第5話 布団

 ロージーの作ってくれたものが低いテーブルに並ぶ。

 小さな粒のどろっとしたものに木の実が乗ったものと骨付きのお肉、菜っ葉の上に何か白く丸まったものが乗ったもの。それに水の入った大きなボウル。

 それまでぼくの質問に答えてくれていたマールズがにんまりとした顔をする。

「ロージー。短時間で随分と張り切ったじゃないか」

「そうでもないけど」

 まんざらでもない顔をしながらロージーはぼくの方をうかがってくる。

「美味しそうだね」

 正直に言えば見た目はあまりパッとしなかった。骨付きの肉は固そうに見える。骨から肉を外すのも面倒くさそうだった。カレーとかハンバーグとかの方がいいのだけど、えり好みはできないよね。

「それじゃ席につけよ。ちょっと窮屈かもしれないけどな」

 木皿に取り分けられた料理を前にぼくは手を出しかねていた。

 早速、マールズは食べ始めている。一方のロージーは目をつぶって頭を軽く下げていた。どうやらお祈りか何かをしているらしい。

 目を開けたロージーはマールズに呆れた声をかけた。

「食前のお祈りぐらいしたらどうなの?」

「心の中で済ませたよ」

「シュートだってまだ手をつけてないのに」

「家主のオレっちが先に食わねえと遠慮するかと思ってよ」

 二人の会話を聞きながらぼくは迷っている。お腹が空いているのは確かだけど、よく分からないもので食べられるのかが判断できなかった。

 それに木のスプーンはそえられているけど、他の食器がない。

 マールズは肉を手づかみで食べていた。

 ぼくは覚悟を決めて骨付き肉を手に取る。端っこをかじってみた。じゅわっと口の中にあぶらと旨みが広がる。軽く塩を振ってあるだけのシンプルな味だけど意外とおいしいや。

 手が汚れちゃったけどどうしよう?

 マールズとロージーの二人はボウルに手を入れて指先を洗っていた。あ、これは飲用じゃ無かったんだ。

 ふう、危ない。さっき別に飲み物もらってなかったら飲んじゃったかも。

 どろっとしたものはお粥に似ているけど、薄く甘味がする。慣れない味だけど食べられないわけじゃ無かった。

 問題は……葉っぱの上でくるんと丸くなっている白いものだ。茹でた海老に似てなくはない。でも色からすると、たぶん幼虫なんじゃないかな。

 スプーンの先でつついてみる。あまり弾力はなさそうだった。

 その様子に気づいたのかロージーが問いかけてきてくれる。

「虫はあまり好きじゃない?」

「えーと、今まで食べたことがないんだ」

「とろっとしてて美味しいわよ。栄養もあるし」

 せっかくのおもてなしを無下にするわけないはいかないが、イモムシを食べるというのもハードルが高かった。

「いらないならオレっちがもらうぜ」

 身を乗り出したマールズがぼくの皿の上からイモムシをひょいひょいとつまんで自分の皿に移す。

 心の中でマールズに感謝しながらほっとした。

 さすがにちょっと無理。

 ご飯を食べると途端に眠くなる。目を擦っていると別の小部屋に案内された。

 通路とは布で区切られただけの窪みのような場所に木でできた寝台が置いてある。寝台の上にはお爺ちゃんの家で見たゴザのようなものがしいてあった。

 ふとんは触ってみるとガサガサする。詰め物は綿や羽毛じゃないみたい。

 色々と不安だったけど疲れが出たのかすぐに眠りに落ちてしまった。


 目が覚める。

 いつもの柔らかなベッドじゃなかったせいか体のあちこちが痛い。寝たままで昨日のことを思い出す。

 天井からの淡い光で頭の脇に置いておいた棒をしげしげと眺めた。

 あまり光量はないのだけど、棒の表面には文字なのか模様なのかがわからないびっしりと細かい細工がされているのが見て取れる。昨日斧で斬られそうになったときに受け止めたはずなんだけど、そんな傷は見当たらなかった。

 表面はすべすべしていてそれほど硬いようには見えないのに壊れなかったというのは不思議に思える。やっぱり魔法の品なのだろうか?

 意外と暖かいふとんの中でそんなことをつらつら考えていたら、口から言葉が漏れていた。

<布団がんだ>

 その瞬間にぽんと布団がぼくの体から跳ね飛ぶ。

 えええええ。

 ぼくは体を動かしていないのにどういうこと?

 無意識にダジャレを口にしてしまった恥ずかしさもないまぜになって混乱した。

 壁に当たって落ちた布団を触ってみる。

 どこといって変なところはない。

 まさかね。そう思いながら布団をかけて横になり、もう一度試してみた。

「布団が宙を飛ぶ」

 何も起きない。

<布団がふっとんだ>

 またしても見えない手にはぎ取られ放り投げられたように空中に布団が舞った。

 なるほど。

 ダジャレが現実になる魔法らしい。

 凄いような凄くないような。ちょっと残念な感じもした。

 ぼくが読んだファンタジー小説の中の魔法使いはもっとカッコイイ呪文を唱えている。こちらはダジャレ。落差が大きい。

 それにカッコ悪さは一旦脇に置いておくとしても、布団が宙を飛んでもねえ。そんなに重い物じゃないし、手で投げれば同じことができる。

 使いどころが分からないんだよなあ。うまくコントロールできるとして、寝ている時に刺客に襲われたら相手に被せるとか?

 ダジャレなら何でもいいのかな?

 猫が寝ころんだ。駄目だ。ここには猫が居ないし、だいたいいつも猫って寝そべってる。

 犬が居ぬ。って、やっぱり犬が居ないし。

 うーん。微妙。

 それに同じ音の言葉なんてすぐに多い浮かばないよ。

 ふと脇を見ると寝台の上に鎮座している国語の辞書。そうだ、ぼくには辞書があったじゃないか。

 そこへカーテン代わりの布がめくりあげられマールズが顔を突っ込んでくる。

「シュート。もう起きてたのか? よく眠れたか?」

「うん。よく寝れた」

「そうか。それじゃ起きてこいよ。もうすぐロージーが作った朝飯ができるぜ」

 寝台から降りて棒と辞書を手にした。

 マールズにくっついていき、ロージーが用意してくれた朝ご飯をごちそうになる。朝は昨日のお粥みたいなやつだけだった。味付けとトッピングがちょっと変わっていて量が多い。

 食べ終わるとマールズが話しかけてくる。

「さてと、腹ごしらえも済んだし、シュートの姉さんを探しに行くか」

 あ。すっかり忘れてた。

 姉ちゃんは元気だろうか? ご飯も食べられなかっただろうし、寝るところもなかっただろう。

 まあ、でも、あの姉ちゃんだからなあ。今まで忘れていたことに罪悪感を抱かない程度には無事でいる確信があった。

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