取られるは背後、見抜かれるは真相

「やあやあ、ユキりんとぬしっち! 途中までだけど配信見てたよー! 色々良くなってんねー☆」


 開口一番、モナカに親指を立てられたのは、クレオーノ中央区にあるこじんまりとしたNPCが経営するカフェ”ラルカンシエル”。

 待ち合わせに指定された場所には、既に他の三人の姿もあった。


「見てくれてたのか。だろ? ようやく重い腰を上げてサムネとタイトルもちゃんと付けるようにしたおかげか、見てくれる人も増えたしな」

「うんうん、あたしも先達……じゃなくて古参リスナーとして鼻が高い限りだよ。でもぬしっちさー、配信するにしても他の無かったの?」

「あるにはあるけど、久々にRTAするからそのリハビリも兼ねてたし、蹴り技の練習にはアレがもってこいだったんだよ」


 とはいえ、リスナーを増やす目的であれば、あんなHopeofDawnじゃなくてメジャーなタイトルにした方がいいのは確かだ。

 クソゲー界隈内に限れば割とメジャーなんだけど、大衆観点からすれば普通にキワモノの部類だからな。


「ジンム、お前……一体何のゲームを配信したんだ?」

「Hope of Dawn」

「うっわー……それ、クソゲーで一時期バズったやつじゃん。なんでそんなのをジンムが持ってるのさ? あれ、買うにしてもプレミアついて凄い価格じゃなかった?」

「バズる直前にうちの親父が中古屋で発掘してきたんだよ。その時はワンコインもしなかったらしいぞ」


 本当、物の価値っていつ跳ね上がるか分かったもんじゃねえよな。


 怪訝そうに眉を顰めるライトとひだりを見ながら密かに思う。


「——ほうほう、なるほど。ジンムさんは”ぬしっち”さんで配信者だったんですか」

「こう見えて実はそうなんだよ。とは言ってもも、チャンネル登録者数が二十人いかないくらいのまだまだ駆け出しのひよっこなんだけどね〜」

「二十一人だ。間違えるな」


 いや、今日の配信で二人増えたから二十三人か。

 まあどっちでもいいや。

 大事なのは、二十人はちゃんと超えてることであって……って、ん?


 ふと、異変に気づく。


(おい、今のゆったりとした口調って——)


