烙印の答え
古い酒蔵を処分しつつ、邪魔なミリアムも消す最善の策として支配人が出しそうな答え。それが火事に見せかけて焼くこと。解体には費用が掛かる上、早く処理しないと国から立て替えをせっつかれるかもしれない。元々後ろめたいことがある以上、いくら贈賄していても余計なことに口出しされる危険は減らしたい。
「無事でいて……!」
自分は死んでも構わないが、ミリアムには死んでほしくない。急いで酒蔵へ向かうクラリアはミリアムの無事を祈る。だが、無情にも行く手には黒煙が昇っている。
「火事だってよ」
「まぁ延焼はしないでしょ」
周囲の人々は特に慌てる様子がない。周りの建造物はレンガや石なので火が燃え移ることがないので、被害が酒蔵で終わると想定しているだろう。この街では喧嘩どころか刃傷沙汰も日常茶飯事なので、ちょっとやそっとで野次馬も出来やしない。
「もう火が……」
ようやく酒蔵に到着すると、既に火の手が建物全体に及んでいた。周囲を探してもミリアムの姿がない。
「ミリアムさん! 無事ですか?」
呼びかけても反応がない。既に逃げている、ということもない様だ。彼女なら脱出できたとして、この火事を消さずに逃げるだろうか。消火活動をするはずだ。
「おおー! なんてことだ!」
必死にミリアムを雑踏から探している途中、支配人のわざとらしい嘆きが聞こえてきた。棒読みもいいところで、感情が篭っていない。
「ミリアムが逃げ遅れてしまった、このままでは死んでしまう!」
アリバイ作りの演技なのだろうが、おかげでミリアムが中にいることは確認できた。予想通り、酒蔵と彼女を同時に処分しようとしていることも。
「あった!」
近くに水を溜めた桶があるのを見つけ、クラリアはその中身を被る。しっかり身体が濡れて服に水がしみ込んだことを確認し、酒蔵の中へ入り救助を試みる。炎の勢いは強く、少し煽られただけでも肌が焼ける様に熱い。
「ミリアムさん! どこに……」
熱に耐えながら酒場の奥へ進んでいくと、柱に縛られたミリアムの姿を見つける。完全に殺す気で呼び寄せたが分かる。炎は止まる気配もなく、既に肌は乾いてしまった。濡れた服だけが頼りだ。
「見つけた!」
「クラリア……早く逃げ……」
縄をほどこうとすると、来た道に鉄球が飛んできて出口を塞がれてしまう。出口ごと周囲の壁や床を砕いて退路を断つ。鉄球は小ぶりだが、棘が生えていて鎖で繋がっている。引っ張られて戻される鉄球は床を剥がしながら引き寄せられるほどの重量があった。
「何? 一体これは……」
予想だにしない敵襲に、クラリアは身構える。縛って建物を燃やしたなら、もう放置するだけでいいはず。一体誰がここにいるのか。鉄球が飛んできた方を見ると、一人の男がいた。鉄球はこの男が扱う武器だ。
「まさか助けに来る奴がいるとはな」
「あなた……どういう……」
まるで見張る様に男は立っていた。早く避難しないと危ないはずだが、バスターであればもしかしたらとクラリアは考える。
「耐火魔法で自分は逃げられるってわけね……」
「ご名答。さすが支配人が手間かけて手に入れたお気に入りだ」
「手間?」
男の物言いに気になるところがあったが、今はそれどころではない。早くミリアムを救出してここを出ねばならない。自分などどうでもいいが、劇場の女の子達を支えてくれるミリアムは絶対に助けたい。
「ねぇ、助けてくれないかしら? サービス、してあげるわよ?」
服の襟をめくり、胸元を晒して男を誘惑する。だが彼はまるで迷わない。
「俺は支配人に、この女が確実に死ぬのを確認する様に依頼されている。お前を毎晩買っても余るほどの報酬でな」
「くっ……下賤な……」
「お前は死なせないから安心しろ」
男は手鏡の様なものを持っている。これは追憶の鏡。魔力を込めた間、鏡に写る像を記録できるものだ。こんな高価なもの、わざわざ個人で用意はすまい。おそらく支配人の差し金だ。
