俺は非リア充高校生。
首領・アリマジュタローネ
俺は非リア充高校生。
『リア充なんざ、クソッタレだ』
毎日の登下校。同じような道を、俯きながら、一人で歩いている。
イヤホンを耳に突っ込みながら、ポケットに手を入れて、道端の雑草を踏み付けながら進んでる。
俺の名前は
嘘みたいだが、これが本名だ。
人に名前を呼ばれるときに苗字で呼ばれることが多いと思うが、俺はこの苗字が嫌いだった。もう早く結婚して、嫁の苗字に移籍したい。
キラキラネームとかいうもんが流行ってるそうだが、俺なんてキラキラネームではなくて、ダークネスファーストネームだからどうしようもない。
おかしいと思うだろ。
俺もそう思う。
なんだよ、堕落って。普通こんな苗字付けたりするか? ネガティブなイメージしか植えつけられないじゃねぇーか。
空港行ったら、飛行機乗らないでくださいって警備員に止められたりしそう。
両親は気を遣って、俺に「
お陰でこんなクソ野郎が誕生してしまった。
ネガティブな名前を持つ人間は、ネガティブな人間になるってのは本当のようで、俺は苗字の通り、堕落しきっていた。
高校二年を迎えようとしているのに、将来のことなんて、なーにも考えていないし、勉強はほとんど手につけず、偏差値の低いチンパンジーしかいないような適当な高校に進学した。
ここでの生活は思っていたよりも最悪で、どいつもこいつも知能も低い、ゴミカスみてぇな奴らしかいなかった。
俺が驚いたのは、便所に行ったときだ。
ションベンして手を洗おうとしたとき、なんか違和感を覚えたんだ。
みると、洗面台に黄色い液体みたいなのが付着してたんだよ。
俺は一発でわかったね。
ああ、リア充どもが、調子に乗って、ココで小便をしたんだなぁって。
ウチの学校はそんなクソみてぇな奴らが住む場所だ。
底辺中の底辺学校。
そして俺はその中でも最底辺の人間だ。
友達がいないのは当たり前。クラスでは浮いているので、寝たふりをするのも当たり前。童貞、帰宅部、ブサイク、陰キャラのヲタク。もう説明するのも面倒くさいくらいのコンプレックスの塊だ。
だから、人生にはいつも退屈してる。
なにか面白ぇーことでも起きないかなぁと妄想に浸っている。
もしも俺に無限の力があれば、どいつもこいつもブン殴って、息の根を止めているのに。それが実際にできないのは辛い。
所詮は妄想の中だけ。
だから映画を観る。破壊的でド派手な事件が起きるような、宇宙の危機を守ったりする超大作映画とかを。
やっぱり映画は好きだ。
特にアクション映画は大好きだ。
特に好きな映画を一個あげるとするのならば「ファイトクラブ」だろうか。
あれは最高だ。一番好きな映画だ。
ネタバレが色々と起きるんで、説明は難しいが、作中に出てくるタイラー・ダーデンっていうキャラが魅力的で、何度も何度も見返している。
そいつのセリフで好きなのがある。
「男の自己改善なんてマスター・ベーションだ。自己破壊がいい」だ。
あのセリフは超絶痺れたっけ。
まあ、そんなことは別にいいんだけど。
結局のところ、俺がこうなってしまったのは、環境が悪い。
トイレの洗面所で小便するようなクソみてぇな人間と(DQNかなんか知らんが)同じような場所で一年も過ごしていたら、こんな風に腐ってくるさ。
世の中には信じられないようなアホがいるというけど、まさしくそれで、俺らのような勉強をサボってきたクズがそうだ。
このままいきゃ、まともな人生なんて歩めるハズがないだろうね。
最後には道端に寝転っているか、刑務所の中にいるか、土木工事の仕事をしているかだ。
行き着く先はそこ。
十七年生きていたから、大体わかる。
死にたいとは思わない。
自分の命を自分で終わらせるほど愚かではないからな。
だから、今日も図々しく生きている。
この腐りきった世界を──。
※ ※ ※ ※ ※
学校までの道のりを吐き気を催しながら、歩いていると、校門が見えてきた。
