黒の強襲
あれから武具屋の夫妻と別れを告げ、店を後にした俺たちは、再びネクテージ渓谷を訪れていた。
当然、目的はエリア攻略ではあるが、それよりも今は、さっきのクエスト報酬で貰った聖黒銀の槍の試運転だ。
俺は左手の装備をブロードソードから聖黒銀の槍に変更し、軽く振り回したりして感覚を確かめてみる。
……うん、悪くないな。
素材の影響かは分からないが、長さの割には、片手でも扱えるくらいには軽いし、おまけにかなり手に馴染む。
めちゃくちゃSTRを要求してきたから、てっきりもっと重いものだと勝手に思っていたが、どうやら要求パラメーターと重量はイコールの関係にはならないみたいだ。
「そういや、ちゃんと槍を使って戦うのって久しぶりだな。ここのところ投擲用でしか使ってなかったし」
最後にちゃんと槍を使ったのは、
メイン武器じゃないからそこまで練度があるわけでもないし、アーツも覚えてない——いや、ちょっと前に一個習得してたか——が、有り余る武器スペックが全部補ってくれるはずだ。
「よし、こっちは準備オッケーだけど、そっちの用意もできたか?」
「うん、いつでも大丈夫だよ」
隣で頷くシラユキ。
装備しているのはいつもの長杖ではなく、分厚い一冊の本だ。
勿論、ただの本ではなく魔導書――魔術系の武器の一種である。
さっき武具屋で貰った武器で、聖黒銀の槍と同様にそいつも現状から鑑みれば、オーバースペックと呼ぶに十分な性能を有していた。
「了解。んじゃ……あいつらにするか。――行くぞ」
辺りを見回して視界に入ったのは、
まずはウルフの片方に狙いを定め、俺は強く地面を蹴り一気に肉薄する。
「まずは小手調べ……!」
強襲から繰り出すのは、何の変哲もないただの突進突き。
威力を確かめるには、オーソドックスな攻撃方法が一番いい。
そう思ってこの攻撃を選んだのだが、勢い任せに放った槍が白銀に輝くエフェクトを纏わせながらウルフの胴体を穿つと、即座にその肉体をポリゴンへと四散させた。
「……は!?」
え、嘘だろ。
ワンパンってマジかよ……!?
適正レベルを大幅に上回っていたパスビギン森林の時とはわけが違うんだぞ。
シールドバッシュ叩き込んでも一撃で倒せなかったというのに、まさか通常攻撃で確一を取れてしまうのは予想外だった。
アーツスキル無し——しかも急所でもない普通の攻撃だってのに、流石にこれはやべえって。
分かってはいたけど、この槍……マジでぶっ壊れてやがるな。
「ははは……もう盾使いやめて、槍使いにジョブチェンしようかな」
空笑いを浮かべ、冗談半分にそんなことを考えながらも、俺はもう一体のウルフに意識を傾け攻撃に備える。
しかし、片割れを一撃で葬られて警戒しているからか、ウルフは後ろに跳んで距離をとっており、攻めてくる様子はない。
ヴァルチャーもこちらの攻撃がやや届かないくらいの位置で飛んでいるだけで、降りてくる気配はなかった。
ん……なんかさっきと挙動が違うな。
最初に戦った時は、仲間がやられたらすぐに仇討ちだー! って勢いで次々と襲って来たのに。
「おい、てめえら何ビビってんだ? かかって来いよ、オラ」
不審に思い、試しに挑発をかけて攻撃を誘導してみるが、ウルフもヴァルチャーもその場で俺にヘイトを向けてくるだけで何も仕掛けることはなかった。
効果なし……いや、タゲ集中は取れているんだよな。
……もしかして、レベルであれ装備であれ力の差が離れすぎていると、警戒して攻撃してこなくなるのか?
