美しき魔の加護狩り ①

 テーネは多くの人がいる場所を避けて旅をしている。その理由は単純。大通りやそこに面する街には魔物をあぶり出すシステムが構築されており、魔物と同等に扱われる魔の加護持ちは引っ掛かってしまうからだ。

「はぁっ、はぁっ……」

 夕暮れ時に人通りの少ない道を歩いていたテーネは息を荒げ、フラフラと頼りない足取りで進む。マントで隠してはいるが顔は上気した様に赤くなり、じっとり汗をかいている。病気で発熱しているわけではない。魔の加護が持つ一種の呪いみたいなものである。

(人通りは避けた……から大丈夫……)

 魔の加護を持つ者を親に生まれた子は、同様に魔の加護を持つ。人と魔の加護を持つ者が争い始めると、人間達の分断を狙って魔の加護にはある機能が付けられた。

(今日は満月……なんとか乗り切らないと)

 有り体に言えば、発情期だ。異性を襲い、子供、則ち新たな魔の加護持ちを産み出す様に仕向けられる。もしこの状態で女性に出くわしてしまえば、冷静さを失って何をするかテーネ自身にも分からない。

「う……ぅ、はぁっ、今日は誰とも会わない様に……」

 こそこそ生きる上では、この発情は厄介な性質と言える。判断力の低下はもちろん、警戒心や集中力も散漫になるため思わぬミスに繋がりかねない。その日を乗り切るのは当然のこととして、翌日も残った疲労の処理に追われることとなる。

「あら坊や、いいところにきたわね」

「え?」

 隠れ場所を探していたテーネに、ある女性が声をかけてくる。黒髪を伸ばし、アイシャドウを乗せた切れ長の瞳で彼を誘う様に見つめる。手を翳し、自身の加護を示しながら接近する。

「見ての通り、行きずりの聖娼よ。ちょっと遊んでいかない?」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 遊ぶ、その言葉がテーネの脳内に反響する。視界がぼやけ、女の姿しかハッキリと見えなくなる。人間が生きる上で食べる、寝る、遊ぶは必要不可欠。それらを支える加護も当然存在し、聖娼もその一つ。

 男女問わず一夜を共にし、その欲求を埋める存在。テーネも当然知識はある。それ故に、誘いの言葉にフラフラと乗ってしまう。女は胸元を大きく露出させ、豊満な胸部を見せつける。白く瑞々しい肌を誇示するかの様な、旅には不向きな脚も腰下ギリギリまで見せる衣服。近寄ると艶やかな黒髪からは甘い香りがして、鼻孔をくすぐり理性を溶かす。

「ぅ、うううう……」

 必死に自分を止めようとするが、この女の姿をもっと見たいという本能が勝り、マントを頭から脱いでしまう。その様子を見た女はくすくすと笑い、追いたてる様なことを言う。

「う、ぐ……」

「ふふ、可愛い子ね。サービスしてあげる。私の小屋までおいで」

「ぐる……」

 テーネは自身を止めることが出来なかった。堪えれば堪えるだけ獣の様な声が漏れる。道を外れると、綺麗に手入れされた小屋が見えた。この女はここで客を取っているのだろうか。加護さえあれば妊娠や性病のリスクからも守られるため、商売に付いては規定があまりない。

「あら? どうしたの? お金のことは心配しないで。聖娼だって、たまにはお仕事じゃなくて可愛い子と遊びたいの」

 小屋に着く頃には日も暮れてしまった。というのも、テーネが何度も逡巡して足を止めたからである。

「緊張しているの? 上手くできなくても笑ったりしないわ。私に身を委ねて……」

 頬に刻まれた烙印が見えているはず、それを言及しようにも言葉を紡ぐだけの力が残っていない。女は先を往くが腰を振る様に歩き、媚びる様に誘う。

「ほら……今夜はあなたと二人きり、楽しみましょう?」

 小屋は見た目通りに整っており、大人二人が寝そべっても余裕のある大きなベッドに真っ白なシーツが敷かれていた。

「う、ぐるぅうっ!」

 テーネはとうとう耐えきれなくなり、女を寝台に押し倒す。

「きゃっ」

 理性の糸が切れ、彼の記憶はそこで途切れた。耳に残るのは女の嬌声とベッドの軋む音だけ。これが魔の加護に課せられた、恐るべき呪いの一端だ。


   @


「餌に掛かったようね」

 小屋の近くには小さな村があり、そこを拠点にしているギルド『ローズクラウン』があった。見渡す限り美しい女だけで構成されたこの異様なギルドは、魔の加護専門のバスター達。聖娼を囮に魔の加護を持つ者を仕留める。人間に対して強いスキルを持つ相手であるため、この様に罠へ嵌めて殺すのが一番安全だ。

「ネア、用意はいい?」

 リーダーと思わしき美女に呼ばれたのは、獅子の様なぎらつく影の入った金髪の女性。しかし、彼女はあくびをして断る。

「ごめん、今日魔物狩りで疲れちゃった」

「ホント、お人よしなんだからネアは。あんな雑魚狩り、他のバスターにでも任せておけばいいのよ」

「んー、でも頼ってくれると嬉しいし」

 ネアはその雄々しさとは反対に、にへらと笑って集団を離れる。彼女は言語化出来ないものの、このギルドの空気に合わないものを感じていた。駆け出し時代に誘ってもらった縁で居ついているが、出て行く理由も目立ってないのでいる程度のことだ。

「ではお姉さま、私が先陣を切ります」

「ええ、よろしくお願いするわね」

 戦うための装束とは思えない、フリルやリボンで彩られた衣服の少女がリーダーに決意を語る。槍を舞う様に振り回し、自身の実力を誇示する。その姿に危うさを覚えたネアは余計と思いつつ忠告する。

「ワンス。殺す気なら、向こうも殺す気で来るから気を付けてね」

「お姉さまの期待を裏切った貴女の言葉など不要……パーティーで向かいます」

 拠点の出口には六人の美女が控えている。三人はワンスの仲間、そしてもう三人は獲物を釣っている聖娼のパーティーだ。

「では、行きましょう」

 ワンス率いる2パーティーは魔の加護討伐作戦に赴いた。連絡はパーティーで使役する使い魔を通して行い、現在ターゲットである魔の加護持ちがことを終えて眠っていることを確認した。

 聖娼は他の加護で得た催眠の魔法などを駆使し、疲弊したターゲットを深い眠りに誘っていた。並の相手ならば彼女一人で始末できるが、念には念を入れて後詰にパーティーを派遣するのが決まりだ。

 一時期隆盛を誇った魔の加護を持つ者も、大規模な討伐などでその数を減らした。一見、人類側の優勢にも見えるがそれは残された者が修羅場を潜った腕利きになっていることをも同時に示す。

 能力を客観的に示すレベルが、最近の獲物は上がっていることからもそれは伺える。

「相手は『暗殺者レベル44』……、いくら罠に嵌めても危ないんじゃない?」

 使い魔から得たターゲットの情報はネアも確認していた。レベル30後半はベテランとも言える領域で、リーダーにもその危険性をそれとなく訴える。

「魔の加護を持つ者のレベルは、魔物やバスターのそれとは大きく異なるの。無防備な市民を殺してもレベルが上がる……そんな数字は張りぼてよ」

 ただしリーダーはそう考えている様だ。確かに魔物を沢山倒すとバスターのレベルが上がる様に、魔の加護も人を殺せばレベルが上がるかもしれない。だが、レベル差のある魔物はいくら倒しても自身のレベル上げに繋がりにくいのも事実。同じ法則で動いているのならその認識は誤りであり、そもそもレベルが能力の客観視を目的にしたものであるというのを忘れた判断だ。

「まぁ、いいけど……」

 だが、バスターの生き死には最終的に自分が決め、責任を負うことだ。ネアはこれ以上言っても仕方ないと寝室に向かって歩いていった。


   @


「さて、すっかりお眠ね」

 聖娼の女は乱れた衣服を整え、泥の様に眠るテーネを見る。行為の最中に強力な幻覚と催眠を掛けており、しばらくは大きな物音でも起きないだろう。ベッドの下に手を伸ばすと、そこには一本のナイフが隠されていた。刃渡りは長く、短い剣と呼んでも差し支えないレベルだ。

 鞘から抜かれた刀身は波打っており、月明りを受けて妖しく煌く。毒の塗られたナイフはその刀身で敵をズタズタに引き裂き癒えない傷を与え、毒で確実に仕留める二段構えの必殺武器。

「さぁ、死んでもらうわ」

 可愛い子などと口では言っていたが、顔の烙印を見た瞬間から彼女にとってテーネは魔物でしかなかった。自分の誘惑に乗った愚かな魔の加護持ちを殺す、この瞬間に彼女はやりがいを感じていた。

 腕を振り上げ、首筋に向かって思い切り振り下ろす。戦闘職ではないといえ、狙いを外す様なことはしない。首にナイフを突き立てた瞬間、テーネは目を開ける。

「ぐ、ぎゃぁあっ!」

「起きた?」

 普段はナイフで刺しても悲鳴を上げるほど、痛みをしっかり感じる者はいない。瞳を開けこそすれ、幻覚魔法の効果で何が起きているのか分からないまま死ぬものだ。

「ミスった?」

 自分のミスか偶然なのか。首にはチョーカーなど攻撃を阻害するものがないことを確認している。テーネはナイフが刺さったまま起き上がり、右手の義手で聖娼の首を掴む。

「ぐっ!」

 そのまま力任せにベッドを飛び降り、右腕一本で聖娼を吊るす。毒の影響か、手足の末端や唇がビリビリと痺れる。顔をぶつけたわけでもないのに鼻から血が溢れる。

「何事?」

 普段ならとっくに仕留めていてもおかしくない時間にも関わらず、小屋から騒々しい音が聞こえたためワンスが飛び込んだ。そこで信じられない光景を目にし、彼女は硬直する。

「あ……あ……」

 義手から放たれた光の刃が聖娼の首を切断する。解放された彼女の亡骸はごろりと小屋の床に転がり、黒い血をどくどくと流していた。

「ぅ、う……うぇええええっ!」

 仲間の死に後ずさりし、ワンスは胃から込み上げる酸っぱいものを我慢出来ずに吐き出した。これまで何度も加護の違いでしかなく人間である彼らを殺し、槍を握る手には肉を裂く感触も覚えているのに、彼女は仲間の無残な姿にだけは耐えられなかった。

 テーネはズボンだけでも着直すと、剣を手にして小屋を出る。敵の増援が来ていることは理解出来た。そして、毒の首からの出血で逃走も難しいことも。

(殺すか……)

 引けないならば斃してすすむ、それが常識だ。寝首を掻かれた程度で慌てていては命が足りない。一方、少女達は普段なら一人で仕留めてくれる仲間が仕損じた上に返り討ちとなった状況に動揺を隠せなかった。

「嘘でしょ……?」

 相手はどう見ても、女の子にも見える十代前半の少年。脱いだ上半身もか細く、決して筋肉質とは言えない。ただ、右腕の義手が目を引く。

 テーネはまずは真っ先に吐き気を催し、動けなくなっているワンスへ攻撃を仕掛ける。だが、パーティーの盾役と思われるドレスの様な鎧を纏った金髪の少女が間に立つ。髪を繊細なリボンで結ってあり、戦いの装備にもお洒落を忘れていない。

「ワンス! 気を抜くな!」

 剣を手に迫りくるテーネへ、少女は盾を構える。しかし彼にとってそれはカモに等しい行為。何故なら、テーネには防具を砕く技があるからだ。盾に剣がぶつかり、完全に防いだと思われたが、盾は割れて砕け散り刃が左腕に迫った。

(そんな馬鹿な! だが、籠手がある!)

 盾の破壊には驚かされたが、籠手がまだ腕を守ってくれる。そう無邪気に考えていた。その幻想を失わせる様に、刃の直撃を受けた籠手は粉砕され、腕に裂傷が走り鮮血が吹き出す。

「うわあああっ!」

 仲間の負傷に、他のメンバーも臨戦態勢に出る。僧侶が手当に走り、魔法職が炎の魔法を浴びせようとする。

「このっ!」

「……」

 しかしその程度の魔法では、テーネの魔法に勝つことは出来ない。彼は飛距離や範囲こそ出せないが、出力が高い。自ら魔法に飛び込み、同じ炎の魔法で打ち消しながら魔法職に接近。顔面を掴んで勢いよく燃やした。

「がっ、ああ!」

 顔を焼かれ、悶絶する魔法職。彼女が背中を見せた瞬間、剣が胸から飛び出す。

「うぼっ!」

「やめろーっ!」

 探索役に過ぎないシーフの少女が果敢にも飛び出した。テーネは剣を手放し、義手から放った光の刃で彼女の顔面を貫く。

 声にならない悲鳴が夜の森に木霊する。確実に仕留めんとテーネが魔法で生成した氷の刃でシーフの腹部を貫き、魔法を解いて屍を転がす。脳漿や臓物を転がしながら、先ほどまで談笑していた仲間が死に絶えた姿を見て生きている五人に絶望感が漂う。

「あ、ぁあ……」

 僧侶は精神の乱れから回復魔法が上手くいかない。そんな中、手負いを治されまいとテーネが接近する。

「っ、離れ……」

 騎士が僧侶を庇おうとしたが、あまりにも動きが早い。テーネは僧侶の片腕を落とし、一旦距離を取る。ボトリと腕が落ちると共に、騎士の顔に生温かい血液が浴びせられた。

「いやあああああっ!」

「落ち着け、退避するぞ!」

 パニックに陥った僧侶を支えて騎士が撤退を試みる。三人ほど仕留めた感触からテーネは無理に逃げるよりもここで倒す方がいいと判断していた。連携や個々の練度も決して高くはない。一人ずつ処理する方が、追われながら戦うより安全だ。

「こいつー!」

「二人でやるぞ!」

 戦士の少女二人が同時に攻撃を仕掛けてくる。常に相手より大人数で戦うのは理に適っている。だが、そんな戦法を取られるなどテーネに取ってはなれたものだ。要するに、黙って相手の連携を待つ必要はない。

「はっ!」

 相手が動き出すと同時に一人へターゲットを絞り、先制を取る。これで一人減らせれば御の字だが、そう上手くいかない。戦士の一人は剣で攻撃を受け止めていた。あまり隠し玉は使いたくないが、これに関しては分かっていても防ぎにくいので安心して使える。

「エスパド・ブラシュ」

 剣が輝き、相手の視界を奪う。剣を両手で握ったまま義手から光の刃を出し、敵を切り裂き鍔迫り合いを解除する。

「ぐっ!」

 近い場所で刃が飛び出し、急所こそ反れたものの傷を受ける少女。防具のおかげで深手にもならなかったが、形成が変わるには十分な不意打ちだ。

「そこだ!」

 二人目も飛び込んでくるが、慌てず騒がず一人ずつ処理。まずは対面の少女だ。本能的に身を引いた瞬間を押し込み。剣で首を切り裂く。

「ぐがっ!?」

 防具で身を固めていても、首は頭を回す為に解放しなければならない。首を狙って斬る必要は腐るほどあったので、テーネにとって難しいことではない。そして、敵がまだいるのに敢えて剣を手放す。

「ファントムブレード!」

「ぐぅ!」

 義手から飛び出した刃で二人目の足を射貫く。バスターを仕留めるのには頼りないが、一瞬時間を得るには十分だ。

「ふ……っ!」

「かひゅっ……」

 光の刃を義手から形成し、間髪入れずに喉元を裂く。この一撃が当たれば、それで十分なのだ。魔法も光る剣も、必殺への布石に過ぎないところがある。

「くそ……思ってたより厄介だ!」

 騎士の少女は逃走を続けていた。この中では彼女が一番厄介だと思っていたテーネは足手まといを作ることでハンデを背負わせたのだ。ちょうど、殺さずに痛めつける余裕があるほど弱い敵が近くにいたのも幸運だ。

「ぁ……あああ……!」

 ワンスは恐怖のあまり失禁しながら、這う様に逃げ惑う。仲間が一瞬の間に五人も殺された。今までならばありえない危機だ。今は他の仲間に執着している、逃げられる。そう思っていた。

(あれに逃げられると厄介だな……)

 しかしテーネはちゃんとマークしていた。腰を抜かしているとはいえ、身軽なワンスの方が逃走の成功率は高い。逃がせば増援を呼ばれる可能性大だ。なので、彼はワンスを優先して仕留めることにした。

「ワンス!」

 騎士の少女もそれに気づく。敵は一人。とにかく仲間を守らなければならない。急いでワンスの下に駆け付ける。

「このぉ!」

 テーネがワンスに向かって振り下ろした剣を、騎士の少女が食い止める。だが、彼には防具破壊や輝く剣に次ぐ隠し玉がある。それが、武器破壊。

「え?」

 剣は無残にもへし折れ、刃が鎧を砕いて少女の肉を引き裂く。テーネを相手にするならば、鎧はただの重りにしかならない。

「ぁあっ!」

「いやぁああああっ!」

 斬られた当人よりもワンスの絶叫が目立った。騎士に痛手を負わせた以上、逃走の恐れがある存在から倒す方にテーネもシフトする。騎士の少女は単独になれば、逃げずに戦うだろう。逆に負傷した仲間がいれば、逃がそうとする。

「どけ」

「ぐぁあっ!」

 風の刃を騎士の少女に押し付け、目の前からどかす。深々と身体が引き裂かれた騎士は可憐な衣服を赤黒く染め、リボンで結った髪も乱しながら地面に横たわる。

「いや、いやぁあっ!」

 恐慌状態にあるワンスを追い詰めるべく、仲間の治療に挑もうとする僧侶へ向かって剣を投げる。

「え?」

 回転する刃が目の前に迫り、僧侶は反応出来ないまま削り取られる様に切り刻まれ、ばたりと息絶える。

「貴様! これ以上!」

 騎士は傷だらけになりながらも起き上がり、折れた剣を片手に走ってくる。テーネは殺す気で帰って来た剣を受け止めて反撃に出るも、反応が思ったより早く左腕を切断するだけで終わってしまう。

「ぅあああ!」

「くっ、浅い!」

 左腕を犠牲を防御したのか? とテーネは考えたが自身の身体の痺れが強くなっていること、意識が混濁し始めていることから自分自身も精細を欠いていると判断した。

「今度こそ!」

 一撃一撃を殺す気で放つテーネ。だがやはり騎士は寸前で身を躱して右腕を失うだけで済ませる。

「ぐぁっ、あ……」

 出血が酷く、痛みも鈍くなっている様だ。だが武器も握れなくなった状態で戦い続けるものだろうか。撤退するのではないかとテーネは少し期待していた。

 多くの敵を屠ってきたテーネも、快楽殺人鬼ではない。自分が殺されない最善の方法が敵を殺すことというだけの話だ。ここまで無残な姿になった仲間を見れば、魔の加護を持つ者を仕留めようなどとバカげたことを考える人だって減るかもしれない。

「ワンス、逃げろ……このことをお姉さまに……」

 しかしそんな淡い期待は外れる。他の仲間に伝えさせるため、仲間を逃がす気だ。騎士の少女は口で折れた剣を加えると、特攻を仕掛ける。死兵は自らを省みない、危険な存在だ。腕の傷から失血して死ぬのを待ち、ワンスを殺しておきたいが許してはくれなさそうだ。

「確実に殺す!」

 テーネは剣を軽く騎士の少女に投げて視界を塞ぐ。そこそこの重量があるものが飛び込んできてもなお、彼女は怯むことなく前進してきた。しかし視界を遮るのは一瞬でよかった。

「喰らえ!」

 テーネが握った拳の周囲は、風景が揺らめくほど魔力が漂っていた。文字通りの鉄拳が少女の頭蓋に突き刺さり、美しい顔や艶のある髪をぐちゃぐちゃの肉塊へ変えて絶命させる。

「いやあああ! いやぁ! やぁあああ!」

 仲間が残虐な方法で全員殺されたワンスは一心不乱に槍を振り回して逃げることさえ忘れ、抵抗する。迂闊に近寄れば思わぬ痛手を負うと判断し、テーネは雷を放って離れた場所から弱らせることにした。

「ぎゃぁっ!」

 赤い禍々しい電流がワンスを打ち据える。距離が離れれば威力も落ちるが、徐々に歩を寄せて慎重に攻撃を繰り返す。

「あがぁあああっ! いやっ、助け……」

 命乞いをされてもやめない。それで酷い目に遭ったことがあるからだ。少しずつ剣が届く距離へ接近し、息の音を止めようとするテーネだが何かの気配を感じて飛びのいた。その直後、全身を震わせる音と共に地面が抉れて土煙が辺りに立ち込める。

「増援?」

 先ほどまでと明らかにレベルの違う敵に彼は身構えた。土煙が晴れると、雄々しい鬣の様な金髪をした少女が気絶したワンスを抱きかかえ、手斧を向けている。

「そちらも手負いか、引き下がった方がいいよ?」

「そっちが諦めるなら……」

 その少女、ネアは休戦を申し出る。しかしそんな話は信用できないのがテーネの人生。ここで逃して増援を追加されたのでは敵わない。

「上には進言するけど保証出来ない。だから早くここを去った方がいい」

「それなら」

 無理に信じろと言わず、可能な範囲を伝えてくるネアの言葉は打算的に呑み込めた、テーネは背を向けずに後退し、ネアも同様に跳んで去った。

 一夜の激突は7人の命を失う結果でローズクラウンの敗北に終わった。この結果をどう受け止めるかが、このギルドの命運を分けることになるだろう。

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