黒く爆ぜて超えしは -6-

「か、はっ……!」


 シラユキのHPゲージが急速に減少していく。

 ギリギリ急所は外してあるが、致命傷である事には変わりなく、HPゲージの変動が終わる頃には赤ゲージ——残り一割を下回っていた。


 それを示すようにシリーズボーナスの一つ、白闇狼との共鳴によるパラメーター上昇——俺の場合は、STR——が発動していた。


「——邪魔だあああっ!!!」


 俺にまとわりつく黒蠍の攻撃をパリィからの月砕蹴撃で仰け反らせてから、シラユキを貫いた黒蠍の複眼を狙ってフライエッジを飛ばす。

 飛ぶ斬撃は両腕に防がれるも、立て続けに小太刀を投げ放ち、そっちはガードを通り抜けて複眼に突き刺さる。


 視界を潰されたことで黒蠍が数歩後退り、尻尾の針剣をシラユキから引き抜いたタイミングを見計らって、俺は右手の装備を黒禍ノ盾に変更しながらシラユキの元へと駆け寄る。


「シラユキ、大丈夫か!?」

「う……うん、なんとか平気……だよ」


 にこりと笑うシラユキ。

 それからすぐに立ち上がると、術の発動準備に入る。


「……でも、今ので状態異常になっちゃったからちょっと回復するね」


 そう言うシラユキのHPバーの隣には、二つの状態異常アイコンが発生していた。


 一つは毒状態、もう一つは全ステータスと耐性がダウンする虚弱。

 前者は黒蠍が本来持っている状態異常攻撃で、後者は災禍の眷属になってから獲得した追加効果だろう。


 前に戦った蝕呪の黒山羊は呪厄だったが、黒蠍の場合は虚弱——どうやら眷属によって与える状態異常は異なるようだ。


「けど毒になってんだろ。待ってろ、今体力を——」

「ううん、大丈夫。リジェネで相殺しているみたいだから」


 言ってシラユキは、にこやかに頭を振る。

 気丈に振る舞ってはいるが、僅かに杖を握る手が小刻みに震えていた。


 当然だ。痛みがないとはいえ、自分の身体を貫かれたんだ。

 初めての経験なら——多少慣れた程度でも——ショックで平常心を保てなくても何ら不思議ではない。

 それでも動揺を隠しているのは、俺に余計な心配をさせない為か。


 ……馬鹿、お前がそんなこと気にしなくても良いのに。


 けど、そこがシラユキの良い所でもあるんだけどな。


「ったく……分かったよ。じゃあ、慌てず着実に態勢を整え直していくぞ」

「……うん!」


 だったら俺は文字通り盾役として全力で守り通すだけだ。


「来いよ……ダブル盾スタイルの真髄、とくと見せてやるからよ!」


 まずは憤怒の投錨者で剥がれたタゲ集中を取り直す。

 黒蠍二体のヘイトが俺に向いたのを確認してから、シラユキに攻撃が及ばない位置まで黒蠍共を惹きつける。


 基本は戦斧の大楯で黒蠍の攻撃を受け流しつつ、黒禍ノ盾で殴りつける。

 けど逆の場合がスムーズにいきそうなら、攻守反転させて戦斧の大楯でぶん殴る。


 盾殴り系のアーツは積極的に狙っていくが、逆にジャスガもパリィもなるべく温存しておく。

 というのも、ダブル盾での防御のやり方は危険地帯を潜り抜ける時に掴んである。

 アーツを発動せずともコイツら程度の攻撃なら十分凌げるし、発動するのはいざという時、どうしても使わざるを得ない瞬間か絶好の攻撃チャンスに繋がる時に取っておきたい。


「おいおい、どうした! 二体がかりで掠りすらしねえじゃねえか、あ゛あ゛ん!? 俺を殺りたきゃもっとスピード上げろよ、オラァ!!!」


 アーツも何もないただの煽りではあったが、挑発に呼応するように黒蠍の攻撃速度が上がる。


「ハッ、なんだ、やればできるじゃねえか! それでもまだノロマだけどなあ!!」


 そうだ、もっと俺を狙え。

 テメエらの相手は俺だ、もうシラユキを標的にさせはしねえ。


 こうやって黒蠍二体の攻撃を一手に引き受けている内に、シラユキが術を発動させる。


「——ディスペル」


 鈍足、封印、呪厄、石化、虚弱の状態異常を解除する治癒術。

 初心者から上級者までお世話になる状態異常解除の二大術式の一つだ。


 淡い光がシラユキを包み込むと、HPバーの横にある虚弱アイコンが消える。

 それからすぐにもう一つの状態異常回復術——リカバーを発動させて毒状態の解除を終えたところで、リジェネ効果が途切れた。


(よし、後はHPを回復させれば——)


 だが、俺の思惑とは裏腹に、次にシラユキが発動させた術は、


廻癒祈かいゆのいのり


 もう十数秒で効果が切れるであろう俺へのリジェネの掛け直しだった。


「……は!?」


 なんで、俺にリジェネを……!?

