めましたか」

「いえ、幸運にも不意が突けたので」

 ここは少し話を盛るべきだろうが、元々謙虚で正直な性格故にそんなことを言ってしまう。

「ふむ、複数の魔の加護を持っておられるようだ。魔の加護はあまり詳しくないのだが、そういうものなのかね?」

 テーネは人斬り、暗黒魔導士、暗殺者と複数の加護を持っている。バスターの加護は同時に受けることが出来ず、その都度加護の神殿で切り替える必要がある。魔の加護については所有者が情報を秘匿していることもあり、そのルールはあまり公になっていない。

「多分特殊かと……。昔捕まって人体実験された時に」

「そうか」

 本当に重要なことは隠しつつ、可能な限り正直に伝える。いくらこれから暮らす予定の国だとしても、万が一を考えると全て手の内を明かすのは賢くない。

「やはり前線希望かね?」

「あ、いえ……その、実は数学を少々嗜んでいて……文官希望なんですが……」

 テーネの隠れた特技、それは数学。魔法文化の中では建築家の特殊技能か金持ちの道楽でしかないのだが、魔の加護を得る前から彼は数学者に憧れていた。

「ほう! 数学とな? それは珍しい。どの程度か見せてもらおう」

 老人は意外にも数学の部分に食いついてきた。彼は連絡用の黒板に空いたスペースを見つけると、そこに二次方程式を記した。書いている途中にもテーネは頭の中である程度計算をしていた。

「これは解けるか」

「はい!」

 久々に同じ興味を持つ相手というのもあり、彼はうきうきしながら式を解いた。老人が式を書き終わる頃には暗算が済んでおり、後はそれを出力するだけだ。もちろん、検算も同時に済ませる。

「おお、早いな」

 随分久しぶりに褒められ、テーネは少し鼻が高かった。その後も老人は彼のスキルを確認するため、様々な問題を出した。それをテーネは難なく解く。字が汚い点については老人も目を瞑った。下手なりに1と7や、0と6など見間違えない様に気を使っているのは分かった。

「これにてでは、王に報告する。ここで待っておれ」

「はい」

 老人は結果を国王に伝えるらしい。そういう専門の部署ではなく、国王に直とはなかなか気合が入ったスカウトだ。

「おう、お前が希望者か」

 待っていると、大柄な兵士が声をかけてきた。

「あ、はい」

「では選定を開始する」

 有無を言わさず、選定と言われて別の場所に連れていかれてしまった。選定はさっき終わったのでは? と言えないのがテーネの弱いところ。基本口下手で引っ込み思案。魔の加護を得る前からこんな感じで周りからは浮いていた。


 連れていかれたのは訓練所らしき広い空間。いくつか訓練用の人型をした的があるのだが、これを打ち据えるのが選定なのだろうか。

「今回の選定では、お前の武力を見せてもらう。この的を思う存分攻撃してみろ」

 的はいくつかあり、移動できるようにコロが付いているものから床に埋まっているもの、何も装備していないものや鎧を付けているものなど様々存在する。テーネとしてはなるべく弱そうな標的を選んでバシバシ活躍している様に見せたい。だが、普段は確実に仕留めなければならないかつ余力を残しながら戦う必要がある都合自分の全力を試す機会は滅多にない。

「これにしよっと……」

 フルプレートの鎧を着た、床に埋まった標的を選ぶ。近くに盾があるので、その中から衝撃を逃がし易いラウンドシールドを選んで置いてもらう。

「これ装着してもらえますか?」

「随分自信家だな」

「あ、いえ……自分でも全力を試す機会がないのでやってみたくて……」

 ラウンドシールドを構えた鎧の標的が完成する。剣では当然太刀打ちできないので、こういう時はハンマーなどで上からぶっ叩くらしい。バスターでもここまでのフル装備をした者は少ない。

「よーし……」

 腕を捲り、義手を出して魔力を溜める。周囲の景色が揺らぐ程度のチャージはよくやっているが、それ以上は試していないなともっと蓄えてみる。溜め続けると紫の炎が腕に灯る。

「そろそろかな」

 堅い床が抉れるほどの踏み込みで駆け出し、その腕を盾にぶち込む。部屋中が振動し、鉄が裂ける甲高い音が響く。腕は盾と鎧を容易く貫通し、背中は大きく抉れて埋め込まれた床から標的がもげた。腕を抜くと標的は転がり、鎧の下に着て来た鎖帷子や皮や綿の破片が散らばる。

「ひぇ……」

 自分でやっておいてぞっと青ざめるテーネ。周りの兵士たちもざわめく。

「ふむ、なかなかやるな」

 大柄な兵士は冷や汗をかきながらその実力を認める。だがもう一つ、と試験を続けた。

「腰に帯びた剣の腕はどの程度か?」

「はい、まぁこんなものです」

 見せられる技を選んで、いくつか見せる。剣を回転させて投げ、手元に戻す十八番とも言える『エスパド・スライバー』。これ一個を様々な手法で魅せる。不意に剣を光らせる『エスパド・ブラシュ』や鎧破壊、武器破壊などは不意打ち気味に使いたいので黙っていることに。

「ほほう、凄いものだな」

「剣はその……義手の技を隠すものなので自信ないですけど」

 テーネの自己評価は正直なものだ。剣術は義手という切り札を隠すものであり、その技量はどこまで行っても過信できるものではない。過信、慢心は死を招くと歴史は伝える。

「ああ、いたいた」

 先ほど選定してくれた老人がやってくる。国王に報告が済んだ様子だが、元の場所からテーネが連れ出されてしまったので探す羽目となった。

「門番長! 選定は私の仕事だぞ!」

「一緒に戦う兵士が信用出来るか確かめて何が悪い!」

「お前が何と言おうと国王から合格のお達しが出た」

 現場と指揮系統が仲悪そうなので心配になったが、とりあえず合格の様だ。それについては門番長も認める。

「ふん、こっちとしても合格だ」

「ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」

 無事、テーネはアメディスの試験に受かりここで暮らす権利を得た。目的である安住の地を得たのだが、ここは軍事国家。その平穏が続くかどうかは、まだ分からない。

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