JINMU Any%盾チャート -2-

 洞窟を抜け出たところで一度タイマーを確認する。


 二分オーバー……いつもだったら足切りだな。

 いや、そもそも装備ガバった時点でリセ確定なんだけど。


(けど——)


 『盾殴りつっよ』

 『盾だけでこのタイムって頭イカれてらあ^^』

 『流石Monica♪が推すだけの実力はあるな』


 そこそこウケは良いみたいだし続行でいいか。


 洞窟の外を真っ直ぐ進むと小高い丘があって、そこからラスダン含めた広大なワールドを一望することができるが、タイム短縮には関係ないので立ち寄らずに次の目的地に向かってダッシュを再開する。


 洞窟を脱出したら次にやるのは、ラスダンに突入するための下準備だ。

 ここから真面目にラスダンのある地点まで移動しようとすれば、それだけで三十分近くを費やすことになる。


 だったら、どうすればいいか?

 答えは簡単だ——グリッチで高速移動すればいい。


 どんなに精巧に作られているゲームであっても、少なからず想定外の挙動は生まれるもの。

 JINMUもその例外ではない。


 逆に未だにグリッチらしきものが発見されていないアルクエが異常なくらいだ。


(……いや、ボスフロアの障壁の駆け上がりは、どっちかと言うとグリッチ寄りではあるか?)


 まあ、それは置いとくとして。


 高速移動バグの為には、とあるアクションスキルが必要になる。

 今はそいつを習得するフェーズとなっている。


 目的のスキルを習得できるのは、この先を進んだところにある岩山の頂上。

 そこに居るNPCから伝授してもらう必要がある。


「さてと……」


 ここからがJINMU走者の腕の見せ所だ。

 まずは、嗜みその一……、


「——崖上がり!」


 全速力の助走をつけ、目の前にある十五メートル近い高さの反り立つ断崖を駆け上がる。

 岩肌の僅かなの窪みに足を引っ掛け、トップスピードを落とさずに最適解のルートを辿る。


「……っと!」


 最後に崖の先端に手をかけて登り切れば、ショートカット完了だ。


(よし、一発成功……! 腕は鈍ってねえな)


 レコードを狙うなら、ここの崖上がりは絶対に一回で通さないといけない。

 というより、ここから先のショートカットも全部一発で通さなきゃならねえんだけど。


 ——それが上位四人に届く為のスタートラインだからな。


 崖を登ったら、一度呼吸を整えてスタミナ回復してから奥にある岩山に向かって駆け出す。

 高さはおよそ七十メートル……途中の足場を上手く利用しながら一気に頂上まで上り詰める。


「まずは……もう一度駆け上がり!」


 スタミナ枯渇ギリギリまで壁面を駆け、一つ目の足場に飛び移る。

 一旦、最低限のスタミナを確保してから、次はJINMU走者の嗜みその二——、


「壁走り!」


 助走無しの壁走り。

 斜め上方向に駆け上がりつつ、近場の足場へと移る。


 長年の研究によって頂上に登るまでのルートは最適化されている。

 ここをどれだけロス無く実行できるかがタイムに大きく影響してくる。


 理想は登頂完了時点で四分四十秒以内——じゃなきゃ足切りでリセットだ。

 初手でガバったから既にラップは遅れを出してしまっているが……、


「捲れるか……!?」


 ——じゃねえ!

 捲ってやるくらいの勢いでやるんだよ!


「だったら攻めるしかねえよな! なら——やってやるよ、鹿!」


 確かに岩山高速登頂のルートは最適化されている。

 だがそれは理論値的な最速ルートではなく、安定した再現性があることも考慮されたものとなっている。


 例えば、今いる場所から十メートルくらい真上には違う足場があるが、そこに行くには壁走りで違う足場を経由する必要がある。

 助走無しの垂直壁駆けは落下のリスクが大きいからだ。


 だけど、直で真上の足場に行くのが無理かというとそうではない。

 無駄なスタミナ消費と減速を抑えた完璧な歩法が出来さえすれば、ちゃんと届くようになっている。


 というか極論を言ってしまうと、最速で登頂を終わらせるのであれば、最初から最後まで一直線に駆け上がるのが一番だ。

 実際、過去にMr.DeerがWRを出した時は、俺がこれからやろうとする方法で登り切ってみせた。


 『マジで!?』

 『え、鹿専用ルートやんの!?』

 『いやいや流石にそれは無謀だろwww』

 『よすんだ、主。放送事故になるぞwwwwww』


 ちらりとコメント欄に視線をやれば、ざわついていることに気づく。

 まあ、それも当然か。


 ちょっとでもミスれば、安定ルートよりも余裕で遅くなるしな。


 現状、このルートでちゃんと登ることができるのはMr.Deerただ一人。

 故に鹿Deer登りなんて呼ばれている。


 無謀なのは分かっている。

 けど、今回の走りはもう既に破綻しているんだ。

 完全にぐだっぐだになることを覚悟で挑戦するのも一興というものだろう。


(それに……多分、今の俺になら出来る気がする)


 確信はない。

 だけど、根拠の無い自信がどこからか湧いて出てきていた。


 ——きっと、100%カテゴリを経験したからだろうな。


 思う。


 あれのおかげで移動に関するプレイヤースキルはアホほど鍛えられた。

 それこそ、Mr.Deerにだって負けない位にな。


「——っしゃあ、行くぞ!」


 意を決し、俺は九十度近い斜面を駆け上がる。

 余分な動作は全て削ぎ落とし、意識を全て足先へと集中させる。


 岩肌への接触は最小限に留め、且つ最大限の加速を繰り出す。


 一瞬でゼロからトップスピードに乗せ、岩肌を強く蹴り上へと登っていく。

 そして、スタミナ枯渇寸前でどうにかギリギリ足場を掴むことに成功する。


「……っし!」


 空いている手で強く拳を握り締める。


 だが、安心するにはまだ早い。

 何せまだ一回成功しただけ……頂上に辿り着くまで連続で成功させなければ意味がない。


 その数、計五回——だからこそ、未だ成功者がMr.Deerしかいないのだ。


(けど……今ので感覚は掴めた!)


 自信が確信に変わる。


「——いける!」


 スタミナの回復が完了次第、二度目の垂直駆け上がりを敢行する。

 それから三度、四度と同じことを繰り返し、ラスト五度目の駆け上がりを成功させたところで、ようやく山頂まで登り詰める。


「っらぁ!! 届いたぞ!!」


 すぐさまラップを確認する。


 ——四分二十二秒。

 出遅れた分を取り返すどころか、自己ベストのラップすら捲っていた。


(凄えな、Deerルート……成功するとこんだけタイム短縮できるのかよ……!)


 ニヤリと唇が釣り上がる。


 ——これならガチで四天王アイツらに迫るタイム出せんじゃねえか……?


 ちょっとだけ期待で胸が高鳴った。




————————————

ロッククライミングだけで一話……()


七十メートルほぼ垂直駆け上がりルート(通称:鹿登り)は、戦闘とはまた違う超絶キャラコン精度が要求されますが、成功すれば安定ルートよりもかなりタイムを捲れます。

現状、難易度の高さからこのルートを採用しているのはMr.Deer一人だけですが、安定ルートからこちらに変更するプレイヤーもちらほら出てき始めています。

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