雄飛する新参 -3-

 *     *     *




「ふむ……予定より早く来てみたが、中々面白いことになっているじゃないか」


 ネクテージ渓谷の東西に聳える二つの崖――その東側の崖上から黄金の長剣を携えた金髪の女騎士は、目を見張りながら谷底を眺めていた。


 彼女の視線の先にいるのは、黒衣に身を包んだ四人のプレイヤー。

 彼らはたったの四人だけで渓谷に突如として姿を現した怪物に立ち向かっていた。


 側から見ればただただ無謀な挑戦。

 しかし、思いの外、彼らは善戦を繰り広げている。


「まさか、私達が到着する前に討伐に乗り出る者が出てくるとはな。やはり早めに来たのは正解だったか」


 元々、前もって集結しているであろうプレイヤー達の様子を観察する為に足を運んでいたのだが、それが違う形で功を奏したようだ。


 一応、他のプレイヤーの様子も確認したいところではあったが、川岸が謎の黒い煙幕に覆われているせいで、ここからでは上手く見渡すことが出来ずにいる。


「……この状況、どう見る?」


 女騎士——レイアは、傍らにいる白と黒の短槍を背負った青年と大きな三角帽を被った少女に問いかける。

 それに対して、青年が答えを返す。


「——色々整理しなきゃいけないところはあるけど、とりあえず言えるのは、今戦っている彼らの後ろで誰か手を回してるってことだね。それも、かなりやり込んでいる生産職のプレイヤーが」


 青年はインベントリから取り出した双眼鏡で谷底で戦っているプレイヤー達のPNを確認するも、名前は映し出されずにいる。

 これはアクセサリ名無しの外套の効果によるものだ。


 だが、このアクセサリを作成できるのは、最上職の鍛治師系統ジョブについたプレイヤーのみ。

 まだ上級職へのクラスアップすらできない彼らでは、どうやっても入手する手段——ましてや四つも——などないはずなのだ。


 加えて、あのボスフロアの外側を覆っている煙。

 あれは恐らく、”留煙玉りゅうえんだま”と呼ばれるアイテムが原因だろう。


 効果範囲は広くないが、一度起爆すれば長時間その場に留まり続ける。

 それをボスフロアを覆い隠せる程の広範囲に展開しているということは、偶々手に入れたのではなく、量産して準備してあるということだ。


 つまり、装備とアイテムの作成に長けた生産職プレイヤーが少なくとも二人以上、彼らに手を貸しているということになる。


「……誰がバックについてるかは、思い当たる節がなくもないけど」

「ほう、奇遇だな。私も見当がついていたところだ。天魔が関わっていて、腕利きの生産職となれば……高確率でRaLだろうな」

「かもね。ま、誰にせよ思い切った博打に出たものだよ。でも、それをするだけの価値が彼らにはあるってことなんだろうね」


 言って、青年——Hide-Tはにいっと唇を吊り上げる。

 戦闘を見始めてからまだ数分しか経っていないが、何となく彼らに賭けたくなる気持ちが分かったからだ。


「——あの二人、面白そうだね」

「お前もそう思うか、シュウ」


 レイアとHide-Tが興味を向けているのは、手持ちの武器をころころ変えながら絶え間なく連撃を仕掛ける軽戦士と、精密な命中力で矢を超速で放ち続ける弩使いである。


 トップ層である二人から見ても、軽戦士と弩使いの戦闘技術の高さは桁外れだ。

 それこそ純粋な技量のみに限れば、攻略最前線にいるプレイヤーすらも上回る程に。


 事実、戦闘スタイルこそ異なるもレイアはこの僅かな時間で、自身の力量より彼らの方が上だと自認していた。


 だからこそレイアは、あえてHide-Tに訊ねる。


「なあ、私たちの中で二人と対等に渡り合える人間は何人いると思う?」


 返ってきたのは沈黙。

 それから暫しの間を置いて、


「正直に言わせてもらうと、俺だけじゃないかな」


 淡白に答えてみせた。


「……そうか。お前が言うのならそうなんだろうな」


 対してレイアは、ただ冷静に小さな笑みを溢すだけだった。


 こと戦闘力においては、自身より慧眼であるHide-Tエースがそう判断したのなら、それは純然たる事実。

 ならば、素直に受け止めるだけだ。

 気に病む必要性などどこにも無い。


 そして、もう既に彼女の関心は強さから別のことに向けられていた。


「——それにしても、まるで猛獣と殺戮兵器キリングマシーンだな」

「これはまた物騒な例えをするね。けどまあ……レイアが言いたいことは分かるよ」


 両者の戦いぶりを一言で表すならそれが一番当てはまるだろうと、Hide-Tも静かに同意する。


 レイアがそう評したのは、察するに前者が軽戦士、後者が弩使いである。


 軽戦士は一切の防御を捨て、盾をも攻撃に用いてまで仕留めようとする苛烈さが。

 弩使いは無駄を削ぎ落とした動作で、ダメージの通りが良い部分のみを的確に射抜く卓越した射撃技術が。


 完全に行動を読んでいる辺り、予め悪樓の動きを研究してきたのだろう。

 だからといって、あれだけの立ち回りはそう易々と出来るようなものではない。


 日頃からあのような戦い方に慣れていないと、数分と保たずに必ずボロが出る。


 そう、あれはまさに——


「ミナミはどう思う?」


 ここでHide-Tは一度思案を止め、ずっと無言を貫いている少女にも意見を求める。

 少女は、双眼鏡越しに谷底をじっと見つめてから口を開いた。


「……わたしも同感。ただ、あの戦士に関してはもっと野蛮なものだと思う」

「と言うと?」

「——猛り狂った鬼。あれはきっと、そういう類」


 ミナミの予想外の表現に、レイアとHide-Tは思わず苦笑を漏らす。


「鬼……ね。何かそう思った理由はあるのかい?」

「特には。あの戦士を見てるとなんとなくそんな感じがするってだけ」

「つまりは直感ということか」

「うん。でも、近くで見れば印象は変わるかも」

「確かに。ここからじゃよく見えないもんね」


 谷底から崖上までの距離は優に百メートルを超えており、肉眼では豆粒くらいの大きさでしか下にいるプレイヤーを捉えることが出来ない。

 双眼鏡があるからどうにか見えているが、倍率の関係で全体を大まかに把握できる程度でしかない。


「ちゃんと彼らの様子を見るなら、下に降りるべきなんだろうけど……」

「今は止めておくべきだろうな。ボスフロア周辺にいるプレイヤーに見つかると騒ぎになりかねない」

「だね。俺たちはここで大人しく戦闘の行く末を見守るとしようか」


 三人が谷底に視線を戻した丁度そのタイミングで、悪樓の頭上にスタンエフェクトが発生する。

 その光景を見て、レイアとHide-Tはにやりと笑みを浮かべるのだった。





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クラン『アルゴナウタエ』の長は、戦う者ではなく率いる者です。

だから自身の強さを過信せず、フラットな目線で実力を測ることができるのです。

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