仕様を調べてみないことにはなんとも言えないけど、その可能性が一番高そうだ。
「……なるほどな、そうくるか。ま、実力差が開いていれば敵が襲って来なくなるシステムを採用しているゲームは珍しいわけでもないし、何なら逃げられることだってあるもんな」
構えを解き、両肩で槍を担いでわざと隙を見せてみるが、それでもウルフとヴァルチャーはじっと様子を窺ってくるだけだ。
こっちから攻勢を仕掛けたらどうなるか分からないが、この感じだと逃げられそうだな。
「警戒するのは結構。だけどよ、お前らさ……相手は俺だけじゃねえんだぞ。そこんところ理解してるか?」
――むしろ、余計タチが悪いのがくるからな。
ちらりと背後を確認し、すぐさま俺は横方向に飛び退く。
直後、発動待機を終えたシラユキが術式を発動させた。
魔導書に刻まれた術式を。
「――レリジャス・レイ!」
瞬間、シラユキの頭上に発生したバスケットボール大の光球から高密度に圧縮された極太の光線が放たれると、たちまちウルフとヴァルチャーを呑み込む。
術式が発動していたのは数秒にも満たないごく僅かな間だったが、光線が収束する頃にはもうエネミーの姿はどこにもなく、代わりにバトルリザルトが出現していた。
「うっわ……こっちもかよ」
聖黒銀の槍の攻撃力からなんとなく展開は読めていたから、そこまで驚きはしなかったが(それでも威力の高さにちょっとビビってる)、術を発動した当人のシラユキがポカンと口を開けて、その場で立ち尽くしていた。
結論から言おう。
これは間違いなくヌルゲー化しましたわ、はい。
ウルフとヴァルチャーの他に、
これをヌルゲーと呼ばず何と言い表せばいいのか、俺にはそれ以外の表現方法が見つからない。
ここまでになると……多分、ボスも楽勝で突破できるな。
そう確信できるくらいには、武器が高性能過ぎた。
ということでサクサクッと奥まで進み、現在、俺たちはボスフロアの目の前までやって来ていた。
「へえ、結構広いな」
ネクテージ渓谷のボスフロアは、川の中に生成された広大な中洲となっている。
エリアの外に出るには対岸に渡る必要があるのだが、その為にはボスフロアである中洲を通り抜けなければならない。
「ここのボスって、確か水の中から出てくるんだったよね?」
「ああ。だから戦闘が始まるまでは、迂闊に水辺には近づくなよ」
「うん、分かった」
前回の失敗を踏まえ、ここに来るまでの間に、シラユキにはボスの情報を伝えてある。
クァール教官の時ほど下調べをしてないから、完全に情報を把握しているわけではないが、まあなんとかなるだろ。
「よし、それじゃあ気合入れてボス戦といこうぜ!」
「う、うん!」
水面上に突き出た岩を伝い、中州に足を踏み入れると、程なくして中州全体が半透明の光の壁に覆われる。
それからすぐに飛沫を上げ、水中から勢いよく出てきたのは、全長十メートル近くはある四肢が生えた魚型のエネミーだった。
「うおっ、でっか」
鮫みたいな……いや、違うな。
確か……そう、ダンクルオステウスみたいな強靭な顎を備えていて、四肢はヒレが発達したものだと思われる。
奴こそがネクテージ渓谷のエリアボス――壊邪理水魚。
巨体による攻撃範囲の広さ、タフネスさ、それと高い破壊力の三つを兼ね備えていることで序盤プレイヤーの鬼門とされている。
壊邪理水魚は俺たちを見据えるや否や、渓谷中に轟そうなほどの咆哮を上げ、その巨体に見合わぬ速度でこちらに突っ込んできた。
「――来るぞ!」
とりあえず、初手に突進を仕掛けてくることだけは分かっている。
俺も迎え撃つように壊邪理水魚に向かって地面を蹴り、タゲ集中をしようと挑発を――
「……は?」
唐突ではあるが、ここでボスフロアについてのおさらいをしたい。
ボスフロアに攻略パーティーが侵入すると、すぐに周囲を光の障壁が覆い尽くす。
この光の障壁……侵入不可障壁は、フロア内のエネミーを撃破するかプレイヤーが全滅するまで消滅することはなく、第三者がフロアの外側から介入することもできない仕様になっている。
ここでいう第三者というのはプレイヤーは勿論、通常エネミーも含まれている。
仮に通常エネミーと戦っていたとして、戦闘中にボスフロア内に入れば、その時点で通常エネミーとの戦闘は中止となり、ボス戦に切り替わるとのことだ。
まあ、わざわざそれをするメリットはどこにもないから、無駄な豆知識でしかないのだが。
つまり俺が言いたいのは、ボス戦中は何者だろうと邪魔することは不可能だってことだ。
——しかし、この不変と思われし仕様には、どうやら例外がいるみたいだ。
突如として、頭上からガラスが割れたような甲高い音が響くと、俺と壊邪理水魚の間に黒い影が舞い降りた。
そいつを視界に捉えた刹那、脳内がガンガンと警鐘を打ち鳴らし、全身がぞわりとした悍ましい寒気に襲われる。
即座にガチ集中のスイッチを入れると同時に聖黒銀の槍を構えて、俺は乾いた笑いを吐きながら呟く。
「……おいおい、なんでテメエがこんなところに出てくるんだよ」
今なら蛇に睨まれた蛙の気持ちがよく分かる。
まるで全身の至るところに隈無く刃物を突きつけられているような悪寒に耐え、俺は眼前にいる真っ黒な化け物を睨みつける。
「よう、思ったよりも早い再会じゃねえか。ネロデウス!」
天魔ネロデウス――昨日は助けられたが、どうやら今日は俺たちを狩りに来たらしい。
————————————
力と資格を持つ者の前に災禍は現れる。
振り撒くは厄災、与えるは試練——乗り越えし者には祝福を。
ボス戦に乱入可能なエネミーは、現状ネロデウスとあと一体しかいません。
まさかこんな時に襲われるなんて、運が無かったですねー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます