テーネの殺戮旅

殺し殺されること

 木造の小さな家が立ち並ぶ田舎の村。月明りだけが辺りを照らし、すっかり静まりかえっていた。日の出と共に起き、日没と共に眠るのがこの村の日常だ。しかし、今日は違った。

 そこの一番大きな建物にだけ灯りが灯っており、村の男達が集まって話し合っていた。年一の祭りや酒盛りでもなければこういう機会はない。宴の様な朗らかさはなく、皆神妙な面持ちでいた。机も椅子も出さず、集まって話をするだけという状態だ。

「まさかあいつが魔物だったなんて……」

「ああ、エイアスが帰っていなかったら危なかった」

 話の中心にいるのは最も年老いた人物でもなければ、一番ガタイのいい男でもない。ローブを纏い、金属で作られた杖を持つ若い男だ。杖には大きな黄色い宝石が付いている。

「しかしあれは人間じゃないのか? 殺したりして私達はお縄にならないのか?」

 老人はエイアスに、不安そうに問いただす。すると彼は手の甲を見せてそこに紋章と数字を浮かべる。

「私はバスターだ。バスターの仕事は魔物を討つこと、魔物の中には人間の様に喋るモノもいれば、姿を変える能力を持った奴もいる。見た目に騙されるな」

「あ、あんたほどのバスターが言うなら……」

 彼の話を聞いて村人たちはホッとする。エイアスは外に出ていたがこの村の出身。たまたま帰ってきたところを村の危機に立ち会った。

「しかしお前が調合した毒でもなかなか死ななかったから心配になったぞ」

「みんなもあれで、あれが人間じゃないとわかっただろう。一滴を水で薄めればいいものを、味でバレる危険まで冒して原液で食らわせたんだ。念の為、首も括ってある」

 とりあえず危機は去った。これで安心して眠れる。だが、村人の一部にはまだ心配を隠せない者もいた。

「おら……魔物なんて初めてだけどよぉ、殺すなんて可哀そうだよ……」

「畑を荒らす獣を仕留めるのと同じだ。深く考える必要はない」

 この村は平和そのもので、魔物の被害も少ない。物音を立てれば逃げていく様な、動物と大差ない魔物ばかり。そんな環境でエイアスがバスターになったのは村に外貨をもたらす為でしかない。

「……」

「このことは忘れよう。ったく、たまたま入り込んだ魔物があんなんだから妙な気分にされる。明日には吊るした死体も化けの皮が剥がれているだろう」

 エイアス以外の男達には化け物を打ち倒したという達成感はなく、後味の悪さだけが立ち込める。バシッとバスターであるエイアスがこの場を締める。

「いいかみんな! 魔王の勢力が削がれて孫の代になるほど時間が経った! だが、どこで魔王の残党が復活の時を待っているか分からない! 現にその時代、封印された邪悪な存在への封印維持措置は続いたままだ!」

 魔王時代と呼ばれた、人間と魔物の大抗争は終わった。だが油断するなと彼は村人を鼓舞する。

「見かけで惑わし、魔物を殺すことへの抵抗を植え付けるのも奴らの策略だろう! みんなは自ら、この村を魔の手から守った! 誇ってよい!」

 彼の演説に村人が拍手し、その日はお開きになった。村人たちが家に帰る途中、一人の男がエイアスに話しかける。

「エイアス、俺まだあいつが死ぬとこ頭から離れないよ……」

 村人は魔物の死の瞬間が脳裏にこびりついてしまい、しばらく眠れそうになかった。それにはエイアスも多少同意する。

「そうだな、まずは死霊の様な抵抗の少ないモノからバスターは練習する」

 魔物退治の専門家でも精神的な障壁を乗り越える訓練は必要不可欠。家業や村の仕事で家畜や獣の解体をしていれば多少抵抗も少ないという話は彼も聞く。この男は、農家なのでそのどちらも経験しない。

「早く忘れたいなら、あの納屋には近づかないでおくことだ。明日、あそこから死体を運んで川に捨てる。見るも無残な化け物の正体が出ていたら教えるよ。それを見れば少しは抱える必要のない罪悪感が消えるだろう。おやすみ」

