RTAの必須技術

 振り向いた先にいたのは、アトロポシアでシラユキをナンパしていた二人組。

 それといかにも柄の悪そうな格好をした男プレイヤー二人の計四人。


 新たに姿を現した男二人のプレイヤーネームは赤く表示されていた。


 名前の赤表示は確か、PKプレイヤーの証……だったか。

 嫌な予感がするのは……まあ、気のせいじゃなさそうだな。


「よう、またアンタらか。奇遇だな、人相の悪いお友達を連れてこんなところまでどうした?」

「ハッ、テメェが人に人相悪いって言えた形じゃねえだろうが。それでどうしたって? アトロポシアでイキったことへのお仕置きに決まってんだろ!」

「あー、やっぱりそうか。もしかしてその為だけにここまで俺を探し回ったってわけかよ?」

「ああ、そうでもしねえと腹の虫が治らねえもんでなぁ!!」


 男は腰に携えた二振りの短剣を引き抜くと、続くように他の奴らも武器を取り出し始める。

 シラユキをナンパしていたもう一人の男は両手に鉤爪を、赤ネームの二人はそれぞれ槍と大斧を構えた。


「はあ……なんかめんどくせえのに粘着されちまったなあ」


 装備から察するに奴らのジョブは盗賊×1、格闘士×1、戦士×2ってところか。

 ……えらく前衛ばっかに偏った構成だな。

 つっても、ポーションがあるから回復とかはどうとでもなるか。


 アトロポシアで軽くやり合った感じ、まあ四人同時に相手しても何とかなるとは思う。

 というか、ぶっちゃけ返り討ちにできる自信はある。


 それよりも心配するべきなのはシラユキの方だ。

 隣にいるシラユキにチラリと視線をやると、明らかに怯えているのが見て取れた。


 こんな人気のないところで見知らぬ男数人に取り囲まれたら、怖がるのも当然だよな。


「……大丈夫だ、心配しなくていい。だからシラユキは俺の傍を離れるなよ」


 背中を向けたまま、そっとシラユキにだけ聞こえるような声で言ってから、俺は盾を構え戦闘態勢を取る。


「あのさー、初心者相手にそんな寄ってたかって、あんたら恥ずかしくないの?」

「あぁ!? PvP受けていいって言ったのはテメェの方からじゃねえか。嫌なら別に構わねえけど、それなら持ってるアイテム全部と彼女を置いてさっさと失せな」

「うっわー、随分と下衆な要求してくるじゃん。賊みてえなロールプレイもやり過ぎは良くねえぞ」


 ゲーム内だからまだ許されてるけど、それでも通報されればペナルティとか下手すりゃ垢BANとかされかねないぞ、その悪役ムーブ。

 まあ、通報するのは俺なんだけど。

 

「ふん、なんとでも言え。雑魚が調子に乗るからこんなハメになるんだよ。恨むんだったらイキった自分自身にするんだな。間違っても逃げられるなんて思うなよ」


 男たちは包囲網を作りながらニタニタと悪意たっぷりの笑みを浮かべ、少しずつゆっくりと距離を詰めてくる。


 絶体絶命のピンチではあるが、こういう想定外の事態が起きた時こそ冷静に。

 これRTA中でオリチャーに移行せざるを得なかった時の鉄則な。


(……って、またRTA基準で考えちまってるな)


 とりあえず戦うにしろ逃げるにしろ、最大の問題はシラユキをどうするかだ。


 特訓を始める前よりも動きの鈍さは大分改善されこそしたが、それでも補助輪無しの自転車に乗れるようになった程度だ。

 そもそも敏捷にそこまでパラポを振っていないシラユキでは、まず間違いなく俺の本気の動きについて来られないだろう。


 別にシラユキの実力を過小評価しているわけではなく、客観的に分析しての判断だ。


 とはいえ、さっさと行動を起こさなければ戦闘になるのは避けられない。

 何か打開策がないかと策を練りがなら男たちを観察をしている内に、ふと短剣使いと大斧使いの間が大きく空いていることに気づく。


 意表を突いて全力で走れば、どうにか出し抜けそうだけど……恐らく罠だろうな。

 無理にあそこを抜けようとすれば、何かしら不意を突かれる可能性が高い。


 あからさまな抜け穴は、基本何か罠があると思え――それがJINMUをやる上での鉄則の一つだ。


 それに、この案はそもそも俺しか出来ないから却下だ。


 だったら――


「はあ……わ、分かったよ……! 俺が持ってるアイテムと所持金は全部やるから、せめて彼女だけは見逃してくれないか?」

「ジ、ジンくん……!?」

「おうおう、どうした急に? 今更になって怖気付いたっていうのか?」

「ああ、その通りだ。つーか普通に考えて、四人相手に勝てるわけないだろ……」

「プッ……ププッ! ギャハハハハ!! さっきまでイキっておいてだっせえな、おい! だったらほら、さっさとアイテムと金出せよ!!」


 俺の急な弱腰な態度に男たちは腹を抱えて大笑いする中、俺は男たちにバレないようにこっそりメニュー画面を開きながら、隣で心配そうな表情を向けてくるシラユキに小声で話しかける。


「……説明してる時間がないから先に謝っとく。ただ、いつでも動ける心構えだけはしといてくれ」

「え、何をするつもりなの……?」

「大丈夫、決して悪いようにはしない。それだけは信じてくれ」


 こんな状況でRTAの話をするのはおかしいかもしれないが、どのゲームを走るにしてもキャラコン精度とは別でとても重要になる必須技術がある。

 昨日の蝕呪の黒山羊戦でブロードソードがぶっ壊れた時にも使ったが、こんなところでも使うことになるとはな。


 ミスは許されないぶっつけ本番の一発勝負。

 深呼吸をして集中力を研ぎ澄ましてから、俺は開いておいたメニューを高速で操作し、左手の装備武器をブロードソードから穂先が石で出来た短槍に切り替える。


 RTA必須科目の一つ、メニューの高速操作――よっしゃ、決まった!


「――ああ、そんなにお望みならくれてやるよ! こいつをな!!」


 俺が取り出したのは”オークの石槍”――名前の通りオークがドロップする武器アイテムだ。

 昨日と今日でアホほど狩りまくって大量にドロップしたのはいいけど、耐久度はバカ低いし、売り物にならないしで使い道が無くて困ってたんだよな。


 石槍が出現して左手に収まると同時に、そいつを短剣使いに向けてぶん投げる。


「ぐわぁっ!? ……てめえ、ぶっ殺す!!」

「おらよ、もういっちょ!!」


 即座に短剣使いに投げた石槍とは別のオークの石槍を新たに装備し直す。

 今度は爪使いに向かって投擲した直後、俺はシラユキを抱き抱えて森の奥へと一気に駆け出す。


「きゃあっ!!」

「すまん、シラユキ! 少し揺れるけど我慢してくれ! あと、このままボスフロアに突っ込むぞ!!」

「ボスフロア!? う、うん! 分かった……!」


 無理矢理抜き去ることが出来ないなら、奥に逃げるまでだ。

 AGIが高そうな短剣使いと爪使いの動きを一時的でも封じることができれば、あとはどうにか振り切れるだろ。


 まさか俺らがボスフロアに移動するとは思っていなかったのか、赤ネーム二人の動きが硬い。

 これなら俺が追いつかれることはまずないはずだ。


 このゲームの仕様としてボスエネミーとの戦闘時、他プレイヤーはフロア内に侵入することはできないようになっている。


 ボスに勝って森を脱出するか、負けてデスポーンするか。

 どっちに転がったとしても、奴らを撒くことはできるはずだ。


「そんじゃあな! もう俺らに関わんじゃねえぞ!!」


 走りながら後ろを見やると、短剣使いはにやけ面のままだった。


「……俺は確かに言ったぞ。逃げられるとは思うなって」

「――だろうな!!」


 短剣使いが口を開いた瞬間、俺は後方を振り向き盾を思い切り振るう。

 直後、ガンッと鈍い音と共に盾に衝撃が加わると、少し遅れて近くでが落下し、地面に突き刺さった。


「なっ……!?」

「ビンゴ!! やっぱり近くに弓使いが隠れてたみたいだな! やろうとしていることがバレバレなんだよ!」


 つーか、あいつ隠れるの下手くそか?

 無顔の防人を見習え、あいつの方が数倍上手く立ち回ってやがるぞ!


「奇襲を仕掛けるんならもっと上手くやれよ! ってわけで、今度こそじゃあな!」


 元より不意打ちで仕留めるつもりだったのだろう。

 一応、二発目にも警戒はしていたが、これ以上矢が飛んでくることはなく、俺はシラユキを抱えままボスフロアに突入するのだった。




————————————

レッドネームはプレイヤーだけでなく、NPCをキルすることでもなってしまいます。

一度レッドネームになってしまうと、街の施設が使えなくなったり色々デメリットが生まれ、PKKもしくはお仕置きNPCにキルされるまで解除されないので、レッドネームのプレイヤーはそれまで山賊生活を送ることになります。

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