決意、伝えて

 このゲームのNPCは、どんなモブであっても例外なく一人ひとりが独自の思考ルーチンと個別のバックボーンを持っている。

 言い換えれば感情と記憶を持ち合わせているいうことであり、つまりそれは一つの生命としてこの世界に存在しているということだ。


 分かってはいたつもりではあったが、子供たちの話を聞いているとそう改めて認識させられる。


「――おれ、大きくなったらおにいちゃんたちみたく、ぼうけんのたびに出るのがゆめなんだ!」

「わたしはたくさんおべんきょうして、クレオーノでがくしゃさんになるの!」

「ぼ、ぼくは……おとうさんみたいにこのまちをりっぱにして、みんなからすごいっていわれるばしょにしたい……!」


 子供たちはそれぞれ目を輝かせて自身の夢を語り、それを聞いたシラユキがうんうんと頷きながら嬉しそうに微笑む。


「皆なら必ず夢を叶えられるよ。ジンくんもそう思うよね?」

「……ああ、そうだな」

「ほんとう!? やったー! おれ、がんばるよ!」


 これまでの人生経験上、まともに子供と接する機会が皆無に等しいせいで相槌を打つだけの聞き役に徹することしかできない俺と違い、シラユキは自然に子供たちと接している。


 一応、形式的には共にクエストを進行させているのかもしれないが、今は完全にシラユキにおんぶに抱っこ状態だ。

 とはいえ、ここででしゃばったとしても俺じゃロクに会話を続けられる気がしないから、このままシラユキに会話の主導権を委ねておくべきか。


 などと考えていると、街を立派にしたいと語った眼鏡の少年が、ふと表情を曇らせた。


「でも……けいこくでつよくてこわいかいぶつがあらわれて、まちをおそおうとしてるんだよね? おとなの人たちみんなそう言ってるよ。それに……かいぶつがでるようになってから、おとうさんの顔がいつもよりくらいんだ」


 強くて怖い怪物……悪樓のことだろうな。

 NPCの間でもかなり噂になっていたみたいだが、子供の耳にまで入ってるのか。


「……ねえ、おねえさん。かいぶつがおそってくることなんかないよね?」


 恐る恐る訊ねる少年に対して、シラユキは言葉を詰まらせる。

 だが、ほんの少しの逡巡を挟んでから意を決したように、にこりと笑って見せた。


「——心配しなくても大丈夫だよ。これからお姉さんたちが、その怪物をやっつけてくるから」


 その宣言は子供たちを安心させる為でもあるが、自分に発破をかける為であるようにも思えた。


「ほんとうに……? かいぶつ、やってこない?」

「うん、本当だよ。お姉さんとジンくんを信じて。……だよね、ジンくん?」


 おお……ここでキラーパスが来るか。

 ……けど、ここで適当に流すわけにもいかねえよな。


 子供たちの期待と不安が半々に入り混じった視線を一身に受けながら、俺は迷うことなく答える。


「ああ、怪物退治は俺らに任せておけ。だから……お前らの父さんと母さんにも伝えといてくれ。渓谷の怪物は今夜でいなくなるってな」


 そして、子供らに笑顔が戻ってきた時だった。


「――ライアン、すまない待たせたね」

「あっ、おとうさん!」


 ふいに男の声が聞こえ、振り返ってみると、眼鏡の少年と似た顔つきの男がこちらに向かって歩いて来ていた。


「……この方たちは?」

「たんさくしゃさんだよ。さっきまでぼくたちの話しあいてになってくれてたんだ!」

「ど、どうも……」


 シラユキが軽く会釈をしたのに合わせて、俺もそれに倣う。

 すると男は、丁重に深々と頭を下げて見せた。


「そうか、息子に付き合ってくれて感謝する。私はマリオス、この街の町長をしている者だ」


 ……なるほどな、さっき眼鏡の少年がお父さんみたいにって言ってたのは、父親が町長をしていたからか。

 というか、この街にちゃんと町長って存在してたんだな。


「別に俺は通りかかっただけだ。それより、あんたが町長っていうんなら丁度いい。こいつらにもついさっき伝えたが、一つ宣言しておきたいことがある」

「……何かね?」

「これから俺らは、渓谷の怪物をぶっ倒しに行く」

「何っ!? まさか伝承の竜魚のことか!?」


 ん、竜魚?

 悪樓のことだろうけど、あれに竜要素なんかあったか……?


「無茶だ! あれは人が束になってかかっても勝てるような相手ではない。いくら探索者といえど、返り討ちに遭うのが関の山だ!」

「……そうだな。一昨日からかなりの探索者があの怪物に勝負を挑んではいるが、尽くが無惨に奴に敗れ去っていったよ」

「だったら……!」

「あんたが言おうとすることは分かる」


 手で制してから、俺は続きを口にする。


「だけどな……ここには冒険を夢見る奴がいる。この街を出て学者になる夢を持つ奴がいる。この街を発展させたい奴がいる。俺らはそいつらの夢の道を潰えさせたくねえ。その為なら、怪物だろうが何だろうがぶっ飛ばしてやるさ。だから……礼を言うんだったら、俺らが怪物を討伐した後にしてくれ」






「ごめんね、さっきはあんな大口叩いちゃって」


 シラユキに謝られたのは子供らと別れ、宿屋に向かう途中のことだった。


「どうした、いきなり?」

「ジンくん、さっき町長さんに悪樓を倒すって宣言してたでしょ? それって、私が子供たちに悪樓をやっつけるなんて息巻いたからなのかなって。もしそうだとしたら申し訳なくて」

「……なるほど、そういうことか」


 確かに俺が町長に対して大見栄を切ったのは、最初にシラユキが子供らに言った一言がきっかけだ。

 それから話の流れで悪樓ぶっ倒す宣言をしたわけだが、


「シラユキが謝るようなことじゃねえよ。俺は宣言するまでもなく元々あいつを倒すつもりだったし、ロールプレイとして見れば、あの時シラユキがとった対応は間違ってはいない。寧ろベストアンサーに近いくらいだ」


 おかげで新しいクエストに派生したわけだしな。


 町長がやって来たことで『パパが帰ってくるまで』を達成すると同時に、町長から別のクエスト——『渓谷に巣食う黒の竜魚』を受注していた。

 クエストが連鎖して発生するのは、武具屋の一件で経験済みだから大して驚きはしなかったが、まさか悪樓討伐までクエストになるのは予想外ではあった。


「それに子供らと悪樓を倒すって約束、生半可な気持ちでしたわけじゃないんだろ?」

「それは……そうだけど」

「なら何も文句はねえよ。ちゃんと約束を果たせるように頑張ろうぜ」


 言って、俺はシラユキの背中をポンと叩く。

 ただ、シラユキはどこか晴れない表情で顔を俯かせていた。


「……ねえ、ジンくん」

「ん、なんだ?」

「もし私が……ううん、やっぱりなんでもない」


 しかし、頭を振って顔を上げると、子供たちに宣言した時のような笑みを浮かべて口を開いた。


「——私、頑張ってあの子たちとの約束守ってみせるね」


 その笑顔につられるように、俺も悪樓撃破に向けて一層気を引き締めるのだった。




————————————

町長が現れたタイミングで子供達の好感度が低いと、そのままクエストは終了し、町長からのクエストは受注することはできません。

なので、子供達と親身に接して、子供達から好かれる必要があったんですね。

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