夜空に舞うは

 地上では緋色の怪物が紅蓮の灼熱が押し寄せ、上空からは飛竜が絶えることなく火炎と落雷が繰り出す。

 ちょっとバランスを崩すだけで滑落してしまいそうな山稜を駆け抜け、俺はちらりと後ろを振り返る。


「クソッ、全然振り切れる気がしねえ……!」


 相変わらず燃え盛る熊さんが足場の悪さをものともせず、一心不乱に俺を追いかけている。


 命懸けの鬼ごっこを始めてからもう十分。

 あえて急斜面を駆けてみたりするが、一向に体勢を崩す気配すら見せない。


 ミスって足滑らして落ちてくんねえかな、って淡い期待はそろそろ捨てた方が良さそうだ。

 だけど皮肉にもこの最悪な状況が俺を生かしているというのもまた事実だった。


 熊さんの存在と溢れ出る灼炎が、上空にいるワイバーン達が直接攻撃してくるのを抑え、ワイバーン達が放ってくる火球ブレスや落雷が熊エネミーの行手をいい感じに阻んでくれている。

 奴らとステータスが圧倒的に離れている俺が今もこうして逃げられているのは、敵が一枚岩でないことが大きな要因となっていた。


 とはいえ、このままだと追いつかれるのも時間の問題だろう。


「はぁ……はぁ……スタミナキツくなってきた……!」


 ここまでずっとほぼ全速力で走り続けてきているせいで、スタミナが大分ヤバいことになってきている。

 このままだとあと数分もしないうちに確実に完全疲労に陥る。


 というか、十分近く走ってもまだスタミナが枯渇してないことが僥倖だった。


(まさか、リフレックスステップの隠し効果にここまで助けられるとはな……)


 リフレックスステップ——瞬発力を上げて跳躍速度と距離を上げる回避スキル。

 

 難点は一秒にも満たないあまりにも短い効果時間だが、スキル発動中は全ての行動のスタミナ消費量が0になる。

 つまりリフレックスステップの発動タイミングに合わせて攻撃したり他のアーツスキルを同時起動することで、通常よりもスタミナの消費をぐっと抑えられて、長時間動き回れるようになるってわけだ。

 しかもリキャストがかなり短いから、雑に連発しても問題ないっていうおまけも付いている超絶良スキルだ。


 朧のスタミナの概念を取っ払っているんじゃないかと錯覚するほどの絶対的な回避力の根底には、そもそもの前提として桁外れなプレイヤースキルがあるが、リフレックスステップの存在も大きかったんだと習得してから理解できた。


 しかし、それでもスタミナは消費する一方だった。


「クソッ……まだ霊峰には辿り着けそうにないか……!」


 現在地点から霊峰に辿り着くまではあともう半分というところか。

 この調子だと絶対にスタミナは保たない。


 ——どうする、あれ呪獣転侵を切るべきか。


 思案したその時だった。




 ギャオォォォオオオ!!!(怪鳥五体、ワイバーン三体、他のエネミーより一回りデカい翼が生え、短い尾を持ったコブラみたいな竜種一体→IN)




 望んでもないおかわり(特盛り)がやって来やがった。


 あ……これは終わったわ。


 最悪の増援を受け、逃げ切れないことを悟る。

 瞬間——迷いは無くなった。


「——ハハ、ハハハッ……アッハッハッ!! もうこうなったらヤケクソだ! どうせ死ぬなら存分に暴れてから散ってやるよ――呪獣転侵!!」


 獣呪の解放。

 全身を漆黒の靄が覆い尽くす。


 未だにスリップダメージ特有の痺れは慣れないが、デスするのと比べれば些細な問題でしかない。


 全ステータスに強化がかかったことで素の脚力が上がり、隠し効果のスタミナ減少量低下が発動したからか、ちょっと体が軽くなる。

 けどそれよりも重要なのは、リキャストが短くなったことでスキルをガンガンに回せるようになったことだ。


 特に恩恵がデカいのがリフレックスステップ。

 元から数秒でリキャストが完了するリフレックスステップだったが、獣呪を発症させたことで更に短いスパンで連発できるようになり、おかげでスタミナ管理が一気に楽になる。


 獣呪状態になったおかげで、徐々にワイバーンや怪鳥との距離が離れていく。

 だが、燃える熊さんに関しては引き剥がすことが出来ずにいる。


「チッ……判断しくったか……!?」


 さっきまでは上空からの攻撃が良い感じに燃える熊さんの進路を妨害してくれていたが、それが無くなった今、燃える熊さんは思う存分俺を仕留めにかかることが可能となっていた。


