天魔の洗礼

 ネロデウスがどす黒いオーラを四肢に纏わせ、ギリギリ視認可能な速度で繰り出してくる攻撃を聖黒銀の槍とジャストガードを巧く使い分け、死ぬ気でどうにか捌いていく。


 一瞬……コンマたりとも気の緩みは許されない。

 僅かにでも隙を見せた時点で即、俺の身体はポリゴンと散ることになる。


「アッハッハ! ここまで来ると逆に楽しくなってくるなあ!!」


 微塵も笑ってられる状況ではないのだが、一周回って笑いがこみ上げてくる。

 半ばヤケクソ状態で且つガチのガチで戦ってるから、少しハイになってるのもあるかもしれない。


 壊邪理水魚はというと、とっくにネロデウスによって葬られており、死体となってエリアの端に転がっている。

 なんで消滅せずにいるかは不明だが、その理由を考えている暇はない。


 それよりもネロデウスに全神経を研ぎ澄まして意識を集中させる。


「――けど、全く勝てるビジョンが見えねえな!!」


 戦闘が始まってから何分経過したかは分からないが、未だに有効な一撃を与えることが出来ていない。

 ちょくちょくカウンターを叩き込んではいるのだが、その悉くが全くと言って良いほど通用していない、というのが正しいか。


 攻撃を当てた時の手応えは確かに感じている。

 なんなら相当数クリティカルを叩き込んでいるはずだ。


 だというのに、ダメージは全くと言っていいほど入っておらず、常時スーパーアーマー状態なせいでノックバック、怯みすらも一切無し。


 おまけにシラユキが放ったリリジャス・レイも真正面から受け止めて難なく掻き消していた。


 最初は攻撃無効化や無敵状態になっているからなのかと思ったがそうではない。

 ただ単純に、俺らと奴の力の差が天と地ほどにかけ離れているだけだ。


 まあでも、そりゃそうだよな。

 たかだかちょっと強い装備を持っているだけのレベル20前後のプレイヤーが、ガチ勢すら歯が立たない化け物に勝てるわけがない。


 むしろ、ここまでノーダメで持ち堪えているだけで僥倖と言って良いだろう。


 加えて残念なお知らせとして、ネロデウスは全く本気を見せていない……いや、それどころか間違いなく舐めプしてきてやがる。

 すげえ癪だが、こいつの攻撃からは所々手心のようなものを感じる。


 証拠として出てきて早々、壊邪理水魚には黒い衝撃波を放ち一撃で撃沈させたのにも関わらず、その攻撃を俺らには一切使うことなく肉弾戦を仕掛けて来ている。

 更には後ろから術で援護をしているシラユキには全く手を出さずにいる。


 別に俺が挑発でネロデウスのヘイトを向けているわけではない。

 なんなら挑発は失敗に終わっている。


 にも関わらず、ずっと俺だけに攻撃を仕掛けているということはつまり、ネロデウスは自らの意志で俺を攻撃対象に選んでいるということだ。


 というか、奴が本気を出していたらタゲ集中とか云々関係なく、俺とシラユキ共々仲良く瞬殺されて、とっくにリスポーンさせられていることだろう。


「おら、もっと本気でかかってこいよ! じゃなきゃ、いつまで経っても俺は倒せねえぞ!!」


 ボスフロアで戦っている以上、逃走という選択肢は存在しない。

 というよりこいつから逃げ切るのがまず不可能だ。


 最初から分かりきってはいたが、これは間違いなく正真正銘の負けイベだ。


 間違ってもこの戦いに俺らが勝利するという未来はない。

 俺らが選べる未来は、戦うことなくただ奴に蹂躙されるか、戦って無惨に命を散らすか、どのように敗北するかということだけだ。


 だったら俺は、後者を選ぶ。

 その結果、アイテムが全部消えようが、装備がぶっ壊れようが、俺は最期まで足掻いてやる。


 こいつにとって俺らは羽虫程度の存在かもしれないが、絶対一矢報いてから逝ってやるからな。

 決意を固め、ネロデウスの次の行動を窺った瞬間だった。


 突然、ネロデウスは傍から見ると醜悪な笑みにしか見えない嬉々とした表情を浮かべると、攻撃を中断して俺から距離を取り始める。


「は?」


 HPはミリを削れたかどうかも怪しいのに、なんで離れる。


「……おい、なんか嫌な予感がするんだけど」


 行動パターンの変化。

 負け確の戦闘でこれが起きた場合、考えられることは一つ。


 ――必中必殺の大技の発動だ。


 ネロデウスはフロアの中心まで飛び退くと、左右の拳を突き合わせてから勢いよく両腕を振り払う。

 直後、地面を這うようにして奴に纏っている黒いオーラが一気に拡散し、瞬く間にフロア全体を呑み込んだ。


 黒いオーラが足元を通り過ぎた途端、一歩も足を動かすことができなくなるほどに全身が鉛のように重くなる。

 この感覚には覚えがあった。


「くっ……完全疲労とかマジ、かよ。しかもこれ、強制じゃん。……きっつ」


 だが発生したのはこれだけじゃない。

 HPバーの真下にはこれでもかと言うほどのアイコンが発生している。


 全ステータス低下、属性耐性低下、状態異常耐性低下……etc.

 畳み掛けるように付与される強烈な弱体化デバフの数々に、俺は思わず苦笑を漏らす。


「確かに本気でかかってこいとは言ったけどさ……ここまで露骨にオーバーキル狙ってくる?」


 雑なパンチ一発どころか、下手すりゃデコピンでも余裕で死ねるっていうのに。

 あいつ、これ絶対分かってやってるだろ。


(とりあえず……今回はここまで、ってことか)


 後ろを振り返ればシラユキも俺と同様、完全疲労に陥ってしまっていた。

 俺らが身動きが取れなくなっているのを横目にネロデウスは、翼を広げ悠々と上空に舞い上がると、頭上に自身の身体をも上回る巨大な闇の塊を生み出す。


 蝕呪の黒山羊も似たような技を持っていたが、それよりも遥かに密度が高く、魔力に満ち溢れている。

 今の状態だと、仮に直撃しなくても余波だけで即蒸発するだろう。


 二度目のエリアボス戦は、まさかのネロデウスの乱入によって無惨な結果に終わってしまったが、この戦闘で得た経験は今後奴と戦う時の糧となるはずだ。

 まあ、その為にはまずネロデウスと戦えるだけのレベルにして、奴に合わせた装備を整えるのが前提になるわけだけど……それは時間の問題だ。


「——おい、ネロデウス」


 迫る死の直前、俺は最後に黒の怪物に向けて宣誓負け惜しみをぶつける。


「次会う時はもっと強くなって相手してやるから、首洗って待ってろよ」


 ——気のせいか、奴がニヤリと口角を釣り上げたように見えた。


 ネロデウスは生み出した闇の塊を地上に投下する。

 そして、着弾と同時に発生した漆黒の波濤に飲み込まれると、俺のHPは一瞬で0になり、目の前が真っ暗になるのだった。








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【RESULT】

 EXP -

 GAL -

 TIME 5’15”51

 DROP -


【EX RESULT】

特殊状態[獣呪]が発症しました。

特殊状態[獣呪]の発症に伴い、アーツスキル『呪獣転侵』を習得しました。

アーツスキル『呪獣転侵』の習得に伴い、セット数の上限が減少しました。(16→10)

称号【黒の呪いを受けし者】を取得しました。


————————————




 え……何で死んでんのにバトルリザルトが表示されてんの?

 つーか、何この不穏なアナウンス?




————————————

全ては白の少女との出会いから始まった。

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