あゝ素晴らしき哉、非リア人生!



 イヤホンを耳に突っ込み、ポケットに手を入れながら、いつも通りの道を相変わらず一人で俺は歩いている。

 最近は登下校がダルすぎて、遅刻気味になってきてた。

 朝がマジで起きれない。

 ただ俺は単なる【非リア充】なので、遅刻できるほどの度胸を持ち合わせてはいなかった。

 真面目系クズ。だから遅刻ギリギリよりもちょっと早めくらいに登校してしまう。

 怒られたり、問題になったりするのダリィしなぁ。

 そのくらい、メンタルがクソ雑魚ナメクジ。


 そもそもよぉ、なんでこの社会はこんなに遅刻にうるせぇーんだ?

 定時で帰らせることを忌み嫌い、残業をさせることを強要するクセに“遅刻厳禁”って……この社会、矛盾しすぎ。

 

 図々しく文句を言いながら校門まで歩いていると、生徒指導のおっさんが今日も見張りをしていた。


「おい、お前ら始業のチャイムがもうすぐ鳴るぞ!急げ!」


 いや、全然まだあと8分くらいあるから余裕だろ……と言いたくなったが、静かにしておいた。

 適当に頭を下げて、小走りをする。



「……なにこれ草」

「不審者現れたってガチ?」

「いやいや、絶対生徒の誰かでしょ」

「荒らされすぎ。こわっ」

「ええ〜……もうやめてよぉ」

「世の中にはキモいやつもいるんだね」

「マジ迷惑、死んでほしい」

「誰?これやったの?うっっっっざ」



 二年C組の教室に辿り着くと、クラスメイトのチンパンジーどもが何やらざわついていた。

 チラッと中を確認すると、花瓶が割られていて、教室の椅子や机が倒されていて、無茶苦茶に荒らされている形跡があった。

 想像以上に大問題になっていた。



「こわぁ〜い。本当に誰がやったんだろう〜?」



 教室の真ん中あたりで女子たちに混じりながらクネクネと身体を動かしている女がいる。


 高橋 真奈美。


 あのイカれ女が、俺を見るなり、ウインクしてきた。

 あーはいはい、こわいこわい。

 誰がやったんでしょうね。



 はあ……どうするんだよ。

 警察沙汰になっても俺のせいじゃねぇーからな!


 ※ ※ ※




『えー、非常に悲しいことが起きました。二年C組の教室が何者かによって荒らされるという、とても許し難い事件です。現在、私たちで調査を行っています。

ここ最近では学校の風紀が乱れているということで、近隣住民の方からもクレームが多く来ております。先生としては皆さんを信じたいと思っています。ですが、もし生徒の中でこういう悪質なイタズラをした人がいたのだとしたら、すぐに名乗りを挙げて下さい』



 急遽、全校集会が行われて、汗っかきの太った黒ひげ校長が俺たちに説教をした。

 学校側の方針としては生徒指導により一層力を入れてゆく、ということであった。

 あまりにも大事になってしまったので、正直ションベンがちびりそうになるくらいにビビってしまったが、これもそれも高橋真奈美というイカれた女の仕業なので、絶対に黙っておこうと思った。

 この事は墓場まで持ってゆくつもりだ。


 ×××


「あっはっは!かなりの問題になってたよねー。警察呼ばれちゃったらどうしようと思っちゃった。堕落くんは自白できるほどのメンタルを持っていないカス人間だから、ぜーったい黙ってると思ってたけど!」


「……マジで捕まっても知らないからな」



 教室では高橋真奈美は俺には話しかけてこない。

 それなのに放課後になると「一緒に帰ろっ♩」と腕に抱きついてきて、周囲に誰もいないことを確認しながら、こうやって俺に接触してくる。

 高橋真奈美、コイツはとんでもなくヤバい。



「てか、堕落くん! やっぱり私たちセックスするべきだと思うんだよ。まだまださ、お互いのことを知らないわけじゃん? だからまずは身体を重ねなきゃダメだと思う! よし、早速家に帰ってヤろうっ♪」


「……やらねぇから」



 まあ言動の節々で見て取れると思うが、間違いなく頭のネジが数本ぶっ飛んでいる。青い猫型ロボットですら、ここまで壊れていないだろう。ちなみに俺はあの相方のメガネくんから優しさを抜いたような人間である。どうでもいいな。


 頭のおかしいコイツは友達がいないのか、あの夕暮れの教室での一件以降、やたら俺に絡んでくるようになってきていた。

 正直、関わりたくなかった。

 だけど、あの教室の一件で俺たちは文字通り“共犯者”になってしまったので、今更裏切るような真似をしてしまうと、コイツに何をされるかわからない。

 だから、こうして大人しく付き合うハメに。


 とほほ……。


 ※ ※ ※



「ふーん♪ ふーん♪ ふふーん♪」



 放課後の帰宅路。


 高橋が花壇の上でスキップをしている。花壇の前には看板が立てられており「〇〇小学校の子供たちと地元の皆さんが植えてくれました(きらきら)大切にしましょう☺︎」と書かれてあった。


 高橋はそれをみて、何故か舌打ちをしていた。



「大切にしましょうって書き方がムカつくんだよねー。お前らが偽善で植えたクセに、なんで私たちが大切に育てなきゃいけないのか意味がわかんないだよねー。踏み潰してやろっーと!」



 ……だ、そうだ。相変わらず、イかれてるな。



「おいおい、やめてやれよ。ジジババとクソガキが悲しむぜ? 汗水流して、俺らのために植えてくれたってのに」


「はぁ? なんで私たちのため? コイツらが勝手に自己満で植えただけじゃん。こんなの植えて何になるの? 綺麗だねーっておばあさんたちが話すだけでしょ? 邪魔すぎるでしょ。大体さ、これ虫さんが集まるから前々から邪魔だと思っていたんだよねーー」



 高橋が笑っている。目は笑っていない。

 まあ、気持ちはわからんでもない。



「潰れろっー。潰れろーっ。潰れちまえっー!」



 高橋が花壇の上でジョギングしている。

 頬を高揚させて楽しそうだ。


 だが、まだ、20時前。


 人に見られると厄介である。



「……その辺にしとけって。見られるぞ」


「人目なんて気にして何になるの? 見られたらなに? 捕まるの? 説教されて罰金させられるの? 別にいいけど。別にいいけど。別にいいけど?」


「無敵かよ」


「えへへ♪」



 もうコイツ和製ジョーカーだろ……。



「子供の頃にさー、こうやって花を植えましょうみたいな授業あったよねー。道徳だったかな? ボランティアで植えて良心を感じさせる洗脳教育みたいなやつ。アレ気持ち悪かったなぁー。花なんて植えたところでなんの意味もないのに、なんで強制してやらされたのかね。イヤだったなー」


