雄飛する新参 -6-

 *     *     *




 突如として悪樓が姿を変え、空を飛び始めたことで、ただでさえ騒然としていたボスフロア周辺は一層騒がしさに拍車をかけていた。


「おい、なんだよあれ!? まさか第二形態か!?」

「知るかよ! んなことより、この様子だと中にいる奴らは順調に攻略できてるってことなのか!?」

「それこそ知らないわよ! というか、この煙いつになったら消えるのよ!? 風属性の術でも吹き飛ばせないじゃない!」


 ボスフロア内で何が起きているのか気になって仕方ないが、さっきから川岸にばら撒かれている黒煙のせいで未だ中を確認できずにいる。

 分かることといえば、戦闘は未だ継続しているということくらいか。


 地上から絶え間なく矢が放たれ、高頻度で刃物らしき物が飛ぶ。

 一定の間隔を置いて発射される極太のレーザーが悪樓を貫き、稀に石槍と大量の電撃を放出する何かが投げ込まれる。


 しかし、レイドボスに挑んでいるにしては、やけに攻撃の手数が少ないような気がしなくもない。

 視認できていない以上、原因は断定できないが、大方パーティーの多くが前衛職で固めてあるか、途中で後衛がやられてしまったかのどちらかといったところか。

 とはいえ、戦闘開始から十分強で第二形態に移行させたということは、近くにいた誰かが叫んでいたように、順調に攻略できているということなのだろう。


 多くのプレイヤーが混乱している最中、入隊試験に参加しているプレイヤーの一人である”しがない”は、呑気に掲示板を横目に上空を眺めていた。


 彼が開いているのは、自身が立てたスレ。

 謎の集団がボスフロア内に強行突破する少し前に開設したものだ。


「ふーん。あの煙って、作製師の最上職じゃないと作れないアイテムによるものなのか」


 煙の詳細について教えてくれたプレイヤー曰く、どうやらすぐ近くにガチ勢のプレイヤーもしくは、ガチ勢とコネがあるプレイヤーがいる可能性が高いらしい。

 最初は試験が始まるまでの暇潰しに立てたスレだったが、思いの外有益な情報をくれるプレイヤーが来てくれているおかげで、しがない個人としては、この状況は純粋に楽しめるものとなっていた。


「……あ、そうだ。スクショ撮っとこ」


 スレにいるプレイヤー達に戦況を共有しようとカメラを起動し、空中を飛び回る悪樓を画角に収める。

 そんな時だった。


「わあ……すごいですね。これって何かのイベントですか?」


 ゆったりとした口調で声をかけられたのは。

 声がした方に顔を向けると、ぽわぽわとした雰囲気を纏った少女が立っていた。


 見知らぬ顔だ。


 少なくともしがないが組んでいるパーティーにはいないし、対峙していたパーティーにも見覚えはない。

 そうなると、レイドに参加しようとしていたプレイヤーではない。

 恐らく、偶然ここに通りかかった野良プレイヤーといったところか。


 身軽そうな装いで何も武器を携えていないところを見るに、ジョブは格闘士……適正は体術使い、それか闘氣と呼ばれる少し変わった徒手空拳にしていると思われる。


「んー、俺もまだあんまり状況が掴めてないけど、突然変異したレイドボスがまた姿を変えたってところかな。……というか、君は? なんでここに?」

「ちぃです。人だかりができてたので、気になって来てみました」


 緊張感の欠片もないのんびりな喋りで少女は答えた。


(やっぱり野良プレイヤーだったか)


