赤と青の炎狼装備が並ぶ意味

 俺とシラユキが、付き合ってる……?


 ………………。

 …………………………。


 いやいや、まさか。

 勘違いでもあり得ないだろ。


「ハハハ……面白い冗談だな」

「ところがどっこい、ガチなんだなー、これが。試しにその格好で街中歩いてみたら分かると思うよ」


 多分、NPCからの反応はガッツリ変わるだろうから。


 そう付け加えてひだりは、唖然としているシラユキに視線を傾ける。

 シラユキの表情はというと、熟れた林檎みたいに真っ赤になっていた。


「……シラユキちゃん?」

「ひゃ、ひゃいっ! な、なんれしょうか……!?」

「顔すごく真っ赤だけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫……れしゅ。お気になひゃらず……!!」


 おい、呂律回ってねえぞ。

 けどまあ……そうなるよな。


 俺もシラユキも知らなかったとはいえ、周りからそう見られても仕方ない事をしようとしてたんだからな。

 まるでたまたま安く購入できた映画館のチケットがカップル割だという事実を入場する直前に気づいてしまった時のような——いや、誰かと映画館なんて行った事ないから知らねえけど。


「……ていうか、何でNPCからの反応も変わるんだよ?」

「それは、元々ディルシオンやアイリアスに暮らすNPCの間で通念していた文化だったからだ」


 俺の疑問にライトが答える。


「男はシワコヨトルの、女はテクトリコヨトルの魔核を使った装飾品を身に付ける。生涯にたった一匹の相手としか添い遂げないコヨトル達の生態にあやかって、自分達もその愛が生涯不変の為だと神々に誓いを立てる為にな」

「なるほどな……って、あれ。男女逆じゃね? それに防具ってそれぞれ男女専用でしか作れなかったはずじゃ……」

「防具はそうだが、アクセサリと武器は別だ。それにNPCの話だからプレイヤー基準で考える必要はない」


 確かに……それもそうか。


「——それで話を戻すが、最初は互いに雌雄逆の装飾品を持つようになっていたらしい。いついかなる時も心の中には常にあなたがいる、という意味合いを込めてな。それがいつしか形が変わって、男はテクトリコヨトルの素材で作られた衣装を、女はシワコヨトルの素材で作られた衣装をそれぞれ纏うようになったという」


 つまり、と何か続けようとするが、ライトは何故か急に口を噤む。

 視線の先を追うと、シラユキが依然顔を真っ赤にしていた。


「……まあ、その文化がプレイヤー側にも認知されるようになって発展した結果、このゲームを恋人同士でやっているプレイヤー達が炎狼シリーズの防具をそれぞれで装備するようになった……というわけだ」

「あと、カップル系動画投稿者がこぞってコヨトル達の防具を紹介する動画を投稿してた影響も大きいかもね。デフォのデザインも良いから、それで人気が爆発したのを通り越して定番化したって感じ」

「あー……そういう背景があったのな」


 インフルエンサーの拡散効果やべえな。

 そりゃ、コヨトルの防具を装備している男女=カップルなんて変わった図式が浸透するわけだ。


「……けど、全員が全員って訳じゃねえんだろ?」

「まあ……中にはいるけど、十組いたら九組は付き合ってると思った方がいいよ。カップル人気が高くなり過ぎたせいで、そうじゃないプレイヤーは、装備するの避けるようになってるくらいだし」

「マジかよ……!」


 それじゃあ、確実に誤解されるじゃねえか。

 勿論、俺個人としてはそれでも構わないというか……悪くないというか、むしろ心の中でガッツポーズしたいまであるけど、シラユキがそうじゃねえだろうしな。


 じゃあ、他の防具を新たに作るかってなると、そういうわけにもいかない。

 防御力、スキルボーナス共に性能自体は満足がいく物だったし、何よりわざわざ希少な災禍の眷属の素材を提供してくれたライトとひだりに申し訳なさ過ぎる。


(……シラユキには悪いが、暫くの間はこの装備で我慢してもらうしかないか)