「花ってアレだろ? 目の保養だろ」


「美人みたいに言わないでよ。おっ、チューリップじゃん。抜いてやれ!」



 チューリップの茎を蹴飛ばして、高橋が花弁を乱暴に右手で掴む。思いっきり潰して、その場にばら撒いた。赤いチューリップは即座にボロボロになった。



「どうせ植えるんだったら果物にして欲しいよね。そっちの方が食べれるし」


「育てるのが面倒臭いんだろ」


「ふーん。どうでもいいや。うわ、スカート汚れちゃった。もー」



 高橋がスカートを払う。

 ボロボロになった花壇を眺めて「よし」と満足そうに笑い、看板の上に右足を置く。体重によって、看板は土にほんの少しだけ沈んだ。


 白い太腿をわざとらしく見せつけながら、高橋は靴紐を結び直す。


 ついでに看板を土から引っこ抜いていた。



「運動したし、小腹も空いてきたから、マックドでもいこっか」


「……運動と言えるのか、これ?」


「子供泣いちゃうだろうなー。その様子、明日見にいく?」


「行かねぇよ。……可哀想に」



 感謝の言葉が綴られている看板を真っ二つにへし折って、俺たちは帰路につく。


 ボロボロになった花壇を拝んでから、ファーストフード店、マックドへと向かった。


 ※ ※ ※


「いらっしゃいませ〜」


 若い女性店員が挨拶をしてくる。

 小動物みたいに小さくて可愛い人だ。


「2階行こっか」


 高橋にそう言われたので、階段を登っていると、ギャーギャーとチンパン声が聞こえてきた。

 ボタンを開けた制服姿のチャラい集団が「えええ!?あいつら付き合ってんのぉ!? マジで!!??」とデカい声ではしゃいでいるのが見えた。

 俺らと同じ制服を着ている。


「……死ねよ、ゴキブリども」


「同感。」


 高橋が舌打ちして、溜まっている奴らを睨む。

 彼らは手に持っていたヴァーガーの袋でキャッチボールをしたり、集団で溜まってゲームをしていた。

 呆れて、すぐ階段を降りた。


 同じ空気すらも吸いたくはなかった。




「ああいう奴らってなんで生きているんだろうね? 他人様の迷惑になっているということを自覚していないのかなぁ。悪意でやっているぶん、私たちのほうがまだ良心的だよ」


「……言えてる」



 一階に降りてきて、席にカバンを置く。

 あんなのを見てしまったらこの後の飯が不味くなる。



「まぁいいや。それで堕落くんは歳上のお姉さんに筆下ろしされたいタイプなの? それとも歳下の後輩女子のヴァージンを奪いたいタイプ? 一体、どっち?」


「……はぁ? 答えるわけねぇーだろ」


「照れ屋さんだなぁ」



 高橋真奈美がゲラゲラと笑っている。席につくなり、急にこんな話をしだすコイツはやっぱりどこか狂っていた。

 ちなみに俺はどちらかといえば、ロリコンなので歳下派だった。とはいえどリードなんてできないので、自然と童貞になってしまったのだが。



「私さぁ、初体験が円光だったんだよね。身なりもそれなりに整ったリーマンでさ、頭もよくて稼ぎもあったんだよ。ただJCとセックスしたがる変態だった。あの人、自分の性癖を隠して生きているんだろうと思えばなんだか笑えてくる。いやー、いい人だったよ。優しかったし、痛くもなかった。腋舐められたのは恥ずかしかったけど。でも、お金いっぱいもらえたなぁー」


「聞いてねぇんだけど」



 唐突になんの自分語りなのか。隙を作りすぎたな。こんな八重歯ブスのどうでもいい初体験話なんて心底興味がない。てか、最初が円光って……。



「動画を撮られたこともあったよ。まあ、児童ポルノだから配信したらお縄行きだから趣味用だと思うけど。私可愛いから、配信したら荒稼ぎできるのが少し勿体ない部分だよね」


「自己評価高すぎだろ」


「君の自己評価が、低すぎるんだよ。普通はこれくらいあるから」



 そういうものなのだろうか。



「それで、なに食べる?」


 椅子を動かして、後ろを眺める。マックドの看板にはさまざまなヴァーガーのメニューが表記されていた。


「ポッテトでいいじゃね?」


「そうだね。大きいサイズの頼んでシェアしようか」


「……なんなの、その恋人みたいな感じ」 


「えっ、恋人じゃないの?」



 わざとらしく、口を開けてポカン顔を演出している。

 恋人になったつもりはない。



「たくさん“えっち”だってしたのに……ひどい」


「してないから。シャレにならんことを言うな」


「『お前の胸は俺が育てた! お前の胸は俺のもの! 乳首をたくさんペロペロ舐めてあげよう真奈美!!母乳でるかなぁ〜?でるかなぁ〜?』って言ってくれたじゃん!?」


「……言ってないって。てか、声がデカい」



 メンタルクソ雑魚ナメクジなので周りが気になってしまう。

 とてもはずい。



「何度も言ってるけどさぁ、堕落くん。君はそんなに人の目が気になるの? 別にいいじゃん。ふつうの日常会話をしてるだけだよ。君が大嫌いでしょうがないリア充どもも、さっきこんな話をしていたでしょ?」


