獣の呪いと呪縛の術技

「「――え、何これ?」」


 ビアノスにある宿屋の一室で声を揃えたのは、左右の兄妹ライトとひだりだ。

 リスポーン後、ネロデウス関連で伝えたいことがあると伝えたら、飛んでやって来た。


「俺にも分からないから二人に来てもらったんだけど……そうか、情報無しか」


 兄妹の視線の先にあるのは、俺が開いているメニュー画面。

 さっきの戦闘で発症した特殊状態”獣呪”と習得したアーツスキル『呪獣転侵』の説明文だ。




————————————


[獣呪]

 災禍と化した獣に刻まれた無辜の呪い。自らの破滅と引き換えに、強大な膂力をその身に宿す。

 一度顕現した呪いを祓う術はなく、己が死か、高潔なる聖者の祈りによって鎮める他なし。

・ATK、DEF、SATK、SDEF、SPD、TEC上昇(大)。

・全属性耐性強化(大)※聖属性を除く。

・アーツスキル再使用時間大幅減少。

・状態異常無効。

・聖属性耐性大幅低下。

・一定時間毎にHP減少、更に一定時間経過後、最大HP減少効果追加。

・最大HP上昇効果無効。


『呪獣転侵』

 身体の奥底に眠る災禍の獣の呪いを解き放つ秘術。暴走する厄災は使用者の命だけでなく術技をも喰らう。

 ――我ガ身、仮令災禍ノ呪イニ穢レ滅ビトモ、タダ眼前ノ敵ヲ屠ルノミ。

・自身を獣呪状態にする。

・獣呪中、闇属性攻撃性能強化(大)。

・戦闘中、低確率で自動発動。

・戦闘中、一度のみ発動可能。

・スキルセット上限-6。

・スキル取り外し不可。


————————————




 改めて読んでみて、俺は心から思う。


 ――効果に対する代償が鬼畜過ぎるだろ!


 なんだよ、この一度発動したら確実に死ぬ時限式の自爆スキルって。

 上半分だけだったらただの壊れスキルだけど、下半分が加わったら(物理的に)死にスキルじゃねえかよ。


 自分が壊れるスキルで、壊れスキルってか?

 やかましいわ!


 ……そりゃ呪いだからデメリットの方がデカくなるのは当然だけどさ。

 だからって、使ったら死ぬよ、使わなくてもたまに勝手に発動して死ぬよ、は流石に理不尽極まりまくってるっての……。


 けどまあ、それは一旦置いておくとして。


 ……うん、とりあえずあんたらが何を言いたいのか分かるぞ。


「お前、一体何をやらかしたらこうなるんだ?」

「ジンム、一体何をやらかしたらこうなるの?」


 そう言うと思ったよ。


 半ば呆れたようにため息を吐き、再び声を揃える兄妹。

 俺は、肩を竦め頭を振る。


「知らん。ネロデウスにボコられた結果こうなったとしか」

「いやいや、ボコられたからって普通こうはならないよ。どうせ、君のことだからタダでやられたわけじゃないんでしょ?」

「まあ、な。それなりに足掻いてはみせたけど……終始弄ばれた挙句、最後は大技叩き込まれてリスポーンだ」


 最後に落としてきた広範囲攻撃と、その直前に展開してきた強烈なデバフ効果を伴う黒の領域。

 あのデスコンをどうにかしない限りは、プレイヤー側に勝機はない――って、


「あのさぁ……ドン引くのやめてくんねえかな?」


 このやり取り昨日もやったぞ。


「無理無理! だって大技って多分、黒いもやもやで動けなくしたところに大きな魔力の塊でドーンってやつでしょ!?」

「あ、ああ。よく分かったな」


 大袈裟なジェスチャーを交えながら訊ねてくるひだりに首肯すると、ひだりは「ほら!」とビシッと指を差す。


「やっぱりエクリプスだ! だってその技はアタシらが何回も挑んで、最近になってようやく引き出せたんだから。だというのに……なんで初見でそこまで持っていけちゃうの!? ジンムのプレイヤースキルいかれてない!?」

