雄飛する新参 -10-

「っしゃオラァ!! 決まったあああっ!!」


 自由落下が始まると同時に、俺は一度聖黒銀の槍を手放し、インベントリから聖女の聖霊水を取り出す。

 出来れば自滅ギリギリまで使うのは粘りたかったが、このまま地面にぶつかれば、きっと落下ダメで死んでしまうからそんなことも言ってらんねえ。


 気づけば、残りの最大HPがもう四分の一を下回っている。

 獣呪による耐久バフ込みでHPを全快にしていたとしても耐えられないだろう。


 それに俺が獣呪が解除することで危惧していたのは、悪樓に上空を飛び回られて俺が攻撃に参加できなくなることだ。

 地上に落としてしまえば、もうその心配をする必要もない。


 手早く聖女の聖霊水を飲み干すと、たちまち全身を覆っていた漆黒の煙が消え始め、呪獣転侵を発動した直後からあった特有の痺れも無くなっていく。

 同時に消失していた部分が一気に最大まで復活し、HPも最大まで回復した。


 どうやら聖女の聖霊水は、獣呪にもちゃんと有効だったらしい。


(……これはこのアイテムを作ってくれた聖女様と、こいつをくれたライトには改めて今度ちゃんと礼をしなきゃだな)


 でもまずは、こいつを片付けてからか。

 俺は悪樓の喉元に突き刺さったままの聖黒銀の槍をもう一度手に取り、今度は両手で強く握り締める。


 落下する際に体勢を崩してひっくり返ったようで、現状悪樓は背中が地面に向いている形になっていた。


 これなら地面に衝突しても悪樓がクッションになりつつ、逃しきれなかった衝撃も聖黒銀の槍が引き受けてくれるはずだ。


「――ついでにそのままくたばれ!!!」


 聖黒銀の槍に全体重を預けてから数瞬、猛烈な勢いで悪樓の背中が地面と激突する。

 その衝撃で辺りに地響きのような轟音を一帯に響かせる。

 ついでに聖黒銀の槍は悪樓の頸部ごと貫通し、地中へと深々と突き刺さってみせた。


 読み通り、悪樓と聖黒銀の槍が落下の衝撃を引き受けてくれたが、ギリ三割に届くか程度の落下ダメージは発生していた。

 ということは、獣呪を続いていたのなら、今ので自滅していたと思われる。


 生存したことにほっと一息つくも、すぐにあることに気づく。


(……バトルリザルトが出現してねえ)


 ついでに悪樓に消滅エフェクトも発生していない。

 つまり、まだ悪樓の撃破には至っていないということだ。


「おいおい……こんだけやってもまだ死なねえとか、タフにも程があんだろうが……!」


 仮にも喉元を貫通してんだぞ。

 普通、こんなになったら絶命するだろ。


 単純に悪樓の生命力が凄まじいだけなのか、それともHPさえ残っていれば致命傷でも生きてられる仕様になっているのか。


「どっちだっていい! 死なねえってなら、更に畳み掛けるだけだ!」


 落下の衝撃がダウン判定になったからか、悪樓は身悶えるだけでまだ起き上がる様子はない。

 図らずも一方的に攻撃出来るチャンスが訪れていた。


 すぐさま追撃を仕掛けようと、聖黒銀の槍を引き抜こうとして、


「——ジンくん、避けて!」


 シラユキが声を張り上げる。

 振り向くと、リリジャス・レイによる光の奔流が今まさに放たれようとしていた。


(射線上に入っちまってたか——!)


