動乱の幕開け-1-

 悪樓が完全に消滅した後、地面に突き刺さったままの聖黒銀の槍を回収する。


 予想していた通り、ウィンドウ操作で直接インベントリに収納できたが、剣で戦うプランも間違いではなかったと思う。

 ……多分、だけどな。


 それはそうと、戦闘こそ終わったが、まだ俺らにはやるべきことが残っている。

 速やかな撤収だ。


「ぬしっち、ハリハリー!」

「ああ、今行く! ……クッソ、最後の最後に全力ダッシュとかキツいな、おい!」


 戦闘が終わったことで、ボスフロアを覆っていた障壁が消滅していた。


 ボスフロアの入り口付近では、ひだりが張ったであろう黒い煙幕が広がっているからか、まだ外にいる連中には気付かれていないが、それも時間の問題だ。

 そうなれば一斉にボスフロアの中にプレイヤー達が押し寄せてくるだろう。


 一応、ライトから貰ったアクセサリは装備したままだからPNがバレる心配はないが、だからと言って安易に姿を晒しても大丈夫というわけでもない。

 下手に連中に情報を与えないよう、早々にこの場を立ち去るのが正解だ。


 というか、戦ってる時は気にしてなかったけど、煙の効果時間長くねえか?

 悪樓と戦い始めた時からあったから、かれこれもう二十分以上残り続けているぞ。


 ま、理由は後でひだりに訊けばいいか。

 それよりもまずはこの場を離れないと、だよな。


 もう既に他の三人は、エリアの出口に向かって走り出していた。

 俺もすぐに駆け出し、三人の後を追いかける。


 そういえば少し状況は違うけど、シラユキと二人で初めてクァール教官を撃破した時もこんな感じに急いでフロアを脱出したよな。

 流石にまた背後から麻痺矢が飛んでくることはないだろうけど、なんでこうも急いで逃げなきゃならないんだか。


「……けどまあ、今回は自分で作り出した状況だし、あんま文句は言えねえか」


 ボスフロアを脱出し、対岸に渡り終えてから後ろを振り返る。

 丁度そのタイミングで一人……いや二人のプレイヤーが黒煙を突っ切ってボスフロア内へ侵入して来ていた。


 距離があるから表情は見えないが、困惑と驚愕と憤りが入り混じったような感じになっているのは、遠目からでも十分に窺えた。


「——悪いな。あんたらの椅子はぶっ壊させてもらったぜ」


 最後にそう呟いて、俺は目の前のフィールドに繋がる小さな洞窟を通り抜けた。






「ふぅ〜、ここまでくれば大丈夫そうかな。というわけで……皆んなお疲れさまー! レイド戦勝利を祝して〜——GG!! イエーイ! マジカルヤッホー☆」


 パン、と一拍手。


 モナカが元気に音頭を取ったのは、ビアオーノ街道に出て少し経った後。

 通り道から大きく逸れた場所にある木の下まで移動してからだった。


「はい、GGです……!」

「えっと……G、G?」


 シラユキは控えめなガッツポーズを決め、朧は意味を知らないまま言葉を返す。

 それで俺はというと、


「……ぐぇGG


 ——半分死んでいた。


 さっきまでアホほどアドレナリンを溢れさせまくったからか、反動で気力の大半がごっそり持ってかれていた。


「ありゃ? おーい、ぬしっち。だいじょぶ? 生きてるー?」

「……ああ、なんとかな。そのうち戻る」


 モナカの問いかけに、うつ伏せに倒れたまま答える。


 今は指先一つすら動かす気になれねえ。


 真っ直ぐクレオーノに向かわないのは、先にライトとひだりと合流する為であって、俺の休憩タイムってわけではないのだが……正直助かった。


 ビアノスもそうだったけど、エリアの出口から街まで間って地味に距離があるからな。

 そこまで歩くとなると、行けなくはないけどちょっとしんどいものがある。


「……まあ、ぬしっち最後の方はずっと忙しそうだったもんねー。改めてお疲れお疲れー!」


 どうやら俺のことは、一旦放置した方が良いと判断したようだ。

 再度労いの言葉をかけると、モナカはくるりと朧の方に向き直した。


「あー、芝生が気持ちいー」


 適度に柔らかくて、そよ風が吹いてて、目を瞑ったらマジでこのまま眠れそう。

 そうしたら強制ログアウトさせられそうだけど。


 システム的な睡眠じゃなくて、ガチ睡眠だとVRギアが反応してしまう。


 とりあえず寝落ちしないようにだけ気をつけて、しばらくぼーっとしていると、ふと隣から声が聞こえてくる。


「——お疲れ様、ジンくん」

「……シラユキか。お疲れ」


 顔を向ければ、シラユキが腰を下ろしながら、にこりと目を細めていた。

 が、その表情はぎこちなく、少しだけ寂しげな雰囲気も漂わせてもいた。


(ああ、遂に来てしまったか)


 察するにはそれで十分だった。


「ごめんね、疲れてるのに声かけちゃって」

「大丈夫だ。もう大分回復したから」


 上体を起こしながら言って、


「……それより、答えは決まったんだな」

「うん」


 短く一言。

 シラユキはこくりと頷く。


 曇天のように暗い笑顔を繕って。


 これからも俺と行動を共にするのか、しないのか。

 昨日から投げかけていた選択に答えを——


「けどその前に、俺からもいいか?」

「……え?」

「先に言っておきたいことがある」


 発言を遮る形になってしまったが、これは先にきちんと伝えておくのが筋だと思い、口を開こうとした時だった。




「——失礼。少しいいだろうか?」




 街道の方から凛とよく通った声が聞こえてきた。


 声がした方向に立っていたのは、クラン『アルゴナウタエ』の連中だった。

 リーダーのレイアとHide-T、それとミナミとPNが表示された、大きめな黒の三角帽子が特徴の、いかにも魔法使いです、みたいな装いをした小柄な少女の三人だ。


「おいおい……どうして、あんたらがここにいるんだよ? まだ予定の時間にはなってねえだろ」


 念の為、メニューを開いて時刻を確かめる。

 書かれている数字は——8:24。


 まだ八時半にもなっていない……マジでなんでいるんだよ。


「現地入りは早めにしておきたいタイプなんだ。不測の事態が起きても対応できるようにな」

「そりゃ殊勝な心掛けなことで。けど、こんなところで油売ってていいのかよ? この後、入団試験とやらをやるんだろ」

「ふふ、面白いことを言う。なに、構わないさ。何せ、君らが悪樓を倒してしまったのだから」

「……っ!?」


 バレてる、だと……!?

 なんでだ、なんでこいつらは俺らが倒したと見抜いた。


 名無しの外套でPNは隠していたし、ひだりの煙幕でボスフロアの中は見えなくなっていたはずだ。

 それにもう名無しの外套は脱いでいるから、仮に姿を見られてたとしても、格好でバレる事もないはずだ。


 ついでに言うと、ボスフロアの外からフィールドに出るまでの間に人影も見当たらなかった。


(どこにも見られるような場所なんて……まさか、か!?)


 結論に至ったところで、レイアはフッと笑みを溢して言った。


「必要ないとは思うが、改めて自己紹介させて貰おう。私はレイア。『アルゴナウタエ』というクランのリーダーを務めている者だ。私らがここに来たのは、ジンムとモナカ——君らを『アルゴナウタエ』にスカウトする為だ」

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