呪われた者と呪われぬ者の相違点

 シスターNPCに紹介状を見せてからしばらくして。

 祭壇近くで司教を待っていると、司祭服姿のNPCが俺らの元へやって来た。

 銀縁の眼鏡をかけた、痩せぎすな壮年の男だった。


「——貴方がハンスの紹介状を持った探索者で合っていますか?」

「ああ。そう言うアンタはこの大聖堂の司教で合ってるか?」

「ええ、エリックと言います」


 柔らかい物腰で一礼する司教エリック。

 だが、俺を見直した途端、いきなり顔が強張った。


「……失礼。つかぬことを伺いたいのですが、最近、災禍——と呼ばれる魔物と遭遇した経験はありませんか?」

「……っ!?」


 ——早速、気づいたか。

 流石、司教といったところか。


「ある。三日前に、俺とそこにいるシラユキが」

「……! やはり、そうでしたか。貴方から顕在化した獣の呪いを感じたのは気のせいではなかったか」


 エリックは険しい表情を浮かべ、眼鏡のつる辺りに指先を当て位置を直す。

 どうでもいいけどNPCも眼鏡クイッってすんのな。


「ビアノスの神父もなんか感じ取ってたけど、聖職者ってのはそういうの分かるもんなのか?」

「全員というわけではないですが。それと、私を始めとした司教に身を置く者であれば、獣の呪いを祓う術も持ち合わせています」

「じゃあ……獣呪は」

「ですが、私どもで祓えるのは、まだ表層化していない呪いのみ。一度発症してしまった獣の呪いについては、荒ぶらぬよう鎮めるのが限界です」


 なるほどな、そう上手くはいかねえってことか。


 けど、そんなところだろうって予想はついていた。

 フレーバーテキストにも祓えないって書かれてたしな。


 落胆はなかった。


「聖女の御業であれば、もしかすれば解呪も可能かもしれませんが、次にクレオーノにお越しになるのがいつ頃になるか……」

「まあ、それはいいよ。別に呪いを祓ってもらいに来たわけじゃねえし」

「はあ……では、何故ここへ?」

「聖女様が作った回復薬を買うことが出来ないか確認しに来たんだ」


 獣呪の解呪の可否も目的の一つだったが、どっちかというと本命はこっちだ。


 獣呪すら解除できる俺の中では至高の回復アイテム——聖女の聖霊水。

 その廉価版でもいいから入手可能になれば、呪獣転侵が暴発した時の保険にもなるし、ここ一番の勝負所で呪獣転侵を意図して発動させることもできるようになる。


 とはいえ、こっちもどうだか怪しいところではあるけど。


 ライトが聖女の聖霊水を購入した場所は、聖女様が暮らしているっていうキンルクエだ。

 わざわざ遠く離れた場所まで運搬するだろうか、と疑問に感じている。


 案の定、エリックはばつが悪そうに、


「……すみません。聖女自らがお作りになられた霊薬は、生産できる数に限りがある関係上、キンルクエでしか販売していないのです」

「あー……やっぱそうか」

「折角、足を運んでいただいたのに、お力に添えることが出来ず申し訳ありません」

「いや、こっちこそ無理を言ったな。悪かった」


 となると……安定して供給を得るには、キンルクエに到達するのが必須になるってことか。

 この感じだと、呪獣転侵の暴発問題はまだ解決できそうにないな。


 やっぱ一朝一夕ってわけにはいかねえか。


「……と、そうだった。もう一つだけ訊きたいことがあるんだけどいいか?」

「はい、なんなりと」

「俺には獣呪が宿っていたみたいだけど、シラユキはどうなってる?」


 シラユキを一瞥しながら俺はエリックに訊ねた。


 初めてネロデウスに遭遇した時も、ネクテージ渓谷のボスフロアで襲撃を喰らった時も俺とシラユキは共に行動を取っていた。

 だが、獣呪が発症したのは俺だけ——それどころか、ビアノスの神父はシラユキに対して特にこれといった反応を示していなかった。


 ということは、だ。

 ビアノスに到達した時点で、既に何かしらの違いが生まれていたと考えるべきだ。


 フラグか、それか……マスクデータか。

 何にせよ、俺とシラユキに違いがあるのは確かだ。


「ふむ……そうですね。すみません、少し拝見させて貰っても?」

「は、はい。お構いなく」


 了承を得た後、エリックはシラユキを見つめる。