生徒指導のおっさんが突っ立っている。
「おい、お前! なんだその髪色!」
「は? 別に良くね〜。悪いことしてないしー」
「学校の規則だろ! こっちに来い!」
「……ダルっ。エミごめーん、また後で」
バカがまた一人、どこかに連れて行かれるのが見えた。
ギャルっつーのか、股の緩そうな化粧の濃い女だ。
もちろん俺は何事もないようにスルーすることができる。
見た目で怒られるようなバカな真似はしていないからな。
髪の色を変えてお洒落なことをしたところで、なんの意味もないことは知ってる。
階段を登って、教室へと向かう。
二年C組のクラスは今日もチンパンジー共が、騒ぎ立てていた。
「お前、昨日の水ダウ観た? チョーウケたぜ」
「マジで? クロちゃん出たの?」
「いやー、そういうのは出てなかったけどさぁー、説がマジでウケたからユーチューブで見てみ?」
「おけおけ、休み時間に見とくわ」
机の上に座りながら、二人の男が喋っている。
アイツらはまだマシな部類。
もっとヤベーのは後から来る奴らだ。
遅刻ギリギリでやってきて、授業中に平気で席を立って、他クラスの彼女と電話をしだすクズ。授業の邪魔になっていることをまったく気にしないで、先公の注意にも顔色を変えず、迷惑をかけて生きているカスだ。
あんなのは社会から排除すべきだと思う。
女を見ればヤることしか考えないアホ。口を開けば、女かパチンコの話。もしくはバイクでどこかに行ったとか、そんなのだ。
ホントクズしかいねーわ、この学校。
事故って死ね。校舎、全焼してしまえ。
「……」
舌打ちをこぼしながら、教室の後ろを歩いていく。
一番端の窓際に行くと、女どもが集まって、喋っていた。
俺の席を勝手に使ってる。
……邪魔だ、死ね。
「そんでさー」
「あの、そこ俺の席なんだけど」
「マジでシンジがー」
「おい」
声をかけるも聞こえていなかったので、前に立った。
勝手に席に座っている女の前に立って「そこ俺の席だから……」と言う。
女は「は?」と一瞬眉をひそめたが、俺がずっとその場に立っていたことに気付き、ムカついたのか、悪態をつきながらどこかへ去っていった。
どうせトイレだろう。
金魚の糞みたいに後ろの二人もこっちを睨みながら、付いていってるし。
「……」
椅子に座るなり、生暖かい感触がして、すごく気持ちが悪かった。
清楚系の美人が座った後ならば、今夜のオカズにでもしたところだったが、生憎この学校にはそんなやつはいなかった。
美人はいたとしても、大体クズの肉便器になっているか、不登校なメンヘラくらい。
大抵はいじめられて学校を辞めるしな。
糞ブスの座っていた椅子の温度に苛立ちながら、机に手を突っ込むとお菓子の袋があった。校則違反のオンパレードにイラつきながら、ゴミ箱代わりにされた机を思わずひっくり返しそうになる。
ーーマジで死ね。
今朝は苛立つことが多い。
やっぱりこの学校にはクズしかいない、イかれた奴らばかりだ。
「……」
呼び鈴が鳴るまで、俺は席について、顔を埋める。
いつものように寝たフリをする。
手の位置とおでこの位置を調整しながら、目を閉じる。
チャイムの音が聞こえて、担任が教室に入ってくるまで、俺はそれをいつも日課のように続けていた。
※ ※ ※ ※ ※
転校生がやって来る、と担任は言った。
転校生なんて今どき珍しいなと思った。ここなんてかなりの底辺学校なのに、よく好き好んで入ろうと思ったものである。
そいつは物好きのバカなのか、家庭に問題を抱えた問題児なのか、それとも単なるアホなのか。
担任が転校生を呼んだ。
扉を開けて、入ってきたのは、八重歯の女だった。
案の定、ブスだった。
さっきまで若干浮かれ気味だった教室にため息が漏れていくのがわかった。
ブスは歓迎されていないのがよくわかる。
女は辺りを見回して、にこりと笑った。
深々とお辞儀をする。
「初めまして!
第一印象は「ただのブス」だったが、第二印象から「愛嬌があるブス」に変わった。
笑うとえくぼが見えるし、声のトーンもいい感じ。どうやら明るい性格らしい。
逆にそれが可哀想だとも思った。
性格のいい女は排除されやすい。
ここは生きづらい環境だ。
人間性をドブに詰めたような奴らを集めたゴミ箱だ。
そんな中で生きていくのにはかなり苦労するだろう。
所詮は、他人事だけど。
※ ※ ※ ※ ※
高橋 真奈美が転校してきた二日が経過した。
意外にもクラスには馴染めてきたようで、今日も俺の席の近くで楽しくお喋りをしている姿が見えた。
だが、俺はそいつのことを「信用ならねーヤツ」だと感じた。
時々見せる横顔がなんか胡散臭い。
「ええ〜、そうなんだ!」
クラスのリア充共に媚をある姿はどこか演技っぽいし、自分より大人しい人間相手にはやたらと横柄な態度をとるのだ。
教科書を貸してと言ってきた女に「え? 持ってないよ?」と嘘を言ったり、一緒にトイレに行こうと誘ってきた女に「ごめん、私、今は行きたくないの」とハッキリと本音を告げたりと、どこか人との距離感を測っているようにも見えた。
空気を読まないというか、女にしては同調圧力を嫌っているというのか、どこか変な感じがした。
しかも、傲慢な態度を取っているのは立場の弱い人間だけで、クラスの中心にいる連中にはいつものように声のトーンを上げたような態度を取って、媚を売っているのだ。
腹黒い女である。
信用できないやつは関わらないに限る。
変なことに巻き込まれない為にもな。
だけど、なぜだろう。
妙に目で追ってしまうのは。
※ ※ ※ ※ ※
その日の授業は、体育館にて体育祭に向けてのダンス練習をすることとなっていた。
体育教師が「好きなもん同士でペアになれ」という恒例の言葉を吐いて、俺に拷問を与えてきた。
友達がいない俺にペアなんかできるわけなかったので、天井に挟まれたバレーボールを眺めていた。
適当にサボっていると、視界の隅には高橋が見えた。
どうしてか、話しかけてくる。
「君かー。堕落くんって。珍しい苗字だね」
「……」
「私とペアにならない? 一人なんでしょ?」
話しかけられても無視することにした。
この女が来て、まだ一週間しか経っていないが、もうコイツは既にクラスの中ではリア充に近い存在にまで成り上がっていた。
転校生というブランドを利用したのか、それとも他の手段があったのかはわからないが、誰もが高橋に酔狂している。
それがどこか、気持ち悪かった。
「ふーん、無視するんだ。私、君になにかしたかな? 嫌われる理由がないんだけど」
「……」
「聞いてる? それとも聞こえないフリをしているの? どっち? 耳の穴に垢が詰まってるの?」
「……」
必死で無視していると、高橋ははぁとため息をついた。
「……なんだ、ただの逆恨みか。おまえ、苗字通りのクズなんだね。ずっと最近私のことを見てたから、もしかしたら私とセックスでもしたいのかな? と思ったんだけど、違ったのか。せっかく先生に頼みこんでペアを自由にしてもらったのにガッカリ。所詮はどこにでもいる厨二病がまだ抜けない幼稚なクソガキか。期待した割にはつまらない。つまんないねお前。クラスに馴染もうとすらしないから、どんな奇人かと想像していたのに、単なるコミュ障かよ。とっとと死ねよカス」
「……え?」
高橋は俺に信じられない言葉を投げてきた。
急に態度を変えて、耳元で囁いてきている。
意味が、わからなかった。
「まあ、いいや。立ったまま、黙って話を聞いて。えっと、君にこうやって接触したことに別に深い意味なんてないんだ。ただクラスの連中はほぼ全員喋ったから、残り物の堕落くんと仲良くしたかっただけだから。ほら、私もたまには君みたいなクラスの陰キャラとつるんで『誰にでも優しい私』を演じたいじゃない? だから、そんなに警戒しないで。知ってるよ、DTは女子とお喋りしたり、手を繋いだだけで勃起する生き物だって。男って不憫だね。しかし、堕落くん。君はちょっとDTにしてもDT臭が凄いかな。せめて、まずは美容院に行くことをお勧めするよ。