 一応、それっぽい言い訳を考えると、あくまで人気なのは赤炎狼・青炎狼装備であって、黒闇狼・白闇狼装備は別物だしな。

 それに恐らく、あっちの装備って赤と青がメインになってるだろうから、NPCはともかく他のプレイヤーには言わなきゃバレないだろう。


「……あ、そうだった。すまない、二人共。これをチェストに入れるの忘れていた」


 言いながらライトは、インベントリを操作し、俺とシラユキそれぞれに譲渡申請を飛ばしてくる。


 クランハウスを手に入れてからのアイテムやり取りは、チェストを介してが主になってたから、逆に新鮮味を感じるな。


「昼に預かっていたアクセサリだ。改良を加えて、前より使い勝手がよくなっているはずだ」

「ああ、そういや預けてたままだったな。ありがとよ」


 申請を承諾し、早速新たなアクセサリ”紫焔の浄円環「蒼」”を装備しつつ、その詳細を確認する。




————————————


【紫焔の浄円環「蒼」】

 青き怨讐狼の消えるはずの無かった怒りの焔は、聖なる祝福により浄化の紫焔へと昇華を遂げた。

 身に付けし者の内なる魔力を引き出す。紅と共鳴することで、更に性能が引き上げられる。

・MP+25、SATK+15、DEF+10、SDEF+10

・特殊効果:自身以外に【紫焔の浄円環「紅」】を装備したプレイヤーが同じパーティー内にいれば、MP+5%、SATK+3%。


————————————




 これって……もしかして、アレか。


「恩讐化したコヨトルがドロップした魔核を使ってるのか」


 元々黒をベースに銀の装飾と落ち着いた印象の強かった浄魔の腕輪だったが、中心に青みがかった紫の鉱石が嵌め込まれたことで、より高貴さが感じられるようになっている。

 しかも、新たに青の装飾が細かく散りばめらていることで、華やかな雰囲気も醸し出していた。


「最初は武器の素材にしようか迷ったが、それよりもアクセサリに組み込んだ方が有用だと思ってな。それで急遽、二人の腕輪を預からせてもらった」

「そうだったのか」


 ライトの判断であれば、特に異論はない。

 実際、時々使う程度のサブ武器にするより、装備している時間が長いであろう腕輪を改造した方が恩恵ありそうだし。


 なんて思っていると、


「あ、あの……ライトさん?」


 いつの間にか落ち着きを取り戻したシラユキが、恐る恐るといった口調で訊ねる。

 左腕には、紫焔の浄円環であろう腕輪が装着されていた。


 シラユキの腕輪に嵌め込まれた鉱石は赤みがかった紫で、他には赤い装飾が控えめに散りばめられていた。


(もしかして、あれが……紫焔の浄円環「紅」か?)


「シラユキさん、どうかしたか?」

「その……どうして私には赤い方で、ジンくんには青い方の腕輪を渡したのでしょうか。使った素材を考えれば、逆のような……?」

「——あ、そうじゃん」


 よくよく考えてみれば。


 俺が装備しているのがシワコヨトルを素材にした奴で、シラユキが装備しているのがテクトリコヨトルを素材にした奴であることは間違いない。

 アクセサリであれば性別関係なく装備可能だから極論どっちでも問題はないが、だとしても普通は、俺が「紅」を装備して、シラユキが「蒼」を装備するべきだろう。


 しかし——、


「……さっきも言ったが、男はシワコヨトルの魔核を使った装飾品を、女はテクトリコヨトルの魔核を使った装飾品を身に付ける。だから二人に渡したのは、それで合っている」

「え、えっと……それって、つまり——」


 ライトは、淡々と告げるのだった。


「少なくとも今の防具を装備している間は、交換して装備するの禁止で」




————————————

性別詐称が可能だったら、この文化は生まれなかったと思います。

それと現状、このゲームに結婚システムはないです。

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