呪いの検証

 ビアオーノ街道を大きく外れ、人気のない小さな雑木林の中。

 シラユキと左右兄妹に見守られながら俺は、武器を抜いた状態でその言葉を口にする。


「――呪獣転侵」


 瞬間、ドクンと心臓が強く鼓動し、全身を真っ黒な煙が覆い尽くすと、身体の奥底からとめどなく力が漲り溢れ出す。

 同時に全身にピリッと痺れるような感覚が走ると早速、少しずつHPの減少が始まった。


 なるほど、これが獣呪状態か。


 視界は良好、周囲の音もちゃんと聞こえる。

 嗅覚は変わりなし、触覚は……軽い痺れは感じるけど気にするほどでもない。


 思考能力に関しても特に支障はなし、と。

 もしかしたら使うとバーサーカーみたいになるんじゃないかちょっと不安だったけど、そこも問題なさそうだ。


「あ、あー。おーい、俺の声聞こえてるー?」

「大丈夫ー! バッチリ聞こえてるよー!」


 俺の呼びかけに、ひだりがぐっと親指を立てながら返事を返す。


 言語障害も発生しない、これは助かった。

 じゃなきゃパーティー組んでも、まともに戦闘できなくなるからな。


 まあ、爆弾を常に抱えているような奴とパーティー組んでくれるような人間がそういるとは考え難いけど。


 ……ともかく、この感じからすると、デメリットは本当に使ったら死ぬだけのバフ技と捉えて良さそうだ。


「問題のスリップダメージは……思ったよりもかなり少ないけど、間隔が短いな」


 ダメージ判定が発生するのはおよそ二秒に一回。

 一回におけるHPの減少量は1か2……数値が固定していないのは、恐らく割合ダメージとなっているからだろう。

 となると、スキルが発動してからHPが全損するまでのリミットは、大体……一分半から二分ってところか。


(思ったよりも短いな……)


 雑魚敵を相手にするなら一分半もあれば余裕で事足りるが、この時間内でボスと決着を付けろってなると、発動タイミングによってはかなりの無理難題となる。

 それこそ初手で暴発なんかしてしまった時には、もう目も当てられない状況になるだろうな。


「意識して発動するにしろ、勝手に発動するにしろ、使った時点でいきなりTAタイムアタックに様変わりか。……あ、TA用と考えればめちゃくちゃ有能なスキルだな、これ」


 バフはてんこ盛りだし、獣呪以外の状態異常は無効。

 あとはアーツスキルのリキャスト短縮のどんなものかで、それなりに良い記録叩き出せるんじゃないか。


 ネロデウス討伐の片手間にやるのも悪くないかもな。

 ……つっても、先にこのスキルを発動させても死なずに済む方法を見つけ出してからだけど。


「さてと……次は回復が有効かどうかを試してみるか」


 ある程度までHPが減ったところで、インベントリからポーションを取り出し、飲み干してみる。

 回復したそばからスリップダメージが発生しているせいで全快はしなかったが、回復量は通常時と変化はない。

 これであればいつもと同じ感覚でHP管理しても問題はなさそうだ。


 何もしなければ生存していられる猶予は大体二分、回復を挟めば+αでの延命は可能ってところか。

 問題はその+αが一体何秒なのか、だな。


「できればHP回復し続ければ、ずっと延命出来るってのが理想だけど……まあ、無理だろうな」


 呪獣転侵のデメリットとして、永続スリップダメージの他に一定時間経過後、最大HP減少+最大HP上昇効果無効というのもある。

 この二つがあるせいで、必ずデスすることは避けられなくなっている。


「……二、三分もあれば御の字ってところか。最大HPが減り始めるまでちょっと時間があるし、その前にさっさと次の検証に移るとするか」


 次に確かめるのは、今回の検証の大本命。

 アーツスキルのリキャストが完了すまでの短縮具合だ。

 これが使い物になるかどうかで、呪獣転侵の評価が決まると言っても過言ではないだろう。


「実験台は……よし、あいつらにしよう」


 少し離れたところに丁度よく視界に入ったのは、三匹のオークの群れ。

 相手は誰でも構わなかったが、ドン・ヴァルチャー戦で使い捨て投擲アイテムオークの石槍の補充も出来るから、実験相手としては申し分ない。


「シラユキ。戦っている間、頃合い見て回復頼んでもいいか?」

「うん、任せて」

「サンキュー。じゃあ、行ってくる」


 シラユキが頷いたのを確認した後、俺はオークに向かって勢いよく駆け出した。


 できればワンパンで終わらせないで、アーツを上手く繋げて戦ってみたいところだな。


 ここに生息するオークはビアノス街道に生息している奴よりも強く、さっきネロデウスに負けたことで発生したデスペナでステータスも下がっている。

 今ならアーツスキルで攻撃したとしても、そう簡単に倒れることはないはず。


(……まあ、ワンパンならワンパンで別に構わねえけど)


 などとつらつらと考えながら、俺は一番近くにいるオークAにジャンプスラッシュをぶっ放す。


「からの……おまけの一発」


 立て続けにハードアッパーを発動。

 盾でのアッパーカットを顎に入れると、オークAは若干身体を浮かせながらポリゴンへと散っていく。


(二発で沈むか……。もうちょっと粘って欲しかったな)


 オークAが消滅していく様を横目に、今度はオークBに接近し、パワーキックで後方へブッ飛ばす。

 オークCにはトリプルスラッシャーからのシールドバッシュの高火力コンボを叩き込み、一気にHPを全損させる。


 そこからすぐにバリアーナックルの発動の為に盾の持ち方を変え、倒れているオークBに距離を詰めようとした瞬間だった。

 異変に気がつき、思わず笑みが溢れる。


「――ははっ、マジかよ。もうリキャスト終わりやがった!」


 最初にアーツスキルを発動してから、まだ五秒くらいしか経ってねえぞ!


 バリアーナックルを発動させるつもりだったが予定変更。

 再使用可能となったジャンプスラッシュを即座に発動させ、まだ倒れているオークBに飛びかかり、肉薄する。


 そして、振り下ろしによる一太刀を浴びせた後、ギリギリ生き残ったオークBの顔面にトドメのバリアーナックルを叩き込むと、呆気なくポリゴンへと霧散していくのだった。


「……嘘だろ、おい。無限ループ成功しちまったよ」


 まさかの結果に気持ちが昂ぶるのを抑えつつ、俺はブロードソードを一旦鞘に収め、HPが消失しきってしまう前に次の試運転の相手を探すことにした。




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スキルの説明文には書かれてませんが、呪獣転侵の発動中の隠し効果としてスタミナ消費量も軽減しています。

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