 それよりも自分の回復を優先させるべきじゃねえのか!


 思わず対象の選択ミスを疑いシラユキの方を振り向くも、表情に動揺は見受けられない。

 間違いない、シラユキは狙って俺に術式を施していた。


「シラユキ、自分の回復はどうした!?」

「ごめん、ジンくん!! 自分でもおかしなことをしてるのは分かってる! でも、私のHPが減った今なら……!!」


 ——HP……?

 ——まさか……なるほど、そういう事か。


「シラユキの奴、随分と無茶な要求をしてきやがる」


 俺もその作戦は一瞬だけ脳裏に過ったが、即座に却下していた。

 シラユキがデスするリスクが大き過ぎるからだ。


 でも、シラユキにHPを回復しないって選択を取る勇気があるのなら、俺はシラユキの提案と勇気に応えるだけだ。


「——ああ、分かったよ!! けど、準備が整うまでの間、シラユキはシールド展開して全力で自分の身を守っておけよ!!」

「……了解!!」


 シラユキが術式の発動準備に入るのと同時、俺は黒禍ノ盾にありったけのMPを注ぎ込む。


 自傷ダメージが発生しようが関係ねえ。

 とにかく全開の黒の爆発をコイツらに叩き込む。


 ——寧ろ、狙いはその自傷ダメージだからな。


 大盾で攻撃をいなしつつ、インベントリからマジックポーションを取り出しMPを回復させながら許容量限界までフルチャージし、


「聖蕾・粋護!」


 シラユキが防御用の術式を発動。

 周囲を覆うように蕾状の光の結界が展開したのを確認してから、


「爆発一発目ェ!!」


 守砕剛破をヒットさせ、黒の爆発をぶっ放す。

 刹那、周囲を飲み込むほどの闇属性の閃光が迸ると、衝撃の余波で俺のHPの何割かが一瞬で吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


 が、構わず失ったMPを回復し、すぐさま次弾の準備を開始する。

 大盾でのガードと回避、三つの防御系アーツを駆使しながら、黒禍ノ盾に最大までMPを充填させ、二発目、三発目と自傷ダメージお構いなしにフルチャージの黒の爆発を黒蠍共に叩き込んでいく。


 黒闇狼系統のシリーズボーナスによって闇属性への耐性が上がっているせいで思うようにHPが減らせないでいたが、四発目のフルチャージでの黒の爆発を発動させた直後、遂に俺の残りHPも一割を下回った。


 瞬間、HPとMPを除く全てのパラメーターが上昇する。

 シリーズボーナス白闇狼との共鳴の二つ目の効果が発動した証拠だった。


 白闇狼との共鳴を持つプレイヤーと同じパーティー内の黒闇狼との共鳴を持つプレイヤー両者のHPが10%を下回った時に発動——という達成が中々面倒な条件ではあるが……、


「こんな土壇場で発動させることになるとはな!!」


 ——けど、これで終わりじゃねえぞ。


「効果が続く内に片方は確実に潰す!!」


 リジェネがある事で回復に行動のリソースを割く必要がなく、日中に大聖堂で購入したアレがあるおかげで自爆技になる心配もない。

 出し惜しみは無しって決めた以上、コイツを発動させない理由もねえ。


 最後に左手の装備を黒刀【帳】に戻してから、俺はとっておきの切り札を出す。


「オラよ、大盤振る舞いだ!! ——呪獣転侵!!」


 アーツを発動させた瞬間、心臓が強く脈打ち、全身が漆黒の闇に覆われる。


 解放されるのは、闇をも喰らう闇——属性相性すらも無視する災禍の力。


「プログラムだろうが関係ねえ。テメエら覚悟は出来てんだろうな。俺の大事なヒーラーを傷つけたんだ。その落とし前はきっちり付けさせてもらうぞ」




————————————

Q.『白闇狼との共鳴』『黒闇狼との共鳴』いずれかの一つ目の効果が発動している状態で、二つ目の効果が発動した場合、一つ目のいずれかのパラメーター上昇の効果はどうなりますか?

A.効果時間がリセットした上で二つ目の効果と重複します。例として主人公の場合、STRが二重で上昇し、ヒロインちゃんの場合はINTが二重で上昇します。

 これは元の『赤炎狼との共鳴』と『青炎狼との共鳴』でも同様の仕様となっていますが、『白闇狼との共鳴』『黒闇狼との共鳴』の場合は元の倍率が高いので、性能が段違いになっています。

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