第4話 ロージー
それほど待たされること無くマールズは別のテンと連れだって戻ってくる。
黒っぽい毛並みのマールズに対し銀色のしなやかな毛に覆われたテンが挨拶した。なんとなくだけど気品がある気がする。着ているものはマールズと似たような服装だけど、布の量が多くて色はちょっと濃い目だ。
「初めまして、シュート。私はロージー。マールズの友達よ」
もうぼくは動物がしゃべることに驚かなくなっている。それになんというか、人間と変わらないと思うようになっていた。
「こんにちは。いや、こんばんは、かな」
「あら。マールズが魔法使いって言ってたけどまだ子供じゃない」
「いやぼくは……」
魔法使いであることを否定しようとするが、すでにロージーはマールズにくってかかっているところだった。
「相変わらず汚い部屋ね。よくこんなところにお客さんを招待する気になるわ。恥ずかしくないの?」
マールズは助けを求めるようにぼくを見る。
「あ、いえ、ぼくが急にお邪魔したのがいけないんです。行く当てがないところを助かりました」
「どういうことなの?」
マールズはため息をつく。
「その話をしようと思ってたところにお前が訪ねてきたんだよ」
「それは悪かったわね。じゃあ、私も聞かせてもらっていいかしら?」
「話すほどのことは無いんだけど……」
ぼくはこれまでの事情を説明した。
「マールズさんに家に招待してもらって本当に助かりました」
ロージーはぷっと笑い出す。
「シュートったら、お人好しねえ。このろくでなしはシュートのその魔法の
「え?」
「ちょ、おま、何言うんだよ。余計なこと言わんで欲しいな。オレっちはただ、シュートが金持ってない言うから代わりにお礼の品をちょいと貰おうと……」
「マールズ」
ロージーは腕を組んで睨む。マールズは慌てた。
「いや。お前だって、いつも助けてもらったらお礼をするものだと言ってるじゃんか」
「あのねえ。シュートはまだ子供でしょ。いい大人が何をたかろうとしてんのよ」
「あの……。これって本当に魔法のワンドなんですか? これは父さんが肩を叩くのに使っていたもので、そんな凄い物じゃないと思うし、こっちはただの辞書だよ」
ぼくが口を挟むとロージーはぼくの方に近寄ってきた。
「ちょっと見せてもらっていい? ううん。手に持ったままでいいから」
ぼくはロージーの目の前に二つの品をかざす。
しげしげと見ていたロージーは大きくうなづいた。
「そっちの本は分からないけど、こっちは魔法のワンドだと思う。前に似たようなものを魔法使いが持っていたのを見たことがあるから。それに微かに力を感じるもの」
「ロージーさんは魔法が使えるんですか?」
「ぜんっぜん。だけど品物の鑑定だったら自信があるわ。これは間違いなく相当な品物よ」
「やっぱりオレっちの目に間違いは無かったぜ」
歓声をあげるマールズだったが、ロージーが睨むとすぐに口をつぐんだ。
「ねえ。シュート。それがお父様の持ち物だとすると、あなたのお父さまって有名な魔法使いなんじゃなくて?」
いやいやいや。それは無いよ。あの父さんが魔法使い? ありえないって。
ぼくの顔を伺っていたマールズが声を出す。
「ロージー。遠い所からふらっとやって来たヒトの大魔法使いといえば、伝説のヤーマダ大魔導士を思い出さねえか?」
「え?」
声が漏れてしまった。ヤーマダ? 山田?
ロージーがどうしたの、という顔をする。
「えっと、ぼくの父さんの名前は山田太郎ですけど」
そう言った途端に二人は衝撃を受けたように体をのけぞらせた。
「やっぱ、そうなんじゃねえか。それならそれと早く言ってくれよ。あぶねえとこだったぜ」
「ほらやっぱりなんか良からぬこと企んでいたんでしょ。手を出す前で良かったじゃない。もしシュートのお父さんに知られたら、きっとあんたなんかぺっちゃんこにして敷物にされちゃうわよ」
マールズはがたがたと震えだす。
「なあ、シュート。オレっちとお前は友達だよな。あの赤鬼やっつけてお前を助けてやったよな」
「ちょっと待ってよ。誤解だってば。ぼくの父さんは魔法なんてこれっぽっちも使えないし、ダジャレを言って喜んでいる単なるおじさんだよ。山田太郎なんてありふれた名前だし、きっと同姓同名なだけさ」
「ヤマダタロウなんて珍しい名前、そんなにあるかっつうの」
ロージーがしなやかに首を曲げる。
「そのダジャレって何?」
「えーっと、同じ発音の二つ以上の単語を繰り返す言葉遊びみたいなもの」
マールズとロージーは顔を見合わせた。
「やっぱりシュートのお父さんで間違いないわよ。他の人が使えない専用の魔法がそんな感じだったって聞いたことがあるもの。それで悪の魔法使いを倒したらしいわ」
「まあ、止めを刺したのは仲間という話だったつーけども、大活躍したのは間違いないな。それでシュートも少しは魔法使えんの?」
マールズが期待を込めた目で見る。ぼくはきまりが悪くなった。
「いや。ぼくは父さんが魔法を使えるのも知らなかったぐらいだし……」
「ちょっと試してみたらどうかしら?」
「そうだ。ものは試しって言うぜ。助けたお礼に金貨がたくさん入った壺かなにかを出してくれたら喜んで……」
すかさずロージーがマールズの脚を蹴飛ばした。
ぴょんぴょん片脚で跳ねるマールズを横目にしばし考える。
ぼくの父さんは時々ダジャレを言って喜んでいた。ぼくにとっては寒い限りなんだけど、母さんはそれを聞くといつも何かを思い出すような懐かしそうな顔をする。
聞き流していたけれど、両親の出会いにも関係しているようなことを言っていたような……。
でも、さすがに父さんが別世界からの帰還者で元魔法使いというのは無理があり過ぎた。
「ごめん。やっぱり出来そうにないや」
「まあ、疲れてるだろうしな。そうだ。腹も減ってるだろう。それじゃ、飯にしよう。ロージー。折角なんで、なんかちゃちゃっと作ってくれよ」
「はあっ? どうして私が作らなきゃいけないのよ? あんたのお客でしょ」
「そりゃそうなんだけどさ、オレっちが作るより、お前の方がいいだろ。なんてったってこの村一番の料理の腕前なんだからさ。なあ頼むよ」
マールズが手の指を組み合わせてロージーを伏し拝む。
「ったくしょうがないわね。お客さんを前にして言い争いするのもみっともないから引き受けたげるわ。あんたに貸し一つね」
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