続く特訓、森の最奥にて
二体のオークが交互に繰り出す刺突を盾でいなし、リリパットが放つ矢を剣で弾き落とす。
同時に色々処理しなきゃならないから集中力は使うが、JINMUで戦ったとあるボスと比べれば、こんなのは簡単な作業でしかない。
今思い出しても、初見プレイの時のあいつら――豪鬼の剣客と無顔の防人戦はかなり酷かった。
四本腕の剣客を二体同時に相手にするだけでも普通に死ねたっていうのに、加えてどこからともなく心臓を的確に射抜いてくる弓使いも同時に対処しないといけなかったせいで何度乙ったことか。
多分、初めて倒すのに丸三日はリトライし続けたぞ。
しかも無顔の防人の湧き位置も行動も固定されていないせいで、RTAをするようになってからも攻略法がガチファイトするしかなくて、AllBossカテゴリに挑戦し始めた時にぶつかった難所でもあったんだよなあ。
そして、そいつらとの戦いで二刀で戦うことに限界を感じ、俺の戦闘スタイルが剣盾持ちに変わる一番の要因でもあったから、今でも奴らは強く記憶に残っている。
……まあ、今なら武器種問わずに勝てるんだけど。
「シラユキ、どうだいけるか!?」
「もう少し待って! もうちょっとで掴めそうな気がする……!」
敵の攻撃が落ち着いたタイミングを見計らい背後を確認すると、ぎゅっと目を瞑ったシラユキが両手で杖を握り締め、声を唸らせていた。
「——了解。もう少し時間を稼いとく」
すぐさま意識を敵の群れへと戻して乱戦に身を投じる。
(術式の準備が整うまで、あと十秒ってところか)
さっきからシラユキの足元で、白く淡い光が渦巻いている。
術系アーツスキルの発動待機エフェクトだ。
光が周囲に拡散すれば術の発動合図となる。
アーツスキルは基本、技系と術系の二種類に分けられている。
技系は物理的に攻撃する技だったり、挑発といったような特殊技術が当てはまることが多く、対して術式によるアーツスキルの殆どは術系となっている。
中には例外もあるみたいだが、まあ今は関係ないだろう。
今更だが、シラユキのジョブは僧侶(長杖使い:治癒)だ。
杖を装備している時点でなんとなく魔法系のジョブだということを察してはいたが、最初のスライム戦でアーツスキルを使わなかったのは、単純にアーツスキルを発動してられるほどの余裕が無かったからとのことだ。
というのも、条件さえ満たせばノータイムで発動できる技系と違って、術系のアーツスキルは発動するまでに構築という工程を挟まなければならないからだ。
意識を研ぎ澄ますことで肉体に刻まれた術式を起動させ、体内を巡る魔力を術を構成する回路に流し込むことで力が充填され、最後に術名を唱えることで超常の現象を引き起こす。
――と、原理を言葉にすると面倒くさそうな手順ではあるが、ぶっちゃけ細かいところは殆どシステムがやってくれるから、大抵は感覚で発動まで持っていけるとのことだ。
ただし、構築は感覚で行われる以上、同じスキル、同じステータスでも術が発動するまでの時間には個人差があるらしい。
シラユキが術を発動させるまでの待機時間はというと、残念ながら平均を下回っているとのことだ。
結果、距離を取ったとしても発動待機中に接近されて不発に終わることが多かったらしく、近接戦闘を余儀なくされていたようだった。
こればかりは慣れだから仕方ないけど、もう少しアシストを強くしてもいいんじゃねえか。
なんて考えつつ、間違って倒さないように加減しながらオークの脇腹に盾を叩き込んでいると、後ろの光が一層強まるのを感じた。
――きたか!