「……アイツらに『死ね』って言っておいて、同じことをすんのかよ。はたから見りゃ、俺らもアイツらも同類だぞ」


「冗談ってのがわからないの? つくづく君は脆いプライドを守ろうとする自意識過剰男だね。だから底辺なんだよ。いい加減、卒業しないと。……よし、せっかくだし、練習しよっか」


「は? 練習?」



 高橋が何かを思いついたかのように人差し指を立てた。

 ジッとカウンターにいる店員さんの方を眺めている。



「あそこに可愛らしい店員さんがいるじゃん。研修生なのかな? バッチが付いてない子」


「……ああ、いるな」


「とりあえずさ。スマイル注文してきてよ」


「まじかよ……」



 ちらりと確認する。

 さっき見た小動物みたいな子だ。

 大学生のバイトだろうか。


 あの子になんて? スマイルを注文する?



「……めんどくさ」


「やれよ。逃げんなよ」


「……でもさ」


「おい、お前。私の命令が聞けないってのか? 逆らうようなら二つの睾丸にコンパスの針をブッ刺すって言ったよな。つべこべ言わずにさっさとやれ。しょーもないプライドをいつまでも持つなよ、ゴミが」


「……」



 スイッチが入った高橋真奈美の前では俺はいうことを聞くしかない。

 所詮は彼女の奴隷なのである。


 まあ、でも、スマイルだけならいいか。




「ご注文をお伺いいたします〜」



 メニューを眺めるフリをして、カウンターへと向かう。

 財布を開いて、少し考えた素振りを浮かべてから、告げる。



「ええっと……すいません。スマイルいただけます?」


「はい?」


「スマイルです……」


「……」



 苦笑された。気まずい気まずい。気まずい気まずい気まずい気まずい気まずいどうしよう。やべえ、助けて。高橋。これマジで気まずいって。



「じ、じゃなくて!パンヴァーガーを二つ。お水もください」


「り、了解しました。二百円になります」


「……は、はい」


「ありがとうございます。あ、その、ええっと、あちらでお待ち、ください……」



 ぎこちない動きで対応される。

 恥ずかしくて死にたくなった。


 しばらく待ってから、ヴァーガーを受け取り、席まで戻ると、高橋真奈美は不機嫌そうにしていた。



「つまんね。面白くな〜い。童貞感丸出しだし、滑りすぎー。男として情けなーい。笑えなーい。死んでー」


「しょうがないだろ……」


「ふつうにギャグとしてやればいいだけなのに、なんでそんなこともできないの? 女の子相手に緊張しすぎ。私には緊張しないクセに。……なんか腹立ってきたな。なんなの、自殺希望なの?」


「すまん」



 高橋真奈美がお礼を言うこともなく、水の入ったコップを受け取り、氷を噛み砕いた。ガリガリと歯で音を立てている。獣かよ。



「でも、堕落くんなんぞに期待なんてしてないし、ちゃんと言えただけよくやったと褒めるべきかな。やるじゃん。君にしては頑張ったよ!」


「……嬉しくねぇ」


「ご褒美にお口で慰めてあげるよ。一発だけね」


「……いらねぇし」



 恥ずかしくて、つい首を振ってしまう。

 高橋は目の前で舌を上下にレロレロと動かしていた。



「気持ちいいのにー。損してるなぁー。あ、もしかしてビョーキ持ってると思ってるでしょ? 傷つくなぁ。ちゃんと検査行ってるから大丈夫だって。穴だってまだ若いからガバってないし。あ、そんなに心配なら手でしてあげよっか!?」