支配人がどれほどミリアムを恐れて、その死を望んでいるのか分かるというものだ。
「ほら、一回お前だけでも避難させるぞ。死なれては仕事終わりの楽しみが無くなるんでな」
「やめろ……近づくな!」
男はクラリアだけを脱出させるべく、彼女へ近寄る。このままではミリアムを助けられない。なんとか柱に縋りつき、縄をほどこうとする。だがほどく気の無い硬結びは緩めることも出来ない。
「あちっ! あちち!」
そんな切羽詰まった状況を砕く様に、熱がりながらテーネが転がり込んできた。服に付いた火を払って、立ち上がると吹き出した炎が顔に迫る。驚いた彼は転んで尻もちを着いてしまう。
「わぁああ!」
「テーネ!」
テーネは濡れている様子すらなく、水も被らず飛び込んできたのだろう。バスターだとしても危険極まりない行動だ。
「いたた……あ、クラリアさんとミリアムさん! 今助けますね!」
テーネはすっと男を見据え、低い姿勢で身体を起こす。さっきまでのあわてんぼうでどこか抜けている様子はなりを潜めた。何故か腰に帯びている剣ではなく、義手から光の刃を出して応戦しようとしている。
「烙印持ちは殺しても罪に問われない……」
「それはそうだけど……」
テーネの言う通り、バスターの力で人を殺めた烙印持ちをバスターが殺しても、自分が烙印持ちになることはない。それどころか魔物を倒したのと同じで報酬が得られる。しかしクラリアには彼に人殺しなどしてほしくなかったし、出来るとも思えなかった。手加減の必要はない、程度の意味合いだと思っておくことにした。
「残念だったな、俺は烙印がない。加護を示せ!」
だが、男は腕を捲って見せる。そして、自身の加護を見せつけた。バスター自らが加護を明かすと腕の付近の空中に加護の内容とレベルが浮かび上がる様になっている。一種の身分証明だ。
『ファイター レベル33』、どこにでもいる戦士系ジョブの加護。そしてその内容も特筆することはない。烙印持ちではないということだ。
「俺を殺すと逆にお前が危ういぜぇ?」
「な……」
動揺したテーネは隙を晒す。その横っ腹に鉄球が突き刺さり、彼は大きく揺れた。吹っ飛ばされない程度には踏ん張っているが、ダメージは小さくない。床に落ちた鉄球はズン、と周囲を破壊しながら着地する。
「ぐ、ぁああっ!」
「テーネ!」
足が震え、痛みに声を上げる。後ろに殺害対象のミリアムがいるからか、回避することは出来ない。
「ん? なんだ? 烙印が付かねぇ……?」
男は自分の腕に何も起きないことを不思議がる。バスターの力で他者を殺しこそせずとも傷つけると、軽度の烙印が刻まれる。だが、それが起きない。だがその程度誤差だと切り捨てて攻撃を続ける。
「オラ、その女を見捨てりゃ見逃してやる!」
「う、ぐぅう!」
細身の身体に何度も鉄球を受け、鈍く砕ける様な音が炎の勢いを塗りつぶして辺りに響く。棘が肉を抉り、服の上から血が滲む。それでも、テーネはミリアムとクラリアの前からどかない。
「あ、ぐぅっ!」
何十回目かの鉄球が身体に直撃し、彼は膝から崩れ落ちる。身体から垂れた血が床を赤く染め、痛みに呻く声は震えて涙が混じっている。
「う、ぐ……いた、い……けど……っ!」
「ふん、弱虫の癖に意地張りやがって。もうちょっと歳行ってりゃ可愛がってやったのによぉ」
腕で防御することさえせず、むしろ腕を広げて二人に攻撃が届かない様にしてくれている。その左腕に鉄球が食い込み、力無く垂れさがる。折れてもなお、肩の力だけで腕を持ち上げようとする。
「が、あ……ぁぁああっ!」
男は小物の割に鉄球捌きが巧みで、左肩に直撃する。ゴキリ、と嫌な音がして腕が上がらなくなる。そこまでのダメージを受けてなお、テーネは立ち上がって二人の盾になる。
「チィ、結構いい武器貰ったんだがな……。俺でもこの辺の主っていう鎌の化け物バッサバサな代物なんだが」
「なんですって?」