 エイアスと離れたあと、男はまだ脳にこびりついたあの瞬間を思い出してしまっていた。


 今から数時間前、この村に珍しい客人がやってきた。というのも、どうも道に迷って入り込んでしまったらしい。旅の装いと思われるマントで頭まで覆っており、目深に被ったそれで顔は見えないが小柄なのは一目瞭然であった。

「おや、どちら様かな?」

「あ、えっと……間違えました……」

 鈴が鳴る様な美しい声で返した後、旅人は後ずさりして引き返そうとした。だが、脚がもつれて転倒しそうになる。

「おっと」

 近くにいた男が旅人の右腕を掴んで起こす。大きめな服を着ているのか、余った袖から義手と思われる鉄の手指が覗く。身体が大きく揺れたせいかマントが頭から脱げ、顔が露わになる。

 肌は透き通って雲の様に白く、銀色の髪が輝いている。顔立ちが整った愛らしい少女だが、とても一人で旅をする様な歳には見えない。やはりと言うべきか、顔には疲れの色が滲んでいた。

「ぁっ……!」

 少女は高い位置で後ろに結った髪を揺らしながら、慌ててマントを被り直す。左頬に刺青の様なものがチラリと見えた。

「疲れているんじゃないかね? ここには小さな宿屋があるんだ」

「あ、そうなんだ……じゃあお邪魔します……」

 村には大抵、行商やバスターを労うための宿がある。それを聞くと、遠慮がちに少女は村の奥へ進んでいく。しかし、両手でぎゅっとマントが頭から脱げない様に抑えているなど様子がおかしい点も見受けられた。

「なぁ、おい……」

「なんだ?」

 数人の村人が怪しんでいると、村の端に住む住民が小さな水晶を手にやってきた。その水晶は赤く光っており、それを見た他の村人もざわつく。これは魔物の接近を探知する道具であり、念のために置いてあったものだ。

「エイアス! エイアス!」

 村人は声を潜め、しかし必死に帰省していたバスターを呼ぶ。その尋常ならざる状況に彼も騒がず駆け付けた。

「どうした……ってこれか、魔物が入ったのか?」

「それが……」

 村人は魔物を見ていないこと、そして旅の少女が来た途端水晶が光ったことを伝える。

「なぁ、あの子人間だよな?」

「刺青くらいか……?」

 混乱する村人を制するため、エイアスは自ら宿屋で確認することにする。もしあの少女が魔物の擬態で、こちらが正体を悟ったと気づかれれば厄介なことになる。

「私が確かめてくる」

 彼は宿屋に向かい、中へ入って少女を直に確認する。幸い、まだ個室には入っていない。

(なんだと?)

 エイアスは魔法でおおよそ目前のものが何であるかを掴むことが出来る。それによると、この少女は魔物とのことだ。赤い靄が見えたら木だろうが石ころだろうが、死体だろうが魔物。長年、バスターとしてこの魔法による魔物の反応を見て来たので間違いはない。

「やぁ、珍しいお客さんだね。私はたまたま故郷のこの村に帰っていてね、旅人同士、少し話さないか? お茶をごちそうしよう」

「あ……いえ、お構いなく」

 向こうはこちらの意図に気づいていない。仕留めるなら今。真正面から戦えばどんな被害が出るか分からないので、確実に毒殺を狙うこととした。

「ご主人、カップ借りるぞ」

 エイアスはちょうどよく、宿屋の主人が少女にお茶を出そうと準備していたのでそこに便乗する。もう一つカップを用意し、両方のカップに懐から取り出した瓶の中身を注ぐ。

「え、エイアス!」

「しっ、私を信用してくれ」

 それが何なのかを主人は知っていた。エイアスが自身の魔力から生成した毒物。魔物でも息の根を止めることが出来る代物だ。

「もし間違いなら私が罪を被るだけで済む、判断を誤ればこの村が終わる」

 彼はお茶を入れると、トレーにカップを乗せて運んでいく。宿屋の広間には休むための机があり、そこで少女は待っていた。遠慮したが、聞かずにキッチンへ行ったのでこうせざるを得なかったのだろう。迂闊に歓待を突っぱねれば怪しまれる。

「ふふ、珍しく奮発したからご主人に驚かれてしまったよ。私はそんなにけちんぼではないのだがな」

 両方に毒を入れたのは、すり替え対策。もちろん自分の毒はエイアスに効かない。少女は頑なにマントを脱ごうとしない。特に顔を見られることに抵抗がある様だ。ということは逆に、顔に何かあるのだ。似顔絵付き手配書で探されているというレベルではない、顔もしくはそこにある何かを見られれば即座に分かる何かが。

(ということは……やはり)

 エイアスはある予想を立てた。魔物の変身ならばここまで不自然に顔を隠す意味はない。とすれば理由は一つ。彼は自分の紅茶を飲み、安全であると信じさせる。実際はそんなことないのだが。

 少女もまた、それを見て安心したのか紅茶のカップを手に取る。利き手である右は機械の義手。只者でないことは確かだ。

 まずはゆっくり、香りを確かめながら一口。舌で転がしてからようやく飲み込む。おそらく毒物かどうかをかなり警戒しているようだが、エイアスの魔力で作られた毒の効き目は彼の胸先三寸。匂いや舌の痺れで判断しようとするならばその効力を切り、しっかり飲んだところで発動させるといった芸当も可能だ。

「暑くはないかい?」

「あ、そのちょっと……変な人に追われてて顔は見られたくない……」

 マントにそれとなく言及したが、意外にも正直に答える。否、嘘の中に真実を混ぜ込んで巧妙に騙そうとしているのだ。特に隠そうとしているのは左頬で、そこから漏れる赤い光でエイアスは全てを察した。

(魔の加護……!)

 バスターの加護を真似て魔王が作りし、人間を攻撃することに特化した尖兵の証。バスターの加護を与えた神の力でその証は隠せない場所に、常に浮かび上がるという。本物を見るのは初めてだが、緊張が走る。相手は人殺しの為に産み出された、人の皮を被った魔物なのだ。

「変な人? バスターとか?」

「いえ、何というか……悪い人に」

 それとなく聞き出そうとしたが、この程度でボロは出さなかった。見た目は年端も行かぬ少女なのだが、実際はどうなのか分かったものではない。

「悪い人? では加護の神殿まで送っていこうか?」

「あ、大丈夫……近くで仲間と合流するから……」

 仲間がいる、というのは嘘か本当か。魔の加護持ちが全盛を誇ったのも魔王の勢力と同じ時期。今や殆ど狩り尽くされて数は少ない。それに、本当にいるのならこんな村に立ち寄るリスクは犯さないはず。誤ってここに来た様子でもあったため、ここで始末しても仲間には悟られないだろう。

 だとすると、問題は早めに死体を処分することだけだ。

「あちっ……」

 向こうも伊達ではなく、こちらの警戒を読んでおりそそくさと紅茶を飲んで撤退しようとする。猫舌なのに無理をしてこの場を離れようとしたことで、エイアスの予想は確信に変わった。

「ごちそうさま」

 紅茶を飲み干し、そそくさと部屋に少女は向かおうとした。当然、エイアスは逃さない。魔力を込めて、毒素を発揮する。

「ぐ……げほっ、がはっ!」

 少女は突如としてせき込む。呼吸も出来ないほどそれは酷く、苦しみから膝を付いて蹲る。口元を手で抑えているが、指の隙間から血がボタボタと垂れる。

「げほっ、げほ……っ!」

 倒れてもなお、すぐに生き絶えないのかもがいて苦しみ助けを求める。本来は即死レベルの毒であるはずだ。せめて眠る様にと量を調整したのだが、これで死なないとはいよいよ人間ではない。

「た、助け……苦し……っ」

 床を強く搔きむしり、左手の爪が剥がれ掛かる。被ったマントをエイアスは脱がせると、その左頬に刻まれた烙印を見て理由を悟ると同時に驚愕する。

「魔の加護……! 今もいたのか!」

 魔王全盛の頃にいた過去の遺物。それが魔に魂を売った魔の加護を持つ者。もし気づかずに泊めていたら、村が危険に晒されていた。その後、少女は苦しみ悶えること一時間近く、宿の床を血まみれにしてようやく動きが止まった。

 あまりの騒々しさに、村人が集まってしまった。人々はざわざわとどよめき、これが魔の存在であることをまだ受け入れられていない様子だ。

「ぜひゅっ……ぐ、かはっ……」

 とはいえ、まだかすかに息がある。魔の加護というのはバスターの加護と近しいもののはずだが、それがここまで死ににくいとは。

「念の為、首を括っておこう。縄を持って来てくれ」

 エイアスは少女を抱え、倉庫へ運ぼうとする。それほど身体が密着して初めて、この人物が少女ではなく少年だと気づいた。

「随分若い様だが……まだ魔の加護は配られているのか?」

 身元を示すものを探そうと首元に触れると、チョーカーを身に着けていた。そこには『テーネ』と名前が刻まれている。このチョーカーはそれなりに使い込まれており、古めかしい。

「梁が高い方がいい。高いとこから落として首を折るんだ」

 エイアスは適した場所を探し、高い梁に縄を吊るしてそこへ魔の加護を持つ者、テーネの首をひっかけて落とす。

「ぐぅっ!」

 ゴキリ、と折れた音が聞こえたにも関わらずテーネは足をばたつかせて首の縄を解こうとする。しかし、既に毒で弱っていたためかすぐにダランと力尽きる。ズボンの股間部分に沁みが出来、何かの液体が倉庫の床にぽたぽた落ちた。

「しばらくこのまま置いておこう。息を吹き返すかも」

 一応死んだと思うのだが、念の為に一晩吊るしておくことにする。さすがにこうしておけば確実に死ぬだろうし、もし生きていてもここまで致命傷を負ったのであればそそくさと逃げるだろう。


 男はエイアスの忠告も聞かず、倉庫に足を運んでしまった。どうしても、あんな愛らしい顔立ちの少年がいくら魔の加護を持っているとかで人類の敵だといっても、あんなに無残な死に方をしては頭にその光景がこびりついてしまう。

「どうか安らかに……」

 エイアスは一晩吊るしておくと言ったが、もう死んでいるはずなのでせめて手厚く弔ってやろうと思った。もしくは、化けの皮が剥がれて怪物がいたのなら少しは心も軽くなる。

「よっと」

 倉庫の扉を開く。中は月明りだけで照らされており、目を凝らさないと状況が分からない。

「あれ?」

 だが、吊るされているはずのテーネという少年はいなかった。きっと暗くて見えないだけだ。自分にそう言い聞かせ、男は中へ進む。

「うっ!」

 その時、首筋に冷たく、そして熱い痛みが走る。どばっ、と温かいねとねとした汁が溢れ出し、忽ち頭が真っ白になって意識が途切れる。

「……」

 男は最後まで気づくことは無かった。テーネが息を吹き返し、倉庫の入り口付近で隠れて待ち構えていたのだ。

「ぅ……っ」

 どうにか息を吹き返し、宙づりから解放されたテーネであったが万全に回復したわけではない。このまま追いかけられてはいくら加護を受けていない村人相手でも死を招く危険がある。なるべく追手は減らしたい。特に、村が寝静まっている今、あのエイアスというバスターだけでも始末したいところだ。

 しばらく倉庫に潜み、男の様子を誰かが見に来るかどうか確かめる。倉庫の外に気配はない。ゆっくりと、敢えて堂々と入口から外に出ると、村は暗く静まり返っていた。

「……」

 荷物は一緒に倉庫へ放り込まれていた。とはいえ、持ち物らしい持ち物は腰に帯びる剣くらいなものだが。田舎の村で住居の建築も村人が行っている影響か、平屋で一階のみの家が多い様だ。

「よし……」

 一人で全ての家々を回り、村人を仕留めるのは難しい。人斬りのスキルを使い、一番人の多い住宅を見極める。子供の数が影響することを考えると、大きい家だから人が多いというわけではない。狙いをつけた家は七人が住んでいる。

「ふっ……」

 左手を木造の壁にべったり付け、念を込める。掌の形に壁が焼け焦げ、少しずつ燃えていく。煙は少なく、ただし炎は広範囲に。もちろん、逃げ道を塞ぐべく玄関に仕掛けておく。

「次」

 田舎の家屋の窓は、ガラスなどという上質なものではない。砂を高温で焼き、繊細な板をこんな場所に運ぶのは難しいため必然高価になる。そのため、木を編んだ様なもので窓を作る。完全に閉めても通気性は担保できるというわけだ。

 しかし、その構造所セキュリティは甘い。鍵は掛からず、開ける時も静か。そうして音も立てず、テーネは家に入り込む。

 殺し慣れたその手つきで首を突き、淡々と村人を始末する。夫婦、兄弟と思われる子供達も躊躇わずに。息をする様に四人を一分足らずで殺した。罪悪感も快楽もそこにはない。

「次だね」

 標的から標的へ移動しようとした時、村人の一人が単身見回りをしていた。幸い、こちらに気づいていない様だ。テーネは隠れることをせず、自然なまま歩いて村人に接近する。一陣の風が如くすれ違い、剣を腰に収めて彼は去っていく。何も気づかない村人が数歩歩くと、首がボトリと落ちる。それでも村人はまだ数歩歩き、ようやく崩れた。

「見回りがいるのかな?」

 魔の加護が入り込んだだけに、村人はナイーブになっていると思われる。しかし、周囲やこの村人が歩いてきた方向には誰もいない。役割やルートの決まったものではなく、たまたま気になってしているだけの様だ。

 その後もテーネは二件、三件と家に侵入しては殺戮を繰り返した。大人の男を最優先に、作業的に倉庫の男から数えること十五人を殺した。倉庫番が害虫やネズミを駆除するのと、バスターが魔物を狩るのと同じ様に、彼にとっては身に迫る危険を回避する為の行動でしかない。

「ん、そろそろ……」

『当たり』を引けないまま、最初に火をつけた家が燃え始める。暗闇の村へ灯る真昼の様な眩さ。テーネは影になる場所へ潜み、人が集まるのを待った。

「おい、なんだこれは!」

「火事だ! 水持ってこい!」

 生き残っている村人が慌てて家の前に集まり、火を消そうとする。中にはどうすることも出来ず、半ば野次馬の様になっている人もいた。そんな村人たちにテーネは影から義手を向ける。

「これで……」

 飛び出すのは魔力で構築された飛び道具、ファントムブレード。音もなく、かつ目にも止まらぬ速度で飛ぶこの刃は吸い込まれる様に村人の首筋に突き立てられ、瞬く間に命を奪っていく。

「な、なんだ?」

「おいどうした?」

 ストックできる数に限りはあるが、テーネが好んで使う武器の一つである。最大10本を、潜む影を変えながら一つたりとも外さずに使い切る。

「次は……」

 あの場にも、バスターであるエイアスの姿は無かった。ファントムブレードはバスター相手にはおもちゃもいいとこなので取っておく必要はなかったが、奴の始末だけ出来ていないのは心配であった。

「っ……」

 次の仕込みを考えようとした瞬間、目の前がぐらついて頭に鋭い痛みが走る。毒のダメージは当然回復し切っていない。ここまで村を搔きまわせばしばらく追われないだろうか。しかし半端に目撃者がいるとその情報を基に大討伐隊を組織されかねない。それなりに腕の立つエイアスだけでも殺して自身の危険性を知らしめるくらいはしたいところだ。

「生きていたのか……」

 移動しようと振り向いた瞬間、その背後にエイアスが立っていた。どうやら負傷で集中力を欠いたらしい。攻撃しようとしたが動きが遅れ、杖で殴られてしまう。

「しまっ……ぁあっ!」

 バチン、と爆ぜる様な音と閃光が煌く。杖は雷の魔法を帯びている様で、軽々と吹き飛ばされるばかりか全身が引き攣る様に痛みいうことを聞かなくなる。

「いたのか!」

「なんてやつだ……やっぱ化け物だ!」

 音と光で村人たちがやってくる。エイアスと村人に囲まれる形となり、テーネは逃げ場を失った。彼らは先に自分達が毒殺を試みたことなどすっかり忘れていた。

「ぅう……」

 辛うじて起き上がったテーネに、エイアスは雷を落とす。持てるであろう最大威力の呪文だ。雷鳴が轟き、彼の身体を貫いた。焼け串が脳天から足元まで貫く様な激痛に、心臓の鼓動が狂う。