「別にいいっての!」


「つまんないなー」



 高橋真奈美が右手をわざとらしく上下に振っている。俺はヴァーガーを飲み込んで、その光景を見ないようにした。こう見えてピュアなのだ。



「ま、君がヤりたくなったらいつでも言ってよ。生理以外ならいつでもどこでもヤらせてあげるから」



 これはある意味羨ましい状況なのかもしれない。

 相手がクソビッチの高橋じゃなければだが。




「てか、ポッテトは?」



「……」



 しまった、忘れてた。



 ※ ※ ※



「それにしても、あの子ちょっとムカつかない?」



 高橋が水を置いて、チラリと先ほどの店員の方を見た。

 さっきの店員さんは俺らのことを意識しているのか、ちょくちょく目が合っていた。

 コイツもそれに気付いたらしい。



「私さ。ああいうウジウジした女が世界で一番嫌いなんだよねぇ〜〜」


「え? いや……おい、よせ。何する気だ」


「それに、なにさっきの挙動不審な態度? 堕落くんがせっかく勇気を出してスマイルくださいって頼んだのに、全然笑わねえし。しかも、アイツ、仕事中だろ? なんでこっちをジロジロとみてんの? 奥に引っ込めよ。みるなよ、キメェんだよ」


「待て、高橋。落ち着けって……。お店だから」



 高橋という人間はかなり二面性が激しく、気性が荒い。下ネタを言ってる状態は機嫌が良いとき。言わなくなり、発言に棘が出てくると感情を制御しないバーサーカーモードへと入る。

 こうなると、かなりヤバい。



「女子大生っぽいよねー。えー、名前は“安達”か。覚えたよ。あの感じだと、短大生かな? 専門だとしても看護か保育か調理。髪色は黒だし、美容でもないみたい。じゃあ、調理か。身長は低くて、無愛想。頭が小さい。ってことは、脳味噌は空っぽ。敬語も下手。不器用で要領は悪い。仕事はできない。男からは守ってもらえるタイプ。髪と爪は短い。靴下はパンダ柄。下着はピンク。精神は未熟。処女。コミュ障なので彼氏はいない。高校時代に初彼氏が出来たものの、つまらなさすぎてすぐ振られた。過保護。初接客バイト。オナニーはしない。自転車にも乗れない。免許なし。文化系。体質はM。ガードは硬く見えて、そうでもない。好きな体位は正常位。Bカップ。ガリガリの色白。既読も返信も遅い。依存体質。弟か妹がいる。犬が好き。……うん、こんな感じかな。大体、予想はついた。念のため写真撮っておこう」



 ジーっと高橋が店員さんを眺めている。スマホを片手になにやらぶつぶつと呪文のように唱えていたが、どうやら相手のことを観察して分析していたようだ。恐ろしい能力を持っているものである。

 俺もこうやって分析されたのかしら?



「……見て、わかんの?」


「逆に聞くけど、わかんないの?」


「わかるわけねーだろ……」


「堕落くんはほんと、ダメね」



 ため息をつかれる。どんなキャラだよ。



「典型的な陰キャラ女子じゃん。どこにでもいるようなイケてない処女。四年生大学に行ってたら先輩に喰われてビッチかメンヘラになるようなテンプレートなタイプだよ。あれくらいなら、堕落くんでも付き合えるよ。連絡先聞いてきてあげよっか?」


「いや……いいって」



 店員さんと目が合う。すぐに逸らされた。やはり先ほどの対応を意識しているのだろうか。……いや、こっちがガッツリ覗いているせいだな。



「せっかくだし、連絡先聞いてきてあげるよ」


「マジでいいって!」


「彼女作って、リア充にならなきゃ! いつまでもこのままだよ?」


「それもそうだけど……」



 上手く言いくるめられている気がする。



「がんばろうよ! 堕落くん! 君はリア充になるんだ! だからね、まずはあそこのチビ陰キャブスを彼女にして、童貞を卒業することから始めないと!! 大丈夫だって!! あれくらいのブスどこにでも転がっているし、優しい言葉をかけるだけで簡単に股を開くから!! 安心して!?」