その髪型ダサすぎるし、親にでも切ってもらったの? って感じ。あ、そうそう。そういや、クラスの連中も言ってたよ? 『堕落くんってイキってるだけのゴミ』だって。まぁ嘘なんだけどね。君の話題なんて誰もしていないから。ざまぁみろ。いいか? 私みたいな愛嬌のいい、クラスでもそこそこ立場のある人間が、せっかく堕落くんみたいな負け犬に絡んでやってるんだから感謝しろ。ちなみに金があるならヤらせてあげてもいいよ。今、クラスだと二、三人くらいは私を買ったからさ。君もやりたいならどうぞ。あ、でもキスはNG。ちゃんとゴムもしてね。ちなみに言っておくけど、私は誰にでも寝るような軽い女じゃないからね? 君みたいな発言力の低いヲタクの男の筆下ろしをして、金をかっさらうのが好きなだけだから。あぁいう奴らってさ、一発寝てやったらすぐに鼻の下を伸ばしやがるんだよ。見てるとほんと滑稽でね。……おい、聞いてんのか? ちゃんと、こっちを見ろ」
「あのな? 私に気がないのなら、こっちをジロジロと見てくるんじゃねーよ。気持ち悪いんだよ、クズが。どーせ金もねーんだろ? 乳くらいは揉ませてやろうかと思ったけど、興ざめだわ。負け犬の童貞が。シコって枕相手に腰でも振っていろ。あ、ちなみに筆下ろししたとか嘘だから。ヤるわけねーだろ、お前らみたいな底辺ども相手に。勘違いすんじゃねーよ。これは警告だからな? 今度私のことをジロジロと見やがったら、二つの睾丸にコンパスの針をぶっ刺してやるから覚悟しとけ……以上。ゆっくりと首を一回縦に振れ」
無理やり頷かされて、反論の余地すらも与えられなかった。
「え、ほんと? ありがとう! 堕落くん! 私とペアになってくれるだなんて嬉しいな!?これから、よろしくね!」
態度を変えて、手を差し伸べてくる女に恐怖を感じた。
所詮俺は口先だけの弱者だった。
真の脅威を目の当たりにしたとき、なにもできなくなる。
※ ※ ※ ※ ※
『放課後ーー教室まで来い』
高橋から呼び出しがあったのは、その日のうちだった。
下駄箱に入れられた手紙に従って、教室まで向かう。
案の定、高橋は来ているようで、壇上に膝をついていた。
「扉を閉めて」
言われたとおりにする。
「……俺になんの用だよ」
「私と、セックスしない?」
「……は?」
「君とそういう話をしてたら、ムラムラしてきちゃって。ほら? ココ濡れてきてるでしょ。ゴムはもうなくていいから、ズボン脱いでよ。我慢できなくなってるし」
壇上で高橋がM字開脚をする。
スカートの間から白い布が見えたが、怖くなって、俺は目を逸らした。ドキドキしてしまったのが悔しい。
「手で触ってもいいよ。それか、相互鑑賞でもする? 私がここで喘ぐから、君もシゴいて。それで一緒に気持ちよくなろうよ」
「……なんなんだよ、お前。気持ち悪ぃ」
ついつい言ってしまった。
高橋は「ふーん」と声を上げた。
「童貞もここまで拗らせると、男として終わりだね。君みたいな人間が少子化を加速させているとよくわかるよ。よく、そんなのでネットで女叩きなんてできるな。特別大サービスで無料でヤらせてやるってのに、襲う度胸もないのか。勃起顔のクセして、生殖器ホントに生えてんのか? ほら、乳見せてやるから、ズボン脱げよ」
「……やめろよ」
「あれ? もしかして皮剥けてないの? それかサイズに自信ないの? 安心しなよ。写真撮って、それを脅しに使ったりなんかはしないから。興味本位なだけ。画像を見るだけのオナニーだけじゃ物足りなくてさ、実物が見たくなっただけだから。ほら、学校でヤルなんてスリルがあるじゃん? おら、早く脱げ」
高橋が壇上で足を組んで、俺に命令してくる。
ズボンに手をかけるが、下ろすことまではできなかった。
「つまんない男だな。だから、いつまで経っても“非リア充”なんだよ」
高橋が足を組み替えた。
もう白い布切れは見えなかった。
「“非リア充”って言葉は知ってるよね? リアルが充実していないって意味の言葉。彼女もいないし、趣味も、生きてる意味も、希望もなにもない状態のこと」
「……それは、知ってるけど」
