雄飛する新参 -8-

 ちょっと前に悪樓の突進を避けるために壁上がりした時は、数歩しか助走をつけられなかったからそこまで高く跳躍することが出来なかった。


 だが今は、満足な助走距離を確保できているのに加えて、呪獣転侵によって全ステータスに強力なバフが掛かっている。

 この状態であれば悪樓に直接攻撃できる高度まで障壁を駆け上がれるはずだ。


「——ッラア!!」


 全力で地面を蹴り、障壁を駆ける。

 狙い通り途中で失速することなく悪樓のいる高さまで到達すると同時に、壁ジャンで悪樓に向かって飛び移る。


 前脚付近に剣と槍を突き立て、そのまま身体にしがみつこうとしたその時だ。


「うわっ!? マジかよ!!」


 唐突に悪樓が動き出したかと思えば、勢いよく身を捩らせたり旋回したりと激しく暴れ回り、無理矢理俺を振り落とそうとしてきた。


(もう麻痺が治んのかよ!! まだ十秒も経ってねえぞ!?)


 いや、それよりも……、


「う、おおおおおっ!!? 遠心力がやべえ……!!」


 一瞬でも気を抜けば間違いなく振り落とされる。

 だとしても、俺は地上に向かって思い切り叫ぶ。


「シラユキ、朧、モナカ!! 全員、俺に構わず攻撃をぶっ放せ!!」


 俺が悪樓に乗ろうとしているのは、DPSを上げるためだ。

 下にいる三人が攻撃を中断しては意味がない。


 俺の意図を汲み取ったモナカは、即刻「オッケー!」と何の躊躇いもなくアーツスキルを発動させて矢を放ち始める。

 朧も少し逡巡する素振りを見せていたが、すぐに投刃を投げ放つ。

 しかし、フレンドリーファイアを恐れてか、シラユキは術を発動するのに踏み切れずにいた。


 当然だ。

 モナカの矢や朧の投刃であればともかく、シラユキの術が俺を誤射したとなると下手すりゃ一撃で俺のHPを飛ばしかねない。


 自分で言うのもなんだが、俺の耐久は紙同然だしな。


 だとしても、だ。

 今はそんなこと言ってられないし、リスクだって承知の上だ。


「間違って当てたらとかそんな心配はしなくていい! さっきみたく、とにかく術を連発してくれ! 頼む!!」


 続けて叫べば、ようやく決心を固めたようでシラユキも術式の発動準備に入った。


(——よし、それでいい)


 安心するのも束の間。

 ロデオ並みに激しく揺られまくった反動で雷牙の剣が抜け、ついでに手から滑り地面に落下していく。


「……ッ、ヤバ」


 この時ばかりは俺も落ちることを覚悟したが、偶然にも左手の聖黒銀の槍が深く突き刺さっていたのと、咄嗟に右手を悪樓の甲殻を掴んだことが幸いして、どうにか難を逃れることには成功した。


