JINMU Any%盾チャート -3-
「ほう、驚いた。こんな所に訪問者とは」
岩山を登り切った先にいたのは、虚無僧笠を被った男だった。
虚無僧”梟”——こいつがグリッチに使うアクションスキルをくれるNPCだ。
「何、理由は言わずとも分かる。吾に宿る力が欲しいのだろう?」
梟の問いかけに俺は小さく頷く。
「ならば好きに持っていけ。吾は既に世を捨てた身。浮世がどう移ろうが知ったことではない」
言って、梟は胸の内から淡く光を放つ何かを取り出す。
それを俺へと差し出し、
「——一から多に、多から一に。その脚は梵天へと到る」
光る何かが俺の体内へと吸収された直後、目の前にウィンドウが出現し、梟の姿は煙のように消えていった。
[神足を習得]
書かれている内容を確認すると同時、俺は所定の位置に移動し、”神足”を発動させながらラスダンがある方向へ振り向き、地面を強く踏み締めた。
風が渦巻く。
両脚に淡い緑の光が帯びる。
『お、来るぞ!』
『主の精度はいかほどなものか……?』
「これあんま得意じゃねんだけどな……」
アクションスキル神足——本来はチャージをすることで一時的にダッシュ速度を上昇させるだけのスキルだが、スキルレベルを上昇させていく毎に二段ジャンプやらファストトラベルやらも使えるようになる。
だが、このスキルの真骨頂は、チャージダッシュを不発に終わらせた時の挙動にある。
チャージが完了する寸前に合わせて地面をガッチリと踏み締めスキル発動をキャンセルし、無理矢理不発に終わらせると、本来出るはずだった初速の加速分が保存されるようになっている。
成功すれば風が渦巻くようなエフェクトが発生し、両脚が淡く緑に光る。
この際、脚が勝手に前に踏み出そうとするが、足裏は地面から離してはいけない。
保存した速度が消える事になる。
「ぐっ……!」
同じ極同士で反発し合う磁石のように、脚が勝手に地面を蹴ろうとする。
必死に堪えながら俺は、次の神足発動の為のチャージを始める。
キャンセルが遅いと完全に発動するし、早いと保存ができない。
完璧なタイミングでスキルキャンセルを行わなければらなない。
だが、本当に厄介なのは溜めた速度を解放した後だ。
「——っし、行くぞ!」
踏ん張りを効かせながら、スキル不発を繰り返すこと十三回。
やや斜め上方向に向かって地面を蹴れば——刹那、俺の身体は高速で上空を駆け抜けていた。
『さて、ここからどうなる……!?』
『飛んだーーーー!!!???』
『十三回チャージは草。というかさ、ガチでなんでこれほどの実力者が今まで無名だったの?』
そりゃ今までずっと真っ黒サムネと日付タイトルだったからだな。
逆にモナカとかが俺のチャンネルを見つけられたかが疑問なくらいだ。
まあ、それはともかくとして。
今、飛んだってコメントした奴は多分、JINMU RTAに関してそんなに詳しくない人だろうな。
今の状態は確かに飛んではいるが、空を駆けているのではなく、あくまでただ有り余る加速度で吹っ飛んでいるに過ぎない。
つまり、一度地面を離れてしまった以上、俺に行動の自由はなく、
「ちゃんと着地できる所に落ちてくれよ……!!」
ある程度のセットアップは確立されているものの、未だに完全な制御方法が発見されていない以上、ここに関してはお祈りポイントとなっていた。
途中、障害物に激突したら壁の染み。
勢いを殺せないまま地面に落ちれば、落下ダメージで身体は四散。
「うおおおおおっ!!?」
数十秒に渡る飛行の末、俺が落ちたのはラスダンの中——テンゲンノマガツヌシが眠る天の岩戸を囲む小さな湖。
その水辺付近の水中に突っ込むことで、どうにかデスすることなく移動を終えることが出来た。
「はぁ……はぁ……マジで心臓に悪い。緊張した……!」
ほんの僅かに跳ぶ調整をミスるだけで、即死に繋がる滅茶苦茶リスキーな移動方法だからな、これ。
『お見事!』
『主、神足グリッチの精度高えな』
『やべえ、Syu-Ta並みに飛ぶの上手えwww』
「今回は運が良かっただけだ」
湖に落ちること自体は慣れれば高確立で出来るが、水辺付近に狙って落ちるのは至難の技だ。
今コメントにも名前が出ていたが、これを一番上手くできるのはSyu-Taだ。
鹿登りで生まれたタイム差をかなり詰める程の精度の高さを誇り、これが出来たからこそヒーローから二位の座を奪還することに成功していた。
湖から上がり、俺は一目散に岩穴の中へと突っ込んでいく。
テンゲンノマガツヌシはこの先にいるが、その前に短めのダンジョンを攻略する必要がある。
「今回はちょっと寄り道する。今のままじゃ攻撃力が足りねえ」
火力アップアイテムを拾い集めながら奥へと進むのだが、武器ガバしたせいで攻撃力が低くなっているから、普段より余分にアイテムを拾う必要がある。
ロスとしては二十秒あるかないか……残念ながら、鹿登り成功で獲得したアドはここで消える事になる。
「ちっ……でも、やらかしたもんは仕方ねえか」
神足を発動させながら洞窟内を全速力で駆け抜け、時に壁走りなどを駆使して雑魚敵との戦闘は全て回避する。
途中アイテムを拾い集め、物によっては即座に使用しながら奥へ進んで行き、タイマーが十分を回ろうとした時、ようやく洞窟を抜け、開けた空間に出た。
そこには真っ白な地面が広がっていた。
——空が明るい。
だけど、頭上は一面の黒。
その中で皆既日食のように、縁だけが白い輝きを放つ漆黒の太陽。
そして、眼前で座禅を組んでいるのは、白と金の法衣に身を包んだ人の形をした白い怪物。
「よう、一週間振りだな。——マガツ」
神足のチャージを始めながら、俺は一歩踏み出す。
怪物は白い瞳を開き、口を開く。
「誰の赦しを得て、そこに立つ? 我はテンゲンノマガツヌシ——新たなる理を敷く創造主なるぞ」
瞬間——視界を膨大な黒の極光が覆い尽くした。
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上空から無理矢理吹っ飛んでラスダンの奥までショートカットしています。
主人公が配信前に練習していたのは、この神足グリッチですね。実践レベルで使えるようになるまでかなりの慣れが必要なので、多くの走者はここで躓きます。
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