黒く爆ぜて超えしは -8-

 瞬鋭疾駆と鏡影跳歩、それとエアキックを組み合わせた機動力重視の立ち回りで黒蠍二体を翻弄し、縦横無尽にあらゆる方向から斬撃と盾の殴打と蹴り技を叩き込む。


「どうしたどうした!? さっきよりも動きが遅くなってんぞ!! もうへばったかのか、あ゛あ゛!?」


 一箇所に留まらないのは、怒り状態に移行し、纏った黒煙を使った攻撃を警戒してのことだ。


 アルクエを始めた初日に戦った蝕呪の黒山羊が初見殺しとして呪いの籠った魔力弾を飛ばしてきたように、コイツらもそのような攻撃をしてくる可能性は高い。

 あの時は対応ミスったせいで呪厄状態になって詰んだからな。

 用心するに越したことはないはずだ。


 ——まあ、呪獣転侵を発動している今なら仮に食らったとしても状態異常になることはないけどな。


 それとぶっちゃけると、コイツらが怒り状態になるのは俺としては大歓迎だ。

 蝕呪の黒山羊と同じ仕様であれば、攻撃力と範囲の上昇と引き換えに耐久が脆くなるからだ。


 そしたら、怒り状態に移行したタイミングを狙ってそこを一気に叩く。

 んでもって呪獣転侵の効果が切れる前に確実に片方は撃破する。


(……念のために一応、HPの回復だけはしておくか)


 黒蠍の死角に入った僅かな瞬間にインベントリからポーションを取り出し、HPを全快にした次の瞬間だった。

 ようやく黒蠍達に変化が生じる。


 ——思わぬ方向で。


「……は?」


 俺が予想した通り怒り状態に移行した黒蠍達は、周囲に大量の黒煙を勢いよく撒き散らすと、赤い複眼を鋭く光らせながら全身を覆う黒煙の濃度を上げた。

 だがその直後、黒蠍B——針剣がへし折れた方——が黒蠍Aを喰らい始めた。


「おいおい、ここに来て共食いかよ……!!」


 カマキリは同種でも共食いするっていうけど、蠍も共食いすんの?