「ふぅ、あっぶねえ……早々に作戦失敗するかと思った。ここで落ちたらマジで洒落になんねえっての」


 ほっと胸を撫で下ろしたいところだが、今はそんな時間すら惜しい。

 というよりも、本番は寧ろここからだ。


 呪獣転侵の効果時間はどれだけ延長しても五分が限界だ。

 何としてでも、この五分の間にこの戦いにケリをつけなければ俺の負けだ。


 右手の装備を雷牙の盾に変更。

 悪樓の頭部近くまでよじ登り、首上に跨がる。


「ロープがありゃ身体を固定できて良かったんだけど……ま、無いもんをねだっても仕方ねえか」


 聖黒銀の槍は一旦インベントリに収納し、代わりに取り出すのは——ライトニングボムだ。


「よお、お前……雷が弱点だろ? ここまで焦らしてくれた礼だ。たっぷりくれてやるよ!!」


 こいつを使ってやることは簡単だ。


 ——心中自爆だ。


 ライトニングボムを悪樓の脳天に直接ぶち込んで起爆。

 瞬間、俺ごと巻き込んで莫大な電流が一帯を飲み込んだ。


「さあ、我慢比べと行こうぜ……なあ!!」


 本来、俺の耐久力であればライトニングボムの電撃に耐えきれずに速攻で御陀仏になるところだが、今は呪獣転侵によって全属性耐性強化(大)が発動している。

 それに加えて、雷豹シリーズボーナスの雷属性耐性(中)と、雷牙の盾の特殊効果の雷属性耐性(小)も重複して発動。

 あと、属性系の防御数値であるSDEFも上昇している。


 つまり——今の俺は雷属性に対して強力な耐性を獲得しているってことだ。


 事実、HPを確認してみると、無傷と言っていいレベルで削れていなかった。

 これなら時々ポーションで回復すれば問題ない。


 正直、今回の戦いにおいて、雷属性耐性が役に立つなんて思ってもいなかった。

 ……が、こんな形で助けられるとはな。


「ほらよ、もういっちょ!!」


 スリップダメージで自滅しないようにだけHP管理しつつ、インベントリから次のライトニングボムを取り出しては、悪樓に叩きつけ即座に起爆。

 何度も何度も執拗に繰り返し、一帯には雷撃の華が咲き誇る。


 きっと下から見れば、ド派手な花火が打ち上がってるみたいなんだろうな。


「ハハハッ! どうだ、辛えか!? 辛えよなぁ!! なら、どうにかして俺を落としてみろよ!!」


 挑発発動——タゲ集中を取って、ヘイトを俺に切り替える。


 狙いは、地上への攻撃頻度を落とすことにあるが、もう一つは……、


「ヘイトが俺に向いていれば、俺を狙って水弾をぶっ放してくるよな!」


 下から水弾が迫るのを視界に捉えた直後、ライトニングボムの大量起爆を一時中断。

 悪樓の角を強く引っ張り上げ、両脚を喉元に回し思いっきり締め上げる。

 最後に無理矢理上体ごと首を反らせた瞬間、水柱から放たれた水弾が悪樓の胸部を撃ち抜いた。


 まさか俺を狙った水弾を自分自身が喰らうことになるとは、微塵も思ってもなかったのだろう。

 証拠に、俺を振り落とそうとする勢いが弱まっていた。


 この感じだとちゃんと自傷ダメージは発生しているみたいだな。

 それなら、とことん利用させてもらうぜ。


「オラァ! 俺を落としてえのならもっとちゃんと狙って水弾飛ばしてこいよ!」


 スキルは発動していないものの、俺の挑発に呼応するように水柱から次々と水弾が放たれる。

 視界全部が雷光で覆われない程度にライトニングボムを使う頻度を落とし、悪樓の動きを制御して、襲いくる水弾を回避するついでに悪樓にぶつける。


 このゲームにはダメージ表記がないから、水弾がどれくらい効いているのかは分からない。

 ただ、直撃した時の反応を見るからにそれなりにダメージは通っているはず。


 とりあえず水弾の威力が魔法職の術アーツ一発分と仮定すると、水柱八本で一気に術者八人分のDPSを確保した計算になるか。


 とはいえ、これは高く見積もった場合の希望的観測による概算だ。

 実際の与ダメージ量ははもっと低いと思われる。


 元が水棲生物だから水属性の攻撃には耐性ありそうだしな。

 それでも、これで第一形態の時に並ぶ——いや、それ以上のDPSを叩き出すに至った。


 この調子でいけば、きっと悪樓を倒せるはず……などと甘い考えは持ち合わせていない。

 今のやり方では必ず限界が来る。

 いや、正確に言うとその時がもう間近に迫っている。


 朧から受け取ったライトニングボムが底を突こうとしていた。


 ライトニングボムが無くなれば、またDPSは落ちていく。

 それまでに悪樓を撃破出来るかというと、答えはまずノーだ。


 しかし、これも想定の範囲内。

 ライトニングボムが無くなろうとも、俺の攻撃手段が失われるわけではない。


 インベントリからポーションを取り出し、HPを回復させた後、残り一個となったライトニングボムを取り出し、悪樓にぶつける。


「これで……ラストォ!!」


 最後の電撃が迸り、エフェクトが消えるより先に俺は、空いた左手で悪樓の角をがっしりと握り締める。


「——からの……一発!」


 脳天に叩き込むのは、バリアーナックル。


「ついでにもう一発!」


 立て続けにシールドバッシュもお見舞いする。

 体勢的な問題でハードアッパーだけ繰り出せないのが残念だが、二つ使えれば十分だ。


 後は再度アーツが発動可能になるまで、ひたすら盾で殴りまくるだけだ。


 呪獣転侵の恩恵でアーツスキルの発動間隔はかなり短くなっている。

 現状、盾でしか攻撃できていないから手数は減ってしまったが、総合火力であれば通常時の二刀流状態に迫るものを叩き出せていた。


(これでワンチャンを掴みに行く……!)


 長かった悪樓との因縁に幕を降ろす、最後の攻防が始まろうとしていた。




————————————

フレンドリファイアーも自傷も存在するのであれば、当然、敵側も同士討ちや自傷は発生します。なのでトレインも戦術として確立しています。(使う機会があるかどうかは別問題ですが)

ここの運営は理不尽なまでの鬼畜は嬉々としてプレイヤーに押し付けますが、ただプレイヤー側だけが損をする理不尽は努めて生まれないようにしているのです。

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