「だから声がデケェっての……!」


「リア充になりたくないの!? ならないと! じゃないといつまでもクズのまんまだよ! 私とセックスしたくないなら、あの子でいいじゃん! クラスの子は嫌なんでしょ!? あの子だったらどんなプレイも望んでやってくれるって! 全裸目隠し路上青姦もできるって! したくないの!? したいでしょ!! うん、そうこなくちゃ!!」


「俺、なにも言ってねーんだけど……」



 完全にスイッチが入った高橋が勢いよく椅子から立ち上がって、レジへと向かった。


 安達さん(?)がビクッと肩を震わせるのが見えた。


 知らねーぞマジで……。俺、帰るからな?



「ねぇねぇ、綺麗なお姉さん。さっきはウチのツレがごめんね? でも、素敵な対応を本当にどうもありがとう♪ せっかくだからさ、お話してもいいっ?」


「は、はい……?」



 安達さんに詰め寄る高橋真奈美。近づいて手まで握っていた。逃がさない気らしい。



「“あだち”さんってゆうんだね! 下のお名前は?」


「る、るりです」


「るりちゃん! るりちゃんさん、何歳?」 


「19です……」


「19かぁー。二個上だね」



 チラチラと俺の顔を確認してくる高橋。

 怖い。なにをする気だ



「お姉さん大学生?」


「せ、専門学校ですけど。あ、あのご注文は……?」


「あ、そうなんだ! よかった! じゃあ、あの人に連絡先を教えてあげてよ! さっきからずっとね、あの人が『可愛い可愛い』って言ってるの」


「え? ……えっ?」


「ダメなの?」  



 高橋真奈美の顔色が変わる。身体をゆらゆらと揺らしながら、お姉さんの両手を掴んで離さない。偽の笑顔と猫撫で声がヤツの武器だ。



「るりちゃんダメなの? あの人に連絡先を教えるのは」


「か、彼氏が……」


「あ、るりちゃん彼氏がいるんだ!? あちゃー、見当違い。ごめん、堕落くん。これは脈なしだ」



 当たり前だろ……。初対面だぞ。



「るりちゃん彼氏は何歳?」


「21歳……」


「どこで出会ったの? ここ?」


「……」


「ここかな? じゃあ、最近付き合ったばっかりかー。“けんしゅうせい”って書いてるもんねー」



 高橋の理解不能な行動に他のお客はポカーンと口を開けていた。

 カウンターの奥から他の店員さんもこちらの様子を伺うように覗いている。

 マズいぞ……高橋。そろそろ、ヤバいって。



「もう彼氏さんとはセックスしたの?」


「……え?」


「セックスしたの?」


「……ええっと」


「あー、したっぽいーー! えっちだねー」



 ニヤリと高橋が笑い、攻撃が、始まった。



「へえ、るりちゃんさんはえっちなんだね。付き合ったばかりの男に身体を許す変態さんなんだね。じゃあ、あそこにいるクズとセックスするのは難しいかー。残念っ。でも、あの人ね、ずっーと私の席の前で勃起させているからウザいんだよねー。るりちゃんさん、一回だけでいいからセックスしてあげてよ。お願い。もちろん、報酬もたんまりだすよ。ポッテトLサイズでどう? 非処女なんだから、そのくらいでいいよね? どうせ彼氏に突かれまくって、ガバガバになっているんだから、全然問題ないよねー?」



 これこそが、高橋真奈美の真骨頂だ。


 人間を徹底的に辱め、侮辱する。


 相手が初対面の歳上だろうと関係ない。彼女は容赦しない。何でもかんでも勝手に決めつけて、人の心を踏みにじる。自らの陣地に引き摺り込み、足元に咲く花だろうと何だろうと踏み潰す。


 正真正銘のサイコパスだ。狂っているという言葉で表現するのも稚拙に感じるほどの、圧倒的なまでの悪役。倫理観を完全に捨てた狂人。ナチュラル・ボーン・クレイジーガール。まさに、歩く災害だ。