 槍を引き抜くのは諦め、咄嗟に飛び退く。


「リリジャス・レイ!」


 直後、眼前を極光が通り過ぎ、悪樓の頭を飲み込んだ。


「フゥーッ! やっぱ、えげつねえ威力してんなあ!」


 正直、今のはガチで肝が冷えたぞ。

 当たってたら冗談抜きでヤバかっただろうな。


 内心冷や汗をかきつつ、俺はボスフロアの端に向かって駆け出す。

 悪樓に飛び乗る際に落とした雷牙の剣を回収する為だ。


 シラユキの術を避ける直前、聖黒銀の槍を手にかけはしたのだが、地面に深く突き刺さり過ぎたせいかガッチリと固定されてしまっていた。


 多分、あれを動かすには両手でしっかりと体重をかけてやる必要がある。

 だが、そんな悠長に抜いていられる余裕がねえ。


 何故なら……まだ俺のタゲ集中の効果は続いている。


 雷牙の剣がある位置まで最短距離でフロアを駆け抜けていると、水柱から水弾が次々と放たれる。

 当然、狙いは俺……七発放たれたうちの六発が襲いかかってきた。


 これ全部捌きながら、秒で槍を引き抜けとか無理だろ。

 だったら多少手間だとしても、雷牙の剣を取ってきた方が確実に手っ取り早い。


 いや……もしかしたらメニューウィンドウを操作すれば、突き刺さった状態から直接インベントリに収納できるかもしれない気がしてきた。

 まあでも、もう行動に移してしまったからには最後までこれで行くけど。


 最小限の回避行動とジャストガードで水弾を凌ぎ、フロアの端へと辿り着く。

 地面に転がっている雷牙の剣を拾い上げ、速攻で切り返す。

 強く地面を蹴り、未だにひっくり返ったままの悪樓へと全速力で距離を詰める。


 その間にも、俺以外の三人の攻撃は続いていた。


「——リリジャス・レイ!」


 荒ぶる光の奔流が悪樓の胴体を穿つ。


「まだ、まだ……!」


 投げ放たれた朱く光る刃が、悪樓の腹部を広範囲に渡って切り裂く。


「みんなドンドンかましてけー☆ ぬしっちもゴーゴー!!」


 幾つかのアーツを交えながら絶え間なく発射される矢が、悪樓の脳天、心臓といった急所であろう箇所を精密に、冷酷に撃ち抜く。


 俺は、それらの攻撃に巻き込まれないようにしながら悪樓の懐に潜り込む。

 放つのはジャンプスラッシュ——これで心臓付近に近づきながら斬撃を浴びせる。


「今度こそ……」


 更にもう一歩踏み込みながら、トリプルスラッシャーを繰り出す。

 発動後、すぐに悪樓の上に登り、剣を逆手に持ち変える。


「これで——」


 最後に飛び上がって勢いをつけてから、雷牙の剣を悪樓の心臓に突き立てた。


「――終いだああああああっ!!!」


 剣の切先が悪樓に触れた瞬間、バチバチと音を立てて電撃のエフェクトが走る。

 体内へと突き刺さった直後、悪樓の巨体が一度だけ大きく跳ねた。




「グ、ガ……ッ」




 苦痛からか咆哮を上げるものの、逆鱗ごと喉を潰されたからだろう。

 最初の頃のような轟音は完全に鳴りを潜め、黒いオーラが込められた衝撃波が放たれることも無かった。


 剣を引き抜いてから間もなくして、悪樓の動きが静かに止まる。

 川面に立ち上がる八つの水柱は崩れ去り、悪樓の身体は徐々に光の粒子と霧散していく。


 そして、目の前には遂に、勝利を知らせるバトルリザルトが表示されるのだった。




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【RESULT】

 EXP 25960

 GAL 19600

 TIME 22’58”74

 DROP ”黒竜魚の鱗×8”、”黒竜魚の甲殻×5”、”黒竜魚の爪×4”、”黒竜魚の牙×4”、”黒竜魚の角×2”、”黒竜魚の尻尾”、”黒竜魚の逆鱗”、”呪獣の竜核”


【EX RESULT】

称号【渓谷の怪物を打ち倒し者】を獲得しました。

称号【黒の獣呪を克服せし者】を獲得しました。


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悪樓あくる

 ネクテージ渓谷に棲息するエリアボス”壊邪理水魚”が黒の獣の呪いによって変質した姿。

 呪いによってそのまま息絶えるはずだったのだが、呪いを克服したことによって、呪いの力の掌握と巨大化を引き起こした。とはいえ、本来あったはずの生命力を代償に得た力であるので、寿命は僅かしか残されていない。加えて、悪樓になったことで理性は失われ、破壊衝動のままに暴れるだけの存在となっている為、実質的には既に死んでしまっている。

 第一形態は壊邪理水魚の頃の面影を色濃く残しているが、これはあくまで第二形態に姿を変えるまでの鎧のようなもの。本体は体内で力を蓄えながら脱皮の瞬間に備えている。

 第二形態に移行する際には、周囲を巻き込んだ黒いオーラの大爆発を引き起こす。これは中にいる本体が外殻を突き破る為の準備行動であって、別に悪樓に攻撃の意図はない。しかし、周辺にいる生物が巻き込まれた場合、その衝撃によって絶命するほどの威力を有している。形態変化に伴い種族が水棲種から竜種に変質する。翼が無くとも空が飛べるのは竜種特有の能力の為だが、その原理は明らかになっていない。


半ば無理ゲーと化した悪樓レイドでしたが、実は救済措置は存在します。

発生から一定期間(1週間〜10日前後)が経過することで寿命を迎えて勝手に絶命する為、プレイヤーが完全に手詰まりとなったとしても大丈夫だったりします。

ただし、その際には第二形態となった悪樓がビアノスに襲来し、破壊の限りを尽くしてから絶命するイベントが発生するので、当分の間、街の施設の殆どが使い物にならなくなります。仮にそうなったらそうなったで街の復興イベントが始まりますが、まあ討伐した方が良いです。

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