 同時にモナカが訊ねてくる。


「ところでぬしっちとユキりんや。二人の後ろにいる子は……?」

「後ろって……うおっ!?」

「後ろ……きゃっ!?」


 振り返って、シラユキと声が重なった。


 そこにいたのは、栗色のショートヘア。

 少し前に冒険者ギルドの前でナンパに遭っていた小柄な少女——チョコだった。


「おまっ、なんでここに……っ!?」


 ナンパ男がいなくなってからもちょっとだけ会話はしたが、あの場ですぐに別れたはずだ。


「それはですね。お二人から面白そうな雰囲気を感じ取ったので、ついて来ちゃいました」

「マジかよ。……全く気がつかなかった」

「うん、私も……ずっと、気づかなくてごめんね」

「通りでお二人とも話しかけてくれなかったのですね。しょんぼりなちぃなのであった……」

「それはマジで悪かった……」


 チョコの影が薄いってわけではない。

 寧ろ視界に入れた時の印象は強い方だ。


 なのにも関わらず、ここに来るまでに一度も気づけなかったのは、チョコが纏っているほわほわとした雰囲気が関係しているのかもしれない。


「って、そうじゃねえ。ついて来たところ悪いが、チョコ。一度席を外してくれないか? これからクランのことで大事な話をしなきゃならねえんだ」

「そうなのですか……更にしょんぼりなのです」


 がっくしと肩を落とすチョコ。


 気づかないままここまで来させた俺らも悪いが、だからってクランの話し合いに参加させるわけにもいかねえからなあ。


「むむむぅ……残念です。折角、昨日の見かけた方々にお会いできたと思ったのに」

「……昨日? どこで」

「前のエリアのボスフロアです」


 瞬間、嫌な予感が脳裏を過った。

 自然と兄妹とモナカと視線が合う。


「シラユキ。ちょっとチョコの相手を頼む」

「え? う、うん」


 シラユキと朧、それとチョコを残して店の奥に行くと、視線を合わせた三人が示し合わせたように席を立ち、俺に付いてくる。

 それから少し離れた位置に移動したところで、四人で円陣を組み小声で、


「……なあ、これもしかして見抜かれてる?」

「いやいや、ないでしょ。だってアタシら全員名無しの外套でPN隠してたんだよ」

「そうだな。それに外套で姿も殆ども隠れていたはずだ」

「けどそれにしては、確信めいた言い方してたよね。あのちぃちゃんって子」


 普通に考えればバレるはずがない。

 戦闘内容は一部を除いて終始見られていなかったわけだし、そもそもあの時、俺らと兄妹で別行動を取っていたから、仮に見られていたとしても人数の帳尻が合わないはずだ。


 しかし、だ。

 モナカの言う通り、チョコは何かしらの根拠を持ってさっきの発言をしたと思われる。


(これは、もう少し話を聞いてみる必要があるか)


 一旦、シラユキたちの元へ戻る。

 丁度そのタイミングで、シラユキがチョコに対して質問を投げかけていた。


「ねえ、ちぃちゃん。どうして私たちを渓谷のボスフロアで見たと思ったの?」

「むむ、いい質問ですね、シラユキさん。ちぃがそう思ったのには幾つか理由があります。まずはジンムさんです」

「ジンくんが?」

「はい。遠目からなので自信はありませんが、右腰に差した剣、右手に装備した盾、それと黒いマントの下からちょっとだけ見えた豹柄らしきブーツ。それらがジンムさんの特徴と一致してるのです。これがちぃがそう思った理由一つ目です」


 うっわ、マジか。

 そこから情報拾うのかよ。


 チョコの観察力の高さに思わず息を呑む。


「二つ目が”ぬしっち”という言葉です。あそこにいる可愛らしいピンクのネコ耳さんが口にしていたぬしっち……ボスフロアに入ってすぐにちょっとだけ聞こえました。それに声もなんだか似てるのもあります」


 そこからも情報拾うのか……!

 いやまあ、確かに配信者だけあってモナカの声ってよく通るけどさ。

 だからってあの喧騒の中、聞き取れるか……!?


 シラユキと朧も声にこそ出していないが、驚愕で瞳を大きく見開いている。


「そして、三つ目があのお顔立ちがよく似たあのお二人です」


 ライトとひだりにちらりと視線を投げながらチョコは言った。


「実はですね。昨日、あの黒い竜さんがいなくなった後、すぐにちぃと何人かのプレイヤーさんでボスさんを倒したのですが、そのすぐ後にまた新しく出てきたボスさんを倒そうとする二人のプレイヤーさんが現れたのです。そして、その方たちの見た目がお二人によく似ていたのです」


 褐色の肌、亜麻色の髪。

 それと二人の背丈。


「一瞬だけですが、間近で見たのでこっちは自信があります。むふん。それに、皆さんお揃いの黒いマントを着てた所を見るに、六人組だと考えれば辻褄が合うのです。以上がちぃの考えなのですが、どうでしょうか……合ってますか?」


 ——天井を仰ぐ。

 急いで三人の所へ戻って、告げる。


「……おい、バレてるぞ。ガチで」

「うっそー!」

「ひだり、声がデカい。……念の為、確認するが、勘違いじゃないのか?」


 ライトの問いに頭を振る。


「残念ながらそうじゃなさそうだ。俺の装備、モナカの声、それとお前ら二人の僅かな外見の特徴から推察して当ててやがる」

「んにゃぁ!? え、ホントに言ってる!?」

「ああ。マジもマジ、大マジだ。正直、ちょっと慧眼過ぎて軽くビビってるよ。……まあそれはいいとして、つまりだ」


 ここで一度、言葉を切って、


「——このままあいつを野放しにするのは、マズくねえか?」


 知らない、勘違いだと突っぱねて、しらを切る通すのは簡単だ。

 だが、全員のプレイヤーネームが知られてしまった状態でチョコを放置すれば、チョコから他のプレイヤーに情報が漏れる可能性が大だ。


 俺らが悪樓を倒したことはいずれバレるかもしれないが、そのタイミングは少なくとも今じゃない。

 ならば——、


「俺とシラユキが持ち込んだ種だから、俺がこれを提案をするのは申し訳ないんだけどよ……チョコをクランに引き入れないか?」




————————————

悪樓撃破直後、ジンムと入れ違いでボスフロアに突入した二人のプレイヤーは、しがないとチョコでした。

その他の現地組がボスフロアに入る頃には、もう既に撤収が完了していたので、実際に見て確かめられたのはこの二人だけです。

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