美しき魔の加護狩り ②
「早く去れと言われたものの……」
テーネはネアの進言通り、その場を立ち去ることにした。日が出る前から移動を開始したのだが、昨夜殆ど眠れていない上に大きく体力を消耗してしまった。歩調は遅く、手ぶらに近くとも中々移動できない。
「お腹減った……」
傷は塞がったものの、失血も多く毒の影響は続いている。休みやすみしか歩くことが出来ず、あのギルドが行動に出る前にどこまで逃げられるだろうか。ネアの説得に期待したいところだが、メンバーがああ言うということはあまり進言も意味を成さないだろう。
「少しは歩かないと」
常に最悪の事態を想定し、テーネはともかく道を進む。往く道自体も大通りを避け、整備されていない獣道を進むため歩くのに体力を奪われる。大通りさえ進んでいけば町について休息も取れるだろうが、そうもいかないのが辛いところだ。道外れの警備が手薄な村に偶然転がり込むしかない。
「ん? これはひょっとして?」
額の汗を拭っていると、水のせせらぎが聞こえた。音のする方へ進むと、滝から水が流れ込む湖が存在した。魔力に満ちたこの湖は傷や魔力の消耗に効果があり、大変ありがたいものだ。しかもバスターはあまり近づかないというオマケ付き。
「回復の泉だ!」
魔物たちが水を飲んでいる様に、この恩恵はバスターのみならず魔物も受けられる。その為ベストコンディションの魔物とバットコンディションでバッティングする可能性が高く、知っていても避けるべしと言われる。
「っしょ……」
テーネは服を脱ぎ、泉に浸かる。魔物からは一応味方判定を受けているので、彼は気にせず使うことが出来る。深さは腰までで、水も透明度が高く美しい。
「はぁ……生き返る」
べたついた汗を流し、冷たい水が指先から身体の奥まで沁み込む様に魔力を届ける。熱を持って疲弊した足もほぐれていく。
「っ……あ」
水を掬って首筋の傷に掛けると、焼けるような音と共に傷が塞がっていく。
「そうだ」
疲れが癒え、少し思考に余裕が出て来たのでテーネは畔に戻って服を隠し、武器と貨幣の入った袋だけを持って滝の近くへいく。
「やっぱりあった」
バスターが寄らない性質は魔の加護を持つ者にも知られており、滝などの裏に隠れて休める場所を先人が作っておいてくれたりする。魔の加護を受けて露頭に迷っていたところを助けてくれた人物に教わったのだ。その人の教えは今でも彼をこうして助けている。
「とてもよい……」
洞窟は岩で固められた頑丈なもので、荷物を置くスペースはもちろん、豪邸でしか見られない湯舟の様に水へ使って休める様な構造になっている。滝が日光をやわらげ、ひと眠りにもちょうどいい。
テーネはここを作った誰かに感謝しつつ、休息を取ることにした。
@
「ギルドマスター」
「お姉さまと呼びなさい」
ネアはローズクラウン、ギルドマスターである美女にある進言をした。ギルド名の通りバラの様に赤い髪を伸ばした妖艶な女で、ネアも変な人だなぁと思いながらついてきていた。
「今回のターゲット、やめにしない? 仲間から犠牲が出てる。見逃せば向こうも撤退するって」
ローズクラウンは魔の加護専門を謳う様になってから急速に勢力を伸ばしてきた。だが、ネアは魔の加護を持つ者と何度か対峙する中である疑問を抱きつつあった。魔王の勢力が全盛だった頃の様に、喜んで人間に仇成す様な者は減っている。一方で、何等かの事情……それこそ親が加護を持っていて引き継がされてしまったなどで魔の加護を持ってしまった人物が多くなっている。そうした者は生き延びるのが目的であり、進んで人間を害することはない。つまり手を出さなければ手を出されないのだ。
「それは信用できるの? アレを逃して死人が出たら、あなた責任取れて?」
「逆に、あの子が進んで人を殺しているって証明できる? 殺されそうになったら、そりゃ身を守る為に反撃するよね?」
ネアは昔から感じていた居心地の悪さに少しずつ気づき始めていた。魔の加護を持つ者が命乞いをしても嘲笑って殺す。テーネの様に何かしたわけでもない通りすがりでも罠にかけて殺す。これではまるで、理由を付けて許されている形で人殺しをしたいだけではないか。
「とにかく、私の可愛い子猫ちゃんたちを七人も殺したアレは生かせない。ギルド総出で、弔い合戦よ」
「私は降りる。ワンス連れて帰る時に、保証は出来ないけど止める様に言っておくって言ったし。それで参加しちゃったら約束反故にしちゃうでしょ」
言うだけ言ったが、予想通り聞く耳は持たれなかった。最後の誠実さとして加担しないことだけは守ろうとネアは参加を拒否する。
「まぁいいわ。お留守番してなさい」
一人抜けたくらいでは戦況に差し障らないだろうとギルドマスターは考えていた。だが、それは多いな間違いであると後に知ることとなる。
ネアの忠告を全て無視したギルドマスターは自身の寝室に向かう。天蓋付きベッドが設けられたそこでは、治療と称して呼び出されたワンスが一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
「お姉さま……」
「少しはよくなったかしら?」
ギルドマスターも衣服を脱ぎ捨て、共にベッドへ乗る。メンバー同士が情欲のまま肌を重ね合うのが、ローズクラウンというギルドの異質な特性だ。
「私……怖いわ……」
「ふふ、大丈夫よ、今度はたくさんで行くもの」
ワンスは昨夜に受けた痛みが忘れられず、ギルドマスターの胸の中で震えた。剣士に見えた相手であったが、魔法の威力も一線級。そんな相手にどう戦えばいいのか分からなかった。
「それにね……」
「あっ」
そんな不安を見透かすかの様に、ギルドマスターは彼女の身体に付いた葉脈の様な傷跡を指でなぞる。雷が身体を通り抜けると、この様な痕が残る。
「『電気ビリビリで死んだ者はいない』。魔法も剣も強いなんて人いないんだから、どこかに綻びがあるもの」
これは電撃系拘束魔法の殺傷力が低いことを皮肉ったことわざであるが、実際に対面していないギルドマスターには分からないだろう。テーネは魔法も剣も十分に強いということを。
@
「過去一調子いい……」
日没まで回復の泉に浸っていたテーネはすっかり元気を取り戻して大通りを歩いていた。日が暮れた後は整備された通りを歩いた方が足への負担も少なく移動も早い。諸事情により暗いことによるデメリットは受けないので、そそくさと進んでいく。
殆どのバスターが日没後に活動せず、宿を取っているのでうっかり遭遇することもない。なので魔の加護を持つ者は夜に行動することが多い。
「っ!?」
気配を感じたテーネは周囲に気を払う。いくら調子が良くても、これだけの大人数をその場で相手にするなど舐めた真似は出来ない。常に最新の注意を払って勝率を伸ばすのがテーネの戦い方だ。
「やっぱりだめか……」
美女たちがわらわらと彼の後方に現れ、武器を取る。その中にネアの姿が無いのを確認し、少し嬉しくなった。ああいう律儀な者がまだいるものなのだと。
「では逃げる!」
そして逃走。もちろんただの逃亡ではない。テーネの十八番、振り向き様に光り輝く剣で視界を塞ぎながら切り裂くあれだ。
「ぁぁっ!」
一人目を切り裂き、再度逃走。集団の団子をひとまとめに相手するより、ばらけた順に斬るのが楽なのだ。しかし防具よりもお洒落に気を使っているのは気になった。加護の関係で鎧などの重い防具が相性悪いことも少なくないが、にしてもだ。
「せい!」
「がぁあっ!」
腹部を露出している衣装など、あからさまに内臓を抉って下さいと言っている様なものだ。いくら腹筋を鍛えていても、人殺しに特化した刃は易々とそれを切り裂き臓物を零させる。転がって腸を落として息絶える若い乙女の姿は少しもったいなく感じる。
「これ以上やらせるか!」
胸元を大きく広げた衣服の女が剣を手に飛び込んでくる。まだ昨日の発情が残っているのか、歳相応の男としての部分か、色香に惑わない様に集中してその無防備な胸に刃を突き立てる。
「てい!」
「がはっ!」
手には肉が刃を割き、骨を割って内臓を抉る感触が残った。が、そんなものはいつものことだ。気にするほどでもない。
(しかしどうやってこんな美女ばっか……)
ネアも含め、見目麗しい女性ばかりがこのギルドにはいる様だ。色仕掛けには昨日引っ掛かったばかりなので気を付けたいところ。
「そろそろ諦めないかな……」
