雄飛する新参 -7-

 待機すること数秒、右方向にある水柱から水弾が放たれる。

 標的は朧ではなく俺——さっきまでだったら低乱数に嘆くところだったが、今は逆に好都合だ。


「まずは一発!」


 水弾に狙いを定め、オークの石槍を投擲。

 しかし、それでは相殺すら叶わず、水弾はオークの石槍を粉砕し、そのまま勢いを落とすことなく俺に襲いかかってきた。


「チッ、失敗か……!」


 ジャストガードで水弾を防ぎ、すぐさまラスト一本のオークの石槍をインベントリから取り出す。


 やはり無謀だったか……いや、まだそうと決まりきったわけじゃねえ。

 通常攻撃が駄目ならアーツスキルを試すまでだ。


 もう一度、悪樓の行動を観察しながら暫し待機。

 新たな攻撃パターンが出てきていないことを確認しつつ、次弾が発射されるのに合わせてストレートジャベリンを発動させ石槍を投げ放つ。


 今度は上手くいってくれよ……!


 次に水弾の標的に選ばれたのは朧だった。

 朧は飛んできた水弾に即座に反応をしていたが、それより先に石槍が水弾と衝突する。


 瞬間——石槍もろとも、水弾はその場で四散した。


「っしゃあ!」


 検証は成功だ。

 これで俺が近くに居なくても、シラユキを水弾から守ることができる。


 後は与ダメージ量をどうやって第一形態の時並に戻すかだが……こっちに関してはもう既に策を考えてある。

 決まるかどうかは別問題だけど。


「モナカ!! 悪いが囮役を交代してくれ! あと麻痺させる準備も頼む!」

「りょりょ、任せたれた! おーい、ここからはあたしが相手になるよー!」

「朧はモナカにヘイトが向いたら、一旦こっちに来てくれ! 頼みたいことがある!」

「了解……!」


 モナカにヘイトが切り替わったすぐ後、前線を一時離脱した朧と合流を果たす。


「ジンムくん、頼みたいことって……?」

「残ってある爆弾全部、俺に寄越してくれないか」

「え……全部!?」

「ああ、全部だ。奴にお見舞いする良い方法を思いついた。つっても、成功するかは賭けだけどな」


 突然の嘆願に狼狽える朧だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、


「うん、分かったよ。それで、僕はどうすればいい?」

「まずはメニューを開いて——」


 手短に譲渡申請のやり方を教える。

 朧は手早くインベントリを操作し、俺に向かってウィンドウを飛ばす。




[朧さんが以下のアイテムの譲渡申請を行いました。受諾しますか?]




 速攻で[YES]をタップ。

 これでアイテム譲渡は完了だ。


 インベントリにライトニングボムが追加されたのを確認後、メニューウィンドウを閉じる。


「サンキュー。それともう一つ、朧にやって欲しいことがある」

「なんだい?」

「今の攻撃ペースを維持した状態で、シラユキを狙った水弾を撃ち落として欲しい」


 伝えた途端、朧はさっきよりも慌てふためく。


「……ええっ!? あの……ジンムくん。それって僕にできること、なんだよね?」

「勿論、できると思ってるから頼んでいる。つーか、これは朧にしか頼めない」


 水弾を破壊するのにアーツスキルを発動する必要がある以上、一番重要になってくるのはリキャストの短さだ。

 そして、俺らの中で一番リキャストが短いアーツスキルを習得しているのは朧だ。


 刀身に蒼いエフェクトを纏わせて投刃を投擲する攻撃技——クイックスロー。

 威力は低いが、その分短いスパンで発動できるこのスキルは、水弾を迎撃する手段としてはピッタリだった。


「……ジンムくんがそう言うのなら。それじゃあ、具体的には何をすればいい?」

「左手に初期武器の刃付きブーメランを装備して、シラユキに水弾が飛んだらそいつでクイックスローを発動して対処してくれ」

「左手に……? 利き腕じゃないけど大丈夫?」

「問題ない。投擲武器ならモーションに多少のアシストはかかるはずだし、アーツスキルで更に補強されるから、よっぽど距離が離れてたり、変な投げ方をしなきゃ外れることはない」