クラリアは武器の性能に驚く。自分達を先日襲ったあの魔物を軽々のせると言うが、どこまで本当か。しかしあの重さを見るに、ある程度の信ぴょう性がある。テーネが頑張って耐えているだけに過ぎない。
「死ねやメスガキがぁ!」
「あがっ……!」
テーネは頭に鉄球を受け、床に崩れ落ちる。ダメージが重なり、限界を迎えたためかピクリとも動かない。男は念入りにトドメを刺そうと彼に近寄る。
「テーネ! やめなさい!」
クラリアはテーネを守る為、男に飛び掛かった。勝ち目なんてどうでもいい。テーネとミリアムだけは助かってほしいという気持ちだけだ。
「どけ! 『エアゾ』!」
男は掌から衝撃波を放ってクラリアを吹き飛ばす。戦士職が放つ下級風魔法だったおかげで、本当に飛ばされただけで済んだが。だがそれでもバスターの力で人を傷つけたからか、男の腕に異変が起きる。
「いってぇ! ……へへ、ようやく一人前だぜ」
縁取りが黄色く光る、黒い刻印が腕に現れる。これはまだ人を殺していない、もしくは不注意で殺めたりした場合に刻まれる軽度の刻印。人を殺せば、橙のものに変化する。
「ぐ……この……」
テーネは血まみれになりながらも立ち上がり、腰に帯びた剣をようやく抜く。だが男は余裕をかましたままだ。
「はぁっ……はぁっ……」
「ふん、俺が刻印持ちになったから倒せると思ったか? 残念だが、黄色だとまだ殺しちゃいけないんだぜ?」
「ぅ、ぐ……ぅ」
そう、烙印持ちだからと言って全員を殺していいわけではない。橙でようやく討伐対象なのだ。黄色は言わば警告状態。この状態では、まだテーネが烙印を受ける危険がある。
「だから俺を斬ったりしたら……」
男がのろのろと話している途中、テーネは一瞬で接近して首を掻き切る。鮮血が吹き出し、男は動揺と共に崩れ落ちる。
「な、なんだ……と?」
血が収まると同時に、男は倒れた。おそらく死んだものと思われる。
「ボクには……関係、な……ぁ……っ」
テーネは剣を落としてその場にへたり込む。今は色々言いたいことがあるのだが、ミリアムと彼を外に連れ出すのが最優先だ。クラリアは剣を借り、ミリアムを拘束していた縄を切る。
「ミリアムさん!」
「ああ、あんたもテーネも無茶を……」
長らく熱に当たっていたせいで意識が朦朧とし掛かっていたが、ミリアムは自身に回復魔法をかけて動ける様になる。そして、テーネにも魔力の限界まで回復魔法を使ってやる。
「私じゃこれが限界か、どうにか出ないと……」
ミリアムは服が血で汚れることを躊躇わず、テーネを抱きかかえて脱出を試みる。重さのある剣はクラリアが持っているとはいえ、女性が軽々持ち上げられるほど軽いのだと改めて感じる。
「そうだ、これで!」
クラリアは以前、ミリアムに貰った魔法石のアクセサリーを取り出す。この魔法で壁を吹っ飛ばし、脱出口を作ろうという魂胆だ。
「外はこっち側だよ」
「お願い!」
ミリアムの指示で魔力を込め、爆風で壁を吹っ飛ばす。宝石の輝きは失われたが、外に繋がる道は出来た。
「ふう、どうにかなった……」
「二人共、助かったよ」
無事、ミリアムとテーネを助け出して一安心のクラリア。死に損なったが、目的は達成できた。テーネはというと、とても動ける状態でもないのに剣を受け取って自分で歩こうとしていた。
「すみません、降ろし……て……」
「ダメだよ。傷が……」
「敵……です、うぅっ」
半ば強引にミリアムの腕を離れ、地面を転がって剣を支えに立ち上がる。彼の言葉通り、新たな敵が迫っていた。
「いたぞ!」
「まさか……本当に殺したのか?」
さっきの男の仲間と思わしき連中が三人、彼女達の前に立ちふさがる。テーネは剣を構えるも、ふらついておりいつ倒れてもおかしくない。
「ああ、あの人なら助けてくれて勇敢に散ったわ」
クラリアは白々しく嘘を吐く。だが即座にバレてしまう、というか最初から疑われている。
「パーティー組んでると分かってんだよぉ、殺されたことがなぁ……!」
「お嬢様は死なすなって言われてたけど、もうこれは慰み者にして使い潰してやる!」
加護を持っている者同士が組むと、その生死が伝わる様だ。男達は武器を抜き、口笛で仲間を更に呼ぶ。
「野郎ども! 弔い合戦だ!」
状況が不利と見たテーネは、生身の左腕を無理に挙げる。
「ぐぁああああっ!」
右の義手で脱臼を強引に戻すと、左腕に加護を示した紋章と数字が浮かび上がる。だが、その色は見たこともない禍々しい血色で、紋章に添えられた文字も聞き覚えがないものだった。
「は……人斬り、レベル55? 幻術か?」
「退いてくだ……さい、ボクにはあなた達を殺せる力があ……くぅ」
周囲の男達やクラリアは混乱したが、ミリアムは知っていた様子で状況を伝える。これは相手を騙す為の策でもなければ、間違いでもないと。
「魔の加護、聞いたことくらいあるだろう? バスターなら。魔王達が人間を配下にするため、お前達の加護を参考に作った人殺しに適した能力を与える加護だ」
「んなの、昔話だろうがぁッ!」
しかし男の一人はミリアムの話を聞かずに突撃する。
「やめないか! 冗談ではないんだぞ! 今のこの子にお前を無力化して逃すだけの余力はない!」
しかし彼女が心配したのはテーネではなく敵の方。剣を手に斬り掛かる男であったが、一足先に男の懐に飛び込んだテーネが胸に剣を突き立て、くいっと捻ってから抜く。男は血をとめどなく流しながら倒れ、動かなくなった。
「気に病むなテーネ。お前さんは可能な限りの警告をした」
ミリアムは即座にテーネを気遣う。そして彼女はクラリアに魔の加護のことを伝えた。
「魔の加護……それを受けている者は魔物と同じ様に、バスターの討伐対象。だから鉄球を受けた時、あいつに烙印が付かなかったんだ」
「それで……。じゃあ示した加護は本物、絶対勝ち目なんてないじゃない! 逃げなさいよ!」
彼女もそれを聞き、男達に逃げる様に言った。彼らのレベルが先ほど加護を示した鉄球男同様、30程度だとすると、テーネの方が上。レベルとは曖昧な基準である『強さ』を客観視したもので、それが20も離れていると勝つのは難しいはず。バスターが無謀にも格上に挑んで頓死しない様にする措置なので、参考にしてくれないと困るのだ。
加えて、魔の加護とやらは僧侶の悪霊特攻の様な、人間相手に有利を取れるスキルもあると見て間違いない。いくら格差があっても、レベル30代のバスターが一撃で死ぬなど普通ありえないのだから。
「そう……で、す……かはっ、ここは、退いて……くださ、ぃっ!」
テーネも無用な殺傷を避けるべく退却を提案する。だが男達も無謀なのか、どこかに勝ち目を見出だしたのか、挑みかかってくる。
「そこの女を殺せば大金が貰えるんだ!」
「言ってみりゃレベル高い魔物みてーなもんだろ! 賞金も加護の追加もがっぽがぽだぜ!」
「相手は手負いだ!」
リーチのある槍ならばと一人、前に出る。だが槍を振るっている間にテーネは穂先をすり抜けて柄の距離まで詰める。
「ぐ、ぁああっ!」
柄に打たれ、全身の傷に身体が裂ける様な激痛が走る。だが切り刻まれるよりマシだ。テーネは痛みに耐えて反撃する。
「はっ!」
「ぎゃあああ!」
肋骨を避け、腹を引き裂いて臓物をこぼす。防御を加護に頼って、重い鎧を避ける傾向がここにいる花街の用心棒にはある様だ。人間相手では確かに防御は必要ないだろう。だが、それが文字通り命取りだった。
「魔物め……剣なんてな、着込んでりゃ効かねぇんだよ!」
敵側もそう思ったのか、全身鋼鉄の鎧を着た男が立ちふさがる。盾も手にしており、防御力で圧倒する気満々だ。盾でテーネを吹き飛ばし、反撃を試みる。
「ぁああっ!」
何とか倒れずに済んだが、大きく上体が反れて隙を晒してしまう。シールドバッシュは相手によっては一撃必殺の威力がある打撃攻撃だ。重傷の身体で倒れない、意識を失わないだけでもやっとなのだが、そこへ分厚い剣が襲い掛かる。
「が、ぁぁぁぁ!」
防御も出来ず、もろに斬撃を受けたテーネは悲鳴を上げて座り込む。全身からの出血が多く、今さら大きな傷が増えても派手に吹き出すほどの量が残っていない。目の光は消え、肉体は限界に近づいていた。それでも彼はクラリア達を守る為に立ち上がり、頼りない太刀筋で鎧に剣を叩きつける。
「はぁ、はぁ、はぁ……この……」
「無駄無駄ぁ!」
硬い鎧は刃を通さない。かなり性能のいい防具を持っていることは、酒蔵で斃した男の鉄球からも明らかだ。だが、胸板で堂々と剣を受け続ける男はその余裕をすぐに後悔することになる。
「『ステルヴァ・アルマデラ』!」
「な?」
鎧がまるで布服の様に刃を素通りさえ、男が切り裂かれる。人斬りの加護がもたらす、鎧貫通の技なのだろうか。
「がはぁああああ!」
「やっと、通った……」
男は傷と口からどす黒い血を吐いて仰向けに、音を立てながら派手に倒れた。恐慌状態になった数人の男が勝ち目もないのにテーネへ向かう。
「ひ、ひぃいい!」
「化け物がぁ!」
当然、その末路は知れていた。瞬く間に切り伏せられ、死体が二つ増える。だが徐々にテーネの気力も失せていった。いくら魔の加護があるとはいえ、その構造は人間と同じ。深い傷を負ったまま戦い続けるのは苦痛を伴う。
「はぁっ、あ、ぐあ!」
メイスを持った男が隙を見て、その鋭い鈍器を振り下ろす。テーネはどうにか剣で防ぐも、片腕で何度も殴り付けられては身体に伝わる衝撃だけで意識が飛びそうになる。
「く、は……ぁあ!」
メイスの一撃が剣に当たり、火花が散る度に彼の身体から血が落ちる。ついにテーネの防御も間に合わず、左肩にメイスが直撃した。
「うぁ……ぁぁぁああっ!」
だがそれは、既に再起不能の部位を犠牲にした作戦だった。メイスが完全に振り抜かれたその僅かな時間、攻撃が当たって敵が油断したその瞬間を狙い、テーネは剣で男の喉を掻っ切る。
「が……こいつ、マジの怪物じゃ……ね……」
男の断末魔は最後まで言葉にならず、空気が漏れて泡が爆ぜる音へ変わった。よせばいいのにこれで倒せると思った男が大きな斧を持って駆け出す。そんな大振りな一撃は瀕死のテーネにも当たることはなく、するりと避けられて返しの剣で胴を深く切り裂かれて死体になる。
「た、助けを呼ばないと……」
最後の一人が、ようやく逃げ出す。だがそれは増援を呼ぶため。それは流石に撤退を促していたテーネにも見逃せないのだが、もう立っていることも出来ず膝を付いてしまう。
「ぁ、ま……て……」
このままではテーネが本当に殺されてしまう。クラリアはなんとかしようと魔法石のアクセサリーを手にしたが、魔力は使い果たしており魔法は出ない。
「『エスパド・スライバー』」
テーネがおもむろに剣を投げると、円形に見えるほど剣が高速で回転し背を向けた男に飛んでいく。
「あぎゃ!」
そして男は間抜けな悲鳴と共に胴と脚を泣き別れにされ、地面に転がった。剣は弱弱しく回転しながらテーネに近くに戻ってきて、地面に突き刺さる。
「ぁ……」
敵を駆逐し、完全に緊張の抜けた彼は糸が切れた様に崩れる。クラリアは血で服が汚れることも構わず、テーネを抱きとめる。
「テーネ……」
血の混じった涙をぬぐい、左頬の烙印を確認する。これは人を殺す者、魔の加護を受けた証。だが、彼は水も被らず炎の中へ自分達を助けに来てくれる。そしてこの戦いも、自分が如何に危険かを示して避けようとしていた。
なぜ彼が魔の加護などを受けることになったのか、そこには深い事情があるに違いない。クラリアはそう信じることにした。
酒蔵の火事で八人ものバスターが犠牲になった事件は、一夜にして花街の話題をさらった。しかし、テーネの存在が明らかになっていない今、誰がやったのかという点は錯綜している。花街でのんきに遊ぶ者達は知らない。この街に、恐るべき殺戮者が匿われていることを。
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