 この様子だと入隊試験とかその辺りの事情は知らないと見ていいだろう。

 まあ全員が全員、SNSや掲示板を活用して情報を集めているとも限らないし、自身がそうであるようにトップクランに興味を持つわけでもない。


「ところで、なんで他の皆さんはピリピリしてるのでしょうか?」

「ああ、それは——」


 黒煙が消える気配はなく、戦闘もまだまだ続く可能性が高い。

 特にやることもないので、しがないは掲示板のスレにコメントを書きつつ、ちぃと名乗るプレイヤーに事のあらましを掻い摘んで説明することにした。




 *     *     *




 第二形態となったことで悪樓の行動はガラッと変わった。


 まず基本攻撃が水流ブレスとなり、当たらなければ攻撃が止めるまで追従してくるというおまけ付きだ。

 追従スピードはそんなに速くないから動き続ければ当たることはないが、その場に留まって回避するというのは難しくなっている。


 加えて第一形態では怒り状態の時しか使ってこなかった水球炸裂弾もデフォで放ってくるようになり、更には最大三回連発してくるようになった。

 こっちは範囲攻撃である為、強制的に立ち位置を変えながら戦わざるを得なくなっている。


 ここまで近接行動は一切なし。

 ずっと上空に居座ったまま遠距離攻撃ばかり仕掛けてきていた。


 ドン・ヴァルチャーの時もそうだったが、地上に降りてこないとなると俺みたいな近接攻撃主体のDPSはマジで戦力にならなくなる。

 ちょくちょくストレートジャベリンでオークの石槍をぶん投げてちょっかいを出してはいるが、ダメージ量的には焼け石に水でしかなく、この状態で挑発してタゲ集中を取ろうとしても、すぐに違う誰かにヘイトを向けられるのがオチだ。


 ……だが、それより面倒なのが八つの水柱から飛んでくる水弾だ。


「――こいつを一手に引き受けるのは無理か!」


 最初こそ一斉に放たれていたが、発射タイミングも、誰を狙って撃つのかも完全にランダム。

 挑発の効果は有効らしく、大半の水弾は朧に向かって射出されてはいるものの、たまに俺たちを狙って飛んできていた。


「クソッ、マジでたまにって言うのがめんどくせえ!」

「きゃっ!?」


 シラユキを狙って水弾が放たれるのを確認。

 速攻で間に割って入りジャストガードで防ぐ。


 こいつは水球炸裂弾とは違って単発ヒットなので、タイミングさえミスらなければ容易に対処が可能なのがせめてもの救いか。


「あ、ありがとう……!」

「気にすんな。それよりシラユキは術の発動に集中してくれ。守りは俺がどうにかする」


 ただ、こうなるとシラユキにも標的にされてしまい、今みたいに誰かが……というか消去法的に俺が護衛に付かなきゃならなくなる。

 しかし、挑発でタゲ集中を取っている奴以外への攻撃頻度が低いせいで、結局俺が手持ち無沙汰になってしまうことには変わりない。


 シラユキなら避けられなくもないだろうが、いつ自分に飛んでくるか分からない攻撃に神経を擦り減らしながらずっと術を発動し続けるのは危険過ぎる。

 集中力をごそっと削られて発動待機時間が伸びるし、下手すりゃどっちも中途半端になってしまい最悪の事態に陥る可能性すらあるからな。


 ここでいう最悪の事態——それは、DPSチェックだ。


 一定時間以内に一定量のダメージを与えないと強制敗北になるという、MMORPGのボス戦によく搭載されているという特殊ギミック。

 そもそも短期決着を前提に作戦を組んでいたのは、俺が獣呪を発症してしまうという理由以外に、こいつがある可能性を懸念していたからだ。


 とはいえ、流石にまだ序盤だから無いと踏んでいたが、形態変化とステージギミックが存在していることを考慮すると、DPSチェックも存在していると考えた方がいいだろう。


 もしかしたら第一形態の時にもあったのかもしれないが、それは置いておくとしよう。


 仮にDPSチェックが実際にあるとして。

 俺の攻撃不参加、ライトニングボムの使用頻度減、スタンor麻痺といった行動阻害系の状態異常を付与できない——ただでさえ火力がガタ落ちしてるってのに、このままチェックラインを越えられるか……?


 ……まあ、このままじゃ確実に無理だろうな。

 普通に火力が足りずにタイムリミットを迎えて詰みだ。


「せめて、あの水弾をどうにかできればな……」


 そうすればまだ打開のチャンスはある。

 でもどうやって……?


 時間があまり残されていない中、必死に思考を回す。


 ガードで防ぐって方法だと俺しかできない。

 ……だったら、迎撃ならどうだ?


 ジャストガードで完全相殺できるってことは、悪樓本体の攻撃よりは威力は低めに設定されていると思われる。

 もしかしたら飛び道具をぶつければ相殺可能かもしれない。

 それならモナカと朧でもシラユキの護衛役ができるはず。


 これが駄目ならまた考え直しになるが、そうなったらその時にまた考えればいい。

 とにかく、今は行動あるのみだ。


 持ち合わせているオークの石槍は残り二本。

 その内の一本をインベントリから取り出し、次の水弾が発射されるのを待ち構えることにした。




————————————

Q.実際のところDPSチェックはあるんですか?

A.はい、あります。DPSチェックに失敗した場合、水柱が巨大化し、激流となってボスフロア全体に襲いかかります。更に激流をフロア中心一点に集中させた後、水の中に含まれる水属性の魔力を暴走させて爆発を引き起こす二段構えです。水属性の耐久をガチガチに高めてないと漏れなく全滅です♡

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