天魔の妹
伝えられた突拍子もない真実に息を呑む。
(——ネロデウスが元人間、だと……?)
俄には信じがたい。
だけど、そうじゃないなら目の前にいる少女はどう説明すればいい。
メタ的視点にはなるが、普通にやっていればまず辿り着くことのない秘匿された場所で、幽霊となってまでプレイヤーの前に姿を現すNPCが虚言を吐くとは到底考え難い。
それにサラが話し始める直前に出たウィンドウ——これまで何度か発生したクエストとは明らかに雰囲気が違っていたという点でも、信憑性は高いと言って良い。
——グランドミソロジー。
直訳すると”壮大な神話体系”、か。
加えてエピソードオブなんちゃらってワードとエピソード名の前に記載されていた ”No.6”……ネロデウスに付けられた第六の獣と関連性が無いと考える方が不自然だ。
「じゃあ、アンタはネロデウスの……妹ってことなのか」
「……うん、多分」
「おい、多分って……なんでそこは曖昧なんだよ」
「私……記憶が、ないから」
ふるふると首を横に振ってサラは言う。
「私が覚えてる、のは……自分の名前と、双子の兄さんとの、僅かな思い出。……そして、兄さんが、獣になってしまった……その事実、だけ」
(……なるほど記憶喪失、ね)
だからライトは今まで確証が持ててなかったわけか。
「他には何も覚えていないのか?」
「うん……いつの時代に、生まれたかも……どこで育ったのかも……私が、何者だったのかも……何もかも、分からない。でも……これだけは、分かる。私は……兄さんが、苦しむのを止めたくて……ここにいる。それが……生前の、私の願い。そして、今の……私の願い」
崖端にがっしりと根を張った大樹に視線を移し、サラは自身の胸に両手を当てる。
海原からやって来る風に吹かれて枝がさわさわと揺れ動く。
「獣にかけられた呪いは……誰よりも優しかった兄さんを……破壊と殺戮の化身に、変えてしまった。兄さんは、決して、誰かを傷つけることを……望んでなんか、いない。でも……もう兄さんに、兄さんだった時の心は、残されていない」
あくまで淡々とした口調で話すサラだが、口元はきゅっと結んであり、握った拳は微かに震えていた。
一人ではどうすることも出来ない悔しさと歯痒さ、それと遣る瀬無い気持ちで一杯でいることが十二分に伝わってきた。
「今すぐにとは、言わない。兄さんは……天魔は、世界の誰よりも……強いから。でも、貴方達が……いつか、天魔を討ち果たせる準備が出来た時は……どうか、兄さんを――ビアス兄さんを……眠らせあげて」
頭を下げて告げられる切実な願い。
想像していたよりも真摯な想いにどう答えれば良いのか頭を悩ませていると、
「任せてよ、サラ! 前に約束した通り、ネロデウスは絶対にアタシらで倒して来るから!」
胸をトンと叩き、ひだりがにっと笑みを浮かべてみせた。
続けて、ライトも力強く頷いてみせる。
「ああ、妹を悲しませるような悪い兄貴にはしっかりとお灸を据えてみせるさ。だからもう少しの間、辛抱していてくれ。サラの願いは、俺達が必ず叶えてみせる」
……珍しいな、ライトがここまで感情を込めるなんて。
やっぱ双子の兄妹……だからなのか。
自身と似た境遇のNPCが相手となれば、何らかのシンパシーを感じても不思議ではない。
「——ジンム、シラユキちゃん。今更になったけど、これがアタシらがネロデウスを倒そうとしている理由。今まで黙っててごめんね」
振り向いて、ひだりは心苦しそうに言う。
「気にすんな。何かしらのユニークが絡んでるだろうとは思っていたから。出来るだけ情報が流出するリスクを避けたかったんだろ」
「まあ、そうだけどさ……」
「なら、それでいい。教えてくれてありがとな。おかげでよりネロデウスをぶっ倒すモチベが上がったよ」
「私もまだ話の流れを理解し切れたわけじゃないけど、もっと二人の力になれるように頑張りますね……!」
「二人とも……!!」
ありがとう、とひだりが頭を下げると、サラが俺とシラユキの前に立つ。
「……私からも、ありがとう。それなら……貴方が、兄さんにかけられた呪いの欠片は、私が……貰うね」
腕を伸ばし、俺の胸元を指先でそっと触れる。
すると、俺の体内から獣呪が発症した時に発生する黒い煙が掌ほどの大きさで出てきて、サラはそれを蝋燭の火を消すようふっと息を吹いて飛ばしてみせた。
直後、目の前にポップアップが表示される。
————————————
[アーツスキル『呪獣転侵』の効果が一部変化しました]
[スキルセット上限-6→スキルセット上限-5]
————————————
「……うわ、マジか」
呪獣転侵のデメリットが緩和されてる。
しかも地味に嬉しいスキルセット数の増加じゃねえか。
……いや、戻ったという方が正しいか。
ともかく、思いがけず訪れた幸運に喜びを噛み締める反面、同時に疑問も浮かぶ。
(サラは、一体何者なんだ……?)
ネロデウスの妹だから——で、出来るような芸当じゃねえよな。
理由を考える傍らで、
「貴女には、これを……」
サラが今度はシラユキの胸元に指先を触れさせると、淡く優しい光が指先を伝ってシラユキの中へと吸い込まれていく。
だけど、それ以外の変化はなく、ポップアップが表示されることも無かった。
「今のは——」
シラユキの問いかけに、サラは頭を振って答える。
「……ごめんなさい、分からない。でも、こうしなきゃって……思った。だから、それは……貴女が、持っていて」
「はい、分かりました……?」
首を傾げるシラユキだったが、
「……ありがとうございます。大事にしますね」
にこりと微笑むと、ずっと憂いを帯びていたサラの表情が少しだけ和らいだ——ような気がした。
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