 眉間に皺を寄せ、頭のてっぺんから爪先まで一通りゆっくりと見定めた後、頭を振って言う。


「——彼女からは何も感じませんね。獣の呪いの残滓すらも」

「ってことは、シラユキが獣呪を発症することは」

「この状態であれば、可能性は限りなくゼロに近いでしょう」

「……そうか」


 思わず、安堵で大きく息を吐き出す。


「はー……良かった」

「もう、なんでジンくんの方が安心してるの」

「当然だろ。ずっと抱えてた悩みの種が一つ消えたんだから」


 答えると「あ……」とシラユキの声が漏れた。


「——ん、どうかしたか?」

「ううん、なんでもないよ……! なんでもないから……!!」


 顔を赤くしながら、シラユキは両手をブンブンと振る。


「……?」


 ま、いいか。

 なんか朧とチョコから温かい視線を向けられてるような気がするけど。


 しかし、エリックは神妙な面持ちを崩さないでいた。

 また指先で眼鏡の位置を直しながら、何か考え込んでいるようだった。


「ん、何か気になることでも?」

「……いえ、大したことではないのです。ただ……不自然だな、と」

「不自然って何が」

「獣の呪いが欠片も残っていないことです。普通、災禍に遭遇したのであれば、体内に呪いの残滓が残ります。とはいっても、それだけでは発症するに至らない程度の微量なものなのですが……。しかし、彼女からはそれすらも一切感じないのです」

「つまり……どういうことだ?」

「彼女には獣の呪いに対してを持ち合わせているということです」


(……マジ?)


 シラユキと顔を見合わせる。

 告げられた当の本人は、何のことやらと首を傾げていた。


 まあ、そうなるよな。

 俺がシラユキの立場だとしても同じような反応を取る。


「それどころか、彼女からはまるで——いや、しかし……」


 エリックが思考を回しながら呟いていた時だ。


「司教様!」


 さっき俺たちを案内してくれたシスターが、慌ただしい様子で駆け寄ってきた。


「どうかしましたか?」

「地下道の魔物達が活発化したとの報告が……!」


 報告を受けるや否や、エリックは血相を変え、シスターに指示を出す。


「なんと……!? すぐに聖水の用意と各区にいる司祭達に招集の連絡を! それと、戦えるものは準備を整え次第、私と共に地下道へ。出口付近で待ち構えて地上への進出を食い止めます!」

「はい、分かりました!」


 シスターはすぐさま走り去って行く。


(地下道、魔物……これはもしかしなくても——)


「すみません。話の途中ですが、緊急事態が発生してしまったので……」

「なあ、俺らも力を貸そうか?」

「あの、私たちに手伝えることはありませんか?」


 シラユキと声が揃った。

 もう一度、シラユキと顔を見合わせる。


 なんか前にも似たようなことがあったな。


 ついフッと笑みが溢れる。


「……気持ちはありがたいですが、関係ないあなた方を巻き込む訳には——」

「今から戦力を整えるにも時間が要るだろ。それまで魔物が大人しく待ってくれる保証もないし、戦力は一人でも多い方がいいだろ」

「……では、助力をお願いしてもよろしいですか?」

「はい、任せてください!」


 シラユキは力強く頷いてみせる。


「と、そうだ。朧とチョコはどうする? 無理に付き合わなくても大丈夫だけど」

「僕も一緒に行くよ。ここまで来て見て見ぬふりするってわけにもいかないしね」

「ちぃもです。ここでちぃがえいやと一肌脱いで、見事に皆さんのお役に立ってみせましょう」

「……感謝します。では、地下へ案内しますので付いてきてください」




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[クエスト『地下道の魔物退治』を受注しました]


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もしここで聖女様関連のアイテムを売られていたとしても、金銭的な問題でどのみち買えなかったという悲しき事実があったりなかったり。

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