第11話 火おこし
いかだは川の流れに乗ってゆっくりと下って行く。
一応、いかだにはオールが二本乗せてあるのだけど、今は自然に流れるに任せていた。赤鬼たちから逃れた今となっては特に急ぐ理由も無い。
ぼくは疲れがどっと出て、いかだの上に座り込み、ぼんやりと周囲の景色を眺めている。
切り立った崖からしぶきをあげながら水が流れ落ち、太陽の光を浴びて虹ができていた。そのアーチの下を白い大きな鳥が飛んでいく。先ほどまでの立ち回りが嘘のようなのどかさだった。
誰も怪我することなく出発できたので良かったと思う。
その面でぼくの魔法は重要な役割を果たしたのは間違いない。
姉ちゃんが飛び込んでいって暴れたとしても、相手は数百もいるのだ。一度に全員を相手できるはずがなかった。
あのまま戦っていたら、きっとぼくはあいつらに捕まってしまっただろうし、運が悪ければ大怪我をしたはずだ。
赤鬼たちが何の用があるのか分からないけれど、ぼくにとって幸せな内容ではないだろう。
実はぼくのダジャレは世界を救う力を秘めていて、悪事を企む連中から邪魔だと思われていたりして。まあ、そんなことはないな。ないない。
でもなあ、鬼相手になら、ぼくの言うことをきかせられるというのは凄いかも。それほど長くは効果が続かなかったけど。十分ぐらい?
普段使わない脚の筋肉が急に走ったせいで悲鳴を上げているから、マッサージをしてもらうのもいいかもな。まてよ。赤鬼たちはマッサージというものを知らない可能性もあるのか。やっぱり、知らないことはさせられないんだろうな。
色々と考えているうちに居眠りをしてしまった。
何か衝撃を感じて目を覚ますといかだは浅瀬に乗り上げている。
「どうしたの?」
「これからお昼にするの。ほら、秀斗も手伝って」
姉ちゃんに命じられて、焚き木になりそうな小枝を集めに行った。あまり川岸から離れないようにして集めては戻るを繰り返す。
赤鬼たちのテリトリーからはだいぶ離れたうえに、対岸の左岸に上陸している。とはいえ、何が出てくるか分からない。
ぼくなんかは肉食動物にとっては手頃なおやつに違いない。基本的に子どもの肉の方が柔らかくて好まれるみたいだからね。
ちなみに川の左岸って、どちら側から見て左かというと、川下に向かってが正解なんだ。去年、夏に川でキャンプをしたときに父さんに教えてもらった。
今年の夏休みもキャンプに行けるかな? それまでに家に帰れるといいんだけど。
そんなことを考えながら、おっかなびっくりで焚き木を集めている間に、マールズは魚釣り、姉ちゃんは火おこしをしていた。
ここには便利なライターもマッチも無い。木と木をこすり合わせて火をつけるのだ。マールズの家の中には小さな種火を保管しておく容器があるのだけれど、旅先までは持ってこれなかった。
木をこするのには技術も必要だけど、速く動かせば動かすほど摩擦が大きくなる。となれば、馬鹿力の姉ちゃんの出番というわけ。
姉ちゃんは真剣な表情で木をこすり合わせている。薄く白い煙は上がっているのだけど、なかなか赤い火はつかなかった。
「姉ちゃん、ずいぶん時間かかってない?」
「そんなこと言ったって、これ結構難しいのよ。なんならあんたやってみる?」
「邪魔してごめん」
ぼくは姉ちゃんから離れてマールズのところに行く。
結構大きな魚が釣れていた。石で囲った即席のいけすに数匹が泳いでいる。
「まだ火はつかないのか?」
「そうみたい」
「ちゃんと乾燥させた薪ならいいけど、生木だと難しいかもしれないな」
「じゃあ、この魚はどうするの?」
「どうするって、焼かないで食ったら腹こわすかもしんねえからな。気長に待つしかねえかも。そうだ、シュートが魔法で火をつけりゃいいじゃないか」
言いながらマールズがぼくの顔色をうかがった。
「だめか。シュートはさっきまで疲れて寝てたぐらいなんだし、まだ魔法を使わない方がいいかもな。だけどよ、火がないせいで、せっかくの魚を食わないってのももったいねえだろ。火をつける魔法なら、そんなに難しくない初歩的なものだって聞いてるぜ。なんか頼りなさそうな駆け出しの新人でも使ってたのを見たことがある」
「そうなんだ……」
「なあ、シュートも腹減っただろ。この魚うまいんだぜ。ちょっと火をつけてみてくれよ」
そうしたいのはやまやまなのですが……。火をつける魔法なんて知らないんだもの。そりゃ、ゲームや小説だと割と簡単にやってるけどさ。ぼくのはダジャレなんだから。
ぼくは姉ちゃんの方にちらりと視線を送った。
ありゃりゃ。食事にありつけなくてイライラしているのが見てとれる。早くなんとかした方がいいかもしれない。
火、火、火。火がつく。うーん。東に火がつく。だめだ。山火事になっちゃいそう。
短い言葉も意外と難しいなあ。
他に火がつく表現は何か……。着火もそうか。そんな感じの名前のライターもあったな。あれがここにあればいいのに。
辞書を出して着火を見てみよう。
あ、か、さ、た。た行の二番目、『ち』で始まる言葉だけど、二文字目が『や』だから、『つ』の見出しから戻った方が早いかも。
おっと行き過ぎ。『ちゃ』が見つかった。あった『着火』。
次の見出しは……『ちゃっかり』。
これはいいかも。
ぼくは木片を地面に置く。そうだ、斧でも傷がつかないぐらいだし、いっそワンドでやってみよう。
木片にワンドの先端をあてて、両掌で挟むようにして手をこすり合わせるように動かし始めた。当然、それだけでは煙すらあがらない。
<ちゃっかり着火>
ぼわっと勢いよく火が出た。木片に移って燃え上がる。おっとワンドを引き上げなきゃ。目を凝らして見たけれど焼けこげたような跡は無かった。ほっ。
「さすが、大魔法使いの息子だぜ。たいしたもんだ」
大仰にほめたたえてくるマールズが手際よく、火に焚き木をくべて大きくする。
姉ちゃんがその様子に気づいてやってきた。
「あんた、それどうやったの?」
姉ちゃんの視線にぼくは正直に白状する。
「魔法を使った」
「へえ、便利ねえ。もっと早くやってくれれば、今頃は食事できてたかもしれないのに」
「ぼくだって、やってみるまでできるか分からなかったんだよ」
「まあいいや。これでやっと魚が食べられる」
マールズが串代わりの枝に刺した魚を焚火の周囲の地面に立てていく。ピンク色の岩塩を細かく砕いたものを取り出して振りかけた。
時々、魚が火にあたる面を変えるために枝を動かして、焼きあがるのを待つ。
しばらくするとようやく魚が焼きあがる。
表面にじわじわと脂がしみだしていて美味しそう。
もともと僕はあまり魚は得意じゃないんだけど、とってもいい香り。それに走ったせいでお腹がとても空いていた。
枝を持ってかぶりつく。火傷しそうな熱さだったけど、労働の後の焼き魚は絶品だった。
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