「お前は“非リア充”なんだよ? 心も体も未熟な空っぽ人間。好きな女ができたとしても目で追うだけで、妄想に耽ることでしか自分の欲求を満たせないゴミムシ。それがお前だ」
「……」
攻撃が、始まる。
「ねぇ、堕落くん。君みたいなクソムシは生きてて楽しいの? どうせ漫画とかアニメとかゲームとかに熱中して、適当なところで働いて、適当なところで死んでいくんでしょ? 本当はそこまでやりたいこともないのに、自分を騙して、凡人どもの価値観を間に受けて、世界を変えることもなく朽ちていく。流されるだけのクズ。個性もなにもない無価値な凡人。幾ら出世しても、内面はずっと底辺な人間だろうね。そのまま社会の隅で親指を咥えながら消えるのがオチさ」
なにも言い返せなかった。
「まあ、いいや。ここに来てくれたってだけで、ある程度は満足してるから。実は、君みたいな奴隷が欲しかったんだよねー。私の言うことをほとんどなんでも聞く、意思の弱い虐められっ子体質の人間を。そのくせプライドだけは無駄に高くて、腹の底では不平不満を溜め込んでいるだけのクズを。惨めなカスで、生きているのか死んでるかもわからない日陰に住まうミジンコを、ずっと求めてた。やーーっと出逢えたねっ♡」
高橋が壇上でブラブラと脚を振っている。
「ずーーっと、面白いことを探してた。毎日毎日同じことの繰り返しで、何にも面白くなかった。動物を虐待したり、同級生を虐めたり、先生を脅して金を奪ったり、スリルを求めて円光もした。でも、なにをしても面白くないの。親にはイジメの件がバレて、転校させられるし、もう散々。私の人生って一体なんなんだろうね」
高橋が頭上を見上げる。
低い天井には電球があるだけ。
「生きてるのがつまらなかった。一度でいいから人を殺すのもアリかもしれないけど、そうしたら後の人生に支障を来たすじゃん? だけど、日に日に鬱憤が溜まってるんだ。どーして、こんなつまらない世界に生まれてしまったんだろうって。平和ボケした日本だと何にも面白くない。物に満たされても、心はどこか空っぽ。せっかくの人生、一度でいいからド派手なことをやってのけたい。少年法に守られている今しか、犯罪は起こさないんだよ? でも、なにをしたらいいかわからない。退屈な日常の全てをブッ壊すような、特大のスリルを欲してた。そんな時にだ」
高橋 真奈美が壇上から降りる。
俺に真っ直ぐと人差し指を突きつけてくる。
「私は──君を発見した」
指を突きつけられる。
「なにを言ってるか、わからないでしょ? わからなくていいんだよ。わかるように説明するのが面倒だからね。とにかく私は君を見つけたんだよ。君のようななんの長所もない非リアに会いたかったんだ。前の学校は優等生ばかりだったから、こんなクソみたいなところに転校させられて良かったと思うよ。やりたいことはたくさんある。単刀直入に言うとさ、力を貸して欲しいんだ。これは私の野望でもあるけれど、君のためでもある。私が利用して、君は利用される。これだと君に得がないように見えるけど、実はWIN-WINの関係なんだ。なんていったって、君を“特別な人間”にするのが目的なんだからね」
高橋が、近くの机を蹴飛ばした。
ガシャガシャと音を立てて、ドミノみたいに机が次々倒れていく。
窓が開いているからか、カーテンがゆらゆらと揺れている。
「惡の華って漫画でこういうシーンあったよね。あぁいうの憧れてたんだ。でも、あんなのじゃまだまだ甘いよね? 学校に火をつけるくらいのことしないと。“僕たちがやりました”みたいに、隣の学校に爆弾を仕込む? あー、でも、それは非現実的か」
高橋 真奈美が顎に手を当てて、歩き出す。
歩くたびに近くの机を蹴り飛ばして、その度に机がガタガタと倒れた。
蹴っては歩き、蹴っては歩き、蹴っては歩く。
「尾崎豊は夜の校舎の窓ガラスを壊して回ったんだよね。じゃあ、とりあえず割っておくか。君と私が初対面した記念でさ」
高橋 真奈美が近くにあった花瓶を手に取って、窓ガラスにぶつけた。
破片が飛び散って、割れる。
窓ガラスは頑丈で、割れたのは花瓶だけだった。
「痛っ、破片が刺さったよ……。まあ、いいや。こういう痛みを感じるのも、生きてる証拠だもんね。痛みから逃げなかったら、真の自由を得られるんだよ。ええっと、これは」
