緋色のヒーロー
突如として俺の目の前に現れたのは、身の丈ほどある大太刀を背負った男プレイヤーだった。
上下共に黒の戦闘服風の装いに、左腕だけ袖を通した金の鳳凰紋様が入った炎のように鮮やかな深紅の着物と僅かに緑がかった黒のストールが印象的で、肩にかかる程度の長さの金髪を後ろで束ねた頭には黒い金属質の骸骨のような仮面を乗せている。
プレイヤーネームは——、
(……表示されてない?)
スキル……いや、名無しの外套みたいな効果のあるアクセサリーを装備してると考えた方が妥当か。
とりあえず現時点で分かるのは、こいつが滅茶苦茶に強そうなプレイヤーだってことくらいだ。
「あんたは……!?」
「通りすがりのヒーローさ。事情は知らないが手助けするぜ、真っ黒プレイヤー」
大太刀使いは、にっと快活な笑みを浮かべる。
どうやら名乗るつもりは一切無いらしい。
「……名前は教えねえって腹か。まあ、それならそれで別にいいけど、俺あと一分しないくらいでスリップダメージで自滅するし」
「え、まさか回復アイテム切らしてしまったのか?」
「いや持ってるには持ってるけど、ちょっと変わった特殊状態だから使っても意味ねえんだよ」
獣呪を解除するには聖女の聖霊水を使うしかないのだが、残念ながらあのアイテムはそう簡単に手に入れられるような代物ではない。
一応、クレオーノで聖女シリーズの回復アイテムを取り寄せるようにしてくれるようになったとはいえ、まだ入荷には至ってなかったはずだ。
というか、もし仮に持ち合わせていたとしてもすぐに殺されるのは目に見えているから、使わないで素直にデスする方を選ぶ。
大太刀使いの正体だったり、熊さんと飛行コブラがどうなるか気になるところではあるが、仕方ないがここは諦めてエウテペリエに帰るとする——、
「——そうか……なら、こいつを使いなよ。これなら回復できるだろ?」
「いいよ。気持ちはありがたいけど、普通の回復アイテムじゃ意味ねえ……って、これ聖女の聖霊水じゃねえか!! こんなレアアイテム受け取れるかよ!」
「へえ、やっぱこのアイテム知ってるのか。けど、このまま黙って自滅するのを見過ごすってのはオレの信条に反するんでね。少なくともこの場は生き延びてもらうぞ」
言って大太刀使いは、俺の返答を聞くよりも先に一切の躊躇いも見せずに聖女の聖霊水を俺に振り撒く。
最大HPごとHPが全快し、獣呪も解除されたところで、俺は改めて大太刀使いにちゃんと顔を向ける。
「……ありがとよ。けど、何も返せるようなもんはねえぞ」
「何、そんなものはいらないさ。見返りが欲しかったわけじゃないからな。ただ……その代わりにあいつら、オレが倒してしまっていいか? 特にあの燃える熊さんとはちょっとした因縁があるんでね」
「好きにしなよ。俺のレベルじゃどうやってもあいつらに勝てねえし」
「なら——遠慮なく!」
刹那——大太刀使いは勢いよく地面を駆けると、一瞬で熊エネミーの懐に潜り込みまずは一太刀浴びせる。
すると、僅かに遅れて複数の斬撃が発生してそのまま熊エネミーを斬り刻んだ。
最初の一太刀と合わせて合計八ヒット——結構、使い勝手の良さそうなスキルだ。
しかし、大太刀使いの攻勢はまだ終わらない。
リフレックスステップのようなスキルで熊さんの周囲を跳んで回りながら、絶えず高速の斬撃を叩き込んでいる。
熊さんがそれに反応しようとするが、大太刀使いの動きに全く追いつけずに成す術もなく翻弄され続けている。
仮に反撃をできたとしても易々と躱された挙句、更に強烈なカウンターを叩き込まれるという悪循環に陥っていた。
俺が雑魚敵にやっている怯みループを一段階凶悪にしたような連撃を目の当たりにして、つい苦笑が漏れる。
「おいおい……仮にも相手はボス級だぞ。なんで一方的にボコってんだよ」
恐ろしいまでに読みが鋭いというのもあるが、そもそもの立ち回りが完全に熊さんの把握しきっている。
アイツと戦うのはこれが初めてってわけではなさそうだ。
つーか、アイツの太刀筋——いや、まさかな。
「けどよ……上にも敵がいるけどどうするんだ?」
上空を見上げると、蚊帳の外となっていた飛行コブラが熊さん諸共消し炭にしようと火炎ブレスの待機モーションを取りながら、尻尾に電撃を溜め、翼には暴風を纏わせていた。
発射まであと僅かな猶予しか残されていない。
まさか……あれ全部一気にぶっ放すつもりか!?
