雄飛する新参 -4-

 *     *     *




 悪樓が怒り状態になって早数分。


 前脚を叩きつけるような引っ掻きからのボディプレスを避け、返しに盾殴りのアーツスキル三点盛りをぶち込んだところで、ようやく待望のスタンが発生する。

 しかも、全身から黒いオーラが噴き出したまま……つまり怒り状態は維持されたままという嬉しいおまけ付きだった。


 怒り時は悪樓の防御力が低くなる。

 ここが一気にHPを削ることのできるまたとない大チャンスだ。


 あわよくばこれで仕留めたい……けど、それは流石に無理か。


「よっしゃスタン取った! 一斉攻撃行くぞ!!」


 号令を掛けると同時に朧とアイコンタクトを交わす。


「朧、スイッチ!」

「了解!」


 立ち位置を最初の状態に戻しながら、ライトニングボムをぶん投げる。

 ボムが着弾し、電撃が発生している間に右手の装備を雷牙の剣に変更。

 攻撃エフェクトが消えた直後、ジャンプスラッシュで距離を詰め、続け様にトリプルスラッシャーを発動。


「っしゃあ、ギア上げていくぞオラァ!!」


 アーツのクールタイムが完了するまでの間、ガラ空きの腹部に叩き込むのは剣と槍の怒涛の高速乱舞。

 なんだかんだ一番ダメージを稼ぐのに重要になってくるのは、通常攻撃をどれだけ重ねられるか……つまりチリツモだ。


 特に聖属性が付与されている聖黒銀の槍でどれだけ殴れるかが鍵になる。


 昨夜の検証で分かったことだが、奴にとって一番の弱点属性は聖属性だ。

 壊邪理水魚の特徴を受け継いでいるから雷属性も弱点なんだろうが、聖属性の方が通りが良い。


 原因は多分、ネロデウスによって肉体を災禍の眷属と同じ構造に変異させられたからだろう。


 ひだりによれば、災禍の眷属は共通して聖属性が弱点らしい。

 更に言うと、怒り状態時は聖属性の耐性が大幅に低下するとのことだ。


 脳内でアドレナリンがドバドバに溢れ出すのを感じながら、俺は聖黒銀の槍と雷牙の剣を振るう速度を上昇させていく。


 大きな一撃はいらねえ。

 俺がやるべきことは、手数を増やしてとにかく属性ダメージを与えまくること。


 どデカい一発をぶち込むんだったら、他に適任がいるからな。


「——リリジャス・レイ!」


 左に視線をやると、シラユキの頭上に出現した光球から放たれる聖属性の光の奔流が悪樓の背中を穿った。

 その破壊力は凄まじく、尻尾側にある甲殻は何度もリリジャス・レイを喰らった結果、頭部側と比べてかなりボロボロになっている。


 術式を発動したシラユキは、インベントリからMPを回復させる”マジックポーション”を取り出し、一気に飲み干すと、すぐさま次の術式の発動準備に入っていた。


(……やっぱ何度見てもえげつねえな、おい)


 ただでさえ威力が馬鹿高いっていうのに、怒り状態で防御力ダウン、聖属性耐性大幅ダウンと更にダメージが跳ね上がっている。

 それこそ比喩ではなく、ガチで魔法系DPS数人分の火力を叩き出しているんじゃねえかと思うくらいに。


 クァール教官を周回していた頃から薄々勘づいていたことではあったが、リリジャス・レイはそれ自体が破格のスペックを有している。

 基本職の今だから余計ぶっ壊れに感じるが、このまま攻略を進めたとしても一線で使い続けることができるだろう。


 麻痺にスタンと、今のところは順調に戦況を進められている。

 だが、これでも悪樓を倒せるかは怪しいところだ。


 戦闘が始まってから、かれこれ十分近くが経過している。

 正直、いつ呪獣転侵自爆装置が暴発してもおかしくない状況にあった。


 もしもの時の聖女の聖霊水保険はあるが、可能であれば温存しておきたい。


 このスキルを使うのであれば、自分の意思で発動させるべきだ。

 願わくは使わずに済ませたいところだけどな!


「――皆んな気をつけて! スタンが解けたよ!」


 スタン中二回目のトリプルスラッシャーを叩き込んだところで朧が叫ぶ。


「チッ……もう終わっちまったか」


 ついでに怒り状態も解除されたようで悪樓の全身から噴き出していた黒いオーラは鎮まり、行動速度も元に戻っている。

 ここからはダメージ効率が下がってしまう。


 もう一度スタン値を貯める動きに切り替えるか……いや、スタンを狙うのは、朧と囮役を交代している時か、ダウンや麻痺といったような大きな隙が生じた時だけでいい。

 なら当初の予定通り、朧が囮役になってくれている間はDPSに集中するべきだ。


「テンション上がってエンジンも完全に暖まってきたしなぁ!」


 攻撃は継続、槍と剣の連撃を叩き込もうとした時だった。


 突如、悪樓を覆う黒いオーラが急に収束を始めた。

 同時に動力の切れた人形みたく悪樓の行動の一切が止まる。


 おいおい、まさか……ここに来て初見技かよ。


 あまりに不自然過ぎる挙動に背筋に悪寒が走った瞬間、モナカが慌てて声を上げた。


「ぬしっち下がって! 多分、ヤバいの来る!」


 反射的にノータイムで攻撃を中断、俺は後ろに向かって全力疾走し、咆哮衝撃波の範囲よりも外側にジャンピングダイブする。




 刹那――悪樓を中心に黒いオーラによる凄まじい大爆発が巻き起こった。




「あっぶねええええ!!!」


 何だよ今の!?

 まさかこんな隠しダネを持ち合わせてるとか全く聞いてねえよ!


 モナカが叫んでくれたおかげでどうにかギリギリ回避が間に合ったが、もし巻き込まれていたら間違いなくHPは全損。

 俺の身体は一瞬でポリゴンと化していただろう。


 近距離で戦っていたのが俺だけだったからまだ良かったけど、普通のパーティーだったら下手すりゃこれだけで前衛崩壊とかだって有り得ただろ。


「ジンム君! 大丈夫!?」

「……なんとかな。あと少しでも足が遅ければ死んでたけど」


 シリーズボーナスの脚力強化の恩恵もあるが、マジで最初AGIにPPをガッツリ振っておいたのが功を奏した。

 でなければ、範囲外に逃れることはできなかったはずだ。


 朧の腕を借りながら立ち上がり、俺は悪樓を見据える。


 さっきの爆発で生命エネルギーを使い果たしたのか、地面に倒れ込み動く気配が微塵もない。

 全身を纏っていたオーラも完全に消え、ぱっと見だと亡骸と化したように思えた。


 HPが尽きたのか……いや、んなわけねえよな。


 自分で言うのもなんだが、現状俺らが与えたダメージの総量は今まで挑戦してきたどのレイドパーティーよりも多いとは思う。

 戦闘開始からここまでDPS組は全員、一時離脱することなくずっと悪樓にダメージを与え続けられているし、ライトが作ってくれた装備とひだりが作製してくれたライトニングボムのおかげで、人数差を跳ね除けるくらいには一人当たりの火力が他プレイヤーとは一線を画しているわけだしな。


 だからと言って、戦い始めてからまだそんなに時間が経っていない状況で悪樓が倒れるとはとてもじゃないが考え難い。


 仮にもこの三日間、多くの挑戦者を無慈悲に叩き潰してきたレイドボスだぞ。

 というか、本当に倒せたのならとっくにバトルリザルトが出現しているはずだ。


 何が起こっているのか事態を把握できずにいると、シラユキとモナカも俺たちのところに集結してきた。


「ジンくん! 無事そうで良かった。でもこれって何が起こってるの……!?」

「分からない。ただ、気を抜くにはまだ早いってことくらいしか」

「それな。あからさまに何か起きますよーって匂いプンプンしてるよね、これ」


 モナカの言う通り、これで終わりなはずがない。

 何が起こってもいいように警戒を強めたところで、悪樓に異変が起こった。


 悪樓の背部全体に大きな亀裂が入り、他の部位にも細かなひび割れができる。

 そこから怒り状態の時以上の勢いでドス黒いオーラが噴き出し、中から何かが突き破って出てきた。


「竜魚って言ってたのは、こういうことかよ……!!」


 そいつの姿を目の当たりにした瞬間、ビアノスで町長が口にした言葉を思い出す。


 体長はおよそ十五メートル程。

 全体的に大蛇のような細長いシルエットをしているが、三本爪の四肢が伸び、首裏から尻尾にかけて鬣のような鰭が生えている。


 所々に怪魚だった頃の面影を残してはいるが、見た目は完全に竜種のそれだ。

 いや……竜と言うよりは、と表現した方が正しいか。


 そいつは体外に出てくるや否や、翼も無しにふわりと宙に浮き上がる。

 そして、そのまま上空に舞い上がると、黒いオーラを纏わせながら劈くような咆哮を轟かした。




————————————

災禍の呪いはその生物の構造そのものを変質させる。

肉体の大きさ、魔力の属性、そして……種族すらをも。

斯くして渓谷の怪魚は、竜として伝承を残した。彼の竜が齎すのは破壊。

空を駆け、谷を脱すれば、無辜の人々は為す術もなく竜の前に散るだろう。

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