 ……いや、リアルの生態はどっちでもいいか。


 問題は黒蠍Bが相方を喰うことでどう変化するかってことだ。


 黒蠍Bは無抵抗の黒蠍Aの腹部を食い破り、体内から魔核を取り出すと、すぐさまそれを口の中へと運ぶ。

 魔核を取られた黒蠍Aはそのまま力尽きたようで、ポリゴンと散っていき、魔核を食った黒蠍Bはというと、姿が見えなくなるレベルで全身が黒煙に包まれる。


「なるほど、そういうことかよ……!」


 ったく、めんどくせえ事になったな。


 思わず舌打ちを鳴らす。


 共食いによるパワーアップ、一時的に視認できなくなる姿。

 これらから導き出されるのは——、


「……第二形態、か」


 答えが出たと同時、黒煙の中から黒蠍が……黒蠍だったものが這い出てくる。


 一言で言い表すのであれば、異形の怪物と形容するのが正しいか。

 体格は二回り程大きくなり、元からゴツかった鋏は四本に増え、尻尾の針は槍のように非常に長く、且つ鋭く変化している。

 更に頭部は太く長い首で持ち上げられ、もう身体の構造からして現実の蠍とはかけ離れた姿となっていた。


 なんつーか……悪樓とコヨトルズの特徴を足して二で割ったみたいな感じだな。


 黒煙が晴れ、化け黒蠍の近くに転がった黒蠍Bの残骸を横目に思う。


 悪樓が第二形態になる時も同じく脱皮をしていたし、コヨトルが怨讐化する時もパートナーから力を引き継いでいた。

 コイツらにコヨトルのような情愛があるとは思えないが、理屈としては似たようなもんだろう。


「さてと、どうしたもんか……」


 変異レイドボスとエリアボスのハイブリッド型。

 そう言葉にすれば聞こえは良いし、実際組み合わせるだけのメリットはあるとは思うが、相応のデメリットも引き継いでいるはずだ。


 呪獣転侵の残り時間も少なくなってきていることも踏まえて、俺らはどう対処するべきか——。

 思考を巡らせながらちらりとシラユキに視線を配らせると、シラユキが不安げな表情を浮かべながらも俺の様子を窺っていた。


 ——よし、決めた。


 不安を取り払うように俺は、シラユキに笑いかけながら叫ぶ。


「シラユキ、攻めるぞ!! 今まで通り最大火力のリリジャス・レイをぶっ放しまくれ!! あと二分で片をつけるぞ!!」

「……うん、了解!!」


 力強い頷きと共にシラユキは表情を活き活きとさせると、すぐさま術式の発動準備に入った。

 その様子を確認してから俺も化け黒蠍の元へと突っ込んだ。


 ——ここで、最大HPの減少が始まる。


「んじゃ、まあ……最終ラウンドと洒落込もうぜ——なあ!!!」


 憤怒の投錨者を発動させ、化け黒蠍のヘイトを俺に向けさせる。


「今更、標的を変更するなんてつまんねえ真似とかありえねえよなァ!?」


 俺の挑発に乗ったからか、鋏が四本、加えて槍の尾針とさっきよりも手数が増えて勝つ自信がついたからか、化け黒蠍は真っ向から俺に攻撃を仕掛けてくる。

 ——けどな、


「こちとら腕が四本の奴とは、もううんざりするレベルで戦ってきてんだよ!!」


 さっきよりも上がった攻撃速度で黒煙を纏った鋏を振り下ろしてくるが、蝕呪の黒山羊と同様、動きは大振りになっている。

 そんなんで当てられるとか思ってんなら、甘え過ぎだぞ。


 須臾の見切りを発動しつつ化け黒蠍の攻撃を全て紙一重で躱し、一発一発丁寧にカウンターを当てていく。

 それから数発、攻撃を叩き込んだところで確信する。


「——やっぱ、脱皮したての甲殻は脆いみてえだなあ!!」


 形態変化前よりも格段に攻撃を命中させた時の手応えが良くなっている。

 黒煙纏いの影響もあってか、確実に肉質が柔らかくなっていた。


 攻める判断は間違っていなかったと改めて思う。


 高火力が出せる内に殴れるだけ殴っておくべきだし、寧ろ、


「まだ甲殻が柔らかい今が一番の攻め時だもんなァ!!」


 尾針による刺突を巌柳剛衛で弾き返し、化け黒蠍の体勢が崩れた瞬間、


「リリジャス・レイ!!」


 無防備な状態の化け黒蠍に向かって、シラユキが放った荒れ狂う光の奔流が襲い掛かる。


 ただでさえ災禍の眷属——なんなら災禍の七獣すらも恐らく——にとって一番の弱点である聖属性の攻撃。

 それが耐久が脆弱になっているところに容赦なく撃ち込まれれば、限りなく致命の一撃となる。


 証拠にリリジャス・レイを食らった途端、化け黒蠍は大きく仰け反り、威力のあまりに身動きが取れなくなっていた。


「今の方がサンドバッグ状態って……完全に見掛け倒しじゃねえか!!」


 すかさず追撃兼猫騙しで頭部を狙ったフライエッジを放ち、更に怯んだ隙に化け黒蠍の背中に乗り込む。

