強行突入、駆け抜けて

 作戦会議を終え、最後の下準備を整えているうちに、あっという間に時は流れ、現在時刻は19:48——、


「うっわ、なんだよこの人だかり。ちょっとしたイベント会場みたくなってんじゃねえか」


 まだ『アルゴナウタエ』の連中が来るまで大分時間があるというのにも関わらず、ネクテージ渓谷の最奥部——ボスエリア付近の岸辺は、多くのプレイヤーでごった返していた。


 パッと見た感じ、十五人前後のパーティーが三つか……あ、昨日の夜に予行演習して蹴散らされてた奴らもいるな。

 逆張り連合は……見当たらない、あの戦いで消費したアイテムの補充が間に合わなかったか。


「まさかもうこんだけ人が集まってるとはな。これもトップクランの影響ってやつか」

「そうだろうねー。しかも声を掛けてきたのは上澄みも上澄み、超少数精鋭の有名クラン『アルゴナウタエ』だからね。そりゃ皆んな入りたがるでしょ。掲示板とかでもかなり話題に上がってたみたいだし」

「ふーん、そんな魅力的なもんかね」


 倍率数十倍……下手したら三桁にすら届きそうな、えげつねえ競争率を潜り抜ける必要があるのによくやるよ。


「確かクランの人が来るのって9時からでしたよね? この様子だとまだ人が集まるような……」

「それにこのままボスフロアに入ろうとして、素直に通してくれるのかな?」


 それぞれ疑問を口にするシラユキと朧に対し、ライトは頭を振って答える。


「確かに『アルゴナウタエ』のメンバーがここを訪れるのは二十一時と予定はしているが、その前にボスに挑もうとしても、素直に「はい、どうぞ」とはならないだろうな。今、ここでやられると困るのは抜け駆けで倒されることだろうからな」

「そっかー。もし、無理に通ろうとするとどうなるかな……?」

「あそこにいる全員から拘束されるか、もしくは袋叩きにされてPKされるのがオチだろうな。一時的にレッドネームになるリスクとトップクランに入れるかもしれないリターン。両方を天秤にかけた時、連中がどっちを取るかなんて言うまでもないだろう?」


 まあ、言わずもがな後者だな。


 もしここにいるのが一パーティー程度の人数であれば、もしかしたら無謀にも少数で挑む命知らず達として通してくれたかもしれないが、五十人近くもいるとなれば話は変わってくる。


 いくら無謀な挑戦で、ほぼほぼ負けると分かっていたとしてもだ。

 最悪の可能性を見据えて、少しでも不穏因子を取り除こうとPKをしてでも止めようとする奴が一人でも出てくれば、それに続いて他の連中も襲いかかってくる可能性が高い。


 赤信号を皆で渡れば怖くないように、たとえそれが合理的な判断では無かったとしても、場の雰囲気に流されて極端な行動に出てしまうのが集団心理というもの。

 それに十五人で止めるよりも、五十人がかりで止めた方が抵抗された時の損害も少ないだろうしな。


「はぁ……めんどくせえ。いっそのこと全員返り討ちにしてやるか……?」

「おっ! ぬしっち、血気盛んだねー! いいね、バトっちゃう? ジェノっちゃう!?」

「止めておけ。そんなことしたら悪樓戦どころではなくなるだろ。あとモナカは乗ろうとするな」

「けど、どのみち強行突破して悪樓を撃破しようもんなら、連中から恨みを買うことには変わらないだろ。どうしたって荒れるのは避けられねえぞ」


 自分で言うことではないが、俺らがこれからやろうとしようとしているのは、これからいざ椅子取りゲームが始まろうって時に、肝心な椅子をぶっ壊してゲームそのものを台無しにするようなものだ。

 椅子を作った俺からすれば、ゲームがどうなろうとそんなもん知ったこっちゃねえわけだが、今日の為に準備を整えてきた連中からすればたまったものじゃないだろう。


 あそこにいる連中から罵詈雑言を浴びるだけで済めばいいが、中には以前にシラユキをナンパしてきた奴らみたく、粘着して嫌がらせをしてくる人間が出てくる可能性だって否めない。

 どの界隈においてもマナーが良い連中ばかりではないってのが世の常だからな。


 だからってここで大人しく引き下がる理由にはならないけど。


 連中がやっているのは、いつでも自由に手に取れる商品の目の前で勝手に列を作り、関係ない人間にも順番待ちを強制させるようなものだ。


 身内ルールである以上、俺らとしてはわざわざそれに付き合ってやる理由もなければ、文句を言われる筋合いも無い。


「……そうだな。ジンムの言う通り、穏便に済ますのはかなり難しいだろう。だからここは、俺たちに任せて欲しい」


 少し考え込む様子を見せた後、そう言ってライトはメニューを操作すると、ひだりを除いた全員にアイテムの譲渡申請を飛ばしてきた。


「……こいつは?」

「”名無しの外套”――パーティーメンバーを除いた他者からプレイヤーネームが表示されなくなる。ただそれだけのアクセサリーだ。レッドネームの場合は無効化されるがな。こいつを装備すれば、顔と名前が割れるのを防げるはずだ」

「随分と用意がいいな。たまたま四人分持ち合わせてた……ってわけではないよな?」


 とりあえず申請を受諾し、早速貰ったアクセサリーを装備してみる。


 なるほど、フード付きの黒マントか。

 足元まで覆われているタイプのようだし、これなら今の派手な防具一式も隠せそうだ。


「無論だ。……実を言うと、レイアがビアノスに現れ、レイドを利用した入隊試験を行うと宣言した話を聞いた時点から、こうなることはいくらか予想がついていた。だから、もしもの為にと製作だけしておいたんだが……本当に使うことになるとはな」


 言い振りからして、名無しの外套を渡すのはあまり本意ではなかったのだろう。

 まあ、これが必要になるってことは、手荒な手段を取らざるを得ないってことに他ならないもんな。


「……それで、これから二人はどうするんだ? まさかこのまま突っ込めってわけじゃないよな?」

「そこは安心していいよ。アタシらがばっちしサポートするから!」


 ひだりはドンと胸を叩きながら言うと、インベントリから何やら手のひらサイズの球体を取り出した。


「じゃんじゃじゃーん! アタシ特製の奇襲、逃走の頼れるお供、煙玉〜! これを使えばあそこの集団全員もれなく”視界不良”にすることができるよ。効果時間はそこまで長くはないけど、ジンムたちがボスフロアに入れるくらいの時間は稼げるはずだよ」

「そうか。よろしく頼む」

「合点! それじゃあ、ここからスピード勝負になるから気を引き締めてね。他の三人も準備はいい?」


 ひだりの問いかけに、モナカが「もち!」と即座に頷き、少し遅れて朧、シラユキの順で二人も首を縦に振る。

 それからひだりは、腰に下げていたスリングショット——これがひだりのもう一つのメインウェポンらしい——に煙玉を装填してみせた。


「よし! じゃあ三、二、一のカウントダウンで行くよ。――三、二、一……Go!!」


 そして、掛け声と共にスリングショットから煙玉を射出するのに合わせて、俺らはボスフロアに向かって駆け出すのだった。




————————————

武器種スリングショットの特徴は簡単に言うと、射的が短い打撃属性版の弓です。

しかし、弓と違ってアイテムを射出できる強みがあり、ボム系アイテムと組み合わせることで簡易的グレネードランチャーのような運用が可能です。アタッカーよりサポーター向けの武器でもあります。

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