天使の一皿

 他にも色々とライトに武器作成用の素材を渡してから一階に戻ると、同じタイミングで厨房からシラユキが出てきた。


「よ、シラユキ。……って、どうしたその格好」


 装いが雷豹シリーズから私服っぽいものへと変わっている。

 加えてエプロンを掛けていて、完全に戦闘とは無縁の姿となっていた。


「あ、ジンくん。昨日、ライトさんに作ってもらったんだ。いつもの装備だと料理作るの大変だろうからって」

「なるほどな。じゃあ、もしかして今、絶賛調理中か?」

「うん、そうだよ。午前中にチョコちゃんと一緒にクエストをクリアしたら、報酬で料理のクラフトレシピを貰えたから試しに作っていたところだよ」

「へえ、料理にもクラフトレシピが存在してるのか。てっきり、材料さえあればいつでも作れるもんかと思ってた」


 というか、相変わらずNPCからのクエストをこなしてるのな。

 けど、これがゲームのメインコンテンツだから、寧ろシラユキが一番忠実に遊んでいるまであるのか。


「一応、レシピが無くても作れるみたいだけど、レシピを持っていた方が付加効果が段違いに良いんだって」

「ふーん、RTA泣かせの仕様だな。……そういや、チョコは一緒じゃないのか?」

「今はひだりさんと新しく作ってもらった武器の試運転に行ってるよ。多分、もう暫くしたら帰ってくるんじゃないかな?」

「そうか」


 入れた経緯が経緯だったから上手く交友関係が築けるか不安だったが、なんだかんだやっていけてるみたいで安心した。

 まあ、性格にちょっと癖があるだけでそもそも悪い奴じゃないし、取り分け輪を乱すようなタイプでも無いから杞憂ではあったか。


「——と、そうだ。ねえ、ジンくん」

「ん、どうした?」

「もうちょっとで料理が完成するんだけど、その……良かったらでいいんだけど、試食に付き合ってもらっていい、かな?」


 上目遣いで俺を見ながら、躊躇いがちに口にした誘いに、


「勿論」


 即答すれば、シラユキはへにゃりと破顔した。




 厨房前に配置されたかなり大きめのダイニングテーブルに腰をかけながら気長に待った後のこと。

 ようやく目の前に置かれたのは、ゴロゴロとした具がたっぷりと入ったビーフシチューだった。


 立ち昇る湯気から漂うデミグラスソースの香りが、仮初めの肉体に食欲を湧かせ空腹感を呼び起こす。


「凄え、思ったよりリアルだ……」

「所々簡略化されてたけど、調理工程も現実での作り方と殆ど一緒だったよ。あと効果は一定になるけど、指定された材料さえ揃えてあげれば自動で作ってもくれるみたい」

「地味に便利な機能もあるんだな」


 料理好きか料理が得意なプレイヤーと苦手もしくは未経験者それぞれに合わせたシステムってところか。

 俺の場合は間違いなくオート調理機能に世話になるだろうな。


「と……そうだ。取り分け用の皿とスプーン取ってくるからちょっと待ってて」


 パタパタと厨房に戻るシラユキの背中を見送り、俺は改めて目の前にあるビーフシチューをじっくりと観察してみる。


 一口大で切り揃えられた牛肉、人参はよく見ただけで柔らかくなっていることが分かるくらいによく煮込まれている。

 それと付け合わせられたブロッコリーとマッシュポテトに二種のマッシュルーム。

 さっと添えられた刻んだパセリに、回しかけられた生クリームといった鮮やかな緑と柔らかな白のコントラストが料理に良い彩りを与えていた。


 間違いなく洋食レストランとかで出されたとしても何の違和感もないレベルの出来栄えに、堪らずごくりと生唾を飲み込む。

 ログイン前に食ったのがカロリーバーだったからか、余計に美味そうに見えた。


「お待たせ」


 シラユキはビーフシチューを持ってきた皿に取り分けてから俺に差し出した。


「どうぞ。口に合わなかったらごめんね」

「そこは大丈夫だろ。シラユキ料理上手いんだし」


 ゲームシステム的にクソマズ料理が出されるとは考えにくいし。


 そもそもいつだかの調理実習でシラユキと一緒の班になったことがあるが、その時に作った料理が美味かったのは今でもよく覚えている。

 正直なところ、両親が作った飯もちゃんと美味いが、それよりもシラユキの料理の方が格段に好みの味付けだった。


 ……まあリアルの事情はさておき、とりあえずシステムレベルでデバフを掛けられるか、よっぽど事故らない限りは不味くなることは無いはずだ。


「じゃあ、いただきます」


 早速、ソースと牛肉を一口運んでみる。

 口の中に入った瞬間、牛肉がホロホロになって解け、濃厚でコクのあるソースと蕩けるような食感が混じり合うことで噛む度に旨味が止めどなく溢れ出した。


「うっま……!」


 思わず声に出しつつ、今度はマッシュポテトとソースを絡めて二口目。

 ホクホクで且つ滑らかなポテトの味わいがよりソースの旨みを強調させ、更に食欲を増進させる。


 リアルで食ったら二、三皿は余裕でおかわりできる自信はあるし、毎日出されたとしても飽きずに食えるんじゃないかとさえ思える。

 そのくらいシラユキの作ったビーフシチューは、やみつきになる美味しさだった。


 こりゃ、ログアウト後の空腹感やべえだろうな……。

 そう思いつつもペロリと平らげ、「ごちそうさま。マジで美味かった」とシラユキに感謝を告げれば、安堵混じりの笑みが返ってくる。


「お粗末さまです。ジンくんの口に合ったみたいで良かった」

「ああ、何杯でもおかわりしたいくらいだ。……そういえば、これって味付けもシステムが自動でやってくれるのか?」

「大まかなところはそうだけど、調味料とか香辛料があればプレイヤー側でも調節できるよ。それで折角だから自分で味付けしてみたけど……どうだった?」


 ——あ、だからか。

 通りでこんなに美味いわけだ。


「バッチリだ。前に調理実習にした時にも思ったけど、シラユキの作った料理の味付けってドンピシャで俺の好みなんだよな。それこそ……毎日食えたらそれだけで幸せだと思えるくらいに」

「ま、毎日……っ!?」


 目を見開くシラユキに即座に首肯すれば、シラユキはすっと俺から顔を逸らす。


 ……あれ、なんかマズいこと言っちまったか?


「そっか……と、そうだ。食べ終わったら食器を厨房のシンクに置いといてもらっていいかな? お皿洗いと片付けはシステムが勝手にやってくれるみたいだから」

「……あ、ああ。分かった」


 有無を言わさぬ無言の圧力みたいなものを感じたので、すかさず食器を戻す為に席を離れ厨房に入ったところでふと気がついてしまう。


「おい、さっきの俺の発言……もしかしなくても告白してるみたいじゃね?」


 ………………うん。

 ——やべえ、やっちまった……!!


 ナチュラルに告白紛いのことをしてしまったことに、俺は気恥ずかしさに悶えながら一人頭を抱えるのだった。




————————————

なぜこいつは学習しないのか()

ほんと、どうしようもないクソボケですね。はい。


それはそうと、クランメンバーの中でリアルの料理が一番得意なのはひだりです。

ちなみに料理できる順を序列に表すと、

ひだり≧シラユキ>>>朧>>>>ライト>>>>>>>>>モナカ≒ジンムとなっています。

RTA勢の生活力ははっきり言って終わってます。ジンムは父親が飯を作ってくれるからなんとかなっていますが、モナカは一人暮らしなのでヤバいです。何がとは言わないけどヤバいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る