「ねぇ、るりちゃん。彼氏と毎日猿みたいにセックスできて幸せ? 胸を揉まれて、キスして、四つん這いになって、突かれて、手を繋いで、突かれて、出されて、弄られて、それで幸せ?? 彼氏さんとの子供欲しい? 何人欲しい? 何回中に出されたい? 何回ゴックンしたい? どうせ飽きられて浮気されてポイされて、動画流出させられるだけなのに、なんでそんな男と付き合っているの? あそこのクズの方がまだいいって! 童貞だから浮気される心配ないよ! 歳上なんて付き合う必要ないよ!! すぐ別れて、あのゴミと突き合えって!! ほら、首を縦に振れよ!! 彼氏に突かれまくっている、安達るり!!」



 俺は鞄を持つ。警察を呼ばれる前に逃げようと思った。

 もちろん、高橋は置いていく。

 アイツと俺はビジネスパートナーであるだけで、ただのクラスメイトだ。付き合ってもなければ、それほど仲がいいわけでもない。

 お互いにお互いを利用して、つるんでいるだけ。

 悪友以下の関係だ。正直、関わりたくない。



「……しょうがねぇな」



 とはいえど、俺らはもう共犯者だ。


 せっかくなので高橋のカバンも持ってやることにした。

 別に財布をすったり、アイツの所有物の臭いを嗅いだりするわけでもない。

 ただバレると面倒だから持って帰って、また後日渡すだけ。


 連絡先も知らないし、家も知らないから、学校まで持ってこないとダメだけど。



「安達るり!! なにをベソベソと泣いているの!? そうやってまた彼氏に慰めてもらうの!? いつも小さな小さなそのお口で慰めてあげてるじゃん!! 今度はそのお返しってわけ!? ちなみに言っておくけど、さっき君の写真を撮っておいたから、後でネットにコラ画像として流出しておくね!! ここのマックドのアルバイト店員がセフレ募集中ですって、ツイッターで拡散希望のツイートをするから楽しみにしててね!! 安達るり!! 彼氏に突かれまくっている安達るり!! 後ろからベロを掴まれるのが好きな安達るり!! なんの処理もしていないジャングル状態の安達るり!! 下半身がくっさいくっさい安達るり!! 婚前交渉を平気で破る性にダラシない安達るり(19)!! クラスでは誰にも相手にされない気の弱い安達るり!! 飲食店でバイトをするような頭の悪い安達るり!! 誰にでも股を開く安達るり!! 君は今日いつ上がりなの!? あのクズとホテルに行くんだよ!! 約束だからね? 泣いても無駄っ!! これは命令だから!! いい? わかった!? 彼氏に突かれまくっている安達るり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



「おい……てめぇ! さっきから!」



 店の奥から背の高い男が出てくるのが見えて、急いで俺は外に出た。


 さっさと帰ろう。あー、知ーらねっ。


 鞄をぶらぶらと振りながら、夜道を歩く。さっさと電車に乗って帰ろう。いつもやり過ぎなんだよな、あのバカ。けっ、もうここのマックドいけねーじゃん。





「てか、誰も勃起なんかさせてねぇーわ!」





 店を出てからしばらくたって、その言葉がなんだかムカついてきて、しかもなんか重いし、なんでアイツのも持たなきゃならんのだ?と苛ついてきて、気付いたときには高橋のカバンを地面に放り投げていた。


 やめーた。なんで俺があのゴミ女の尻拭いなんてしなきゃいけねーんだよ。めんどくせえ。勝手に始末書でも書いて、停学になっとけよな。



 高橋のカバンに唾を吐いて、一発蹴りをお見舞いして、俺はさっさと駅まで向かうことにした。


 こうして今日も俺と高橋真奈美の愉快な一日は終わりを迎えるのである。




「あー、アイツ。死なねーかなぁ……」




 いやはや、素晴らしき哉、非リア人生!



────────────────────


第二章、結。


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俺は非リア充高校生。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

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