「うあぁああっ!」

 どうにか倒れない様に踏ん張り、意識を保つ。肌が焼け、焦げ臭い匂いが漂う。雷の魔法が放たれたことで危険を感じた村人たちは悲鳴を上げながらエイアスの背後に移動する。

「これでも死なないのか……」

 エイアスは動揺しつつ、呪文を唱える。テーネも即座に剣を構えて反撃に出ようとするが、脚に力が入らず遅れを取ってしまう。確実に仕留めるべく放たれた雷は先ほどよりも数段威力が強い。

「が、あぁあああ……っ!」

 彼は膝を付き、剣を取り落としてしまう。一撃でも気を失いかねない攻撃を絶え間なく受けてしまい、視界はぼやけて音さえ聞こえない。

「あ、ぁぁ……」

「くそ……いい加減死ねよ!」

 何度も何度も雷を落とし、テーネを殺そうと苦心するエイアス。魔法の使用もノーコストではなく、魔力を消費する。言うなれば、強力な呪文を唱え続ければ息切れを起こす。

「はっ、はっ……」

 テーネは震える腕で身体を支え、倒れることだけはない様に耐え続ける。エイアスの魔力が尽きるのが先か、テーネの生命力が尽きるのが先か。我慢比べが続いていた。

「あ……ぁああっ!」

 数発の極大雷撃魔法で打ち据えられ、ようやくテーネは地面に倒れ伏す。土に穴が穿たれ、泥が跳ねていた。白煙が周囲に漂い、戦いの終わりを予感させる。だがエイアスは油断せず、しばらく死体を睨む。

「チッ、しつこい相手だった」

 すぐに起き上がってこないとみると、魔力ポーションを取り出して補給する。日が昇るまでは見張るつもりだ。村人が安堵して周囲の緊張が解ける。だがその一瞬が命取りだった。

「な?」

 強く地面を蹴る音が聞こえ、エイアスが上空を見るとテーネが空高く飛んでいた。迎撃の為に呪文を唱えようとするが、剣が高速回転して彼の下へ向かって来る。

「この程度……」

 確かに早いが回避できないほどではない、と考えたエイアスだったが、テーネが自身を含む村人の背後に向かって着地したことでその意図を察する。

「まさか……ぐおッ!」

 判断が遅れ、エイアスは切り裂かれた。倒れた彼を通過して剣は村人を引き裂いてテーネの手元に戻る。

「グ……貴様……!」

 エイアスは遠のく意識の中で村人の阿鼻叫喚を聞く。村人たちは血を流し、折り重なって息絶えている。残された村人、数えること十三人が全員殺されてしまった。

 最後の力を振り絞り、トドメと敵討ちの呪文を放った。空気を呑み込むほどの雷が杖から放たれ、その杖も裂けて燃える。

「っ、あぁっ!」

 直撃を受けたテーネは姿を消した。エイアスも気を失い、その後を確認することが出来なかった。


   @


 その後、しばらくしてエイアスは奇跡的に一命を取り留めた。だが、村人は残らず殺され尽くしていた。事件の調査をするためバスターが派遣され、村人達計38人は丁寧に埋葬された。

「クソッ! 生きていたのか!」

 バスターの治療を受けていたエイアスは、ベッドである情報を聞き慌てて飛び出そうとする。

「落ち着いてください。まだ確定情報ではありません」

 テーネとみられる人物がエンタール付近の花街に現れ、騒動を起こしたという。噂程度のもので、現地の人々は関与を否定している。

「みんなの仇は取る……」

 エイアスは自分が殺しに行ったからこそ惨劇が起きたなどということを忘れ、人斬りへの復讐を誓う。殺すということは殺されるかもしれないということ、そんな基本もすっかり忘れて。

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