「……ファイトクラブだ」
「あー、それそれ。知ってるんだ? 流石っ」
俺は高橋 真奈美の姿に、自分の憧れのタイラー・ダーデンを重ねていた。
「破壊だ。破壊してしまえ。物だけじゃない。そこへ生きる人間もみな、我々の敵だ! これまで虐げられてきた分を、今こそ取り返す時だ! 閉鎖されたせいぜい数メートルの空間から、哀れな大人たちに反撃してやろう! 価値観のこり固まった常識的な凡人どもに制裁を加えるために、まずはここから別の天界を目指すんだ! 思考停止の烏合の集をなぎ倒し、弱者が生きるべき精神世界を築こう! 腐ったこの国を内から変革するんだ!!」
なにを言ってるかは全くわからなかった。
はたからみたら単なるキチガイだろう。
だが、どこか高橋 真奈美には嘘偽りのない凶悪なエネルギーがあった。
人を惹きつける強さがあった。
不思議と俺は、これまでの人生で一度も感じたことのない“高揚感”みたいなものを覚えていた。
もしも、彼女がなにかを成すのであれば、自分も付いていきたいと。
この腐った世界を、
このくだらねぇ世界を、
ホントに壊してくれるのであれば──。
高橋 真奈美が壇上に立つ。
このクラスにはいまは、俺一人しかいない。
それなのに、全生徒の前で演説をするように、自国民に訴えるように、彼女はバンと両手を叩きつけた。
右手からは血が出ている。
それすらも気にしないそぶりで。
「なにも持っていない“非リア充”の君を、私がこれから救ってあげる。面白いものを見せてあげるから協力して。なーに、犯罪なんてレベルの低いことはしないよ。他者を利用し、このクラスを──いや、この学校全体をグチャグチャにするんだ。人間関係を崩壊させて、歴史に名を刻もう。実現不可能とか、無理だとかそういう言葉は要らないよ。やると決めたのだから、計画は完遂させる」
どうしてか、俺は涙を流していた。
彼女は俺のはじめての理解者かもしれない。
鳥肌が全身を駆け巡り、心臓が早鐘を打っている。
夕暮れの教室。
ブラスバンド部が演奏をしている。
頭の悪い、知能の低い、この学校に俺は生きる居場所を見出せずにいた。
でも、もしかしたら。
もしかしたら、彼女は。
俺の
「私からは君に“偉大なる力”を与えよう。この学校でなにをしても誰も君を咎めない権力を与える。どの女の子を抱いてもいいし、気に食わない男は集団で虐めて不登校にさせてもいい。ムカつくヤツはいっぱいいるでしょ? そうやってね、君だけの“
「……最高だッ!!」
俺は口元が綻んでいくのを我慢できなかった。
俺が、なにをしても誰も逆らわない理想国家。
そんなの、まるで神みたいじゃないか。
高橋はその返事に満足したのか、両手を大きく広げた。
俺も彼女も、間違いなく、この空間ではイカれていた。
でも、誰も、俺たちを止められなかった。
「ずーっと辛かったでしょ? ドブネズミのように、ゴミの掃き溜めの中で最底辺の生活をし続けた。でもね! もう我慢しなくていいんだよ! 君は充実できるんだからね! だって、この私がついているんだから! よし、じゃあ、下ばかり見ないで、顔を上げよう! 今こそ革命の時だ! 最悪な人間の成り上がり劇を、今ココから始めよう!!」
目線は上に。
「この手を取って! 君を真の充実感に満たしてあげるから! ほら、一緒にどん底から這い上がろう! 堕落しきった心を捨てて、自由になろう! 不平不満を人にぶつけて、欲望を胸の内から解放させるんだ! 私たち以外の人間はクズなんだから! クソムシなんだから!!」
理想は高く。
「さあ、おいで! 堕落 隆くん!!」
夕暮れの教室にて、高橋 真奈美はまっすぐに手を伸ばす。
今ココに、惡の華は咲く。
「私と一緒に、世界を変えよう」
これは、どうしようもなく惨めなクズだった俺が、イカれた変態クズ女の高橋と共に、リア充へと成り上がっていく物語だ──。
────────────────────
第一章、結。
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