 初期武器と同程度の攻撃力しかないオークの石槍ですら水弾を破壊できたのだから、アーツさえ発動していれば武器の強度は問わないと思われる。

 それに簡単にぶっ壊れるオークの石槍と比べて、初期武器の耐久値はかなり高く設定されている。

 この戦闘中に破損するなんて事態にはそう陥らないはずだ。


 そういった意味でもシラユキの護衛は、朧に任せるのが最適だった。


「左手の武器で攻撃はしなくてもいい。手元に残しておいて、水弾がシラユキに向かって飛んでいった時だけそいつをぶん投げれば大丈夫だ」


 というか、刃付きブーメランで攻撃しても大した火力にはならない。


 そいつはあくまで防衛用——メインの投刃で攻撃するペースを落とさない為のものだ。

 無理に攻撃に組み込んで、いざって時に手元になければ意味がない。


「……分かった、やってみるよ」


 インベントリから刃付きブーメランを取り出し、朧は微かに口元を綻ばせる。

 若干、表情は硬いままだが、まあどうにかなるだろう。


「ああ、頼んだ」


 朧の胸元にトンと拳を当て、小さく笑い返したタイミングでモナカが叫んだ。


「おーい、ぬしっちー!! そろそろ麻痺るよーーー!!」

「サンキュー!! ついでにそのまま悪樓をフロア端に誘導しておいてくれ!!」

「アイサー☆」


 モナカは即座に立ち位置を変えながら、流れるように悪樓をフロアの端へと寄せ始める。


 ……自分で指示しといてなんだが、よく二つ返事でやってくれるよな。

 改めてモナカの対応力の高さに感心していると、朧が憧憬の眼差しを向けてぼそりと呟く。


「——凄いね、モナカさんは」

「まあな。俺の知り得る中で最強の助っ人だからな、あいつは」

「強さもだけど、この状況でも楽しそうに笑えるのが本当に凄いよ」


 確かに戦闘が始まってからずっと笑みを絶やさずにいる。

 笑ってられるほど余裕があるからってのが半分、そもそもの気質がもう半分ってところか。


 あいつもかなりのバトルジャンキーだしな。


 何度かモナカの配信を覗いたことがあるが、配信中もずっとあんな感じだったから、あれがモナカにとっての平常運転ということなんだろう。


「……ま、やってりゃ朧も慣れるさ。ともかく、シラユキのこと——頼んだぞ」

「了解」


 そろそろ俺も自分のことに集中しねえとな。


 装備を剣と槍の二刀流スタイルに変更し、フロアの中心……やや悪樓寄りに位置を取る。

 ここからなら悪樓に速攻で近づけて、助走距離も確保できる。


 これからやるのは一発勝負。

 深呼吸で息を整え、逸る鼓動を抑える。

 集中力を極限にまで研ぎ澄まし、その瞬間を待つ。


(腹括れ、ここが正念場だ……!)


 思えば、この技をちゃんとした形で実戦で使うのは初めてだ。

 これまでこいつをフルに活かせる機会が無かったからな。


 だが……ようやくその時が訪れた。


「やってやるよ……存分にな」


 全ての準備が整った直後、上空にいる悪樓の全身から黄色い火花が散った。


(——来た!)


「ぬしっちー! 麻痺ったよー!!」

「ああ、サンキュー!!」


 麻痺状態になったことで悪樓の動きは止まったが、落下する気配はなかった。


 まあ、翼で飛んでるわけじゃねえからな。

 とはいえ、落ちてくれた方が楽ではあったが、これに関してはどっちでも良かった。


 大事なのは、僅かな時間でいいから悪樓の動きが止まることだ。


「てめえが下に降りてこねえっていうんなら、俺がそっちに行ってやるよ!!」


 そして、遂にそれが叶った今、俺は全身全霊を懸けた大勝負に出る。




「いくぞ——呪獣転侵!!」




 スキル名を叫ぶと同時に心臓が強く鼓動する。

 身体の内側は溢れ出る全能感に満たされ、外側は漆黒の煙に覆われる。


 そして、HPの減少が始まるのを感じながら俺は、悪樓の元へと駆け出した。




 ——今まで最悪の地雷ババでしかなかったジョーカーは、この瞬間を以て最強の奥の手切り札へと変貌する。




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ついに賽は投げられた

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