もう五人ほど斬ったところで、テーネも嫌気がさしてきた。先日からこんなに犠牲を出して撤退の判断が出来ないとは、リーダーはかなりの無能か頑固なのか。
「前か?」
ふと、前方の殺気を感知する。やはり挟み撃ちは仕掛けてきたか。当然そんなことも織り込み済み、それどころか道の脇にある生垣から飛び掛かってくることも想定はしていた。
「見つけた!」
「仕留めなさい!」
人数の差に加えて、挟み撃ちの形。一見敵側が有利に見えるが、テーネはこういう状況を多く経験し、突破してきた。
「これで!」
剣を投げ、回転させる。敵は当然身構えた。だがそんな直線的な攻撃をするだけなはずがない。こんな程度で倒せるとも思っていないし、もし倒せるとしても万全を期すならもう一手打つ。
「ファントムブレード!」
左腕に魔力を溜め、右腕の義手に注ぎ込む。普段は静かで素早いがバスターを斃すには頼りないファントムブレード。しかし、魔力を溜めて発射することで隠蔽性は落ちるが威力が上昇する。
「ぐっ!」
「あぐ!」
「うっ!」
ファントムブレードは回転する剣に気を取られた敵の喉元に吸い込まれる。補充できるうち半分の十発を叩き込み、前列を全滅させる。剣が到達する頃には彼女達が倒れ伏し、後列を剣が襲う。竜巻の様な刃に呑まれ、致命傷を負った少女達が倒れて呻く。剣は戻ってくるが、テーネはただで受け取ることはしない。
「てやっ!」
高く跳び、前に立ちふさがる集団を飛び越えながらファントムブレードを降らせる。飛翔した状態でも、問題なく命中させられるだけの腕はある。むしろ防具がない頭頂部を狙える分、仕留める可能性は上がる。
「剣が……」
「うわああっ!」
後方の悲鳴を聞き流し、戻ってきた剣を受け取るテーネ。血や脂がべっとりついていたが、軽く振るってそれを弾き、元の美しい刀身に戻してやる。
「まだだ!」
「奴の体力も魔力も無尽蔵じゃないはず!」
この惨劇を目にしても少女達は臆することなく攻撃を仕掛けてきた。果たして勇敢なのか無謀なのか。ともあれ、このまま戦いを続けるテーネではない。
「エスパド・ブラシュ!」
剣を掲げ、光に紛れて姿を消す。この輝く剣は彼からは多少光っている程度にしか見えないが、敵からは太陽の様に眩い。暗所に慣れた目がいきなり昼間に晒されれば、同然視界は奪われる。
「逃げた?」
逃走したと思い、敵は周囲を探す。しかし追われている状態で逃げ出すほどテーネも無思慮ではない。追手は確実に潰す。それが安全への近道だ。
「ぐげっ!」
「な、なんっ……!」
脇の生垣から刃が飛び出し、首や頭部に突き刺さる。当然刃の飛んできた方を全員で見るが、上からテーネが降ってきて剣で少女を一人付き刺し、また刃を光らせて姿を消す。
「どこに?」
「気を付けて! 円陣をく……きゃああっ!」
敵を認識できなくなったことで集団は一気にパニックへ陥った。そして、ついに生きているものがいなくなった。
「ふぅ、これで全員かな?」
さすがに昨日今日でワンスが立ち直ってはいないだろうと思っているが、逃がした敵の顔は忘れていない。
「もう来ないでよ……」
体調がすごぶるいいとはいえ、好戦的とはいえない性格のテーネは内心びくびくしていた。
しばらくは警戒を解かずに歩いていると、その先に二人の女性が立っていた。一人はワンス、もう一人は顔を知らないが、おそらくこのギルドのマスターだ。彼は思わずため息を吐いた。戦闘が長引くということは死ぬ可能性が増えることとイコールだからだ。
「お姉さま……こいつやはり……」
「ええ、殺した方が良さそうね」
ギルドマスターはその美しい顔を歪めた。先に襲わず、かつネアの忠告を聞いていたのならこの犠牲も無かったということを忘れ。
「ええ……先に仕掛けてきたのに……」
「うるさい! 魔の加護を持っているくせに抵抗など!」
理不尽なことを言われるが、もう慣れた。やることはただ一つ。降りかかる火の粉を払うだけだ。
「お姉さま、今度こそ私が!」
ワンスが槍を構えて突撃してきたので、テーネも恐怖を呼び起こさせて優位に進めるべく電撃の魔法を左手から放つ。
「もう一回くたばれ!」
「ぎゃぁあ!」
回避すると思い、可能な限り左右に揺らして広範囲に撃ったがワンスは直進を選び直撃した。一瞬同様するが、彼は狙いが読めた。