「——おい、大技が来るぞ!!」
咄嗟に叫ぶも、時既に遅し。
大太刀使いと熊さんを狙って飛行コブラは、火炎と雷電と暴風を一斉に解き放っていた。
瞬間、雷を纏った炎の竜巻が大太刀使いと熊エネミーを呑み込んで——と思った直後、大太刀使いはスキルをフルで発動させて、どうにかこっちに戻ってきていた。
「ふぅー、あっぶねえ! 危うく死ぬところだった……!」
「マジかよ……よく今の攻撃に巻き込まれなかったな」
「まあな。あれくらいの攻撃を避けるのは慣れているからな!」
「あれくらいって……あれだけの規模の攻撃をポンポン撃ってくる奴なんて早々いないだろ」
JINMUだったら通常攻撃があれくらいの規模の奴がいるけどさ。
テンゲンノマガツヌシとかマガツとか天元禍津主とか。
「——ん、そういや、あんたジンムっていうのか。もしかしてJINMU好きか?」
「……そうだけど。だとしたらなんだっていうんだよ?」
「奇遇だな。オレもあのゲーム大好きなんだ! ……よし、見たところオレの方がこのゲームをやってる歴が長そうだし、同じゲーム好きのよしみとして一つレクチャーしてやろう!」
大太刀使いはどこか嬉々とした表情を浮かべながら言うと、意気揚々と大太刀を構える。
「——けどその前にジンムに一つ確認しときたいんだけど、四日前のネクテージ渓谷で起きたエリアボスのレイド化って、アンタがボスフロアでネロデウスに襲われたのが原因だろ?」
「……っ!? 何でそれを……!?」
「ははっ、やっぱりか! そのまだ上位職なりたてですって感じの装備とさっきの状態で大方予想はついてたけど、まさかこんな場所で会えるとはな」
大太刀使いが声を立てて笑う。
傍ら、ふと奥に視線をやると、大技をもろに喰らった熊さんが、これまでにない規模の灼炎を解き放つと共に周囲に何本も火柱を立てながら、上空にいるコブラもどきを睨め付けていた。
今の俺があそこに近づこうものなら、間違いなく途中で消し炭にされるだろう。
しかし大太刀使いは笑みを一切崩すことなく、頭に乗せた仮面をインベントリに収納する。
途端、頭上に隠されていたプレイヤーネームが表示される。
やっぱりあの仮面が名無しの外套みたいな効果を持ってたってわけか。
「……名乗らないんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけどな。けど、あんたの獣呪だけ一方的に知るってのは不公平だろ。同胞って言うんなら俺もそれなりの対応を見せないとな。それにしても……ジンムの獣呪は闇に覆われる感じなのか。差し詰め人知れず活躍するダークヒーローってところか」
「さっきから何を……ていうか、なんで獣呪を……!?」
疑問ばかりが出てくるが、大太刀使い——ダイワは質問に直接は答えず一歩前に踏み出してから口を開くのだった。
「こういうのは口で言うよりも実演して見せた方が早い。行くぜ、ジンム——いや、
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”隠者の髑髏面”
自身のプレイヤーネーム他者から見えなくするアクセサリー。こっちの方が作成難易度が高いのに効果は名無しの外套と変わらないため、ローブを着るのが嫌でなければ、作成しやすく全身も隠せる”名無しの外套”で十分です。
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