 いくら呪獣転侵で大幅にバフを掛けてスキルを発動しまくったとしても、圧倒的に開いたパラメーターの差の前にはどうしようもない。

 じわじわとではあるが、俺と燃える熊さんの距離は少しずつ詰まりつつあった。


(——っ、ここまでか……!)


 鬼ごっこの負けを覚悟した直後だった。

 ——俺と燃える熊さんの丁度中間辺りに雷を纏った火炎ブレスが上空から飛んできた。


「——っ!?」


 燃える熊さんのスピードが緩まる。

 すぐさま後方上空に視線をやると、飛行コブラが他のエネミーを全て蹴散らしながら俺を追いかけて来ていた。


「マジかよ……!」


 多分、今の攻撃も俺を助けるためではなく、俺を殺す為にぶっ放した一撃だ。

 それがたまたま燃える熊さんの進路を塞ぐ形になっただけだろう。


 ——つまり、空側の敵が変わっただけでさっきと関係性は変わらないってことか。


「……ま、相手がどう変わろうが関係ねえ。最期まで逃げ切ってやるよ!!」






 燃える熊さんのヤバさは既に体感済みだったが、飛行コブラに関してはもっとヤバかった。

 アイツ火と風と雷を操る能力を持っていて、火炎ブレスや落雷を雨みたいに降らしてくるし、それと岩をも砕く破壊力を持った暴風の弾丸を容赦なくバカスカ打ち込んできていた。


 間違いなくワイバーン十数体の一斉攻撃よりも、飛行コブラ一体の攻撃の方が苛烈だった。

 多分、呪獣転侵を発動させていなければ俺は今頃、エウテペリエのベッドの上に寝転がっていたことだろう。


 それでも化け物二匹との鬼ごっこは奇跡的に続き、残りの最大HPが半分を下回りそうになった頃、ようやく霊峰の目の前まで辿り着いた。

 インベントリから取り出したポーションを頭から被り、段々と雪が積もり始めた尾根を駆け上がる。


 後はこの坂を超えれば霊峰のエリア内に突入できる。


「エリアの中に入ればいい加減あいつらも諦めるか……?」


 いや、多分無理だな。

 そんなお優しい仕様だったらもうとっくに撒けているはずだ。


 一応、もしやと思いつつ後方を振り返るが、熊さん飛行コブラも俺を諦める気配は微塵も無い。

 どうやら俺をぶっ殺すまで止まるつもりはないようだ。


「なら仕方ねえ……あと一分くらいしか時間は残ってないが、ちょっとだけ遊んでやるよ!!」


 ピークを超え、遂に霊峰内に突入したところで俺は雷牙の剣を鞘から引き抜く。

 鉱石一つ採掘すら出来ずに帰還することになるのは残念だが、最後に一発くらいあいつらぶん殴ってから帰らねえと気が済まねえ。


「おら、来いよ。追い詰められたネズミはライオンだって噛むんだぜ……!」


 アドレナリンを全開に分泌させ、少し遅れてエリア内に侵入して来た熊さんと飛行コブラを迎え撃とうとした時だった。


 一瞬、頭上を何かが通り過ぎた。

 直後、俺とエネミー二体の間に割り込むようにしてそいつは地面に降り立った。


「——ヒーロー登場!! 助太刀するぜ!!」




————————————

途中から出現した竜種のエネミーは乱風蛇竜ストームヴィーヴルと呼ばれるドン個体です。

ちなみにこいつもランダムエンカウントです。

つまりめっちゃいい低乱数を引いているのが彼の状況です。

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