「ジンくん、準備できたよ!」
「よし、ぶっ放せ!」
「分かった――エナジーショット!!」
ギリギリまでオークを惹きつけてから一気に横方向へ飛び込むと同時に、後方からシラユキが持つ杖の先端からバスケットボール大の光弾が放たれる。
オークは光弾に気づくも、その頃にはもう手遅れだ。
回避が間に合わずに胴体に直撃すると、これがとどめの一撃となり、光の粒子と散っていった。
「……やった、倒せた!」
「ナイスだ、シラユキ! でも、まだ二体残ってるから気を抜くなよ!」
「う、うん……!!」
喜ぶのも束の間、すぐさまシラユキは、次の術の発動のための準備に入る。
俺はその様子を見守りながら、残ったオークとリリパットに向けてもう一度挑発をかけ直すのだった。
その後、無事に戦闘を終えてからも、また森中を走り回っては、たまに遭遇したエネミーと戦闘を行い、倒したらまた森中を走り回る。
これを長いこと繰り返しているうちに、気づけばエリア最深部――ボスフロアのすぐ近くにまで到達していた。
「このまま奥に進めばボスフロアか」
「……もしかして、これから挑むの?」
「いいや、もう少しシラユキのレベルが上がって、戦闘にも慣れてからだな」
一応、ログインするまでの間にパスビギン森林のエリアボスの情報は下調べしてある。
だから、このままボスに挑戦しても構わなかったが、これまでほぼずっと動きっぱなしなせいで、少しシラユキに疲労が見え始めている。
この状態で無理に連れて行くのは酷というものだろう。
「とりあえず、ここらで一度休憩としようぜ」
「うん……分かった」
周囲に敵がスポーンしていないことを確認してから、地面に腰を降ろす。
それから今の強行軍でちょっとだけレベルが上がったので、パラポを振り分けたところで、ふとあることを思い出し、シラユキに訊ねてみることにした。
「――あのさ、シラユキ。昨日、なんで蝕呪の黒山羊に襲われてたんだ?」
ずっと気にかかっていたことだ。
白城とシラユキが同一人物という事実や、シラユキのプレイヤースキルの向上方法を考えたりするのに気を取られて、すっかり聞きそびれていた。
「蝕呪の黒山羊……?」
「昨日、シラユキのことを襲ってきた黒い山羊頭の魔獣のことだよ。まさか偶然ってわけじゃないだろ? 戦った感じ、明らかに初心者には倒せない強さしてたし」
「……あっ、あの敵のことだね!」
シラユキはハッと思い出すと、
「……理由、か。うーん……多分だけど、その時に受注したクエストが関係しているのかも」
「クエスト……? ……あー、そういやそんなのがあったな」
「そんなのって……。確かクエストって、このゲームのメインコンテンツだったような……」
「そうなんだけど、ぶっちゃけあんまし興味がなくてさ……」
つい忘れがちになるがアルクエのゲーム内におけるプレイヤー達の大目的は、神々が遺したという理想郷を探し出すことにある。
至ってわかりやすい目標ではあるが、じゃあどうやって探すかというと、ただ冒険して世界を開拓すればいいというものではないらしい。
世界中のNPC達と交流することで発生するイベント――”クエスト”をこなしていくことで、理想郷へ続く道筋が開かれるとのことだ。
ただまあ、サービス開始してから一年近くが経つが、未だ理想郷に続く有力な手がかりはあまり見つかっていないらしいけど。
……いや、逆に一年で見つかるようだったら、物語としてどうなんだってなるか。
「クエストはちょっとしたことでも起こるから、次の街に着いたらジンくんも試しにやってみようよ。人助けするのも意外と悪くないよ?」
「……そうだな。ただ黙々とエネミー倒すだけってのも勿体無いか。提供されてるコンテンツだし、遊べるもんはとことん利用し尽くさないとな」
「本当!? じゃあ、その時が来たら今度は私が教える側に回るね! ……と、そうだった。あの黒いエネミーに襲われるまでの経緯だったよね?」
にこりと嬉しそうにシラユキが目を細めてから、脱線した話題を戻そうとした時だった。
「――ようやく見つけたぜ! 生意気初心者さんよぉ!!」
突如として森の入り口方面から聞こえてくる怒声。
それは、アトロポシアの広場で遭遇した男のものだった。
————————————
エナジーショットは無属性の魔力を放つ下位の攻撃術で、魔法系のジョブ(魔術士、僧侶)であれば適正に関係なく、最初から習得しています。
威力は低いですが、消費MPは少なく軌道にクセがない、おまけに発動待機時間がかなり短いので連続で発動もさせやすい、更には攻撃の通りが無属性である為、人によっては攻略が進んでも愛用することもある優良アーツスキルです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます