殺戮のテーネ

 支配人はクラリアの手を引き、劇場を出るべく走っていく。当人はまるで戯曲のヒーロー気分であったが、その高揚は即座に打ち切られる。なぜなら、殺したと思っていた間男、テーネが部屋と扉を開けて追いかけようとしていたからだ。頭を撃ち抜いたのに、なぜ生きているのか。舶来の鉄砲という武器は誰にでも扱えて、魔物さえ倒せると聞いたのに。そんな疑問を解決するより先に、支配人は連れ込んでいた下手人を呼びつける。

「お前ら! そこのガキを殺せ!」

 早速、二人の屈強な男がテーネの前に立ちはだかる。敵が魔の加護持ちとなれば、烙印を押された落伍者ではなく正式なバスターを雇うことが出来る。この人斬りがクラリア達劇場の女の子を脅迫しているという話で依頼を出した。

「魔の加護!」

「今時残っていたのか」

 立派な剣と槍を手にしているバスター二人だったが、ここは屋内。構えようとすると廊下につっかえてしまう。

「しまった……!」

「落ち着け、洞窟と同じだ」

 理屈としては確かにその通り。しかし、バスターの仕事は街や街道に出る魔物を討って民間人の安全確保をすることが多くなった。洞窟の戦闘自体不慣れな者も多い。

「早いッ!」

 おまけに見た目が人間の子供というのも油断に繋がった。負傷しているとは思えない速度で接近し、剣で鎧の上から切り裂かれる。

「ステルヴァ・アルマデラ」

 あっと言う間に二人。テーネの剣は彼が腰に帯びて歩ける程度には短いため、狭い場所でも存分に振り回せる。彼は支配人を追い、劇場を走る。途中で丁字路に差しかかるが、血の足跡が行き先を記す。クラリアが支配人に近づいた時、テーネの血を踏んだのだ。

「いたぞ!」

「見た目に惑わされるな!」

「殺せ!」

 それを追おうとした瞬間、背後から新たな敵が迫る。バスター側は魔の加護持ち、つまり人殺しに特化した相手との対人戦に慣れていないが、逆にテーネは経験が豊富。そこが運命を分かつ。

「エスパド・スライバー」

 背後の敵に剣を投げ、すぐに正面へ走り去る。武器を捨ててなにをする気だ、と敵は足を止めて飛ぶ剣に注目する。だが、そのせいで気づかなかったのだ。テーネが義手から生み出した僅かな光の刃を飛ばし、剣を加速させたことに。

「な……」

 突如飛翔する剣が光を纏い、死の輪を拡大させてスピードを増す。この狭い空間でこれに対応することは、並のバスターには難しい。

「ぐぎゃああッ!」

 背後の三人が悲鳴を上げる。テーネは振り向かないが、死んだのは確かだと経験が語る。目の前からも新たに五人、増援がやってきた。

「リーダーはやめとけって言ってたが……」

「こんなガキ俺でもやれるぜ」

「死んだ奴は相当な間抜けなんだろうな」

 リーダーの言うことは素直に聞いた方がよかった、と即座に五人は後悔することになった。丸腰と思われた少年が腕を捲ると機械の義手が現れ、そこの周囲には風景が歪むほども魔力が漂っている。

「フィブズスピア」

 普段は腕から一本伸びるだけの刃が、指先から放たれて五人を的確に貫いた。その槍は決して細くなく、腕の刃と遜色ない太さと鋭さを備えている。

「嘘だ……ッ、ろ……」

 死んだ時にはもう遅い。人を殺すことに特化しているというのは技量面でもそうだが、スキルによってバスターや民間人へのダメージが増加するということ、技にも対人用のものが多いことでもある。同じレベル帯の魔物より、警戒が必要なのだ。

「数で圧せ! 何とかなるはずだ!」

 それでも、バスターとしての使命感からか、それとも報酬や名誉目当てか、正面から四人のバスターがやってくる。恐らくパーティなのだろう。後ろに控えた魔法使いが補助魔法をかけ、戦いに備える。だが、こういう時の為の技も当然ある。

「ステルヴァ・バッファ!」

 普段のテーネからは考えられない咆哮にも似た声と、強い足踏み。その振動は窓ガラス一つ揺らさないが、パーティは何故か大きく揺らいで転倒した。

「ウグワッ!」

 掛かっている補助を解除しつつ、相手を昏倒させる技。補助が大きければ大きいほど、その影響は大きい。倒れたパーティを乗り越えたテーネだが、敵は強い眩暈と耳鳴りの中でも敵を見据えようと必死に立ち上がる。補助魔法を沢山使用したのが運の尽きだ。

 後ろから接近する剣に気づくことが不可能になってしまったのだから。

「グゲッ!」

 戻って来た剣を掴むテーネ。この一瞬でパーティは真っ二つになり、全滅した。支配人が劇場を出たことを確認し、その後を追うテーネ。広い街頭に出ると支配人の背中が見えたので当然の様に追う。

「待ちな!」

 その前を塞ぐように、大量のバスターが現れる。彼らを倒さなければ、先には進めなさそうだ。テーネはしばらく剣を構えて考えたあと、逃げ出した。

「待て!」

 逃げはしたが、彼らの目的は魔の加護を持つ者の討伐。追いかけてくる。だがこれもテーネの狙いだった。集団ならば当然、脚の早い者、遅い者がいる。逃げて追われている間に、固まっていた敵集団はバラバラになり始めた。振り向きつつそれを確認したテーネは、一番近い敵が近づいたタイミングで振り向いて攻撃を仕掛ける。

「エスパド・ブラシュ!」

 斬り掛かった彼の剣は虹色に輝き、敵の目を潰す。

「ぐぬうう、ガバッ!」

 閃光と色彩の暴力で生まれた隙に、一撃死の刃が振るわれる。人間が多彩な色を識別できるが故に突き刺さる、邪悪なる光の剣。まさに人を斬る為の技。

「奴の剣に気を付けろ!」

 手の内を知った時には手遅れであった。既に集団は散らばり、近距離にしか効果を持たない光の剣は振り向き様に、的確に視界を奪う。

「グワッ」

「この……ウガァ!」

 バスター達も工夫して二人など足並みを揃えて挑みかかるが、既に術中。全員で動こうと速度を落とせば逃げられる。捕まえようと走り続ければ個別撃破される。どうすることも出来ない。

 花街の街道には一矢たりとも報えないバスターの死骸があと十三人は転がることとなった。

「なんだと?」

 そして、逃げていたはずの支配人に追いつくことが出来た。テーネも病床に臥せっている間、何もしていなかったわけではない。常に安心できない状態で生きて来た彼は、念の為当然の様に街の構造を頭に入れていた。逃げている様で、実は支配人を追っていたのだ。

「はぁっ、はぁっ……クラリアさんを……離せ……っ!」

 傷の痛みを堪え、血を失った影響で足取りは覚束ない。衣服は黒く染まり、脚まで血が垂れていた。剣を支えになんとか歩いてくるも、まだ刺客は補充される。

「くそぅ……化け物め……」

 ついに軍勢と正面からやり合うしかなくなったテーネ。だが、彼は諦めていなかった。剣を構えて、まだ戦う気だ。

「待って! お願い話を聞いて! その子は悪い子じゃないの!」

 クラリアはバスター達に訴えるも聞き入れてもらえない。何せ、魔の加護を持つテーネが洗脳していると思っているからだ。バスターの数人が補助魔法を掛け、向かって来たのを見てから彼は動き出す。

「ステルヴァ・バッファ!」

 バスター達は昏倒する。少し待ったのは集団をばらけさせるためだ。各自で戦っていた、そして悉くが殺され情報を持ち帰れないことが災いし、同じ手を喰らってしまう。

「おおおおっ!」

 悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、雄たけびを上げながら接敵するテーネ。首を切り裂き、次々と敵を仕留めていく。瞬時に六人を殺したところで効果が切れ、何とか動ける状態になるバスターも出て来た。

「こいつ!」

 攻撃を防ぐため、武器である分厚い剣を盾にするバスター。しかし、テーネは構わず剣を振り下ろす。

「ステルヴァ・アムズ!」

「アボッ……」

 剣を叩き割り、その上から頭に刃を突き立てる。そこに動ける様になったバスターが切り掛かる。

「うおおおお!」

「エスパド・ブラシュ」

 しかし振り向き様の輝く剣により、目を潰されて簡単に切り殺されてしまった。盾を構えて突っ込むバスターもいるが、当然防具破壊の技で割られた上で殺害される。

「はっ!」

「ぐはッ!」

 鎧を着こんでいるにも関わらず、ばたりと倒れて血を流すバスター。くわん、と盾が独特の音を立てて転がる。

「奴には防具を裂く術がある!」

 魔法使いが手の内を察すると、仲間を背後に隠して魔法陣を宙に描く。魔法の盾で対抗するつもりなのだ。その後ろでは仲間が盾で防御を固め、槍で防御姿勢を取る者もいる。複数の要因を重ねれば突破も難しいはずという理屈だ。

「無駄だ!」

 だが、そんなものはテーネにとって児戯にも等しい。スキル名を読み上げるのはバスターもだが、その効力を意識する為のもの。よって、別に同時に使えないとかスキル名を言わないと使えないとかはない。

「てやっ!」

「な……グワッー!」

 魔法陣を魔法使いごと切り裂くテーネ。即座に盾を構えた騎士が前に出るが、既に鎧破壊の刃は振り下ろされた。

「ギャギッ!」

 盾と腕を両断しながら、身体を裂かれる騎士。仲間の盾になるべく敢えて攻撃を受けることが多いためか、まさか一撃で死ぬとは殺されるまで思わなかっただろう。

「クソ、何だこいつ!」

 槍の戦士も反撃を試みるが、素早いステップですり抜けてテーネは敵を斬る。血が吹き出す頃にはもう遅い。首が深々と抉られ、魔法使いもいない状態では回復さえできない。

「嘘……だろ……」

「うわああああ!」

 残されたバスターが狂乱し、テーネに襲い掛かる。そんな状態で勝てるほど彼は弱くない。

「くっ……やぁ!」

 傷が痛むも、堪えて反撃する。水平に敵を斬り捨て、返す刀で次の敵も切る。

「う……ぐ……」

 だが、負傷した身体を無理に動かしたせいで限界を迎える。元々、治り切っていなかったところに銃弾を浴びた彼は足に力が入らなくなり、がくんと崩れ落ちる。血が足りなくなり、視界が白く染まる。

「今だ!」

 敵がチャンスとばかりに畳み掛ける。敵の射程に入りたくないので、炎の球を浴びせて弱らせようとする。

「うわぁあっ!」

 炎の球は空気を呑む轟音を立て、テーネに直撃する度爆発を起こす。動けないので耐えるしかないが、ボロボロの身体にはもうこれ以上の攻撃を受ける余力はない。

「ぁ……ぐ……」

 炎の球が雨霰と降り注いだ後、黒煙が晴れた中にテーネはいた。気力で倒れずにいたが、テーネは立ち上がることも出来ない。火球で衣服が焼け、ボロボロになって白い素肌を晒す。結んだ髪も髪留めが壊れてほどけてしまう。

「う、ぐぅぅぅ……!」

 反撃の為に辛うじて立ち上がったテーネだが、剣を取り落としてしまう。トドメとばかりと二人のバスターが剣を彼のか細い身体に突き立てた。

「かはっ……」

 ついにあの化け物も終わりか、と周囲の者は安堵する。だが、テーネは震える腕を敵に突き出し、何かを呟いた。その時だ。眩い光と共にバスター二人が吹っ飛んだのは。爆発の範囲は大きくなかったが、その分威力が凝縮されているのかバスターは内臓を撒き散らしながら地面に落ちる。

「う、ぐ……ぁっ!」

 力が入らない手で剣を掴み、二本とも抜く。もう吹き出す血もないのか、刃が濡れているだけだ。

「ぅぅ……」

「なぜ……魔法を……」

 急に相手が魔法を使い始め、バスター達に動揺が走る。テーネも切り札として隠していた様だ。

「魔の加護が……人斬りだけだといつから……」

 テーネの人斬りはあくまでも魔の加護、魔王軍のジョブのうち一つに過ぎない。クラリアもふと考えた。死にたくないと願いながらその一番大きな障壁となる魔の加護を放置するとは考えられない。その解除手段を求めないはずがない。その過程で、他の加護を得てしまった可能性も十分考えられた。何せ、バスターの加護は神殿で変更できる。似たようなシステムがあるはずだ。

「魔法……そうだ!」

 そして魔法で思い出す。ミリアムから貰った魔石のアクセサリーを。それを取り出し、支配人を魔法で吹っ飛ばす。

「いけ!」

「うおわ!」

 支配人の手から逃れ、距離を取るクラリア。これで人質にされる危険はなくなった。状況の悪化に気づいたバスターも最後の攻勢に出る。

「はっ!」

 アサシンの女が左側から飛び掛かる。アサシン、と銘打ってこそいるが魔物と敵対した時だけの話。本物の人殺しには勝てない。軽く身をかわして攻撃を避けると、アサシンの女の頭を左手で掴む。

「ぐ、う……」

「離せ!」

 握力は見た目以上で、頭蓋骨の軋む音がして女は暴れる。仲間が急いで助けに向かったが、義手の右腕で剣を掴まれてしまった。

「ふん……っ!」

 力を集中させ、二人をテーネは凍らせる。パタリと動かなくなったバスターを雑に投げると、その二人は砕け散る。割れた身体の断面からは赤い血肉が覗く。

「くそったれが!」

 ついにバスターは最後の一人。逃げるか立ち向かうか、しばらく悩んで戦う方を選ぶ。だがその迷いは死を招いた。左手から放たれる、赤い禍々しい電撃がバスターを襲う。身体がガクガクと痙攣したまま壁まで飛ばされ、失禁して白目を剥く。いや、白目を剥いているのではない。眼球が焼けて白く濁っているのだ。最後のバスターが死に、支配人は絶望し腰を抜かす。合計53人、あれだけ雇ったバスターが全滅した。

「お、お助け……」

 テーネは助けを求める支配人の両腕を落とす。

「ぎゃあぁああ!」

 クラリアは優しさではなく、後々のお沙汰等々で面倒が起きない様に止めようとする。

「待ってテーネ!」

「分かってる。ここで殺したら、後始末が大変」

 炎で腕を焼き、テーネは支配人を止血する。失血で気を失えずに痛みに苦しむ分、殺された方がマシかもしれない。

「……」

 無事な姿のクラリアを見て、テーネはペタンと座り込む。そして両目からボロボロと涙を流す。

「うぅぅううぅぅぅ……」

「て、テーネ? どこか痛いの?」

 今まで以上に深い傷を負いながら、ここまで戦い抜いた。だが自分の傷の痛みではなく、安堵から涙を流していた。

「よかったぁあ……クラリアさん無事でよかったぁ……」

「……あなたの方が心配よ……」

 安心したせいか、一拍遅れてテーネは傷のことに気づいて悶絶した。剣でも貫かれ、炎をぶつけられ、病み上がりの身体に痛いなんてものではない。

「うぁああっ! し、死んじゃう……痛い……よ……」

「ああ、ほら言わんこっちゃない!」

 勇敢な場面ばかり見ているせいで忘れてしまうが、テーネは本来臆病で弱虫だ。でも、恐怖を乗り越えて誰かの為に戦える。それは例え魔物と同等の存在だとしても、立派な人間である証なのだ。

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