第8話 得意なこと
「秀斗。引っ込みがつかなくなったんでしょ。もうやめときな……」
<水が自ら上がった>
水道の蛇口からほとばしるように筒から水があふれ出る。同時に目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。う、ちょっと気持ち悪いかも。
視界はすぐに元に戻り、姉ちゃんはポカンとした顔をしていた。マールズはバンバンとぼくの腕を叩く。
「なんだよ。やっぱり魔法を使えるんじゃねえか」
ちょっと具合が悪くなっていたところを強く押される形になってフラリと倒れそうになった。慌てて姉ちゃんとロージーが支えてくれる。
「ちょっと。マールズ。力加減ができないんだから」
「違うよ。そんなに力入れてないって」
ロージーがマールズを責めるのでぼくはとりなした。
「ちょっと魔法を使ったせいで疲れちゃったみたいなんだ」
「あらそうなの? だったら気をつけなきゃ。魔法を使い過ぎると命の危険があるそうよ」
なにそれ怖い。使いすぎないように気をつけなくっちゃ。
わいわい騒ぐぼくたちを見て姉ちゃんがなんとも言えない表情をしていた。
「信じたくないんだけど、まさかさっきのダジャレが呪文ってわけ?」
「そうみたい。凄いだろ?」
「うーん。まあちょっとは驚いたけど……。でも、それよりもその呪文ダサくない? 父さんが酔っぱらって言うのもキツかったけど、あんたまだ小学生でしょ。ヤバいよ。本当に」
うーん。折角いい気分だったのに水を差されちゃった。まあ、そう言いたくなる気持ちは分からなくもない。
そりゃあさあ、もうちょっとカッコいい口上の方がいいよね。
『いにしえの理により我が命ずる。逆巻く水流よ、眼前の器を満たせ』
例えばこんな感じ?
でも、偶然からダジャレが魔法の呪文になることを発見して、それを応用したぼくって凄くない?
白い目を向けてくる姉ちゃんは置いておいて、マールズとロージーの賞賛を堪能しよう。すごくいい気分だった。
姉ちゃんとぼくが畑に使う水を汲み上げたことに感謝した他のテンたちから色々と食材を分けてもらう。
お陰で夕食は昨夜よりも豪華になった。しかもまだ食材は残っているらしい。
姉ちゃんが食いつくした分はちゃんとお返しできたようだ。
もちろん、ぼくが今までお世話になった恩返しにもなった。何よりぼく自身の力で役に立ち認められたというのが嬉しい。
そうじゃなきゃ、結局姉ちゃんに助けてもらったことになってしまう。
夕食のときの話題は姉ちゃんの並外れた力とぼくの魔法が半々ぐらいだった。通訳をしなければいけないので少々忙しい。
油断をしていると姉ちゃんに取られてしまうので、料理を食べるのとしゃべるので口をフルに動かした。
楽しく食事をした後に昨夜と同じ寝台に横になる。
すぐ隣には姉ちゃんが居た。大人二人だとちょっと狭いかもしれないが、子供ならそれほど窮屈じゃない。
姉ちゃんが小声で話しかけてくる。
「それ、ちょっと私にも貸してよ」
ぼくのワンドを指さす。
「何をするのさ?」
「……えーと。アタシもちょっと試してみたいかも」
「さっきはバカにしてたくせに」
「ごめんごめん。ねえ、ちょっとだけでいいからさ。だいたい、それって父さんのをあんたが勝手に持ち出したんじゃない」
「仕方ないなあ」
ぼくが渡してやると姉ちゃんはしげしげと眺めた。
「それで、この魔法はダジャレが現実のものになるわけよね?」
「うん。ぼくの知る限りではそうだよ。一応、二種類は成功してる」
「水のやつ以外は?」
あれだけからかわれた後に言ったら負けな気がするので、ぼくは無言で布団をつまみあげた。
「ああ。なるほど。そういうことね。有名なやつだ。それで、これはどっちの手に持てばいいの?」
「気にしたことないや。どっちでもいいんじゃないかな」
「あっそう。それじゃ試してみるわよ。……布団が吹っ飛んだ」
少しの間ためらった後に姉ちゃんがダジャレを口にする。しかし、何も起きなかった。
「ちょっと、どういうことよ? ひょっとして電池切れちゃったんじゃない?」
「魔法の杖が電池で動くなんて聞いたこと無いけど」
「そんなの分からないでしょ?」
「じゃあ、ぼくがやってみるから返して」
魔法の杖を受け取って、ダジャレを言ったとたんに布団が吹き飛ぶ。
さきほどとは別の静寂が空気中に漂った。しーん。
布団を回収して再び姉ちゃんがダジャレを唱える。何度やっても無駄だった。
「どうやら、アタシには使えないみたいね」
「そんな顔しなくていいじゃん。姉ちゃんはスポーツ万能だし、美人なんだし、少しぐらいはぼくにだけ得意なことがあってもいいだろ?」
姉ちゃんは驚いた顔をする。
「ぼくにだけって、あんた他にも得意なことあるじゃない」
「そんなことあるもんか」
「いっぱい本を読んで色んなことを知ってるでしょ。アタシより計算早いし、お菓子作りも上手。この間作ったチーズケーキめっちゃ美味しかったもの」
そりゃまあ父さんは本屋に行けば好きなだけ本を買ってくれるから。ぼくは本が好きというのもそうだけど文字を読むのが好きで、食べ物の原材料表示なんかもじっくり読んじゃう。読んで知らない単語があれば調べるし、調べたら覚えちゃうだけなんだよな。
チーズケーキだってたまたま読んだ物語の巻末にレシピが載っていたから真似しただけだ。
計算に関しては姉ちゃんが遅すぎるだけだと思う。
いずれにしてもぼくに関して姉ちゃんが言ったことは、あまり自慢できることじゃないような気がする。少なくても学校のクラスで人気が出るというようなものじゃない。
「だけど、ぼくは姉ちゃんみたいにみんなに褒められたりしないよ。学校でだって姉ちゃんに比べられて肩身が狭い思いしてるのに」
「くっだらない。そんなのちょっとキラキラしてるものに目を奪われてるだけでしょ。アタシなんか力だけが取り柄だよ。将来は絶対、秀斗の方が偉くなって注目されるって」
ぼくはびっくりした。姉ちゃんは心にもないことを言う人間じゃない。それでもぼくは唇を尖らせる。
「でも、姉ちゃんは美人じゃないか」
「それで?」
「それでって、やっぱり見た目がいい方がいいだろ」
「そういうこともあるね。だけど、そのせいで苦労することもあるんだからね」
「え?」
「まあ、いいや。なんか疲れたし、もう寝よう。それじゃ、おやすみ」
肩透かしをくらった気分だったけど、ぼくも疲れが出てすぐに眠ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます