黒く爆ぜろ、魑魅魍魎を飛び越えて

いざ、霊峰へ

 あれからも配信をしばらく続け、なんだかんだで本日二度目のアルクエの世界にログインする頃には、既に夜の十一時を回っていた。


「あー……なんか、とんでもねえことになっちまったな」


 配信が終わる頃には、チャンネル登録者数が一気に三万人近くにまで跳ね上がっていた。


 JINMUのコンテンツの影響力がデカいのは分かってはいたつもりだけど、まさかちゃんと活用することでここまで大規模なことになるとは。

 改めて実感しながら俺は、Nテレポでエウテペリエを経由してから再びアドヴェンジ山脈山岳地帯に足を運んでいた。


 ボスフロア手前の山路を大きく外れ、エリア端の急斜面をさっと駆け登る。

 登りきった先に広がるのは、急勾配で足場が不安定な山々の連なり。

 そして、最後まで進んだ先に霊峰が聳えている。


 ——霊峰タルヌス。


 山の麓から頂上までそこら中がレベル100オーバーの敵で溢れ返った、大陸全土を踏破したプレイヤーへ向けられた高難易度エリア。

 プレイヤーがここを訪れるのは、レアな装備やアイテムを作成する為の素材集め、レベル99になったプレイヤーが擬似レベルアップさせるの為のレベリング、それか単純な力試しの為だったりする。


 ひだりが言っていた通り、正規ルートで行こうとするとまずフリアニアって街に到達しなきゃならないが、裏ルートでなら理論上、現段階でも行く事は可能だったりする。

 その裏ルートこそが、アドヴェンジ山脈のエリア外にある山々を伝っていくというものであり、だから日中にアドヴェンジ山脈を攻略して、Nテレポの転移先をエウテペリエに設定しておいたというわけだ。


 その方が移動時間も短縮できるし、違う街に行く為の拠点にもできるしな。


 一応、アドヴェンジ山脈から霊峰に直接行けるってことは、結構有名な話ではあるらしい。

 だけど、実行に移すプレイヤーはまずいないし、ここから霊峰に到達できたプレイヤーはほぼいない。


 理由は、眼前の光景を見ればすぐに理解できた。


「うっわ……えぐいな、これ」




 キェエエエーーーッ!!(巨大な怪鳥同士が激しく争い合ってる)


 ガァアアアアアアーーーッ!!!(そいつらに向かって赤いワイバーンが強烈な火球ブレスを吐き、緑のワイバーンが電撃を放って襲いかかる)


 ピェエエエエーーーッ!!(成体らしきグリフォンが超高速で突っ込んできて、怪鳥もワイバーンも諸共纏った風の刃で斬り刻んでどこかへ飛び去って行く)




「……大怪獣戦争じゃねえか」


 上空で繰り広げられているのは、レベル90台のエネミー同士の縄張り争い。

 霊峰に辿り着くには、この中を突っ切る必要があるが、そうすると周囲にいるエネミーがプレイヤーに向かって一斉に襲い掛かってくるらしい。


 なるほどな……そりゃ誰も裏ルートを使って通ろうとしねえわけだ。


「神足がこっちでも使えりゃ楽勝なんだけどな。……ま、無いもんに縋ってもしょうがねえか」


 獲物を捉えるような視線を一身に受けながら、俺は静かに呼吸を整える。


 多分、一歩でも霊峰に向かおうとすれば上にいる連中は、一気に戦闘状態になるだろう。

 進むか、退くか……ここが分岐路になっている。


 じゃあ、ここで諦めて大人しく帰るか?

 ——ハッ、そんな賢明な判断が取れるなら、そもそもここに来ようとすら思わねえよ。


「それに……もう帰るには時既に遅し、だしな」


 呟き、エリア外にある斜面を見下ろす。




 グルルルルルル……!!(全身炎に包まれた熊が突然下から這い上がって来ながら、獲物を捉える目でこちらを見ている)




 もうやべえ奴に目をつけられていた。


 上にいる怪鳥やらワイバーンやらよりも、明らかにこの燃える熊さんの方がヤバそうな気配がしている。

 恐らくこのまま素直にエリアに引き返したとしても、確実に俺のことを仕留めようと追ってくるだろう。


「つーか……あいつ、もしかして……災禍の眷属じゃねえか?」


 深紅の炎に混じって揺らめく禍々しい黒いオーラ。

 あれは蝕呪の黒山羊や悪樓に纏っていたのと酷似していた。


 全身に纏うのが闇じゃなくて炎なのは、眷属にしたのがネロデウスとは別の個体だからだろう。


(炎ってことは……緋皇か?)


 うろ覚えだけど、炎を司るのは緋皇だってどこかで聞いたことがある気がする。

 ちなみにネロデウスが司るのは闇だったりする。


 まあ、あの熊さんがどの災禍の眷属なのかはどうだっていい。

 今、重要なのはどうやってあいつから生き延びるかどうかだ。


 戦う……無理だな。

 まずほぼ確実に負ける。


 エリアに逃げる……は、ワンチャン行けるかもだけど、それはそれで近くにいるプレイヤーを巻き込みかねない。


 ——なら、俺が取る手段は一つだ。


「仕方ねえ、やってやるよ……地獄の鬼ごっこ」


 久々にAny%走ったからか感覚が冴えてんだ、こっちは。

 例え大量のレベル90台の敵に囲まれようが、それ以上にヤバそうな災禍の眷属に標的にされようが、最後まで足掻いてやるよ。


 覚悟を決めた直後——俺は、リフレックスステップで助走をつけると同時にスプリングブースト+ドッジカウンターを起動する。

 一歩目で最大速度まで一気に加速をかけ、全速力で山々の尾根を駆け抜ける。


 瞬間、上空を飛んでいたエネミーが一斉に俺を屠るべき獲物として狙いを定めた。


「このまま霊峰に逃げ切って霊峰に突入してやるよ!!」


 こうして逃走役”俺”、鬼役”この場にいるエネミー全部”などという、あまりにクソルールな鬼ごっこが始まるのだった。




————————————

オープンワールドなので行こうと思えば、どのルートからでも霊峰に行くことは可能です。

ですが、抜け穴的なルートは今みたいに何かしら対策が施されているので、運営が想定した正規ルートを通るのが安全牌となっています。ちなみに、災禍の眷属はたまたま遭遇しただけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る