(なるほど、前は死ななかったから敢えて受けたのか)
そのまま距離を詰めるというのも予想出来たので、思い切ってもう一人に対処する用にためておいた義手の魔力を左腕に注ぐ。ここでもたもたしていても、不利になるだけだ。
「望み通り、死ね!」
電撃の威力は格段に上昇し、赤い閃光が闇夜を包む。
「うわ、あ、あ……ぐぅううっ! がぁあああああああ!」
ワンスは喉が裂けるほどの悲鳴を上げ、ぶずぶずと黒い煙を出している。あまりの絶叫にギルドマスターも加勢出来ずにいる。衣服も容易に飛び散り、肌が焼けて赤い肉が見える。
「ぎゃあああああ! や、やぁああっ!」
ごぽっ、と血を口から吹いてからは叫びも言葉にならない。そろそろかと魔法を切り上げると、ワンスはあまりの威力に立ったまま死んでいた。身体は焼け焦げて炭になり、髪は笑ってしまうくらい逆立っている。これが元々、愛らしい少女だったと言っても誰も信じないだろう。
「うわ……」
自分でも信じられない威力にテーネは引いてしまった。仲間が全滅したギルドのリーダーは、彼の足元に縋りついて許しを請う。
「あ……あ、どうか……命だけは……」
「……」
ここに来てやっと危険に気づいたか、とテーネはがっくり項垂れた。もう少し賢ければ殺す人も減ったのに、と。まるで応じる様子がないことから、ギルドマスターはいそいそと服を脱ぎ始める。
「ちょ……何を……」
グラマラスで肌も白く、とても魅力的であったが先に恥じらいが来てテーネは顔を覆う。
「ほら、なんでもしてあげるから……許して……」
「ダメ!」
彼は誘惑を振り払う様に、ギルドマスターの首を切断して転がす。
(命乞い聞いて碌な目に遭わなかったし……)
自分の義手になった右腕を見つめて、過去の教訓を再確認するテーネ。ギルドマスターが出張ったということは、もうこれで打ち止めだろうかと少しずつ警戒を解きながら歩いた。
完全にスイッチを切ったのは、鉄の様な血の匂いと死臭が風にすら乗ってこなくなった距離まで歩き、日が高くなった頃だった。返り血一つ浴びていない彼の姿を見て、誰がテーネを大量殺戮の首謀者と思うだろうか。
(あー……やっちゃった……)
先日から続いた警戒がオフになった彼は、顔を覆って俯きながら歩く。殺したことについてではない。
(また欲求に負けてしちゃった……しかも罠だったし……)
発情期の赴くまま誘いに乗ったことを嫌悪しているのだ。
(こんなに女の人ばっか殺す羽目になっちゃうし、なんでみんな戦うのにあんな破廉恥な格好……)
彼は人殺しの癖に変なところでお堅い部分がある。長年生きて、旅もしてきたのでそういう考えばかりでないことは頭で理解はしているが、どうにも対応し切れないのだった。
@
「みんな……行っちゃうなんて……」
警告虚しく、仲間達がいなくなってしまったギルドで一人寂しくネアは次の依頼を待っていた。周囲の人は気を使ってくれているが、彼女からすれば命のやり取りをしているので自分や仲間がいつ死んでもいい覚悟はあった。当然寂しいし悲しいが、それが戦いというものであり、テーネを憎むのもお門違いだと考えている。
「ここがローズクラウンのギルドね」
「ん? いらっしゃい、依頼?」
そこに、水色のショートヘアをした長身の女性が現れる。依頼かと思ったが、武器を携えているのでバスターだろう。
「銀髪の魔の加護持ちが出たというのは本当か?」
「ん? んー、まぁそうだけどもういなくなったよ」
テーネを追っている、と判断したがローズクラウン以外が追うのは約束としてどうなのか悩み、曖昧にはぐらかす。だが女性は勝手に話して去っていく。
「分かった。仇は取ってやる」
「え? いやいいよ別に。戦場なんてそんなも……」
断ろうとしたが、ネアの意志を確認せずに女性は行ってしまう。あれは何だったのか、また無謀なのが現れたなぁ程度に思い、ネアは今後の予定を考えるのであった。
「げ、経理とかできないじゃん私」
ギルド運営に必要な人員もいなくなったことを思い出し青ざめるまでにそう時間か掛からなかったが。
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