発生する術技の上限、天魔が去りし渓谷にて

 呪獣転侵の問題点は、発動=デス確定というのもそうだが、スキルの存在自体もかなりのデメリットになっている。

 再びスキルの効果内容に目を通しながら、ライトが哀れむように眉を顰める。


「それにしても……アーツのスロット枠が六つも食い潰されるのは、中々に厳しいものがあるな」

「マジでそれな。そのせいで折角のメリットが活きなくなってるし」


 アーツスキルは理論上、習得できる数に上限は設けられていないが、一度にセットできる数には限りがある。


 初期に選択できる基本職であれば、最大セット可能数は十六個。

 上級職にクラスアップすれば八枠、更にクラスアップすることでもう八枠と段々に増えていくとのことだ。


 だが、呪獣転侵を習得してしまったせいで、俺のセット可能なアーツスキルの数は最大十個に減少してしまっている。

 しかもスキルセットから取り外し不可というデメリットがあるせいで、嫌でもこの状態と付き合っていかなきゃならないというおまけ付きだ。


 アーツスキルはステータス、装備と並んで戦術の中核を担う重要な要素だ。

 ましてや呪獣転侵のメリットであるはずのリキャスト短縮が、三分の一近くもスロットが削られていることによって死んでしまっているのは痛手と言わざるを得ない。


「本当だったら余った枠に移動、回避系のスキルをセットしておきたかったけど……仕方ねえ。習得したら攻撃系のスキル幾つかと入れ替えるか」


 今みたいにスキルの枠が全部埋まってしまったとしても、新たなスキルを習得することはできる。

 その際に現在セットしているスキルと入れ替えられるし、そうしなかった場合でも専用の施設に行けば、今までの習得したアーツスキルを後から再セット可能になるから、スキル構成については特に悲観する必要はない。


 セット数の問題に関しては上級職になるのが一番の解決策なのだが、クラスアップが解禁されるのは、セカンダリージョブと同様クレオーノに到達してからだ。

 だから、今あるスロット枠を上手くやり繰りして壊邪理水魚を倒す必要はある。


 ただまあ、不幸中の幸いとして聖黒銀の槍があるのがせめてもの救いか。

 最悪、レベルを上限の30まで上げてからステータスと武器性能のゴリ押しで突破することもできるしな。


 ――とまあ、思いもよらぬ形で縛りプレイを強いられることにはなったが、こういうハードモードに移行する展開も個人的には嫌いじゃない。


 ただ……唯一心苦しいのは、俺の厄介ごとにシラユキを付き合わせてしまっていることだ。


 ここまでは偶然だったり事故だったりでこんなことになっているが、ネロデウス討伐を目標に掲げている以上、今回みたいなことが起こると分かっていても、俺は自分から首を突っ込むだろう。

 けど、今の状態でそうすると、必然的に彼女も茨の道に引きずり込む事になる。


(……流石にそれは、シラユキに悪いよな)


 ちらりとシラユキを横目にしながら、俺は密かにそう思う。


 俺がシラユキと一緒にプレイしているのは、元々彼女のプレイヤースキルを鍛える為だ。

 あともう少し戦闘を重ねて感覚を掴めれば、俺以外のプレイヤーと組んだとしても問題なく戦えるレベルになるだろう。


 そしたら俺の役目は終わりを迎え、シラユキも俺と組む理由はなくなる。


 どういう訳かシラユキは呪獣が発症していないようだったから、他のプレイヤー達と行動を共にしていたとしても腫れ物扱いされることはないはずだ。


 ネロデウス討伐はあくまで俺個人の目標だ。

 シラユキを無理に付き合わせる必要はない。


「――今後の計画をちゃんと考えねえとな」

「……あれ、ジンくん。今、何か言った?」

「いいや、何も。それよりも後で付き合ってくれないか。できればライトとひだりも。ちょっと試しておきたいことがある」


 けどまあ、まずは獣呪がどんなものか確かめてみないとな。




 *     *     *




 ――ジンムとシラユキがなす術もなく天魔の前に散ってから少し後のこと。


 ネクテージ渓谷最奥部のボスフロア前には、三人のプレイヤーの姿があった。


「二人とも準備はいいか?」

「ええ、バッチリよ!」

「はい、私も大丈夫です」


 大剣を背負うリーダーらしき少年カズトの声掛けに答えるのは、弓を装備した狩人の少女セーラと短杖を手にする魔術士の少女ブルー。

 三人は同じ中学の部活仲間であり、アルカディア・クエストが初MMORPGという正真正銘ピカピカのルーキー達だ。


 彼らの平均レベルは24。

 全員が推奨攻略レベルの21を上回り、尚且つ装備も十全に整っている。

 余程のことがなければ、苦戦することなくエリアボスを撃破できることだろう。


「よし、それじゃあ行こう!」


 カズトを先頭に川岸から水面に突き出ている岩場を伝い、エリアボス壊邪理水魚が待ち構える中州へと突入する。

 前回挑んだ時は、水中からの飛び出しタックルに上手く対応ができず全滅してしまったが、今回は全員が戦闘中のポジショニングを頭に叩き込み、しっかり対策してきている。


(今度こそ僕たちが勝つ!)


 カズトはそう意気込みながらボスフロア内に降り立つと、ふとある違和感を覚えた。


「あれ、なんか辺りがやけに暗いっていうか黒くない……?」

「そうね。夜だからっていうのはあるかもしれないけど、こんなに視界が暗くなることなんてなかったはずよね?」


 セーラもすぐに異変に気がつく。

 外から見たボスフロアと中に入った時の景色が明らかに違うのだ。


 地面は所々、煤がついたかのように黒い何かに覆われ、黒い霧のようなものがフロア一帯にうっすらと立ち込めている。

 それと気温が下がっているわけでもないのに、背筋がゾクっとする寒気に襲われる。


「なんだよ、これ……!?」


 不穏な演出に三人は戸惑いを隠せずにいると、ブルーがフロアの反対側を指差して声を張り上げる。


「……っ!! あそこを見てください!」


 ブルーが指差した先――水中からゆっくりと姿を現したのは、どす黒いオーラに覆われた全長二十メートルを超える怪物だ。


「嘘、だろ……!? あいつは一体……!?」

「え……前に見た時と違う! なんで急にボスが変わってるのよ!?」


 鮫に四肢を生やしたような体躯に、板皮類のような強靭な顎を持つ頭部。

 そして竜種を彷彿とさせる全身を覆う青鈍色の外殻。


 ぱっと見の姿は壊邪理水魚を彷彿とさせるが、中身は全くの別物だ。


 ――レイドエネミー悪樓あくる

 とあるプレイヤーと同じ呪いをその身に受けた怪魚は、更に強大な化け物となって大河の渓谷に解き放たれた。




————————————

ジンム達とネロデウスが戦ってた時、速攻で倒された壊邪理水魚ですが、実はまだ生きていました。

本来ならそのまま呪いで死ぬはずだったのですが、偶然にもなんか克服した結果、完全に別物となって復活してしまいました。

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