 首が持ち上げられたせいで頭に攻撃が当てづらくなってたからってのも理由の一つだが、それよりも尻尾の尾針が目的だ。


「さっきへし折ったのにまた生えてきやがって」


 正直、さっきのでシラユキの借りは返したからもう無理に狙う必要はない。

 ——とはいえ……だ。


「何も無かったみたいにまた生えられるとなんかムカつくから、とりあえずぶった斬らせろ!!」


 致命の慧眼を発動——尻尾と尾針の結合部に狙いを澄まして三浪連刃を叩き込む。

 更に畳み掛けるように通常の斬撃で何度か斬りつけてから破邪一閃を繰り出し、放った横薙ぎが結合部を捉える。


 瞬間——クリティカルが発生、尾針を根本から切断することに成功する。


「っしゃオラア!!」


 ……が、喜んだのも束の間。

 尾針を切られた仕返しに化け黒蠍が首を百八十度回転させ、四本の鋏を一斉に突き出し、俺の胴体を両断しようとしてきていた。


「きっも! もう蠍の原型留めてねえじゃねえか!」


 咄嗟に落花瞬衛で防御の構えを取りつつ、攻撃の範囲外から逃れる為、化け黒蠍の背中を飛び降りる。

 しかし、俺を逃さまいと今度は残った尻尾の一部を叩きつけてくる。


「——当たんねえよ!!」


 鏡影跳歩とエアキックを発動。

 擬似的な空中ジャンプで、尻尾の攻撃範囲からも離れ、


「よぉ、俺にご執心になるのは結構だけどよ……前、ガラ空きだぞ」


 百八十度振り向いたことで生まれた死角から放たれるのは、


「——リリジャス・レイ!!」


 二発目の聖なる光の砲撃。

 シラユキの術式が再度ヒットしたところで、俺は黒禍ノ盾にありったけのMPを注ぎ込む。


 気づけば、残りの最大HPが三分の一近くにまで減っている。

 これが獣呪化中にぶっ放せる最後の黒の爆発になるだろう。


 だが、盾へのMPチャージが終わるよりも先に、化け黒蠍が行動パターンを変化させる。

 ぐるりと首を回してシラユキを視線に捉えると、即座にシラユキに向かって猛ダッシュを始めてみせた。


 ——あの野郎、今になってタゲ集中を強制解除しやがった!


「やられる前にシラユキだけでも倒しておこうって腹かよ……!!」


 さっきの緊急回避で化け黒蠍とは距離が離れてしまっている。

 今から走ったところで、多分追いつけない。


 マズったな、すぐに距離を詰め直すべきだったか……!


「——シラユキ!!」


 シラユキもすぐに発動準備中だった術をキャンセルし、別の術式……恐らくは防御用の結界術に切り替えるが、発動よりも先に化け黒蠍がシラユキの元に辿り着くだろう。


「クソッ、何か方法は……!?」


 思考をフル回転させる。


 とりあえず黒刀をぶん投げるか……駄目だ、それだと速度が足りないし、動きを止められるだけの威力もない。

 聖黒銀の槍は……インベントリから出してる時間がねえし、結果も大して変わらねえ気がする。


 なら、どうする……!?


 歯噛みしながら周りを見渡して——ふとあるものが目に止まる。


 ——これならイケるか?

 ——いや、迷ってる暇はねえ!!


 黒刀を鞘に納め、俺は近くに転がったそいつを拾い上げる。

 根元付近を持ち上げ、そいつの先端を一心不乱に走る化け黒蠍に向け、慎重に狙いを定める。


「おい、何日和ってんだよボケ……!」


 これがぶっつけ本番、当てられる確証はない。

 でも……当てれる当てれねえじゃねえ、やるんだよ。

 それに物体を飛ばすのは何回もやってきただろ。


 ——他ならぬ俺自身の身体を実験台にしてな。


 呼吸を整え、黒禍ノ盾にMPがフルに溜まった瞬間、俺は化け黒蠍のぶった斬った槍のような尾針を黒の爆発で吹っ飛ばして射出した。


 刹那、放たれた尾針は超高速で化け黒蠍を猛追し、胴体と首の境目付近に深々と突き刺さった……否、易々と貫通し、そのまま砂中へと潜り込んだ。

 何にせよ、今の攻撃で化け黒蠍の動きが停止した。


 すぐに俺は地面を強く踏み込むと同時、フライエッジを発動——鞘に納めた黒刀を居合で振り抜く。

 一閃、放たれた闇の魔力を纏った漆黒の飛ぶ斬撃が化け黒蠍を深々と斬り裂くと、化け黒蠍は力無く地面に倒れ、やがて光の粒子へとその身を霧散させていった。


 その光景を遠目に、俺は黒刀を鞘に納め軽口を溢す。


「……ったく、今更標的を変えるなんてつまんねえ事するからだよ。——アホ」




————————————

戦闘内容は書きながら考えてたけど、なんとか走り切れました……。

もうちょっとで次章に入れそうです。

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