「酷え言い様だな、おい。まあ、人並み以上なのは否定はしないけどさ」

「しないんかい!」


 だって仮にもJINMU出身だし。

 あれを経験して自分の技量を一般的だと謙遜するのは、一種の嫌味っていうか最早傲慢になるだろうよ。


「ところで……エクリプスって単語はどこから出てきた? 災禍の七獣に関するエネミー情報とか調べようがないだろうに。まさか自分で名付けたってわけでもないだろ?」

「あ、それはねー、セカンダリージョブの恩恵ってやつだよ」

「セカンダリージョブって……あれか。確かクレオーノから解放される追加のジョブシステムだったか」

「そ! アタシは学者スカラーだから、戦ったエネミーの情報が分かるんだ!  エクリプスはそこに書いてあったよ」


 えへん、と誇らしげに胸を張ってからひだりは、メニューからネロデウスのデータを開くと、それを俺とシラユキに見せてくる。


「本来だったらレベルとかステータスとかもちゃんと表示されるんだけど、相手が災禍の七獣だからなのか、そこら辺の情報は全然開示できてないんだよね。でも、使ってくる技の詳細はちゃんと書いてあるよ」


 ひだりの言う通り、ステータスは全て[???]に埋め尽くされてしまっているが、使用技一覧には幾つかの技名が表記されていて、その中には確かにエクリプスの文字があった。


「エクリプス——闇+魔属性複合の広範囲攻撃。攻撃後、一定時間戦闘エリア全域にいるプレイヤーに闇+魔属性複合の多大なスリップダメージ。デビリディマリスレギオンの領域内では威力上昇……って、慈悲のかけらもねえな」


 へえ、というかあれって一撃技じゃなかったのか。

 一瞬でHPが0になったから、てっきり超高火力な単発攻撃だと思ってた。


 え……じゃあ、あいつに勝つためにはあの多段ヒット耐えなきゃいけないのか。

 ……うん、冷静に考えてみて無理ゲーじゃね?


 少なくとも正攻法では、どう足掻いても耐えることはほぼ不可能だと思われる。

 もしエクリプスを耐え凌ぐとするとしたら、説明文に書かれているデビリティマリスレギオンってやつをどうにかするしかなさそうだ。


 説明文を読む限り、そいつがなければ威力を抑えられるってことだろうし。


 あとついでにデビリティマリスレギオンにも目を通してみるか。

 恐らくこれが、広域に黒いオーラを展開する技だと思われる。


「……うっわ、追加効果のデバフえげつな。盛り過ぎだろ」


 各種ステータス、属性耐性、状態異常耐性の大幅低下にプラスして、強制的に動きを低速化させる鈍足、アーツスキルが使えなくする封印、疑似的なデスペナ状態になる虚弱……etc.といった諸々の状態異常付与。

 プレイヤーを絶対に殺してやるという運営の強い意志を感じられる。


 ここまで殺意モリモリのデスコンボを用意されてると思うと、いっそ清々しく思えてくるわ。


「——けど、こいつをずっと温存したまま戦ってたってことは、やっぱりあいつにとって、俺との戦いは戯れに過ぎなかったってことか」


 改めて俺とネロデウスとの力量の差を痛感させられる。


(これ、本当に倒せるのか……?)


 一抹の不安が過ぎるほど、討伐までの道のりの長さと険しさを突きつけられるのだった。




————————————

獣の呪いは■■■■■■■■を根源とする。

故に死の呪いであると同時に探索者に力を齎す。


ジンムにドン引きしてる兄妹ですが、プレイヤー全体から見たら彼らも十分にヒエラルキーの上位に位置します。

ただ、JINMUという魔境で育ったRTA勢が人外なだけです。

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