雄飛する新参 -2-

 悪樓にかかった麻痺が解除されてから少しして。

 時々飛んでくる尻尾薙ぎ払いやタックルと言った大きなモーションの攻撃を避けつつ、ダメージを重ねていると、悪樓の全身から黒いオーラが噴き出した。


「――来たか怒り状態!!」


 即座に右手の装備を雷牙の盾に戻し、全力で後ろに跳躍。

 同時に保険としてジャストガードの体勢を取りつつ、ギリ射程圏外に出たところで悪樓はオーラの衝撃波を放つ咆哮を上げた。


「……ッ!! あっぶねえ、危機一髪」


 地味にスキルボーナスの脚力強化が役立ってんな。

 今のもそうだが、何気にダッシュ速度だったりパワーキックのような脚を使った攻撃にも効果が適用されていた。


「けど、警戒しなきゃならねえのはこれからか」


 怒り状態に移行したことで少しの間、奴の攻撃速度と威力が上昇する。

 だとしても朧なら避けられるとは思うが、それよりも先に挑発の効果が切れてしまった時のリスクを考えるべきだ。


 とはいえ、まだ効果時間はそれなりに残っているはず。

 だが、下手に効果切れギリギリを見極めるより、今ここでやった方が得策か……!


「——朧、交代だ!」

「オボロン、スイッチ行くよ!」


 囮役交代。

 俺と同じ考えに至ったのか、示し合わせてもないのにモナカと声が重なる。


 本来なら効果が解ける直前に行う算段だったが、怒り状態中に想定よりも早くタゲ集中が消えるのをケアしてのことだ。


「え、今!? けど、うん任せたよ!」


 予定外の指示に一瞬戸惑う素振りを見せる朧だったが、すぐにいつでも離脱できるよう悪樓から少しだけ距離を取った。


「おい、こっからてめえの相手は俺だ!!」

「おーい、こっちこっちー! あたしが遊び相手になってあげるよー!」


 二人同時に挑発を発動した場合、声の大きさや言葉の強さではなく、乱数によってヘイトが向くプレイヤーが決められる。

 ただし、挑発のスキルレベルでその乱数の比率は偏り、よりスキルレベルの高いプレイヤーの方に判定が行きやすくなる。


 俺の挑発のスキルレベルはMAXなのに対し、モナカは覚えたてだからまだそこまでレベルが高くはない。


 つまり、確定とまではいかないまでも、悪樓のヘイトが向けられるのは大抵――


「俺になるよなぁ!! スイッチ!」


 タゲ集中した時の狙われているという感覚を覚えつつ、合図を出すと同時に俺と朧は互いの位置を交代する。

 すれ違うところで悪樓が俺らをまとめて狙ったボディプレスを繰り出してくるが、前方に飛び込むように転がることで俺も朧も事なきを得た。


 これで囮役の交代は無事完了だ。


「さてと、そんじゃまあこっからは打撃メインで行くとするか」


 左手の装備を聖黒銀の槍から雷牙の剣に変更。

 俺が攻撃を引き付けている間はスタンを狙って行く。


 純粋なダメージ量は聖黒銀の槍が上回っているが、密着して戦う以上、取り回しの良い剣の方が戦いやすい。


 昨日の検証と撮影した映像を何度も見返したおかげで、悪樓の攻撃パターンは完全に掴めている。

 今なら大体の攻撃は紙一重で躱しながらカウンターを浴びせられる確信があった。


「見せてやるよ、一方的なカウンタースタイルをなぁ!!」


 引っ掻き、ボディプレス、噛みつきといったその場から動かずに仕掛ける攻撃は、最小限の回避で攻撃範囲から逃れ、攻撃モーションが終わった直後にアーツスキルを叩き込む。


 尻尾の薙ぎ払いは予備動作に入った時点で、さっきやったみたいに悪樓を踏み台にして跳躍することで回避し、元の位置に頭が戻ってきたところを槍を思い切り振り下ろす。


 水流ブレスと水球の炸裂弾は、ボーナスタイム。

 予備動作の最中に着弾地点が決定されるから、最初に攻撃場所を誘導してしまえば、あとは攻撃モーションが終わるまで殴り放題だ。


「どうしたどうした!? そんなんじゃいつまで経っても俺に攻撃を当てられねえぞ!!」


 唯一、されると対処が面倒な攻撃方法は突進だが、そいつはそもそも攻撃対象が離れていないと繰り出してこない。

 だから俺がこうして密着して戦っている限り、実質的に突進は封殺できている。


 ただ、唯一タイミングがあるとすれば……


「全身のオーラが噴き出した……!? 来るか、咆哮!」


 オーラ衝撃波を飛ばす咆哮――怯みからの範囲攻撃の二段構えの攻撃であるこいつだけは、ジャストガードでも防ぐことができず、退避してやり過ごす他ない。



「グァガァァァアアアアッ!!!!!」



「っるせえ!!」


 攻撃範囲が広いおかげか予備動作が長く、全力で下がれば範囲外に出れる猶予はある。

 エリア端ギリギリまでバックステップで後退してどうにか衝撃波を回避するが、不運なことに悪樓が起こした次の行動は接近を兼ねた突進だった。


「ああ、クッソ! やっぱそう来るよな!」


 突進の何が厄介かと言うと、今みたいに後方への退路が塞がれた状態で攻撃に備えなきゃならないってことだ。

 おまけに横方向に逃れようとしても、若干のホーミング性能があるせいで回避の難易度が上がってしまっている。


 救いがあるとすれば、エリア端に到達した時点でブレーキをかけてモーションが終了することか。

 どうにかして一瞬でもやり過ごせば、回避は可能ということだ。


 もっとも、怒り状態でなければ咆哮の怯みはジャストガードで対処できるからどうにでもなるんだけどな。

 まあ、今そんなこと嘆いても意味ねえか。


 まさに俺の今の状況は袋の鼠状態ってところ……だが、この状況を脱する手立てはある。

 ゲームの仕様を利用した、ちょっと無理矢理なやり方になるけどな。


 俺の背後にあるのは流れる川だが、仮にここで足を滑らせたとしてもプレイヤーが川に落ちることはない。

 フロアを覆っている侵入不可障壁に阻まれるからだ。


 本来はフロア外から他プレイヤーを入れさせない為のものだが、同時にボスと戦っているプレイヤーが途中で逃げ出さないようにする為のものでもある。


 この障壁はさながら強力な防弾ガラスのような感触で、強く激突するとダメージ判定が出てしまうほど頑丈な設計となっている。

 そして、どれだけ強く攻撃をしても決して障壁が壊れることはない。(※ただし、ネロデウスみたいな例外は除く)


 だから——この仕様を悪用させてもらう。


 俺は右方向に向かって強く地面を蹴り、数歩だけ助走をつけてから障壁を駆け上がる。

 ドン・ヴァルチャー戦の時みたく足掛かりになるものは無かったが、そこは脚力強化がカバーしてくれて、悪樓の突進を躱せる程度には高度を稼ぐことには成功する。


「っしゃあ! 回避成功!」


 壁ジャンをしたすぐ真下では悪樓が突進のモーションが終了し、次の攻撃を繰り出すまでのインターバルに入っていた。


 その隙を突いて俺は、落下の勢いを借りながら両手で握り締めた聖黒銀の槍を悪樓の背面に突き刺した。




————————————

侵入不可障壁を使った壁ジャンは普通にグリッチスレスレのグレーゾーンです。

ガラスと同じ感覚の壁を駆け上がるとかやろうと思ってもできないので、修正を放置されてるだけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る